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手紙からはじまる物語 ― 見えない糸でつながる心たち ―  作者: 草花みおん
自己共感編

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沈黙の中の会話

今夜は、少し静かな話をします。

誰とも話していないのに、

まるで誰かと語り合っているような夜がある――

そんな不思議な時間のことです。


あの“沈黙”というものを、

昔の私は怖いと思っていました。

言葉がなくなると、

人とのつながりも途切れてしまう気がしたからです。

沈黙の向こうにあるのは、

拒絶とか、興味のなさとか、

そんな“空白の証拠”だと思っていた。


でも、今は違うの。

沈黙の中にも、

ちゃんと“会話”があると気づいたんです。



親愛なるあなたへ。


今日は、少し静かな話をしようと思う。

人と話すことに疲れてしまった夜、

あなたにもそんな時間はあるでしょうか。


声を出すことができない。

出したくない。

けれど黙っていることが、

罪のように感じてしまう夜がある。


沈黙は、誰かとの間を裂くものだと

昔の私は信じていました。

言葉がなければ心は届かない。

そう思い込んでいたんです。


けれど、あるとき気づいたんです。

本当に大切な会話ほど、

言葉の外側にあるのかもしれない、と。


駅前の喫茶店で、

老夫婦が向かい合って座っていました。

二人ともほとんど話さず、

ただそれぞれのカップから立ちのぼる湯気を眺めている。


でも、どちらかがコーヒーを飲み終えると、

もう一方が自然に砂糖壺のスプーンを差し出す。

「ほら、どうぞ」とも言わず、

ただ小さな動作だけで、

互いの時間を確かめ合うように。


その光景を見たとき、

私は胸の奥で何かがやわらかくほどけた気がしました。


沈黙は、拒絶ではない。

むしろ、言葉を持たない理解のかたちなのだと。


沈黙を恐れる人ほど、

優しいのかもしれません。

相手の気持ちを読み取ろうとして、

その空白を急いで埋めようとするから。


私もそうでした。

沈黙が怖くて、

何かを話さなければと焦っていた。

気まずさを隠すために笑い、

場を明るくしようと頑張って。


けれど、そんな夜の帰り道、

心はどっと疲れていた。

本当は、誰かの沈黙を

そのまま受け止めたかっただけなのに。


言葉のない時間って、

不思議とやさしいんです。


静けさの中で、

人はようやく“聴く”ことを覚える。

耳で聴くのではなく、

相手の呼吸や、まぶたの揺れや、

机の上で触れ合う指の温度で聴く。


それは、言葉の届かないところで

人と人が通い合う“呼吸の会話”。


思えば、

いちばん安心した時間って、

たくさん話していたときじゃなかった気がします。

何も言わずに隣に座り、

同じ景色を見ているだけでよかった。


「話さなくても、伝わる」

そんな瞬間がある。

それは恋でも友情でもなく、

もっと深く、

“存在の確認”みたいなもの。


人は、言葉で世界を作る生き物だけど、

同時に、

言葉で世界を狭めてもいる。


「好き」と言えば安心するけれど、

「好き」と言ってしまった瞬間に、

その気持ちがどこか狭くなる。

「ごめん」と言えば楽になるけれど、

本当の痛みは言葉の外側に残っている。


沈黙は、その“外側”を受け入れる器なんです。

声にしなかった想いを、

そのまま抱きしめておける場所。

だから、怖いほど静かな夜にこそ、

本当の心の声が聴こえてくる。


もしあなたが今、

言葉を失っているなら、

どうか無理に話そうとしないでください。


言葉が消えても、

世界はあなたを見捨てません。

むしろその静けさの中で、

世界はあなたの呼吸に耳を澄ませてくれる。


沈黙は空白じゃない。

それは“心の余白”なんです。

言葉が生まれる前の、

もっとやわらかい場所。


だから、何も話せない夜も、

それは敗北ではなく、

自分と世界を再びつなぐための静かな祈り。


私は最近ようやく、

沈黙を恐れずにいられるようになりました。

それはたぶん、

誰かを信じることよりも、

“自分を信じること”を覚えたから。


言葉がなくても、

心はちゃんと動いている。

沈黙の中でも、

私は確かにここにいる。


カップの底に沈んだ光が、

ゆらゆらと揺れています。

誰かと話す代わりに、

私はその光を眺めながら、

小さく頷きました。


この静けさの中にも、

ちゃんと“会話”がある。


夜はすっかり静まり返って、

窓の外では風が電線をかすかに鳴らしている。

街の光はもう遠く、

部屋の中にあるのは、

私と時計の針の音だけ。


こんな夜は、

世界がひとつの部屋になったような気がする。

外のざわめきも、

昼の言葉たちも、

すべてが静まり返って、

ただ呼吸だけが確かなリズムを刻んでいる。


私は思う。

人はみんな、

沈黙の中でしか出会えない瞬間がある、と。


沈黙の中にいると、

心の奥からいろんな声が聴こえてくる。


「どうしてあんなことを言ったんだろう」

「もっと上手くやれたのに」

「誰もわかってくれない」


昼間は見ないふりをしていた声たちが、

夜の静けさに呼ばれて集まってくる。


私は、逃げるのをやめた。

その声たちを追い払わず、

ひとつひとつ聴くことにした。


“自分との会話”というと、

なんだか特別なことのように聞こえるけれど、

本当はとても小さな行為です。


たとえば、

コップに水を注ぐ音を聞きながら、

「いま、少し疲れているな」と気づくこと。

それだけで、もう会話は始まっている。


沈黙の中では、

「正しい言葉」なんていらない。

“わかってほしい”という願いさえ、

やがて静かに溶けていく。


ただ、「自分がここにいる」と気づくだけ。

それが、いちばん深い対話。


昔の私は、自分の気持ちを

いつも言葉で整理しようとしていた。

悲しみを説明して、

不安を形にして、

理由をつけて安心しようとした。


けれど最近は、

説明しないままにしておくことを覚えた。


理由を探さない。

意味づけもしない。

ただ、“そう感じている”という事実だけを、

そっと胸の中に置いておく。


それでいいんだと思えるようになったのは、

沈黙に耐えられるようになったからだと思う。


沈黙は、痛みを薄めてくれる。

でもそれは、忘れさせるためではなく、

“痛みと共に生きることを教える”ための静けさだ。


悲しみも後悔も、

消そうとすればするほど、

心の奥で固まっていく。

でも沈黙の中で見つめていると、

それらは少しずつ形を変えて、

やがてやわらかな記憶になる。


私はそれを知ってから、

夜が怖くなくなった。


言葉が消えると、

世界は“音”と“光”だけになる。

雨の音、冷蔵庫のモーター、

空気をわたる風の気配。

その一つひとつに、

「生きている」という証がある。


沈黙の中にいると、

自分の存在がそのまま世界と混ざっていく。

それは、まるで海に沈むような感覚。

浮かんでいるのか沈んでいるのか、

わからなくなるほどの一体感。


「ひとりぼっち」と「世界とひとつ」は、

実はすぐ隣にあるんだね。


私は今夜も、自分に問いかけている。


「本当は、どうしたい?」

「いま、何を感じている?」


答えはいつもあいまいで、

はっきりとは返ってこない。

でも、その沈黙の向こうに、

確かに何かが息づいている。


それは“もうひとりの私”。

泣いている私、

笑っている私、

まだ名前を持たない私。

その子の声を聴いてあげること。

それが、私の中での共感のかたち。


沈黙は、孤独ではない。

それは、“共にいる”という証。

自分の中の誰かと、

ちゃんと出会えているということ。


もしあなたも今、

誰にも話せない夜を過ごしているなら、

その沈黙を抱きしめてあげてください。

そこには、

あなたのいちばん素直な気持ちが眠っています。


それを聴く勇気があれば、

あなたはもう、

誰よりもあなたを理解している人です。


この静けさが、

どこまでも深く、やさしい場所でありますように。


気づけば夜は、

もう終わりを迎えようとしていました。

東の空が、ゆっくりと淡い灰色にほどけていく。

部屋の空気が少し冷たくなり、

静けさが朝の音へと形を変える。


窓を開けると、

遠くで鳥の声がしました。

その一声が、夜の終わりを告げている。

風が頬を撫で、

まだ眠っている街の屋根をなでて通り抜けていく。


夜が明ける瞬間、

私はいつも、自分の心が透けて見える気がします。

不安も、後悔も、

すべてが薄い光の中で静まり返る。

沈黙の夜をくぐり抜けて、

ようやくたどり着く“余白”のような朝。


沈黙は、終わるためにあるんじゃない。

それは、

“次の言葉が生まれるための間”なんだと思います。


誰かと話す前、

深く息を吸うその一瞬。

心の中に、

“何かを伝えたい”という小さな光が灯る。

その光がある限り、

沈黙は絶望ではなく、希望なんだ。


私はこの静けさの中で、

少しだけ笑いました。

「また今日も、話せる日が来たんだな」と。


沈黙の時間を過ごすと、

人の声がいつもよりやさしく聴こえます。

カーテンを開ける音、

新聞を取る足音、

遠くの踏切の警報音。

どれもが「生きている証」みたいに響く。


昨日まで気づかなかった音たちが、

まるで「おかえり」と言ってくれるようでした。


言葉がなかった夜は、

私を世界から切り離したんじゃなくて、

もう一度、世界へ戻すための準備期間だったんだ。


ふと思うんです。


人と人の間に沈黙があるのは、

決して距離を示すためじゃない。

それは、

“お互いの世界を尊重する時間”なんじゃないかと。


話さなくても、伝わる。

それは、沈黙を共有できる相手がいるからこそ。

静けさを壊さないでいられる関係こそ、

いちばん深い信頼なのかもしれません。


沈黙を恐れなくなったとき、

ようやく人はやさしくなれるんだと思う。

自分にも、他人にも。


私は机の上に手を置いて、

そっと目を閉じました。

まだ消えかけの夜の名残りが、

まぶたの裏に残っている。


その中で、

私はもうひとりの自分に語りかけます。


「あなたが沈黙を受け入れたから、

私は今日もここにいるよ」


静けさの奥で、

確かに何かが頷いた気がしました。

それは声ではなく、

呼吸の重なり。


私たちはずっと、

ひとつの身体の中で会話をしていたのかもしれない。


太陽が昇りはじめる。

光がカーテンの隙間から差し込み、

机の上のペンの影をゆっくり伸ばしていく。


その影が、

まるで言葉の続きを描いているように見えました。


沈黙の中で育った思いは、

焦らずに、

時間をかけて形になる。

花が咲くように、

言葉も“沈黙という土”の上で芽吹くんだ。


だから私は、

今日もあわてずに書き始めます。

誰かに伝えるためではなく、

自分と世界をもう一度つなぐために。


親愛なるあなたへ。


沈黙の夜を越えたあなたの心に、

小さな光が灯っていますように。


言葉が見つからない日も、

その静けさの中に、

ちゃんと意味が眠っています。


話せないときは、

聴くだけでいい。

聴けないときは、

ただ息をしていればいい。


沈黙は、あなたを責めるためのものじゃない。

それは、あなたを守るためにあるんです。


そしていつか、

また誰かと話したいと思えたとき――

そのとき口から出てくる言葉は、

きっと、

静寂をくぐり抜けた分だけ、

やさしく、あたたかいものになるでしょう。


「話さなくても、伝わる。」

「でも、話してもいい。」


この二つの言葉のあいだに、

本当の“共感”がある。


私たちはきっと、

そのあいだを何度も行き来しながら、

生きていくんだと思います。


朝が完全に来た。

光の粒が、カーテンの内側で跳ねている。

私は深く息を吸い、

その空気を胸いっぱいに入れた。


今日も静かに、世界と呼吸を合わせて生きていこう。


敬具。



この物語を書き終えて、

まず思ったのは「やっと静けさを好きになれた」ということでした。


昔の私は、

沈黙を“何かが足りない時間”だと思っていました。

何かを話さなきゃいけない、

誰かに伝えなきゃいけない、

そんな焦りの中で、

言葉を埋めるように生きてきた気がします。


でもこの話を書いていくうちに、

沈黙の中にも、ちゃんと“意味”があると知りました。

言葉を失った時間ほど、

心がいちばん素直で、

自分にも他人にもやさしくなれる。


それはきっと、

“何かを語らない勇気”なのだと思います。


書きながら感じたのは、

言葉にしないという行為が、

どれほど豊かなことかということ。


私たちは、話すことで理解し合うと思っているけれど、

本当は、

黙ることでしか届かない理解もある。

その沈黙のあいだに、

心が呼吸を合わせ、

世界と調和していく。


この手紙シリーズを通して、

私はたくさんの「沈黙の会話」をしてきました。

読者のみなさんとは、

直接言葉を交わしていないのに、

どこかで静かにつながっている――

そんな感覚を、何度も感じました。


それこそが、

この作品で描きたかった“共感”の原点です。


「沈黙の中の会話」は、

自分の心と再び向き合う章でした。

声にならなかった感情、

言葉にできなかった願い、

それらを無理に形にせず、

静かに寄り添う。


この話の中にある沈黙は、

孤独の象徴ではなく、

“再生”のためのです。


夜が明けるころ、

ようやく自分の心がひとつに戻るような――

そんな時間を、読んでくださる人にも

感じてもらえていたらうれしいです。


書くという行為は、

私にとって“心の呼吸”のようなものです。

だからこの作品もまた、

ひとつの深呼吸として

ページの上に残しておきたいと思います。


言葉を手放した先にあるやさしさを、

これからも見つけていけますように。


読んでくれたあなたへ。

ありがとう。

そして、あなたの静けさもまた、

どうかあたたかいものでありますように。


――草花みおん

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