ラベルの下で
宛名のない手紙を書くのは、久しぶりです。
これは誰かに見せるためのものではなく、
自分の心に向けて書くための手紙です。
ラベルを貼って生きているうちに、
“ほんとうの私”がどこにいるのか分からなくなることがあります。
今日は、そのラベルの下で息をしている、
小さな私のことを、あなたに聞いてほしいのです。
親愛なるあなたへ。
今日も朝の光が、部屋の壁を静かに染めています。
窓を開けると冷たい風が流れ込み、
カーテンの端を持ち上げて、小さな波を描きました。
昨日と同じ風。
昨日と同じ街の音。
それなのに、
胸の奥のどこかがわずかに違うのを感じます。
最近、鏡を見るたびに思うんです。
この顔は、ほんとうの私でしょうか。
それとも、社会の中で上手に呼吸するための“仮面”でしょうか。
朝、ネクタイを締めるたびに少し窮屈になります。
布のきつさではなく、
これから一日中、
誰かの期待に合わせて笑う時間が始まるのだと思うと、
胸の奥が少しだけ固くなるのです。
駅までの道。
通勤の群れの中で歩きながら、
私は「社会人」というラベルを自分の胸に貼ります。
丁寧な言葉を選び、
感情を隠し、
冷静で落ち着いた人を演じる。
そのラベルを貼るたびに、
ほんとうの私は少しずつ内側へ押し込められていく気がします。
あなたはどうですか。
どんなラベルを貼って生きていますか。
「明るい人」「頼れる人」「優しい人」。
どれも悪いものではないのに、
その言葉の形に自分を合わせようとするたび、
どこかで小さな痛みが生まれませんか。
職場では、私は“落ち着いている人”として扱われています。
感情的にならないことが、
信頼の証だと思われている。
でもその“冷静さ”の裏では、
押し殺したいくつもの感情が、
小さな声でうずくまっています。
誰かが泣きそうな顔をしているとき、
私も泣きたくなることがあります。
でも、泣けません。
「男がそんなことで」と笑われた記憶が、
身体の奥にこびりついているからです。
いつのまにか私は、
“泣かない人”というラベルまで貼ってしまった。
泣かない代わりに、
心が少しずつ硬くなっていくのが分かる。
昼休み、屋上に出ました。
冬の空は澄み切っていて、
光の粒が遠くのビルの窓で跳ねています。
その眩しさを見ていると、
何もかもがどうでもよくなるような、
不思議な静けさが胸に降りてきました。
こんな時、私は自分の中の“声”を聴こうとします。
誰にも聞かせることのない、
ほんとうの声。
でも、その声はいつも遠いところにいて、
指先を伸ばしても届かない。
私はただ、
風の中でその存在を感じるだけです。
午後の仕事は、
いつもと変わらず淡々と進みました。
会議では意見を控えめに言い、
波風を立てないように振る舞います。
私が何を考えているか、
誰も知らない。
それでいい。
そう思う一方で、
ほんとうは誰かに見つけてほしい気持ちが
どこかに残っているのです。
夕方、同僚に言われました。
「あなたって、いつも冷静ですよね。
感情が乱れること、あるんですか?」
私は笑って、「ええ、まぁ」と答えました。
でも、心の奥では泣きそうでした。
だって本当は、
乱れた感情の中でしか、
自分を確かめられない夜もあるのです。
仕事が終わるころ、
窓の外はすっかり暗くなっていました。
ガラスに映る自分の顔が、
昼間よりもわずかに柔らかく見えた気がします。
疲れているのに、
どこか安堵のようなものがある。
たぶんそれは、
“演じる私”が一日分の役を終えて、
“本当の私”が
ようやく少しだけ息を吸えたからでしょう。
帰りの電車の中で、
スマートフォンの画面を閉じて、
窓の外の闇を見つめました。
街の灯りが流れていく。
ひとつひとつの光の下に、
誰かの生き方がある。
誰もが何かのラベルを貼って、
今日をやり過ごしている。
そのことを思うと、
ほんの少しだけ優しくなれました。
自分にも、他人にも。
完璧じゃなくてもいい、
“演じることで生き延びている”誰かを
責める気持ちが消えていきました。
家に着いてドアを閉めると、
外の世界の音がすっと遠のきました。
靴を脱ぎ、コートを掛け、
部屋の灯りを少しだけ落とす。
ようやく、
ラベルをひとつ外せる時間が来たのだと感じました。
この手紙の続きを、
今夜、静かな場所で書こうと思います。
ラベルを剥がして、
ほんとうの自分に触れるために。
――あなたも、
自分の胸に貼られたラベルを
そっと指先でなぞってみてください。
その下に、
きっと、まだあたたかい呼吸があるはずです。
夜は、不思議ですね。
昼間あんなに速く流れていた時間が、
夜になると、まるでどこかで立ち止まったように感じられます。
カーテンを閉めて、部屋の明かりを少しだけ残して、
静かな息を整えると、
今日一日の「役」が静かに終わっていくのが分かるのです。
私はソファに腰を下ろして、
ジャケットを脱ぎ、
胸元を軽く開けました。
その瞬間、体の奥から、
「ふう」と小さな息が漏れました。
まるで長いあいだ潜っていた水面から顔を出したみたいに。
昼の私は、
“社会人”というラベルを貼っていました。
きちんとして、冷静で、感情を乱さない人。
でも今は、そのラベルをそっと指先でつまんで、
剥がしてみようと思うのです。
最初に剥がれたのは、「大丈夫」という言葉でした。
私はこの言葉を、何度使ってきたでしょう。
「大丈夫です」「平気ですよ」「心配いりません」。
まるで、魔法の護符のように。
でも本当は、
そのたびに少しずつ、
心の奥に“言えなかった気持ち”が溜まっていったのです。
「大丈夫」と言うたび、
ほんとうの私は、
“助けて”と言いたかったのかもしれません。
けれどそれを口に出す勇気がなかった。
弱音を吐くことが悪いことのように思っていたから。
私は、あらためて心の中でその言葉を見つめて、
ゆっくりと剥がしました。
“ペリッ”という音が、
確かに自分の胸の奥で響いた気がしました。
はがした跡に、
ほんの少しだけ冷たい風が通る。
けれど、その冷たさは痛みではなく、
生きている証のように思えたのです。
次に剥がれたのは、「頼られる人」。
人に頼られることは悪いことではありません。
でも、そればかり続くと、
自分が頼ることを忘れてしまう。
私はずっと、
「あなたがいてくれると安心する」と言われてきました。
その言葉を聞くたびに嬉しかった。
だけど同時に、
“頼られる私”を壊してはいけないという
見えない緊張が生まれたのです。
気づけば私は、
いつも周りの人の顔色を読んでいました。
誰かのための優しさが、
いつのまにか“自分を失くす習慣”に変わっていたのです。
「頼られる人」というラベルをそっと外すと、
その下から現れたのは、
驚くほど繊細で、臆病な私でした。
でも、嫌ではありませんでした。
ようやく「私自身の輪郭」を見た気がしたのです。
そして、最後に残ったのは――「泣かない人」。
これは、いちばん頑丈でした。
泣きたくなるたび、
“耐える”という選択をしてきた私の象徴。
誰も見ていない夜でさえ、
涙をこらえるのが癖になっていた。
けれど、今夜は違いました。
私は自分に、
「泣いてもいい」と言ってみたのです。
声には出さず、
心の奥で、そっと。
すると、
何かがほどけるように、
頬を温かいものが伝いました。
涙の温度は、思っていたよりずっと優しかった。
泣くことは、負けることでも恥でもなく、
“感じることを取り戻す”行為なんだと、
そのとき初めて分かりました。
涙が静かに床に落ちる音がしました。
その小さな音を聞きながら、
私は思いました。
――ああ、やっと呼吸ができる。
この瞬間、私は少し自由になったのです。
泣き止むと、
部屋の空気が少しだけ柔らかくなっていました。
灯りを落とすと、
家具の影が穏やかに広がり、
その中に包まれるような感覚がありました。
「泣かない人」というラベルを外したあと、
私の中には何も残らないと思っていた。
でも、そこにはちゃんと“私”がいました。
飾らない、誰にも見せない、
それでも確かに息をしている“私”。
あなた。
私たちはきっと、
ラベルを貼らなければ生きていけない時もあります。
社会の中では、それが必要だから。
けれど、ラベルの下で、
ほんとうの自分を忘れなければ、
たとえどんな仮面をつけても大丈夫なんだと、
今夜、私はようやく思えたのです。
だからこの手紙を書いています。
今この瞬間の私を、
あなたに伝えておきたかったのです。
夜は深まり、
外の風の音が少しだけ強くなりました。
窓の向こうの街灯が、
まるで誰かの心臓のように静かに灯っています。
私はその光を見つめながら、
明日の朝、また新しいラベルを貼る準備をしています。
でも、今夜だけは、
ラベルの下で、
ほんとうの自分として呼吸をしたいのです。
――あなたも、
今夜だけはラベルを外して、
自分の声に耳を傾けてください。
世界は静かです。
誰もあなたを責めません。
朝が来ました。
カーテンの隙間から差し込む光が、
夜の涙の跡をそっと照らしています。
少しだけ腫れたまぶたに触れて、
ああ、ちゃんと泣いたんだな、と
静かに確かめる。
昨日までの私は、
この光に追われるように起き上がっていた気がします。
今日の仕事、今日の役目、今日の「正しさ」――
それをこなすための朝。
でも今朝は少し違いました。
窓を開けて風を吸い込むと、
空気の温度の中に、
かすかに“自由”の匂いが混ざっている気がしました。
私は洗面台の鏡に映る自分に「おはよう」と言いました。
少し笑ってみる。
無理に作る笑顔ではなく、
ほんの少しだけ、光の中で揺れるような笑み。
鏡の奥で、昨日までの私が静かにうなずいた気がします。
“ラベルの下”の私は、まだここにいます。
夜に剥がしたラベルたちは、
机の端に並べておきました。
「大丈夫」「頼られる人」「泣かない人」――
その一枚一枚が、
どれも私を守ってくれていたのだと
今は素直に思えるのです。
私たちはきっと、
ラベルを貼ることで自分を形づくってきた。
それを否定するのではなく、
もう少しだけ軽やかに貼り替えることができたなら、
生きることは少しだけ楽になるのかもしれません。
朝の支度をしながら、
私は胸の奥にそっと手を当てました。
そこには、昨夜の温もりがまだ残っています。
泣いたあとの心は不思議なほど穏やかで、
世界を少しだけ柔らかく見せてくれる。
外に出ると、街はもう動き始めていました。
人々はそれぞれのラベルを身につけて、
急ぎ足で交差点を渡っていく。
その姿を見ながら、
私はふと微笑んでしまいました。
――みんな、生きるために演じている。
それを知ってしまえば、
もう誰かを責めることはできない。
バス停のベンチに座り、
スマートフォンを取り出しました。
ロック画面に映るのは、
数ヶ月前に撮った空の写真。
何気なく見上げて撮っただけの青空。
でも今は違って見えました。
あのときの自分が見ていた空より、
少しだけ広く、やさしい青。
その空の下で、私は思います。
「これからも、ラベルを貼るだろう。
でも、その下でちゃんと呼吸していこう。」
きっとそれでいい。
完璧に剥がす必要なんてない。
ラベルの下で笑っていられれば、
それだけで生きる意味になる。
昼下がり。
窓際の席でコーヒーを飲みながら、
私はふとペンを手に取りました。
封をしていないこの手紙を、
どこまで書こうか少し迷いながら。
この手紙は、
“誰か”に宛てたものでもあり、
“私自身”に宛てたものでもあります。
夜の私が、朝の私へ送った手紙。
あるいは、
ずっと沈黙していた“心の奥の私”が、
ようやく言葉を取り戻した記録。
あなた。
もしこの手紙を読んでいるなら、
どうか自分のラベルを嫌わないでください。
それはあなたを閉じ込めるものではなく、
あなたを社会に繋ぐ、小さな糸だから。
でも、その糸の向こうで、
あなたがちゃんと息をしていることを、
どうか忘れないで。
人はラベルで完全には測れない。
見た目も、肩書きも、性別も、年齢も――
そのどれもが、
あなたという物語の“ほんの表紙”にすぎないのです。
夕方。
帰り道で見上げた空は、
朝よりも少し赤く、
でも昨日よりずっと透明でした。
雲の間を通る光の筋が、
まるで「大丈夫」と言っているようでした。
私は心の中で答えました。
「うん、大丈夫。
ちゃんと泣けたし、ちゃんと笑えたから。」
そのとき、
どこからか小さな風が吹いて、
胸の奥に残っていた言葉の欠片を運んでいきました。
その風が過ぎたあと、
心の中に残ったのは、
たった一つの穏やかな静けさでした。
もう無理に“強い人”でいなくていい。
もう、無理に“平気なふり”をしなくてもいい。
私は私として、
ラベルの下で息をしていく。
そしてその呼吸の音が、
誰かの勇気になるなら――
それで十分です。
あなたへ。
もし、今この手紙を読んでいるあなたが
息苦しい日々の中で
自分のラベルに疲れているのなら、
どうか一度、そっと手で触れてみてください。
その下には、
ちゃんとあたたかい鼓動があります。
それがあなたの“ほんとう”であり、
私たちを生かしているものです。
私は、あなたの息を信じています。
ラベルの下で、
あなたも私も、同じように生きているから。
敬具。
手紙を書き終えたあと、
私はしばらく机の上の白い紙を見つめていました。
言葉をすべて吐き出したのに、
まだ胸の奥が、
“何かを言い残した”ように静かに波打っていたからです。
この物語は、誰か特定の人に宛てた手紙ではありません。
それでも、どこかで「わかるよ」と
小さくうなずいてくれる誰かがいるような気がしています。
人は生きるために、
知らず知らずラベルを貼ってしまう。
社会の中で安心して息をするために、
自分の輪郭を少しだけ整える。
それは悪いことじゃない。
でも、そのラベルの下にある
“呼吸”を見失うと、
人はいつの間にか自分から遠ざかっていく。
私もそうでした。
泣くことを我慢し、
弱さを笑い飛ばして、
「大丈夫」と言い続ける日々。
けれどある夜、
ほんの一滴の涙が頬を伝った瞬間、
私は思ったんです。
――ああ、まだちゃんと生きてる。
“ラベルの下で”という題名には、
そんな願いを込めました。
誰もが仮面を持っていていい。
でもその下で呼吸する心まで、
見えなくならないでほしい。
もしあなたが、
自分の中の声を少しでも聞こうとしてくれたなら、
この手紙はちゃんと届いたと思います。
書いているあいだ、
何度も自分自身に宛てているような感覚がありました。
泣かないでいた昔の私へ。
笑ってばかりいた日々の私へ。
そして今、
ようやく呼吸の仕方を思い出した私へ。
生きることは、
誰かに認めてもらうことではなく、
自分を許していくことなのかもしれません。
ラベルの下で、
静かに息をしているあなたが、
少しでもあたたかくなりますように。
――草花みおん




