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手紙からはじまる物語 ― 見えない糸でつながる心たち ―  作者: 草花みおん
言葉の残る場所

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バス停の手紙

雨の日だった。


バス停で、雨宿りをしながらバスを待っていた。


ベンチの端に、濡れた封筒が置いてあった。


誰かの忘れ物かな。 拾ってあげないと。


手に取ると、封筒には宛名が書いてあった。 でも、住所はない。


「天国の拓也へ」


天国…? これは、亡くなった人への手紙なんだ。


開けてはいけないと思った。 でも、濡れて滲んできている。 このままだと、読めなくなる。


書いた人は、きっと大切な想いを込めたんだ。 せめて、保管してあげたい。


封を開けた。


拓也へ 今日で、君が死んでから一年が経ちました。


友人を亡くした人の、手紙なんだ。


あの日のこと、今でも鮮明に覚えています。 突然の事故。 信じられなかった。 嘘だと思った。


通夜で、君の顔を見た時。 やっと、現実だと理解しました。 もう、君は帰ってこないんだって。


葬式の間、ずっと泣けなかった。 実感がなくて。 でも、家に帰ってから。 君からのメッセージを見返して。 声を出して泣きました。


手紙を持つ手が、震えた。


「明日、飲みに行こうぜ」 それが、君の最後のメッセージでした。


俺、返信しなかったんだよね。 「仕事忙しいから、また今度」って。 そう思ってた。


でも、今度なんて来なかった。 明日なんて、来なかった。


後悔してる。 ずっと、後悔してる。 なんで、あの時行かなかったんだろうって。


涙が溢れてきた。 この人の、痛みが伝わってくる。


君がいない世界は、色がないみたいだ。 笑えない。楽しめない。 何をしても、虚しい。


職場の飲み会でも、ふと君を探してしまう。 「拓也なら、こう言うだろうな」って。 でも、もういない。


君の席は、もう別の人が座ってる。 君の笑い声は、もう聞こえない。 君との思い出だけが、残ってる。


教えてほしい。 どうやって、前に進めばいいのか。 どうやって、生きていけばいいのか。


君は、俺に何て言う? 「いつまで泣いてんだよ」って笑うかな。 「前向けよ」って励ますかな。


わかってる。 わかってるんだ。 でも、できない。


この手紙、バス停に置いていきます。 君との思い出の場所。 いつも二人で、ここでバスを待ったね。


風が持っていってくれたら。 君のところまで、届くかな。


届かなくてもいい。 ただ、書きたかった。 君に、伝えたかった。


ありがとう。 友達でいてくれて。 たくさんの思い出を、くれて。


ごめん。 最後、一緒に飲みに行けなくて。 もっと、大切にすればよかった。


また、会おうな。 いつか、そっちに行ったら。 今度こそ、一緒に飲もう。


待っててくれ。


親友より


手紙を、胸に当てた。


辛い。 こんなに辛い別れがあるんだ。 後悔と、悲しみと、罪悪感と。 全部が混ざって、この人を苦しめてる。


雨が止んだ。 バスが来た。


でも、乗れなかった。


この手紙を、書いた人に返してあげたい。 何か、言葉をかけてあげたい。 でも、誰だかわからない。


どうしよう。


その時、後ろから声がした。


「すみません、そこに手紙、落ちてませんでしたか?」


振り返ると、三十代くらいの男性がいた。 目が赤い。泣いていたみたいだ。


「これ、ですか?」 僕は、手紙を見せた。


「ああ、それです。ありがとうございます」 彼は、ほっとした顔をした。


「あの…」 僕は、言った。 「読んでしまいました。ごめんなさい」


彼は、少し驚いたけど、首を振った。 「いえ、いいんです」


しばらく沈黙があった。


「友人を、亡くされたんですね」 僕は、優しく言った。


「はい」 彼は、俯いた。 「一年前に。事故で」


「辛いですね」


「はい」 彼の声が、震えた。 「毎日、後悔してます」 「なんで、あの時一緒に行かなかったのかって」


僕は、自分の話をした。


「実は、僕も。五年前に、親友を亡くしました」 「病気で」


彼は、顔を上げた。


「最後に会った時、僕は仕事の愚痴ばかり言ってました」 「彼の話を、ちゃんと聞いてあげなかった」 「それが、最後になるなんて思わなくて」


「ずっと、後悔してました」 「でもね」


「ある日、気づいたんです」 「後悔してるってことは、彼のことを大切に思ってた証拠なんだって」 「完璧な友達なんていない。でも、それでいいんだって」


「彼は、僕の後悔を責めたりしない」 「きっと、笑って許してくれる」 「だから、前を向いていいんだって」


彼は、涙を流した。


「そう、ですよね」 「拓也も、きっと。俺に泣いてほしくないですよね」


「はい」


彼は、手紙を見つめた。


「この手紙、風に飛ばそうと思ってたんです」 「でも、雨で濡れて」 「忘れ物みたいにベンチに置いて、逃げようとしてた」


「でも、あなたが拾ってくれて」 「読んでくれて」 「話を聞いてくれて」


「ありがとうございます」


「いえ」 僕も、涙が出そうになった。 「こちらこそ」


バスが、また来た。


「乗りますか?」 「はい」


二人で、バスに乗った。 隣同士に座った。


「よかったら」 彼が言った。 「拓也の話、聞いてくれませんか?」


「ぜひ」


彼は、話し始めた。 拓也のこと。 二人の思い出。 楽しかったこと。バカやったこと。


話しながら、彼は笑った。 泣きながら、笑った。


そうだ。 大切な人を失っても、思い出は消えない。 笑顔で思い出せる日が、きっと来る。


バスを降りる時、彼が言った。


「あなたに会えてよかった」 「少し、楽になりました」


「僕もです」 「友人のこと、久しぶりに話せました」


「また、会えますか?」


「ぜひ」


連絡先を交換した。


見知らぬ人だったのに。 同じ痛みを持つ者同士、繋がれた。


家に帰って、僕も手紙を書いた。 五年前に亡くなった、親友へ。


健太へ 今日、不思議な出会いがあったよ。 君みたいに、大切な友達を亡くした人と。 その人の話を聞いて、思ったんだ。


俺、まだ君のこと引きずってたんだな。 でも、それでいいんだよな。 大切な人を忘れる必要なんて、ないんだよな。


ありがとう、健太。 たくさんの思い出を、くれて。 俺の人生を、豊かにしてくれて。


これからは、もっと前を向いて生きるよ。 君の分まで、笑って生きるよ。 それが、一番の供養だと思うから。


また、会おうな。 いつか、そっちに行ったら。 今度こそ、ゆっくり話そう。


待っててくれ。


親友より


手紙を、机の引き出しにしまった。


送らない。 でも、それでいい。 書くことで、気持ちが整理された。


バス停に置かれた、一通の手紙。 それは、二つの魂を繋いだ。 痛みを分かち合い、前に進む勇気をくれた。


届かない手紙でも、意味がある。 書くことで、癒される。 誰かに読まれることで、繋がれる。


悲しみは、一人で抱えなくていい。 同じ痛みを持つ人は、きっといる。 そして、支え合える。


雨上がりの空に、虹がかかっていた。



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