最強レンジャーはダンジョンを駆ける!~錬金術師の幼馴染からは「あんたの代わりなんていくらでもいる」と言われて追放されましたが、実は俺が最強でした。今更戻ってこいだって?~
――はっと目が覚める。
埃の積もった本に、散らかった部屋。
数十分しか寝ていないし、机に突っ伏して寝たから、体のあちこちが痛い。
でも、私は悲鳴を上げる体を誤魔化して、なんとか錬金鍋へと向かう。
厳選された一流の素材から最高級のポーションを作る。
それが、マスターランクであるエルこと私の仕事だったし、これからもそうだと思っていた。
そして、いつか、錬金ギルド最高のセージランクへと到達できるのだと、そう思っていた。
――幼馴染のあいつを追い出すまでは。
フェイルは、レンジャーである。
レンジャー、というのは、あまり評判のよくない職業だ。
――採取が専門であり、戦闘や探索には優れない。
戦闘においては戦士と言った普通の戦闘職に、探索においては、盗賊といった探索職に及ばず、ただパーティの後ろでちょろちょろとおこぼれに預かる。
そんな印象の強い職業だ。
私も、そんな職業についていたフェイルを見下しているし、周囲もそんな評価だった。
私はかなり名の売れた錬金術師だったし、セージランクになるにあたって、そんなフェイルを使っているというのは周囲からの評判も悪い。
どうせフェイルがいなくとも、他の探索者から素材を収集すれば、問題ないだろう。
――そう思ってフェイルを追い出した。
……最初は上手く行っていた。フェイルが持ってきた素材もまだ余りがあったし、それに追加して、探索者たちからも素材を買えていたから。
でも、綻びはすぐに生まれてきてしまった。
探索者たちからの素材の質の悪さだ。
採取方法も、保存方法も、何もかも最悪。
そんな素材で錬金したところで、できあがるポーションの質など、分かり切っていた。
でも、私はそれを見て見ぬふりをした。
どうせ、少しばかり質が下がった所で、分かるはずも無い。
そう思って、作り続けていた。
そんな中で、フェイルの噂を聞いたのは、偶然だった。
ギルドに納品しに来たところで、たまたま耳に入ったのだ。
――近頃話題のレンジャーがいる、と。
そのレンジャーは、ソロでダンジョンの深層まで赴き、最上級クラスの素材をギルドに納品しているらしい。
その素材のおかげで、病気が治った少女がいるとか、強力な武器を手に入れた勇者がいるとか、そんな噂を聞いた。
――そんな奴がいるのなら、私の錬金用の素材を依頼できるのではないか。
そう思って聞き耳を立てていると、丁度そのレンジャーが帰ってきたというではないか。
こっそりと顔だけでも見ようと思ってみると、なんとフェイルだった。
信じられなかった。
あいつは、とんでもないくらいに優秀なレンジャーだったのだ。
逃がした魚がとんでもなく大物だったことを認められなかった私は、怒りのままに自室へと戻った。
それを認めたら、自分があいつよりも劣っていると自分で言うようなものじゃないか。
そんな中、声を掛けられたのも、運命のいたずらだったのだろう。
なんと、王族から直々に依頼を受けたのだ。
『娘を治す薬をつくってほしい』と。
丁度王都にセージランクの錬金術師が不在だった今、次期セージランクに最も近いと言われた私に依頼が回ってきたのだろう。
私は二つ返事で受け入れ、錬金を行うことにした。
しかし、依頼された薬に使う素材はどれもダンジョンの奥深く、探索者たちに任せるしかない。
なんとか素材を集めることに成功した私は、セージランクを夢見て、薬を作った。
――その素材に、罠があったことにも気づかないで。
薬を献上した私は、その場で姫様が飲むのを見ていた。
成功しか頭に無かった私は、
血を吐く姫様の姿を見て、頭が真っ白になった。
その場ですぐ取り押さえられた私は、顔を真っ青に染め上げた。
しかし、すぐに部屋に入ってきたフェイルが、なんと同じ薬を持ってきたのだ。
それを投与することで、姫様の状態は改善した。
――原因は、素材の一つ、霊魂草。
この素材は非常に似た、死神草と呼ばれる素材と混同されやすく、その判別は採取前、つまり、探索者にしかできない。
私は素材に霊魂草を使ったつもりが、実際には死神草を使っていたようだ。
幸いにして、死神草の強い毒性は、他の素材と中和されることでだいぶ薄くはなっていたが、それでも依頼を失敗した私。
それに加えて、最近の薬の性能も落ちてきているともっぱらの噂らしい。
そうして落ちぶれた私は、依頼失敗時の大量の借金を返済するため、ほぼほぼ寝ずに錬金を行っていた。
出来る限り手間をかけることで、ポーションの質を担保しなければ、今の私のポーションははした金でしか売れない。
重い体を引きずって、私はギルドにポーションを納品しに向かう。
なんとかポーションを預け、お金を受け取ると、ギルドが賑やかになる。
騒ぎの元に顔を向けると、そこにはフェイルがいた。
どうやら、丁度ダンジョンから帰ってきていたらしい。
その時、丁度フェイルと目が合う。
私は、フェイルの元へと駆け寄った。
「ねぇ、フェイル!私の所に戻ってきて!」
フェイルがいなくなってから、身の回りを世話してくれる人もいなくなってしまい、髪もぼさぼさ、目にも濃い隈ができているが、なりふり構っている余裕はない。
フェイルさえ戻って来てくれれば、全て元通りになるのだ。
そのために頭を下げることなど安いものだ。
フェイルが戻ってから、目一杯こき使えば……。
「——場所を移しましょう。ここは人の目があります」
そうして、フェイルと私は私の部屋へと移動する。
私は、部屋に入ると同時にフェイルに縋りつく。
「お願い!私の所に戻ってきて!あなたがいないとしっかりとした素材が手に入らないの!ねぇ!戻って来てくれたら……そう!もっとお金を弾むから!ね!」
私がそう言うと、フェイルは顎に手を当てて何かを考える。
「……ごめんなさい。僕は今、僕を慕ってくれる人たちと一緒にいるんです。そんなわけで、エルの所に戻ることはできません」
私は、頭が真っ白になる。
――フェイルが戻って来てくれない?それじゃあ、この先、一体——。
私は、藁にもすがりつくような思いで、フェイルに取りつく。
「ねぇ、お願い!なんでもするから!捨てないで!!」
その一言に、ピクリと反応するフェイル。
「何、でも?」
その反応に、私は勝機を見いだした。
とりあえず、今は何でもとか言っておけば、何とかなるかもしれない!
「そう、何でも!何でもしてあげるから、戻ってきて!」
「……その言葉に、嘘はないですか?」
勝った、と私は思った。
――薄暗い笑みを浮かべるフェイルには気づきもしないで。
「えぇ!ホント!ホントに何でもする!」
私がそう言った瞬間、私とフェイルに鎖が結びつく。
契約の鎖。
私は自分の体が冷えるのを感じた。
「ようやく」
フェイルが口を開く。
その表情は、今まで私が目にしたことのない、恍惚とした表情だった。
「ようやくですね、エル」
「え……?」
そう言ったフェイルは、ぎゅっと私を抱きしめる。
フェイルは私と同じくらいの身長のはずなのに、フェイルは思った以上に強く、まったく抜け出せそうにない。
「ちょ、やめて……」
「……エルがいけないんですよ。僕を必要ないなんて言うから」
フェイルは耳元でそう囁いてくる。
「エルは僕がいないと最高の錬金ができないのに、周りの人たちに流されて、僕を追い出して」
「それで、ちょっと痛い目を見てもらうことにしたんです。僕がいないとどうなるか」
「ね、わかったでしょ?僕がいないとダメだって」
私は、心臓が冷たくなるのを感じた。
今の今までずっと、フェイルの手のひらの上だったのだ。
そんな私を見ながら、フェイルは一枚の紙を私に見せる。
「絶界の契約書……」
国宝級のアイテムだ。
これで為された契約は、どんなことが有ろうとも、解くことができない。
契約の破棄は、死を持って償われるとか……。
「な、んで、それ……」
言葉が出てこない。
「ダンジョンから出てきたんですよ。どうやってエルに使おうか、ずっと考えてたんですけど、こんな絶好の機会があるとは思ってもみませんでした」
「何の、為?」
「何の為?そんなの、決まってますよ」
フェイルはにっこりと笑う。
「エルを僕のものにするために決まってますよ」
――その後、エルはセージランクの錬金術師になり、歴史に残るような偉業を次々と成し遂げることとなる。
しかしその反面、エルに会ったことのある人物というのはほとんどなく、ほとんどのやり取りを彼女の傍仕えだと自称するフェイルという人物が行っている。
どうしてエル本人に会えないのか聞いてみた人もいたが、「彼女、物凄く人見知りなんです。それに、どうしたって外で活動すると、世間からの評判といった彼女にとって極々つまらないことに影響をうけてしまう。僕は、彼女がずっと輝けるように、サポートしているだけなんです」、とフェイルは答えた。
彼女が王宮で失敗した前後で、彼女と話す仲だった複数名の錬金術師が姿を消している。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
あなたの読書人生に良い本との出会いがありますように!