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EP.01 - わがままな誓いを胸に

暗闇の中で、私は目を覚ました。


かすかな光が差し込む狭い路地。


鼻をかすめる空気は冷たく、湿っていた。アスファルトの冷たさが全身に伝わり、痛いほど感覚を鋭くした。


最後の記憶は、すべてを飲み込むような閃光と共にバラバラになった自分の身体、そして愛する人たちの顔だった。


あの瞬間、私は笑っていたのか、それとも泣いていたのか。思い出せない。


きっと私は魔王と共に消滅したはずだった。跡形もなく、この世界から完全に――。


「……ここは……」


身を起こすと、懐かしくもあり、どこか知らない感覚が身体を包んだ。


軽い。まるで羽のように。重力から解き放たれたような不思議な浮遊感。けれど同時に、心臓の奥から異質な力が渦巻くのを感じた。


魔力。


かつてとは比べものにならないほど巨大で、不安定で、勝手に暴れる純粋なエネルギーの塊。


それが、私の新しい心臓になっていた。


意識は朦朧としていた。自分が誰なのか、なぜここに倒れていたのか、何も思い出せなかった。


頭の中は真っ白な霧に覆われていて、ただ「天羽 星羅」という名前だけが、かすかに浮かんでいた。その名前が本当に私のものなのかすら、確信できなかった。


不安に駆られ、ふらつきながら路地を抜けた。降り注ぐ陽射しは暖かかったが、心の寒さは消えなかった。


4年の月日が経ったことは、街並みの変化、人々の会話、そしてビルに映し出された巨大スクリーンを見ればすぐに分かった。


すべてが変わっていた。私が知っていた世界は、どこにもなかった。


[――待ちに待った今期第2四半期FOHサマーリーグ! 頂点に立つ新たな希望の星は誰だ!]


スクリーンから流れる熱狂的なアナウンス。


FOH。Fist Of Hope。八角形のリングの中で、魔法少女たちが素手で戦うリーグ。


人々はそれに熱狂し、希望を見出しているという。


かつて悪と戦っていた魔法少女は、今ではリングのアイドル、大衆の娯楽の対象になっていた。


苦笑が漏れた。


私が命をかけて守った世界は、こんな姿だったのか。崇高な犠牲はただのうわさ話のネタになり、少女たちの願いは人々の娯楽の道具に変わった。


だけど、すぐにその苦味は別の感情に変わった。


新たな希望。


もしかしたら、それは私にも当てはまる話かもしれない。


ユグドラシル・システム。新世代の魔法少女たちは、契約後に中途半端な形で願いが叶えられ、リーグで好成績を収めなければ、完全に叶えることはできないと知った。


曖昧に叶った願いは、かえって人をより渇望させる。今の私のように。


「普通の女の子になりたい。」


魔法少女ではない、天羽 星羅としての人生。愛する人のそばで、ささやかな幸せを感じたい。それが私の新たな、わがままな願いだった。


願いを叶えるため、情報を集めた。そして、あまりにも懐かしい名前を見つけた。


神代 晴翔。私の幼なじみであり、初恋の人。彼がFOHでフリーのセコンドとして活動していると知ったとき、止まっていた心臓が再び脈打つのを感じた。


彼は……生きていたんだ。元気に、やっていたんだね。


彼に会いに行く道のりは、遠くて険しく思えた。


なんて声をかければいいんだろう。私のことを覚えているだろうか。4年という歳月はあまりにも長かった。


もし私のことを忘れていたら? いや、むしろ忘れていた方が彼にとっては幸せだったのかもしれない。


不安と恐怖が先に立ったが、それでも私は足を止めることはできなかった。会いたかった。ただ一度だけでもいい、彼の顔が見たかった。


そしてついに、人混みの中で彼を見つけた。


かつて病弱だった彼の面影はもうなく、頼もしさを感じる青年になっていた。でもその瞳の奥には、どこか深い悲しみが宿っていた。私を失った悲しみだろうか。少しだけ、ほんの少しだけそうであってほしいと、私はまた勝手な願いを抱いた。


「……あの。」


勇気を振り絞って声をかけた。彼がゆっくりと顔を上げ、私を見たその瞳が、地震でも起きたかのように大きく揺れた。


「……星羅?」


恋しさと混乱、そして信じられないという衝撃が入り混じった声。私はかすかに笑って頷いた。


「久しぶり、晴翔。」


私たちはしばらく、言葉を失っていた。時間の空白を埋めるように、お互いの存在を確かめ合った。そしてついに、晴翔が泣きそうな、少し滑稽な表情で口を開いた。


「……おかえり。」


その一言で、こらえていたすべての感情が崩れ落ちそうになった。私は晴れやかに笑って答えた。


「……うん、ただいま。」





夢なのか。それとも、2年間毎晩のように見続けてきた悪夢の延長線なのか。


だが、目の前の星羅の存在はあまりにも鮮明だった。


俺の呼びかけに答え、俺の言葉に微笑んだ。灰色だった世界に、ようやく色が戻ってきた気がした。


俺たちは近くのカフェで向かい合って座った。


気まずい沈黙が流れる。湯気を立てるティーカップを前に、互いに視線を交わすだけだった。


聞きたいことは山ほどある。だが、どこから始めればいいのか分からない。4年という時間の壁は、思ったより高くて分厚かった。


「その間……どうしてたんだ?」


沈黙を破ったのは俺だった。ごく当たり前の問いかけ――だが、その中には沢山のもの意味が込められていた。


うやって生き延びたのか、どこにいたのか、なぜ今になって現れたのか――そして、俺を恨んでいないのか。


星羅は少しティーカップを見下ろした後、かすかに笑って首を振った。


「私にも、よく分からない。ただ……目を覚ましたら、すべてが変わってたの。」


嘘だ。明らかな嘘だった。彼女の瞳がかすかに揺れたのを、俺は見逃さなかった。何かを隠している。


だが今は、その真偽を問い詰めるときじゃない。俺はただ頷き、次の言葉を待った。


「晴翔くん。」


星羅が覚悟を決めたように、俺の名を呼んだ。


「私、FOHに出たい。」


「……は?」


「どうしても叶えたい願いがあるの。とても……わがままな願いなんだけど。」


星羅は落ち着いた声で、自分の想いを語った。「普通の女の子」になりたいという願い。


そして、その願いを叶えるには、FOHで戦うしかないことを。


話を聞きながら、俺は冷めかけたティーカップを握る手に自然と力がこもった。怒りと安堵、そして言いようのない罪悪感が渦巻いて、心臓が勝手に暴れた。


また彼女は、自分を犠牲にしようとしている。4年前、俺のため、世界のために身を捧げたように――。


「ダメだ。」


思わず口をついて出た言葉だった。


「絶対ダメだ。ようやく戻ってきたばかりなのに。また戦うって? 危険な場所に行くって? 俺はもう……」


――もう、君を失いたくない。喉まで出かかったその言葉を、俺は飲み込んだ。


星羅は、そんな俺の心を読み取ったかのように、悲しげに笑った。


「大丈夫。今度は、自分のための戦いだから。」


「どういう……!」


「晴翔くん。私はもう、誰かのための魔法少女じゃない。私自身のために戦う。願いを叶えられなかったら、私が私でいられない気がするの。」


彼女の瞳は、どんなときよりも強く揺るぎなかった。


そこには、4年前、魔王に向かって一歩の迷いもなく突き進んだあの少女の姿が重なって見えた。


俺の知っている天羽 星羅は、いつだってそうだった。か弱く見えて、誰よりも強い意志を持っていた。


――「普通の女の子」。今度は俺が、それを彼女に返す番だった。


「……」


この2年間の時間が、走馬灯のように頭をよぎった。


星羅を取り戻す手がかりでも掴めればと、FOHの門を叩き、数多の魔法少女のデータを解析しながら過ごしてきた日々。あのすべてが、今この瞬間のためだったと、直感的に分かった。


俺は深く息を吐き、ついに覚悟を決めた。


「……わかった。でも簡単な話じゃない。お前は“ユグドラシル”に登録されてない旧世代の魔法少女だ。公式リーグには出場できない。」


俺の言葉に、星羅の顔が不安げに歪んだ。俺はすぐに言葉を継いだ。


「でも、手がないわけじゃない。光があれば、影もある。公式じゃない……アンダーグラウンドから始めるんだ。」


「アンダーグラウンド……?」


「ああ。実力さえあれば、上に行ける。あそこで自分の存在を証明して、“ユグドラシル”に無視できない存在にすればいい。」


それは単なる提案ではなかった。俺自身への誓いだった。2年間積み重ねてきたすべての知識と経験を、ただ一人――お前のために使うと決めた。


「俺が……お前のセコンドになる。」


俺は星羅の瞳をしっかりと見据えて言った。


「お前が再び頂点に立つまで、いや、望む願いを叶えるその日まで。今度こそ、俺がそばで全部支える。」


星羅の瞳が大きく揺れた。そして、彼女は決意したように俺の手を握り返した。4年前と同じ――だが、どこか冷たさを帯びたそのぬくもりに、胸の奥から熱いものがこみ上げた。


「ありがとう。よろしくね、私のセコンド。」


こうして、止まっていた俺たちの時間が、再び動き出した。


今度こそ、必ず――お前を幸せにしてみせる。


俺の、このわがままな誓いを胸に。

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