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異世界解放最前線:幻想遠征録  作者: 一番鬼
ロングソードと軍事作戦
9/15

苦渋の遅滞戦

2106年5月10日、地球標準時13:00 アルシア王城


アルシア王都、爆撃で半壊し、白亜の壁が崩れ、尖塔が折れている王都。

 かつての壮麗な姿は失われ、瓦礫と灰に覆われた廃墟と化している。


だが、その王城の奥深く、玉座の間の地下に広がる秘儀の間では、二一代目アルシア国王レオニスが儀式を進めていた。黒曜石の床に魔法紋様が刻まれ、天井には水晶の燭台が吊るされている。壁には歴代国王の名が刻まれ、薄暗い光が石を照らす。


レオニスは赤いマントを纏い、金の王冠を額に載せていた。白髪交じりの髭が震え、深い皺が刻まれた顔には疲労と決意が混じる。膝元には古代の魔導書が広げられ、血で描かれた魔法陣が輝く。


「…我が王家の最後の力……」


彼の声は低く、震える手で魔導書をめくり、呪文を唱え始めた。


「神よ、我に力を与え、地を裂き、敵を滅せ……」


青白い魔力が渦巻き、水晶が共鳴して鳴る。


彼の頭に、王都の崩壊が蘇る。燃える市場、倒れる民、瓦礫に埋もれた繁栄。


「我が民……我が王国……」


胸に責任と無力感が広がる。だが、リリスの通信が彼の耳にも届いていた。


その声が希望を与えた。


「冒険者たちが命を賭けた。我が神罰で応えねば」


瞳に炎が宿り、呪文が続く。儀式には時間が必要だ。それまで王国が持ちこたえねばならない。


同時刻、王都の三方向――東、南、西――から連合陸軍が王城へと進軍していた。


後の統治の為にも、アルシア王室を利用したい、その為に王城は空爆されず、陸軍による占拠を目指していた。


戦車隊が轟音を立て、装甲車が灰を巻き上げ、歩兵が銃を構えて進む。M-77クレイトンの車長マイク・リードは、東側進軍の先頭に立ち、コックピットでモニターを睨んでいた。


「後部を警戒しろ」


彼の声は冷たく、無線に響く。だが、彼らは気づいていない、地下の決死の覚悟を持つ王国軍残党の存在には気づいていない。


しかも彼らの上層部は、せいぜい散発的な抵抗しか出来ないと思っている。


王国が崩壊する中、僅か三千人弱程の王国軍残党は各自、崩れた市街の地下壕で息を潜めていた。


地下中に兵が集まり、狭い空間は瓦礫と土に囲まれ、湿った空気が重い。松明の炎が壁を照らし、影が揺らめく。


部隊は各地下壕に散り散りで、殆どが生き残りの寄せ集めだったが、目的だけは一致していた。


残存部隊の内の一つ、ドゴランが率いる寄せ集め部隊は東王国壁の地下で剣を磨いている。


先ほどの通信で号を飛ばした総司令官ドゴランは鋼の鎧を纏い、白髪と髭に覆われた顔を汗と血で汚していた。


細かな指揮系統は崩壊している、あの地下通信室から人数分の携帯式魔導通信器を入手できたが、ドゴランが王国全土を見渡せる目を持っていない以上、戦闘の指示は各々の裁量に委ねなければならない。


だが、ドゴランは信じていた、王国軍を兵士を、必ず時間を稼ぎ、目的を果たしてくれると。


そして、衛兵、騎士――市民を除いた彼の寄せ集め兵士の部隊が武器を握り直す。長剣、槍、鎌、折れた弓。誰もが疲弊し、鎧や服は破れ、血と埃にまみれている。


彼らは剣を手に立ち上がり、地下壕の出口を見た。瓦礫の隙間から戦車の影が映る。


陸を覆う怪物達、だが、その遠方では幾つかの衛兵が低級の魔法を放つ様子が見えた。


「既にいくつかの部隊が攻撃を開始しているようだ…続くぞ、彼らに示さなければ」


声が低く響き、部隊が息を呑む。胸にリリスの通信が燃える。


「怪物の後部…そこを狙えば止められる」


松明を持つ衛兵に目をやり、鋭く命じた。


「準備はいいな?」


衛兵の若者マルスが震える手で長剣を握り呟く


「総司令官、勝ち目は……?」


ドゴランは彼を睨んだ。


「勝ち目は後だ。陛下が神罰を放てば奴らは終わり。それまで生き延びる」


マルスは目を閉じ、頷いた。


「陛下のために……」


胸の家族の記憶を振り払い、折れた槍を手に決意を固める。


彼らは地下壕の出口へと近づき、瓦礫を押しのけた。土と石が崩れ、灰色の空が広がる。


深呼吸だ。もう吸えないかもしれない。


「総員!攻撃開始!」


喊声が響き、部隊が一斉に動き出す。ドゴランが先頭に立ち、剣を手に飛び出した。埃が舞い上がり、鎧が陽光に鈍く光る。

 背後から約四十人が続き、衛兵が槍を振り、騎士が剣を構える。戦車の轟音が近づき、地面が震える中、彼らは瓦礫の陰に散った。


「後部を狙え! 松明を投げろ!」


ドゴランの命令が響き、衛兵が松明を手に突進。炎が揺れ、灰を巻き上げ、松明が戦車の後部に投げられる。火が装甲に触れ、小さな爆発が起きる。


奇襲は成功だ。


爆発と同時に騎士隊が叫び、死角から剣を手に突進する。

 随伴歩兵との混戦に持ち込むことに成功したようで、騎士の剣が歩兵の腕を切り飛ばし、援護を行う魔導兵の火焔魔法がタンクデサントを排除する。

 王国軍が優勢かと思えば、歩兵がライフルを鎧に撃ち込み、その栄光を消し飛ばす。さながら悲惨な塹壕戦の様相を呈していた。


気づけば、そんな光景が王国全土で広がっている。ドゴランの号令から広がった余波は王国中を駆け巡り、大きな闘争反応を起こしていたのだ。


西側ではある衛兵長が数百人を率い、瓦礫の陰から弓を放つ。敵の注意を引き続ける。


南側では一人の高位騎士が折れたハルバードを手に突撃していた。


そんな光景を前にして、攻撃を受けている戦車長マイクの息が荒ぶり始める。


今回の作戦は、王国を三方向から各連合国軍が進軍する大規模な作戦のはずだった。だが他の進軍ルートも妨害を受けている。


最終的には勝利できるだろうが、犠牲者の数は分からない。


彼の脳髄に焦りが滲み、胸に苛立ちが広がる。


思考していると、連合軍共同無線から声が送られてきた。


「こちらミクア連邦、第98独立強襲旅団。数百人規模の抵抗に遭遇。進軍が遅れてる」


別の声が続く。さらに


「こちら朝日帝国、第十五独立戦車隊。側面から攻撃を受けている」


聞きたくもない報告が続く中、マイクは眉を寄せ、無線に割り込んだ。


「司令部、近接航空支援を要請する」


彼の声が戦場の喧騒に混じるが、淀みなく司令部が応答してくれた。


「了解。AH-77サーペント3機を派遣。5分で到着」


死者はまだ増え続ける。戦場は血と灰に染まり、王国軍残党は、命を捨てている。



―――――――――――――――――――――――

帝暦1539年 数時間前 アルシア王国 郊外 とある村


少し時を遡り、朝日が草原を照らす中、王国郊外の村の宿場では、選ばれし勇者クリースと護衛ケスルグが眠っていた。

 木造の宿屋は、藁葺き屋根と粗末な窓が特徴で、静かな朝の光が差し込む。


クリースの革鎧が埃に汚れ、旅の疲れが刻まれている。隣のベッドでは、ケスルグが鼾をかき、睡眠中にも関わらず。鎖帷子を纏い、戦斧を手に握っていた。


微睡の中、突然、空を劈く爆音が宿を震わせる。大勢の巨人が一斉に飛び跳ねたような音だ。


窓ガラスが割れ、床が揺れる。クリースは飛び起き、剣を手に叫んだ。


「何だ!?」


瞳が鋭く光り、心臓が激しく鼓動する。ケスルグも目を覚まし、戦斧を握りなおした。


「敵襲か!?」


そう叫ぶと、ケスルグがクリースより速く窓を開け、状況を確認する。さすがは経験豊富な軍人だ。


「…俺の目がおかしくなったんじゃねえよな」


彼らは自分の脳を疑わざるを得なかった、あのアルシア王国が、黒煙に包まれていたのである。


王国壁は破壊され、代わりに炎と煙が悪趣味なヴェールとして街を覆っている。


彼らの胸に不安が広がる。


軍人としての判断はケスルグが優れていたが、考えることは共に同じだった、彼らの頭にレオニス王の笑顔や民の歓声が蘇る。


「行くぞ、ケスルグ。何が起きているか分からないが…王都に向かわなければ!」


勇者が聖剣を腰に差した。


ケスルグが頷き、戦斧を担ぐ。


「勇者様、あの煙……ただ事じゃねえぞ」


二人は宿を出て、黒煙に包まれた王都へ向かい始めた。


馬車を借りることも考えたが、爆音で馬は怯え切っており、到底すぐに走れる状態じゃなかった。


考える時間も惜しい、彼らは畑と逃げ惑う民を横目に徒歩で駆け抜ける。


「陛下、生きててくれ……」


クリースの呟きは、風に消えていた。

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