ギルド前広場の遭遇戦
2106年5月10日地球標準時11:40 アルシア王国領内:第22機甲師団
アルシア王国の国土は、爆撃の爪痕に覆われていた。かつて緑豊かな森は焦土となり、農地は灰に埋もれ、王国は瓦礫の海と化していた。空には煙が立ち上がり、風が灰を巻き上げる中、ポータルゲートから連合陸軍が姿を現した。58万人の兵士、18万両の装甲車、9万両の戦車が、轟音と共に三方向から王国内に進軍を開始したのだ。
鋼の履帯が地面を砕き、エンジンの唸りが静寂を切り裂く。灰色の軍服に身を包んだ兵士たちが、探検者のような表情で銃を構え、整然と進む。
王国東方面から進軍する第22機甲師団の先頭に立つ重戦車、M-77クレイトンの車長、マイク・リードは、砲塔のハッチから顔を出していた。30代半ば、日に焼けた顔と短い茶髪を持つ彼は、双眼鏡を手に焼け野原を見渡す。戦車の装甲が灰にまみれ、履帯が瓦礫を踏み潰す音が耳に響く。
「エリアE-1、進軍中。抵抗反応なし」
彼の声が無線に流れ、冷たく報告する。だが、その言葉とは裏腹に、彼の胸には奇妙な違和感が広がっていた。
「ピクニックみてぇに静かだぞ…」
眼前には、かつての村の残骸が広がる。木造の家屋は崩れ、井戸は埋まり、道端には焼けた荷車が転がっている。だが、人影はない。叫び声も、武器の音も聞こえない。マイクは双眼鏡を調整し、遠くの丘を見た。そこにも動くものはなく、ただ灰と煙が漂うだけだ。
(爆撃で全滅したのか? )
彼の頭に疑問が浮かぶが、答えは見つからな
い。
戦車隊の後方では、装甲車が整列し、歩兵が静かに進む。誰もが無言で、ただ命令に従う機械のようだった。
マイクの記憶に、過去の戦場が蘇る。砂漠、荒野――そこでは敵の銃声や叫びが絶えなかった。だが、ここは違う。不気味なほど静かで、まるで死の国に足を踏み入れたようだ。彼は喉を鳴らし、無線に呟いた。
「中隊へ。警戒を怠るな」
返答は短く、「了解」のみ。
マイクはハッチを閉め、コックピットに戻った。モニターには、灰色の風景と赤外線センサーのデータが映る。だが、熱源反応はゼロだ。
進軍は続く。戦車隊は焼けた森を抜け、かつての農地を横切り、王都へと向かった。道中、崩れた石橋や焦げた馬車が散らばるが、抵抗の兆しはない。歩兵の一人が呟いた。
「まるで幽霊の国だな……」
その声が無線に流れ、マイクの耳に届く。彼は眉を寄せ、応えた。
「集中しろ。油断するな」
だが、彼自身、その言葉に確信を持てなかった。静けさが、彼の神経を擦り減らす。戦場とは、騒音と混乱の場であるべきだ。なのに、ここでは風の音さえ聞こえない。
正午近く、王都の外縁に到達した。連合陸軍は、とうに崩れた王国壁の残骸を越え、王都の焼け跡にまで足を踏み入れている。なんの抵抗も受けずに。
瓦礫の山が広がり、かつての市場や住宅は跡形もない。王城前の関所は半壊し、尖塔が折れ、地上には城だけが露わになっている。戦車が石畳を砕き、装甲車が灰を巻き上げる。
マイクは再びハッチを開け、周囲を見渡した。
「ここが王都か……爆撃の成果そのものだな」
彼の声は低く、抑揚がない。
だが、やはり抵抗はない。衛兵の姿も、逃げる民の影もない。瓦礫の下に埋もれた遺体がちらほら見えるが、動くものは皆無だ。マイクの胸に、不気味な感覚が広がる。
「これだけの都市が、こんな静かになるなんて……」
彼の頭に、訓練中の教官の言葉が浮かぶ。
「敵がいない戦場ほど危険なものはない。油断は死を招く」
彼は双眼鏡を手に、瓦礫の隙間を睨んだ。だが、何も動かない。ただ、風が灰を舞わせるだけだ。
戦車隊は王都の中心へと進む。焼けた市場の跡、崩れた広場、半壊した王宮の前庭。どこもが死に絶えていた。歩兵が瓦礫を踏み、銃を構えて進むが、敵影はない。マイクは無線に報告した。
「司令部へ。王都へ到達。抵抗反応なし。生存者も確認できず」
返答は冷たく、
「了解。制圧を続けろ。資源地帯の確保を優先」
マイクは頷き、戦車を前進させた。
だが、彼の視界に、建物の残骸が映る。老人の姿が一瞬見えた気がしたが、すぐに瓦礫に隠れた。彼は双眼鏡を手に確認しようとしたが、何も見えない。幻覚だったのかもしれない。マイクは首を振った。
(こんな場所に生きてる奴なんていないさ。)
操縦室に戻りながら、彼は自分に言い聞かせ、戦車を進めた。だが、その瞬間、背筋に冷たいものが走った。何かがおかしい。不気味な静けさが、彼を締め付ける。
実際、白金色の瓦礫の影には戦士がいた。ギルドの有志冒険者たちだ。
ゴールド級冒険者の戦士ガレン、シルバー級の魔術師リリス、同じくシルバー級の弓使いリハル、他にカッパー級が何人かいるーー合計10人ほどの小隊が、焼け跡に潜んでいた。
彼らは爆撃を生き延び、ギルド支部の地下で身を隠していたのだ。
殆どの冒険者が逃亡に走る中、侵略者に立ち向かう勇士達、僅か3人とはいえ、ゴールド級とシルバー級がいるのも大きい、冒険者がカッパー級以上の称号を得るには、最低でも小型竜の討伐といった過酷な実戦に臨まなければならない。それが3人もいるのだ。
ガレンは大剣を手に、瓦礫の陰から戦車隊を見ていた。30代半ば、筋肉質な体に革鎧を纏い、顔には傷が刻まれている。
「あいつらが……王国を壊した奴らだ」
彼の声は低く、怒りに震える。
リリスは杖を握り、青いローブが灰に汚れている。彼女の瞳には涙が滲み、呟いた。
「王都が…みんなが……」
彼女の頭に、ギルドの仲間や市場の笑顔が浮かぶ。それが灰に変わった現実が、彼女の心を抉る。リハルは弓を手に震えながら言った。
「やばいぞ…怪物の周りにも不気味なヒトガタが大勢いる…」
彼の声は若く、不安に満ちている。だが、ガレンは彼を睨み、言い放った。
「国はもう無いが、王城はまだ残っている、多分奴らが意図的に残したんだ」
ガレンの瞳に、燃える決意が宿る。勝算がないわけでは無い。
「だが、それが奴らにとっての命取りで、オレたちの希望だ…アルシア王はあの"神罰魔法"を使える、それまで時間を稼げばいい」
冒険者たちが瓦礫の隙間から動き出した。ガレンは大剣を振り上げ、戦車に突進する。
「やらなければただ死ぬだけだ!行くぞ!」
彼の叫びが響き、リリスが呪文を唱える。
「炎よ、燃え上がれ!」
火球が戦車に飛び、リハルの矢が随伴歩兵を狙う。他の多くの冒険者も、各々の獲物で怪物達を攻撃していた。
M-77クレイトンに火球が命中し、爆発が装甲を焦がす。
「敵襲だ!」
彼は叫び、砲塔を旋回させた。歩兵が一斉に銃を構え、銃声が王都に響く。
ガレンが戦車に跳び乗り、大剣でハッチを叩く。
「貴様ら、王国を滅ぼした対価を払え!」
彼の腕に力がこもり、鋼が軋む。だが、戦車の装甲は厚く、剣が跳ね返される。
その間にも、マイクはすぐさま命令を飛ばす。
「随伴歩兵!ハッチに飛び乗ってる奴を撃て!」
歩兵達の5.56mm小銃弾がガレンを貫き、彼は左腕を押さえながら瓦礫に転がる。血が流れ、彼の息が荒くなる。
「妙な筒だが!まだ……まだ終わらん!」
彼は歯を食いしばり、立ち上がろうとした。
その時、リリスが放った3つのサッカーボールほどの火球が別の戦車を焦がし、近くにいた歩兵を火だるまにする。数人が炎上し倒れた。
彼女は敵に攻撃が効いたことに少し驚く、彼らから見たら地球の軍装は人の形をした魔物にしか見えなかったのだ。
彼女は杖を振り、叫んだ。
「仲間を傷つけるな!」
だが、装甲車の自動擲弾発射器が制圧射撃を開始し、直撃はしなかったものの、爆風が彼女を吹き飛ばす。リリスは瓦礫に叩きつけられ、肩を押さえて呻く。
「くっ……まだ戦える……」
彼女の瞳には、いまだ決意が宿る。
そして、瓦礫に身を潜めていたリハルが弓を構え、矢を放つ。1人の歩兵の頸部に矢が突き刺さり倒れるが、また別の歩兵に位置を発見される、次の瞬間、身を隠すまもなく銃弾が彼の胸を貫いた。
彼は膝をつき、血を吐きながら倒れる。
「リハル!」
ガレンが叫び、瓦礫で身を守りながら彼に駆け寄る。
マイクは、操縦室の電子カメラ越しに戦闘を見た。冒険者たちの目には、怒りと決意があった。
ガレンはリハルを抱き上げ、鼓動を確認する。
「リハル、死ぬな! まだ戦うんだ!」
だが、彼の瞳は光を失い、手がガレンの腕から落ちる。
「くそっ!」
声が震え、涙が頬を伝う。彼は大剣を握り直し、戦車に向かって立ち上がった。
だが、皮肉にも、ガレンが接近戦を中断した事が彼の運命を決定づけた。誤爆を避けるために戦車隊は砲撃を避けていたが、もうその心配はない。
次の瞬間、別の戦車から砲弾が放たれ、彼らが隠れていた瓦礫ごと爆発した。衝撃波が全てを吹き飛ばし、叩きつける。
ガレンは爆炎に覆われ、剣が彼の手から離れる。
「ガレン!」
リリスが叫び、杖を手に立ち上がる。
彼女の肩から血が流れ、息が荒いが、戦意は失っていない。
(神罰魔法の時間だけ稼げばいいんだ…)
彼女は思考し、仲間たちに叫んだ。
「一旦引こう! ここで全滅するわけにはいかない!」
冒険者たちは、負傷しながらも瓦礫の影に退いた。マイクは戦車から彼らの姿を見送り、無線に報告する。
「司令部へ。抵抗者と交戦。小規模な攻撃を確認。随伴歩兵3人が重症、制圧は継続中」
彼の声は震え、胸に重いものが残る。
(あいつら、何のために戦ってるんだ?)
彼の頭に、冒険者たちの決意が焼き付く。奴らに賞賛はないはずだ、だが、ヤケになって突撃してきたようにも見えなかった。
戦車隊は再び動き出し、瓦礫を踏みにじるが、マイクの心は静けさ以上に重かった。