アルシア大空襲
午前9時、空を覆う鋼の影が太陽を遮り、低く重い轟音が大気を震わせる。王国壁の守備隊は戦闘態勢を整え、角笛が響き渡る中、衛兵たちが弓を構え、投石機に石を運び込んでいた。市場は静まり返り、民衆は屋内に退避し、息を殺して空を見上げていた。王宮の玉座の間では、国王レオニスが戒厳令を発し、魔導兵に防御魔法の総動員を命じたばかりだ。だが、その決意が試される瞬間が、すぐそこに迫っていた。
王国壁の東塔に立つドゴランは、長剣を握り、空を見上げていた。革鎧が汗で重く、彼の瞳には恐怖と決意が交錯している。
「何か来る……必ず来る。」
彼の呟きが風に消える中、東の空に浮かぶ影の群れから、一本の細長い物体が切り離された。尾部から白い煙を引くそれは、ドラゴンライダーを墜としたものと同じだった。
彼の胸が締め付けられ、彼は叫んだ。衛兵たちが一斉に動き、弓兵が矢をつがえ、魔導兵が呪文を唱え始めた。壁の防御紋様が青く輝き、魔法の障壁が薄く展開する。
それはアルシア王室の紋章が象られたものであり、準備不足の中で出来る王国最大の防御だった。
だが、次の瞬間、爆音が王国壁を貫いた。物体は驚異的な速度で壁面に直撃し、衝撃波が石を砕き、炎が舞い上がった。壁が一瞬にして崩れ、巨大な石塊が宙を舞い、衛兵たちを押し潰す。
ドゴランは塔の縁にしがみつき、耳を劈く轟音に耐えた。
「何だ……何だこれは!?」
彼の叫びが爆風に掻き消され、目の前で壁が崩壊する。弓兵達がいた位置は瓦礫に埋まり、魔法の障壁は一瞬で消え、防御紋様が砕けた石と共に散った。
崩れた壁を悠々と越え、鋼の影の群れが王都全域に到達した。その数は数百、いや千を超えるかもしれない。異形の存在たちは、空を埋め尽くし、王都の隅々まで覆い尽くす勢いだった。轟音が倍増し、地面が震え、民衆の屋内からも悲鳴が漏れ始めた。
市場の商人は、店の奥に隠れていたが、窓から見える光景に息を呑んだ。木製の扉が震え、埃が舞う中、空は鋼の群れで黒く染まっている。
彼の胸に、家族や市場の日々への郷愁が押し寄せ、それが失われる恐怖に変わる。
そして、何時間にも渡る攻撃が始まった。鋼の影の群れから、無数の物体が切り離され、王都全域に降り注いだ。爆音が連続し、炎と煙が空を染める。王国壁の残骸がさらに砕け、市場の屋根が吹き飛び、石畳が熔けたように崩れる。
商人が隠れた店は一瞬で瓦礫に変わり、悲鳴が爆風に飲み込まれた。
侍女と衛兵がいた展望台は、爆発の衝撃で傾き、ガラスが砕けて二人が床に倒れた。
老魔術師は広場で杖を振り上げたが、炎の雨に呑まれ、その姿が煙に隠された。
王国中の基地からドラゴンライダーが発進したが、そのほとんどが飛び立つ前に、行われたクラスター爆撃で粉塵に帰した。
生き残った僅かなドラゴンライダーが散発的な攻撃を行なったものの、護衛戦闘機を突破できずに撃墜された。
太陽が少し傾くほどの時間で、アルシア王国空軍は事実上消滅したのである。
王宮の玉座の間では、国王レオニスが窓辺に立ち、崩れゆく王都を見ていた。塔が揺れ、天井のモザイクが砕け落ちる。
廷臣たちが悲鳴を上げ、衛兵が玉座を守ろうと駆け回る。レオニスは金の王冠を握り、赤いマントが埃に汚れるのも構わず、外を見つめた。
彼の声は震え、長い治世で築いたすべてが崩壊する現実が胸を刺す。窓の外では、鋼の影が王宮の上空を覆い、轟音が石壁を震わせる。爆発の光が彼の顔を照らし、瞳に涙が滲んだ。彼の頭に、市場の笑顔、王女の声、衛兵の忠誠が浮かび、それが失われる絶望が心を支配する。
空襲は止まることなく続いた。王都の外に広がる森まで燃え上がり、農地が灰に変わる。爆発の衝撃波が平原を駆け抜け、遠くの村々まで届いた。
鋼の影は容赦なく物体を投下し、アルシア王国の国土を焼き尽くす。
市場、王宮、住宅、すべてが更地となり、煙と炎が空を覆った。レオニスは玉座に戻り、崩れかけた背もたれに倒れた。廷臣の一人が叫んだ。
「陛下! 避難を!」
だが、彼は首を振った。
「王は王国と共に在る。」
彼の声は静かで、決意と諦めが混じる。だが、彼の決意はただの死の決意では無い、選ばれた王として、肉体を捧げてでも神の力を借りて、奴らに一発入れてやろうという決意である。
勝算があるかもしれない、彼は自分の命は諦めても、王国を諦めたわけではない。
空襲が収まる頃、アルシア王国の国土の約6割が更地と化していた。王都は瓦礫の山となり、王国壁は跡形もなく、王宮の尖塔さえ折れていた。かつての緑の森は黒い焦土に変わり、川は灰で埋まり、農地は焼け野原と化した。生き残った民は恐怖に震え、煙の中を彷徨う影がちらほら見える。
午前12時、王国には、不自然なほど被害を受けなかった王城と鉱脈に、何も無い平原だけが残っていた。
次回:地球側の視点です。