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異世界解放最前線:幻想遠征録  作者: 一番鬼
ロングソードと軍事作戦
4/15

空を喰う者達

初夏の朝。その上空は、かつての清澄な青を失い、陰惨な十七の爆炎に覆われていた。


爆発が起きたのは王国壁より外だったが、その轟音は王国全域を貫き、石畳の通りから王宮の尖塔までを震わせた。


太陽の光は一部遮られ、薄暗い影が石畳の通りや屋根瓦に落ち、街全体が不気味な静寂に包まれている。市場の喧騒は消え、魚売りの焼けた鱗の匂いも、果物商の少女の呼び声も途絶えていた。

 代わりに、低く重い轟音が東の空から響き渡り、大気を震わせる。王都を取り囲む王国壁では、守備隊の角笛が断続的に鳴り、衛兵たちの叫び声が遠くにこだまする。誰もが空を見上げ、息を殺していた。


何かが飛んでいる、あの王国壁よりもっと高い位置を飛んでいるのだ。


ある市場の中央に立つ商人は、魚の包丁を握ったまま動けずにいた。太い指が白くなるほど力を込め、彼の額には汗が滲んでいる。

 視線の先、遠くに広がる空は、見たこともない影の群れで埋め尽くされていた。鋼のような光を放つそれらは、数を叶えることすら叶わず、まるで天が崩れ落ちてきたかのようだ。


影の群れと市街の間には、八階建ての楼閣ほどの王国壁が存在するが、到底、楽観視が出来るものではなかった。


「何だ……何なんだ、これは?」

彼の声は震え、喉が干上がって言葉が途切れる。


隣に立つ少女は、果物の籠を抱えたまま地面に膝をついていた。彼女の小さな肩が震え、瞳には涙が浮かんでいる。


「あれ、何? どこから来たの?」


声はか細く、風に掻き消されそうだったが、商人は答えられなかった。


突然、遠くのドラゴンライダーが落ちた瞬間を思い出し、背筋が冷たくなる。


「あれがやったのか? あれが…飛行隊を?」


彼は空を見上げ、影の群れがさらに近づくのを感じた。その轟音は心臓を叩き、足元の大地さえ揺らしているようだった。


ギルド前広場では、老魔術師が杖にすがり、空を見上げていた。長い白髭が風に揺れ、ローブの裾が乱れる。節くれ立った手が杖を握り潰さんばかりに力を込め、彼の皺だらけの顔には深い困惑と恐怖が刻まれている。


「ありえん……あの数は、天が崩れてきたとしか思えん。魔法じゃない。魔獣でもない。一体何だ?」


彼の声は震え、長い人生で培った知識が役に立たない現実に打ちのめされていた。彼は魔術師として50年生き、王国の危機を何度も見てきた。だが、こんな光景は初めてだ。影の群れが放つ轟音は、彼の耳を圧迫し、心を乱す。


「神々の怒りか? いや、それさえ超えている……」


彼の呟きを聞きつけた周囲の民衆がざわめき、子供が母親の腕にしがみついた。


混乱は市内だけではない、王宮の展望台では、ある侍女が窓辺に立ち尽くしていた。白いエプロンが風に揺れ、王女の衣装を握る手が震えている。茶色の瞳は空に釘付けになり、息が浅く速い。


「あれは……何?」

彼女の声は掠れ、ほとんど呟きに近い。

朝の支度のために塔に登った時、こんな光景が待っているとは夢にも思わなかった。王宮の塔はいつも平和の象徴だったのに。隣に立つ衛兵が、槍を握る手に力を込めた。


「敵だ。敵が来てるんだ……」

彼の声は低く、兜の下で汗が滴り落ちる。鎧が微かに震え、彼の心臓が激しく鼓動しているのが侍女にも伝わった。


「敵って……何の敵? オークじゃない。魔獣じゃない。魔法でもない……」


侍女の頭が混乱で渦巻く。彼女は王宮で働き始めて5年、戦の話は歴史書でしか知らない。だが今、空に浮かぶ影は現実の脅威として迫ってくる。彼女の胸に恐怖が広がり、足が地面に根を張ったように動かない。


「王女様は? 国王陛下は…」


彼女の声が途切れ、衛兵が答えられないまま空を見上げた。二人の視線に映る影は、さらに数を増し、王都全体を飲み込む勢いだった。


抗うものもいる、王宮から遠く離れた、第一防衛線である王国壁では、王国軍総隊長マリエス・ドゴランが東壁の塔に立ち、衛兵たちに叫び続けていた。


ドゴランは現在の王国軍上層部で唯一実戦経験がある男だ。英雄として、軍どころか王国全体の精神的支柱にすらなっている。

 鎧には王室の意匠が施され、頸椎から額にかけてある大きな切り傷が彼の戦歴を思わせる。その経験からか、すぐに号令を飛ばす。


「全隊、戦闘態勢! 弓兵は矢をつがえ! 投石機を準備しろ!全基地へ伝令!飛行可能なドラゴンは全部あげろ!」


だが、彼の声は掠れ、革鎧に包まれた胸が激しく上下する。長剣を抜き、空を見上げる彼の瞳には、恐怖と決意が交錯していた。ドラゴンライダーの墜落跡が黒煙として空に残り、その上に広がる影の群れが迫ってくる。


(あの速度で向かってくるなら、我々の戦闘配置完了前に壁を越えるぞ…)


混乱が渦巻く中で試算していると、隣に立つ若手衛兵が、弓を手に震えながら呟いた。


「隊長、あんなの、どうやって防ぐんだ? 届かない…」

彼の声は絶望に満ち、弓を持つ手が震えている。


ドゴランは衛兵を睨みつけ、歯を食いしばった。


「黙れ! 王都を守るんだ! 何か来るぞ、準備しろ!」


彼の命令に、衛兵たちが慌てて動き出す。壁の縁に並んだ弓兵が矢をつがえ、投石機に石を運び込む者たちが汗だくで走り回る。魔導兵が駆け寄り、呪文を唱えて防御魔法の紋様を活性化させようとするが、青い光は不安定に揺らぎ、影の轟音に押されそうだった。ドゴランは内心で叫んだ。


(何だ、これは?これから何が起こる?)


彼は王国を守る事に誇りを持っていたが、今はその緊張感に押し潰されそうだった。


そして、王宮の奥深く、玉座の間では、二一代目アルシア国王レオニスが重い沈黙に包まれていた。

 玉座に座る彼の背筋はまっすぐだが、額に汗が滲み、白髪交じりの髭が微かに震えている。金の王冠が窓ガラス越しの朝陽に輝き、赤いマントが肩に重く垂れ下がる。彼の前には、数人の廷臣と衛兵が跪き、外の異変を報告していた。


「陛下! ラクス隊が落ちました! 空に……何か得体の知れないものが現れています!」


廷臣の一人、老臣ガウェインの声は震え、普段の冷静さが失われている。


レオニスは目を閉じ、深く息を吸った。玉座の背もたれに手を置き、その冷たい感触で心を落ち着けようとする。


「得体の知れないもの……だと?」

彼の声は低く、抑えた怒りと不安が滲む。


長い治世の中で、彼はオークの襲撃や隣国の反乱を乗り越えてきた。だが、空を覆う影は、それらとは全く異なる脅威だった。廷臣たちが顔を見合わせ、誰もが答えを持たない。レオニスの胸に、かつてない恐怖が広がる。


「我が王国に、何が起こっているのだ?」


衛兵の一人が玉座に近づき、膝をついて報告した。


「陛下、東王国壁の守備隊より報告。影の群れは恐らく、後30秒ほどで王国壁に到達します。」


その言葉に、レオニスの目が鋭く開いた。彼は立ち上がり、玉座の前を数歩歩いた。マントが床を擦り、重い足音が部屋に響く。


「影の群れ……数えきれぬほどだと?」


彼の頭に、歴史書の記述が浮かぶ。神々の戦い、魔王の復活――だが、それさえも超える規模だ。彼の心臓が激しく鼓動し、喉が締め付けられる。


「我が民は? 王都はどうなる?」


窓から外を見た廷臣が叫んだ。


「陛下! ご覧ください!」


レオニスは窓辺に駆け寄り、カーテンを引き裂くように開けた。そこに広がる光景に、彼の息が止まる。空を覆う鋼の影の群れが、王都全体を包み込むように広がっていた。轟音が窓ガラスを震わせ、彼の耳を圧迫する。


「何だ、これは……?」


彼の声が掠れ、玉座の威厳が一瞬崩れる。長い治世で培った自信が、未知の脅威の前に揺らぐ瞬間だった。


レオニスは窓から目を離さず、廷臣たちを見た。民に弱みを見せてはならない。

「我が王国が試されているのだ。敵か、神の裁きか――何であれ、立ち向かわねばならぬ。」


彼の声に力が戻り、決意が宿る。彼は衛兵に鋭く命じた。


「今すぐ伝令を出せ。王都全域に戒厳令を発する。全住民は屋内に退避し、守備隊は壁と王宮を死守せよ。魔導兵は防御魔法を総動員しろ!」


廷臣たちが一斉に動き出し、衛兵が角笛を手に走り出す。


レオニスは再び窓を見た。空を覆う影は、さらに近づき、王都を飲み込む勢いだった。彼の胸に、恐怖と責任が交錯する。


「我が民を守る。それが王の務めだ。」


彼は呟き、拳を握り潰した。だが、その決意とは裏腹に、未知の脅威に対する不安が消えることはなかった。


地上では、王都の住民たちが王国壁の上空を見上げる。民衆は混乱の中で立ち尽くしている。

 王国を覆う影の下で、誰もが理解を超えた脅威に直面していた。風が止まり、時間が凍りついたような静寂が広がる。誰もが息を殺し、次の瞬間を待っていた。

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