97:経済活動してみた
丘を東へ下っていく。レンガの錬成素材であるところの、海岸の砂が少なくなってるのに気付いたからだ。採取難易度が一番低いのに……いや、むしろいつでも採れる物だからこそ意識から外れがちなのかも。
雨も止んだし、市も出てるかもなあ。橋の修理のために買い取ってもらったカラスギが2万円になったワケだし、色々買い物しても良いかも。
「竹カゴはアリだよな」
探索の度に、釜を召喚するのもアレだし。カラスギみたいに四次元収納する必要がある素材なら召喚するけど、イケ綿花みたいに簡単な素材だったら、そのまま持って帰った方が軽いからな。そんな時にカゴを背負ってると便利だ。
「あとはシャベルも背負えるようになると、両手が空くんだけどな」
動物の皮とかで作ったホルダーがあったりしないかな。
……なんかちょっとワクワクしてきてるよね。この島では物々交換も根強いから、そこまでお金がなくて困るってこともなかったけど。いざ持ってみると、今まで眠らせていた物欲が一斉に目を覚ましたかのようだった。
「お」
丘を下りきり、目抜き通りが見えてきたが……どうやらポツポツ店が出ているみたいだ。地面にシートを敷いて、その上に商品を並べる露店スタイル。モブ女性がまた1人、商品を並べ終わったみたいで、呼び込みの声を張り上げている。
「おや。アキラじゃないか」
この声、アティのお母さんか。振り返ってみるが、案の定、姿はない。
「どこ向いてんだい? こっちだよ」
あ。もう少し右か。
「珍しいね。いっつもポーラやエレザと一緒なのに」
「うん。今はね」
1日中ずっとソロだったワケじゃないが。
「買い物かい?」
「うん。ちょっと竹カゴが欲しくてさ」
「ああ。それならネバリハス貸しが売ってるよ。植物の加工も彼女は得意なんだよ」
「へえ。そりゃ助かる」
知り合いなら探す手間が省けるしな。ざっと露店を眺めた。
「…………」
モブの居並ぶ中から、さっきも会った中年女性の姿を見つける。彼女が広げる風呂敷の上には、確かに竹カゴや竹筒、木製の食器などもあった。
「アレか。ありがとう」
「んにゃ。それじゃあ私は買い物があるから。いやあ、良かったよ。雨が止んでくれて」
なんて言いながら、アティ母の足音は遠ざかっていく。
なるほどな。彼女のように食料や日用品を買えていない人のために、雨上がりに店を出してるのか。ただ夕暮れは近いし、本当に短時間だろうな。俺も急いで買わないと。
ネバリハス貸しの下へと足を運ぶ。
「おや。さっきぶりだね、アキラ」
見上げてくる女性は、近くで見ると……40代後半から50代前半くらいだろうか。白髪混じりの黒髪をショートヘアに切り揃えている。顔の皺は目立つが、目鼻立ちはクッキリしていて、美熟女と言って差し支えない容姿だ。
「こんちは。ネバリハスはどうしたの?」
「アレは閉じた後は、すぐにまた土に埋めておくのさ。色々と世話が難しくてね。他人には任せられないくらい繊細なんだ」
「へえ、独占技術だな」
植物の加工品もお手の物らしいし、その道のスペシャリストって感じだな。
「それで? 何かお求めかい?」
「うん。竹カゴが欲しいんだ」
「ふうん。編む手間もあるから、少し張るよ? 中1枚と小3枚だ」
中木札2枚を出して、小7枚をおつりで受け取る。チラッと見た木の値札にも同じ値段が書いてあったので、ボッタクられてはない模様。まあ基本的にこの島の住民は善人がほとんどだけど……俺を快く思ってない派閥とかも一応あるからな。用心に越したことはない。
「それで、素材? ってのを集めるのかい?」
「うん。石とかも多いから、カバンより丈夫な竹カゴが手に入って良かったよ」
「石? そんなのも素材になるのかい?」
「まあね。今はお石灰岩ってのを探してる。場所は分からないけど」
「お石灰岩? あー、もしかしてアレかな」
「え?」
ハス貸しの女性はアゴに手を当てながら、中空を見やった。俺は思わず前のめりになってしまう。
「そうだねえ。情報料……と言いたいところだけど。お近づきの印にタダで良いよ。今後とも御贔屓にってことで」
中々に商売上手な人だ。まあ仮にガラスで家の窓は塞げても、雨が降ったら外出用のネバリハスは必要だからね。言われずとも、今後もお世話になるだろう。
「助かるよ」
「ん。それで件の岩だけど、丘の北東から少し進んだ先……ゲンブ岩石地帯にある砂利道に混じってる」
ゲンブかセイリュウかなって思ってたけど、前者の方だったか。ただ少し気になる部分が。
「北東って……」
「ああ。アティが目下修復中の橋を渡るのが便利だね。一応、北側から回れないこともないんだけど……結局、川渡りはしないといけない」
なるほど。橋のないところを泳いで渡るより、橋自体を修復した方が安全だわな。
「ありがとう。後で合流して話を聞いてみるよ」
「うん。また雨の日はよろしく」
ハス貸しに見送られ、店を後にする。
海岸へと行き、空きビンに砂を詰めると、そのまま丘へと取って返した。北東を目指して進む。少し歩くと、確かに水の流れる音が聞こえてきた。川か。橋が必要なほどの川幅ということらしいが。
と、その全貌が見えてくる前に。青い髪の爆乳美女がこちらに歩いてくるのが見えた。
「アティ」
「アキラ? 鹿を探しに……行ったんじゃ?」
「ああ、それはもう半分くらい解決したんだ。ルナストーンもゲットできたよ。ありがとう」
「ん」
頭を差し出してくるので、優しく撫でる。すっかりナデナデが気に入ってしまったみたいだ。まあ今はそれよりも。
「ちょっと聞きたいんだけど……」
「なに?」
俺は、この先の北東部に錬金術の素材があるらしいこと、そこへ行くには橋を渡るのがベストだということを話した。




