90:レッドウィスプ戦
ズボンに括り付けていた給水用の竹筒を外して、急行。一番手前のウィスプへとブチ撒ける。ジューと小気味良い音を立てて炎が消えると……残ったのは宙に浮く黒い小さな球体。恐らくコアだろう。
「ふっ!」
シャベルで叩き落す。するとコアは地面に激突し、簡単に割れた。ドロップアイテムも出たようだが、今は構っていられない。
「エレザ!」
俺の倒し方を見ていただろう彼女。名前を呼んだだけで委細承知と続いた。水をぶっかけ、剣で横薙ぎ。スパンと真っ二つに切られたコアが地面へと墜落した。
どうやら……レッドウィスプの動き自体は結構遅いっぽいな。ロクな反撃もないし、そこまで恐れる相手ではなさそう。
「この~~!」
フィニスも続く。竹筒から水を放り、ウィスプに直撃させていた。よし、あっちも大丈夫かな。と視線を切りかけたところで、
「あ、あれ~~?」
ウィスプの火は消えず、逆に反発するようにゴウと燃え盛る。そしてそのまま、フィニス目掛けて体当たりしてきた。
「フィニス!!」
間一髪、彼女の手を引き、こちら側へ引き寄せる。ボニョンと凄まじい感触が胸板に残ったが、意思の力で無視した。
「水が足りなかったんだよ!」
ポーラが叫んだ。なるほど、そういうことか。離れた位置に避難している彼女が、よく観察してくれてたようだ。
「……」
動きは遅いかと思っていたが、攻撃に対してのカウンターは結構速い。一発で炎のヴェールを消しきれなかったら、途端に危険なモンスターとなるようだ。
「シェレンさん。温泉の湯を汲んでください」
空になった竹筒を後方へ投げる。
「きゃ」
またキャッチし損ねたようで、お胸の上をバウンドしていたが。取り敢えず、補給は母娘に任せよう。
その間、俺たちは。
「牽制しながら、鹿たちから切り離そう」
「ああ。残り2体だ。手分けして当たるぞ」
エレザが右側の個体へ。俺は左に行こうとして……ギュッとシャツを掴まれているのに気付いた。斜め下に視線をやると、ポーッとした表情で見上げてくるフィニスの顔。
「フィニス?」
「え? あ、ごめ~~ん。助けてくれてありがと~~」
離れてはくれたが、未だに横顔に視線を感じる。う。なんか見惚れられてる? とか一瞬だけ思ったけど、今はそれどころじゃないので。
俺の方も油断なく左側の個体へ向かう。
「反撃に気を付けながらな」
「うん。分かってる」
反撃の条件が正確には分からないけど。とにかく、さっきのフィニスへの体当たりを見るに、距離は保っておいた方が良いな。
横合いから、シャベルでツンと突く。炎のヴェールを越えてコアに当たった感触。と、同時。炎がボウと燃え上がり、
――びゅん
風切り音がするほどの速さで目の前へ。咄嗟にしゃがんで避ける。あっぶね。
「エレザ。どうやら反撃の前に一度炎が盛んになるのが合図みたいだ」
「なるほど。分かった」
エレザも剣先で突いて、ウィスプのヘイトを買う。炎が一際強くなった後、体当たりを繰り出すウィスプだったが、エレザはタイミングを見てサイドステップ。空振りに終わっていた。流石の体捌きだな。フィニスの方は放屁鹿の2匹に合流し、彼らを安全な所へ逃がしている。
と、そこで。ポーラが竹筒を両手に持って、こちらへ駆けてくるのが見えた。
「お待たせなんだよ」
「ありがと!」
バトンを待つリレー選手みたいに後ろ手で受け取って、速攻で駆け出す。エレザに集中してる個体に背後からバシャリ。振り返ってすぐに、俺が相手していたヤツへも浴びせてやる。
「「もらった!」」
俺がコアを叩き落とすのと同時くらいに、後ろでも決着した模様だ。
周囲を確認し、援軍なども無いことを確認。ようやく肩の力を抜いたのだった。
………………
…………
……
あの後。まずはドロップを回収。くすんだ赤色の石だが、筒状と板状の物が2つずつあった。
拾い終わると、レシピ帳が浮き上がり、自動筆記をしてくれる。落ちてきたので確認。
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No.11
<セフレガラス工芸品>
組成:セイリュウ珪砂×お石灰岩×炎結晶(各種)
内容:セフレ島原産の素材100%で作られるガラス及びそれらを使った工芸品。炎結晶の形によって、出来上がる物が違ってくる。
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これは僥倖。作りたい物ランキング1位のガラス、そいつの素材が期せずして手に入ったようだ。本当のガラス工房なら、吹いて成形して作りたい物にするんだけど、錬金術だとその工法が炎結晶の形によって再現されるということか。
製造技術の習得という段階を飛ばせるのが錬金術は便利よね。まあその分、シェレンさんの縫製の時みたいに、既存の技術者を脅かしてしまうというデメリットもあるけど。
そうして俺がレシピと戯れている間に、ポーラとシェレンさんの2人が鹿の治療に当たっていた。ケアケアジェル軟膏の塊を、シェレンさんが鹿の患部(右の前脚)に塗りこんでいる。
蹴られやしないかとハラハラするけど、足の伸びる方向に体は入れてないので大丈夫かな。それに、鹿は大人しく耐えている様子だ。助けてくれていると分かってるんだろう。意外と賢いもんな、野生動物って。
「もう少しの我慢なんだよ」
ポーラが優しく頭を撫でているのも効いてるかもな。本当に優しい母娘だもんな。動物にも伝わるんだろう。
――フィー
1つ鳴いて返事もしてる。俺の時は屁んじだったのに。
やがて塗布が終わる頃には……膿がかなり小さくなっていた。
「もう1日くらいは塗ってあげたいわねえ」
と、シェレンさんは言うが。まあ取り敢えずの応急処置は完了した。




