80:便利≠幸せ?
その後、フィニスに頼んで、野菜と肉を売ってもらう運びに。
「雨の日だから〜〜。お安くしとくよ〜〜」
おお、そんな割引システムが。日本でもそういうサービスしてる店あったよな。
「市に出さない分〜〜負担が少ないから安く出来るの〜〜」
ぶっちゃけちゃった。
けど、なるほどね。市だとそこまで運ぶ労力や、陳列する手間なんかもあるからね。それを客が直接買い付けに来てくれるなら、その分は安くできるということ。
「ちょっと待ってて……クシュン!」
フィニスがセリフの途中でクシャミをした。
自分の体を抱くようにして、互い違いで自分の腕をさする。そこには鳥肌が立っていた。
「フィニス、寒いの?」
今日は確かに日が出ず、気温が上がってないが。体感……20℃台の前半くらいかなあと。
「そうなの〜〜。子供産んでから、寒がりになっちゃって〜〜」
体質の変化、か。お母さんは大変だ。
「最近はお乳の出も悪くなって〜〜。上のお姉ちゃんに代わりにお乳をあげてもらってるの〜〜」
赤ちゃんの話か。
お乳の出は、お母さんの体調にも左右される(童貞庁調べ)らしいからな。
そういえば、ゴムツタに宙吊りにされた時も「母乳が出るかも」と言っておきながら、結局出なかった。仮に1ミリリットルでも出てたら、俺が絶対に見逃すハズないから確実だ。
「うーん」
可哀想だな。フィニスも赤ちゃんも。
シェレンさんの仕事を奪うから、極力やりたくなかったが、1つだけデニムジャケット的なのを作ろうかな。
「ていうか、この島って長袖シャツとか……」
「基本、みんな持ってないんだよ。暑いんだよ」
まあ、そりゃそうか。
でも人によっては慢性的に体が冷えてるなんてことも。実際、フィニスがそのキライだし。長袖や羽織る上着1枚くらいは、持たせてあげないと。
「待ってて、フィニス。また来るから」
「ほえ〜〜?」
買い物を終えた俺たちは、そのまま家に取って返した。
………………
…………
……
シェレンさんの編み物の横。大量に残っている糸を貰って、レシピ帳と睨めっこする。
「きたきた」
浮き上がる。パラリとページが捲れ……筆記が始まり、すぐに終わった。落ちてきたところをキャッチし、レシピを確認する。
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No.9
<イケてるデニムジャケット>
組成:イケ綿糸×セフレ藍花の花弁×木製丸ボタン
内容:丈夫でイケてるデニムジャケット。藍花の濃い青で染色されている。なんかあったかい。
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よし、出来そうだな。確か寝室内にあるシェレンさんの作業スペースにボタンはあったハズだし。残りは……
「セフレ藍花って、どこかに生えてます?」
「ええ。近場だと、家の裏に」
ありふれた植物だったらしい。
「染料は全部、丘の周辺で採れるわよ」
それは助かるな。この先、衣類を作るかは分からないけど。
ポーラの案内で、サクッと摘んでくる。トイレから更に少し奥へ進んだ所に群生していた。背の低い木に咲いた、アジサイに似た集合花弁だったので、塊ごと10ほど。
家に戻り、釜に素材を放り込む。すぐに『!』マークが出現した。
混ぜ始めるのだが……
「いつもより時間かかってるんだよ」
「中で編んでるのかしら?」
それだと数日がかりになってしまいそうだが。
それからも一向に許される気配がなく……ジックリ20分ほど混ぜたところで、
――ピコーン
ようやく解放された。滅茶苦茶ホッとしたよね。もしかして日をまたぐのかと不安になってたし。
服が飛び出してきたのを、胸でキャッチ。
遠巻きに見守っててくれた母娘(シェレンさんは自分の針仕事をしながらだが)も安堵の息を吐いた。
「手の感覚が……」
腱鞘炎になるかと思った。手首をこねるように回す。
「こんなパターンもあるのね」
「みたいですね」
と、そこで。女神さんの気配。解説に来てくれたんだろう。
『やあ。大変だったね。腱鞘炎になってたら、ワンオペもままならなかっただろうし、その前に終わって良かったね』
ああ、そんな危険も潜んでたか。
(これ、難易度とかが関係してるの?)
デニムジャケットを編むなんて、相当難しいもんな。
『それもあるみたいだけど。加えて、ヒロインの好感度が下がるアイテムに関しては、相応の苦労をさせられるケースがあるっぽい。と、腋ペディアに書いてあるね』
検証勢が頑張って集めたデータだと言う。
(この場合だと……フィニスは喜ぶかも知れないけど、シェレンさんはお株を奪われる形だもんな)
いわば関税みたいなモンだ。
簡単に作れてしまえないように、錬金に枷を設ける、と。
『しかも今は初回用にイージーになってたみたいで、次からは時間も重さも何倍にも膨れ上がるみたいだよ』
い!? 重さって……要するに泥を掻くようになるってことだろ。その上で時間も増えるなんて、筋肉痛で済めば良いが、マジで腱鞘炎まであるよね。
ヒロインの好感度も下がるそうだし、今回みたいなケースでなければ極力やらない方が良いだろう。
『それが賢明だね。今後も、さっき言った条件……構造が複雑だったり、ヒロインの趣味や生業と競合する場合なんかは注意しておいて』
(分かった)
女神さんの気配が遠のく。そしてゲーム世界に戻ってきた感覚が。
「でも……これでも私が編むより全然速いわ……」
あっと! 案の定、シェレンさんが落ち込んでる。まんま機械に家内工業が敗北する時のアレ。
「だ、大丈夫ですよ。次からはもっと時間が掛かるみたいですし、水も重くなるみたいなんです」
「本当?」
「はい。なので、シェレンさんに編んでもらわないと、とてもとても。今のでさえ手首が痛すぎるのに」
本音も本音。それが伝わったらしく、シェレンさんは満足げに頷いた。
「分かったわ。これを見本にジャケット? というのも作ってみる」
また可愛らしいファイティングポーズを取るシェレンさん。下がりかけてたモチベを取り戻してくれたみたいだった。




