69:ハグの効果って凄いね
「エレザ!」
名前を呼ぶと、彼女は少し申し訳なさそうに眉を下げた後。
「待っててくれ。すぐに片付けてくる」
体勢を低くし、素早く駆けだした。目指す先はウホホ=ヤラネエカ草の本体。
「気を付けて! 何故か尻を狙ってくるから!」
という忠告は意味もなく。モンスターは切り落とされた触手を巻き戻し、本体の前でガードの構えを取るだけ。先程の血気盛んに攻めてきた姿は見る影もない。なぜ? と疑問に思う間もなく。
「ふっ!」
エレザの一閃。それで触手ごと胴体も真っ二つに。ええ? あんなアッサリ?
青い体色の茎が切断面からズリ落ち、やがて地面に衝突した。ドンと鈍い音。ファイティングフラワーと同じくらいのサイズ&質量だったみたいだ。
「……」
モンスターの体から、大量の花が落ちる。どこにそんなんあったんだよ、という疑問は野暮か。
俺はゆっくりとエレザに近付いていく。彼女はこちらに背を向けたまま、剣を鞘に納めた。
「……助かったよ。ありがとう」
「……」
沈黙。だが、先程の険のある雰囲気ではなく、とても気まずそうな。
やがて小さな動きで振り返ったエレザは、
「……すまなかった」
そのまま頭を下げた。
「……」
「今日一日の私は、アキラに対してあまりに酷かった」
そんなことないよ、とは言えなかった。事実、理由は分からないが、もう嫌われたものかと。半分、彼女との仲を諦めかけたくらいだ。また、理不尽な仕打ちにモヤッとした怒りを覚えたことも否定しようがない。
「朝は言伝だけで、帰ってきたら八つ当たり。歩み寄ろうとしてくれた時も、不機嫌なまま追い返してしまった」
「……」
「全部シェレンさんから聞いた。叱られたよ。当然だ」
「そうか、シェレンさんが」
俺に任せる雰囲気だったけど、流石の事態に見かねて介入してくれたんだろうな。本当に優しい人だ。
「あの険しい道を1人で、重たいカラスギを抱えて……私を元気づけたいという誠意だけで」
いや、まあ。それだけじゃなく、醤油とか寿司とかまで見据えてだけどね。
「私はそんなアナタの想いも努力も踏みにじってしまった」
「……」
「償いをしたい。なんでもするつもりだ」
ん? 今……は、ふざけてる場合じゃないな。
「償いと言われても……もう謝ってくれたし、助けに来てくれたし。これ以上は」
何も思い浮かばない。
「取り敢えず、嫌われたんじゃなくて良かったよ」
そこは心底ホッとしたところだった。根は良い子なのは間違いないし、そんな相手に嫌われるのは辛いからな。と、言ったところで。
「そうか。そんな心配までさせてしまったのか。胸が……苦しいな」
本当にシャツの胸元を握るエレザ。爆乳が寄ったのを、ついガン見しそうになる男のサガを必死に抑えつける。
しかし、雪解けたのは良いけど、今度は気に病みすぎてるな。話を変えるべきか。
俺は後ろを振り返り、地面に置いたままのスリングショットを見やる。
「とにかくさ。遠距離武器が完成したんだ。エレザにプレゼントしたら喜んでくれるかなって……あとついでに巨大豆を撃ち落としてもらおうかな~って。そう思って作ったんだ」
後半はおどけた調子で言ったが、やはり彼女はまた眉を曇らせる。
「本当にすまない。そんな風に思い遣ってくれてたんだな。だというのに……」
ああ。こりゃ、今は何を言ってもダメっぽいな。
「……取り敢えず、場所変えようか」
ここはビャッコの森の第2層。ゆっくり話すのに適切な場所とは到底言えない。
エレザも頷いてくれたので、ドロップらしき大量の花を拾い、両手で抱えながらこの場を後にした。
………………
…………
……
一旦、ビャッコの森の1層まで戻ってきた。ここら辺なら基本的にヤバい生物は居ないみたいだし、少しは落ち着いて話が出来そうだ。
「ふう。やっぱり密林地帯は油断するとダメだね」
前回は……ファイティングフラワーに1発食らって、ガーゴイルには傷を負わされ、巨大豆にも殺されかけるという、散々な目に遭って。今回も危うく貞操を奪われるところだった。
「……最初から私がついて行くべきだったのに」
少し迷ったが、俺はエレザの前に立つと、そっと彼女を抱き締めた。ポーラがルナストーンの件を告白してくれた時と同じように、体温を通わせて落ち着かせる。凄くプリミティブだけど、それだけに普遍で不変な方法。果たして……エレザにも効いたみたいで、強張っていた肩がストンと落ちるのが分かった。
「嫌われたんじゃないかと……私の方こそ怖かったが……抱き締めてくれるんだな」
「うん」
実は少し勇気が要ったけどね。どうしても塩対応された時の冷めた瞳がチラついたし。多分、女性に触れることに全く慣れてなかったら無理だったと思う。ポーラやシェレンさんに感謝だ。
「あったかい」
「うん」
エレザも俺の背中に手を回してくる。
ポーラの時にも感じた愛おしさ。なんともまあ節操がないなと自分でも思うが、胸の内から湧き上がるものだがら止めようもない。
頭も撫でてみた。つむじから、ポニテの付け根まで、優しく優しく。
「ん……」
「嫌だった?」
「大丈夫。誰かに頭を撫でられるなんて、子供の時以来だが……悪くないものだな」
気に入ってくれたらしい。
更に強く抱き締め、彼女のおでこに頬をつけた。これも嫌がられない。
「なんだか……心がポカポカする。不思議だ」
「ああ。俺もだ。人と触れ合うのが、こんなに心に作用するなんて、この島に来るまで知らなかった」
「そうなのか? 前の世界では、あまり人に触れなかったのか?」
「うん」
日本はみんな互いに距離がある。それが良い時もあるけど、きっと心の内では誰もが寂しさを抱えてる。
「いつか……アナタの故郷の話も聞いてみたいな」
「そうだね。俺もいつか……みんなに話してみたい」
俺が男という生物で、日本にはこんな文化があって、両親はこういう人で……
そんな、全てを話せる日が来ることを想像して、俺は頬を緩めた。




