68:アキラ危機一髪
密林地帯を進み、例の巨大豆の前までやってきた。なにが凄いって、この地図帳、どうも行った場所を追記してくれるらしく。この場所も地図を頼りに難なく辿り着いたんだよね。
ちなみにフィニス酒蔵・農園・畜産小屋も載っていたけど、水田や果樹園は行ってないから未記載という。本当に行った所だけ仕様なので、注意が必要だ。
「しかしまあ……相変わらずデケえなあ」
見上げてると首が痛くなりそうだ。そして、大きな葉っぱの裏側、その付け根辺りに、目的の巨大豆の姿も確認した。
ただ、初心者の俺がアレに一発で当てるのは無理だろうな。モタモタしてると例の防御行動で吊るし上げにされる可能性もあるし、何より10本しかない貴重な矢を空高く撃ってロストしたらマズイ。
となると先にグラウンドレベルでの練習が必要だが。
「うーん」
やっぱ例のファイティングフラワーを狙うのが一番かな。近接戦闘は厄介だけど、根が張ってて動けないから、遠距離武器には多分だけど成す術がないハズ。つまりカモれる。
「ふふふ」
殴られたのも忘れちゃいないぜ。そのリベンジが拳じゃなくてスリングショットっていうのが、いかにも姑息だけど。まあ人間はズル賢さを武器に今日まで生き残ってきた種族だからね。
少しだけ豆の木から離れ、人の拳みたいな葉を生やした草を探す。
「あった」
自然と顔がニヤけてしまうよね。フラワーも安全に確保できるんなら、色んな道が開けるからな。パン、麺、揚げ物、エトセトラ。
「んじゃまあ、不意打ちで恐縮だが」
スリングショットのゴム部に矢をつがえる。矢尻は尖ったゲンブ鋼石だから、当たれば一撃だろう。肩口から二の腕に沿うように本体を宛がい、ググッとゴムを引っ張った。狙いをつけて……放つ!
――ヒュオン! バチッ!!
「いってえ!?」
頬が焼けたかと思った。うわあ……ゴムが当たったんか、これ。クソ痛い。皮膚裂けてないよね? 手で頬に触れてみるが、血が出た様子はない。大丈夫っぽいな。ただ恐らく打ち身になってると思われる。触ったらジクッとした痛みがあったし。
「ケアケアジェルは……内出血とかにも効くんかね」
まあダメでも、放っておけば治ると思うけどね。
「って、そんなことより、矢は?」
前方に目を凝らす。すると植物に刺さっているのが見えた。だが狙っていたファイティングフラワーとは違う。なんか青っぽい……変な草だ。その草は矢が突き刺さったまま、
――アッー!
叫び声をあげた。な、なんだ? 音を出せるのか。
あまりに予想外の威嚇に、一瞬固まってしまう。その隙に植物がジワジワと伸びてくる。またツタか!
――アッー!
鞭のようにしなり、打ち付けてくる。スリングショットを地面に置いて、代わりにシャベルを拾った。間一髪、応戦。突きがクリティカルヒットしたらしく、鞭の動きが怯んだ。
イケるか!? と、前のめりになったところで、尻に違和感。何かが這う感触だ。慌てて前転し、振り払う。立ち上がりざま、振り返ると……
「鞭型とは別のツタ……?」
鞭で攻撃している隙に、2本目がコッソリと背後を取っていたということか。作戦を立てる知能があるのか、自然を生き抜くうちに身に着いた防御行動なのか。ただどちらにせよ、背後を取られたのに尻を撫で回されただけという結果は腑に落ちない。
と、そこで。記憶に引っかかるものがあった。確か女神さんがモンスター図鑑を眺めてる時に見つけた……
「ウホホ=ヤラネエカ草……」
出会っちまったんじゃねえのか、これは。てか、図鑑に載ってたってことは、植物じゃなくて植物系のモンスターだよな。つまり巨大豆やゴムツタみたいな防御行動じゃなくて、積極的にこちらを害する攻撃をしてくる可能性が高いということか?
俺を害する……ウホホ……ヤラネエカ……尻を這い回るツタ(あるいは触手?)……アッー!
「どう足掻いても嫌な未来しか見えないんだよなあ」
ヒロインじゃなくて主人公が触手に辱められるイベントとか、誰得なの……?
「と、とにかく……負けられねえ!」
シャベルを握る手に力がこもる。すぐさま、第2波が来た。今度は最初から2本のコンビネーション。左右から迫ってくる!?
「な!?」
俺のシャベルは当然、1本だけ。左から来るヤツに反射的に突き刺し、撃退するが。右側から来るもう1本には対応できない。なんとか拳を繰り出すが、猫パンチに等しく。簡単に手首に絡みつかれてしまう。その際、ねっとりと肌の上を這い回られ、全身に怖気が走った。
なんとか引き剝がそうと、振り回したり引っ張ったりするが、一向に離れない。そうこうしているうちに、撃退したもう1本も復活。ウネウネといやらしく蠢きながら、俺の尻へと向かってくる。咄嗟にシャベルを放し、掌をズボンの後ろに回してガードするが。
「う」
モゾモゾと這い回る触手が手の甲を撫で回してくる。ヤバい。ヤバいって、マジで。童貞を卒業する前に、処女を失ってしまうのか。こんな異世界の、密林の奥で、触手相手に。
そう思うと、悔しくて恐ろしくて、泣きそうになる。なんとか。なんとか、打開策はないのか。
――アッー!
無情にも触手の動きが活発になり、グググと掌を押しのけにかかる。ダメだ。ここを明け渡してはケツアナが確定してしまう。
「くっ、くそ……!」
小指が離れた。もうダメか。
――その時だった。
「アキラー!!」
裂帛の咆哮と共に、銀の煌めき。カクンと右手が落ちる。拘束していた触手の1本が切り落とされたのだ。そして続けざま、左手に攻め入っていた圧も消える。そちらも切り落とされたのだろう。
「っ!」
窮地から救い出してくれた彼女を見る。
燃えるような赤い髪と、鈍く光る部分鎧の銀が美しい。
「エレザ!」
その名を呼んだ。




