48:敗走、そして闘志
半壊の建物を出ると、2人揃って大きな息を吐いた。ガーゴイルの方は全く動いていないらしく、翼の音は聞こえてこない。恐らくだが、俺たちが完全に見えなくなってから、また空へ飛び立つんだろう。
「まさしくガーディアンだな」
「宝が欲しければ、倒さないとか」
あるいは何とか出し抜く方法を探るか。それも中々難しそうだけどな。仮に一瞬目を欺いて、中身を回収せしめても、その後、地獄の果てまで追ってきそうな雰囲気がある。
「巨大豆も手詰まり。ルナストーンの方も強敵に阻まれてる」
暗雲立ち込めるの早すぎだろ。序盤だよ? 序盤。女神さんが言うには、俺の存在が色々と歪みを生み出してるらしいが。
「取り敢えず、今は戻るか」
結局、2人がかりで素材1つ(フラワー)だけという、あまり芳しくない成果と共に帰路に就くのだった。
………………
…………
……
居住区の丘まで戻ってくる。ホームの空気に、改めて安堵の息が漏れた。下手すればもう戻って来れなかったかも知れないんだもんな。本当、よう反応してくれたよ、俺の両腕。そしてヤツの爪とやり合っても壊れなかった魔法のシャベル君にも惜しみない感謝を送りたい。
「ああ……帰ってこれた。エレザはいつもこんな危険と隣り合わせの生活をしてるんだな」
普通に尊敬する。と思ったら、
「いや。いつもは鹿メインだし、複数人で当たるから、こんな危ない目に遭うことは基本的にないな」
彼女基準でもハードモードだったらしい。
はあ。全く、全くだよ。
「今後の方針も立てなきゃだけど、取り敢えずは戻ってレンガを作るよ」
メロウさんらの協力で、ジェルスライムの肉片以外の素材は集まってるハズだからな。有り難いことだが、逆に言うと、肝心の俺がフラワーしか採って来れなかったという体たらくで申し訳ない。
「分かった。私も、その……下着を替えたいし、一旦家に戻る」
「あ、ああ。なんかゴメン」
あの一幕では、俺も空気に流されてたが。今思えば、とんでもなく大胆なことをしてたよな。
少し顔を赤くしたエレザと別れ、我が家へと向かう。道中、ぐうう、と腹が鳴った。今は13時過ぎ。学校は午後の部が始まってる時間だ。しまったな。昼飯を食いそびれたか。
「ただいま」
家の玄関に入りながら声を掛ける。返事はなく無人……かと思われたが。
「お、おかえりなんだよ」
ポーラが居た。
だが、出迎えにきてくれた彼女の顔を見て、俺はギョッとする。赤い目元に、涙の跡。必死に拭って誤魔化そうとしたのか、頬も擦れて赤くなっていた。
「ポ、ポーラ!? ど、どうしたの!?」
いつも元気一杯の彼女が、こんな顔をしてるなんて。きっと、ただ事じゃない。
「な、なんでもないんだよ」
「そんなこと……」
あるハズがない。と思ったが、無理に聞き出すのも酷だろうか。
判断に迷っていると……更に自室からシェレンさんも出てくる。
「おかえりなさい」
「た、ただいまです」
これは、いよいよ何かあったな。イチ生徒のポーラだけじゃなく、先生であるシェレンさんまで午後の部に行ってないとなると、それは即ち。
「学校は生徒たちに無理言って、午後をお休みにしたのよ」
そうなるよね。
「…………」
「…………」
「…………」
全員で沈黙してしまう。休校と涙の理由。俺から聞くべきか、話してくれるのを待つべきか。
たっぷり10秒ほど見合ったところで、シェレンさんが「ふう」と小さく息を吐いて、ポーラの背を優しく押した。
「ポーラ。黙ってても仕方ないわ。アキラも含めた家族の問題なのよ」
「う、うん。分かった……んだよ」
ポーラはもう一度、目元を拭ってから、語り出した。
「ボク、お昼休みに、大通りまで下りたんだよ」
居住区になってる丘の下、あの市か。
「アキラが頑張ってルナストーンの欠片を探してくれるから……それでこの子、せめて美味しい果物をと思ったみたいで」
「そ、それは言わなくて良いんだよ」
ポーラは面映そうにしてるけど、俺としては教えてもらえて嬉しい。
そんなことを企画してくれてたなんて。ポーラは本当に可愛いな。
「家でご飯を食べた後、次の授業の準備のために私だけ先に出たのだけど……まさか1人で市へ行くなんて」
シェレンさんの語り調子が変わる。ここから悪い話ということか。
「お昼だし、もうみんな買い物済ませた後だと思ったんだよ……」
少し話が迂遠だ。けど多分、
「会いたくない人に会ったってこと?」
こういうことだろうとアタリをつけて訊ねると、ポーラはコクンと頷いた。
「前に、ルナストーンの件でポーラを責めている老人衆が居るというような話はしたわね?」
ああ、なるほど。
「その中の中核……ロスマリーの祖母なんだけど。ウィドナっていう性悪……失礼、あまり私たちとは相性の良くない方」
あのシェレンさんが陰口めいた言葉を吐くなんて……よっぽどなんだろうな。
「ウィドナばあちゃんに……疫病神も余所者もまとめて追い出せないモンかねって……言われちゃったんだよ」
よっぽどだったわ。俺はともかく、仮にも島の仲間、自分の孫より若い子に向かって。
「う……うう……」
思い出して、また悲しくなったのか、ポーラの下瞼に涙の雫が溜まっていく。思わず、ハグしてその頭を撫でた。
胸がキュッとなるな。
居間のテーブルの上にはバナナが置いてある。俺のためにお小遣いを握りしめて、イジメられても耐えて……買ってきてくれたんだ。
「……」
こりゃあ……やるしかねえな。
数分前までガーゴイルにビビってたのがウソみたいに、胸の内に気炎がメラメラと燃えあがっていた。




