33:責任感じるんでしたよね?
「……聖樹様の北側も通った?」
「うん。ゲンブの岩石地帯に行ったから」
そこでまた、ポーラは言い淀む。背中を優しく撫でてやると、また小さく口を開いた。
「……傍に、大きな石の……割れたのが……あるんだよ」
「うん。それも見た」
俺のその返答に、少しだけポーラの肩に力が入るのが分かった。
シェレンさんと目が合った。ゆっくりと頷かれる。俺に全て任せる、という意味だと思う。
たっぷり1分くらいは経っただろうか。やがて、ポーラは意を決したように。
「……ボクが……ボクが割っちゃったんだよ」
そう告白した。
「え?」
予想外の内容だった。
確かに、事故で破損した可能性は考えていたけど、それがまさかポーラの手によるものだとは。
「聖樹様の周りのお掃除をしてる最中に……ちょっとどけようとしたら……」
シェレンさんを見る。目を伏せられた。事実のようだ。
「コロコロ転がっちゃって、それで岩にぶつかって……」
確かに北側(ゲンブの岩石地帯)に向けて、丘は傾斜になっていた。そこを転がり落ちたということか。しかし違和感がある。聖樹の周りは下草が結構生えていたし、そこまで速度が出るとは思えないんだよな。
まあ俺のキンタマも意味不明に弾けてたし、絶対ないとは言い切れんが。
……取り敢えず今は置いておこう。違和感があろうがなかろうが、実際に起こったことだし。
「……そもそもの話として、あの石は何なの?」
「アレはルナストーンよ」
シェレンさんが教えてくれる。
「聖樹様は、満月の夜に最も力を発揮するのだけど……ルナストーンこそが、その力の源と言われているわ」
具体的には、例の摩訶不思議受胎は満月の夜に起こすものだという。そしてそれは、割れる前は同時に複数人を懐胎させるほどに強力だったそうだが。
「それが割れて力が弱くなったんだよ。今は満月の夜でも1人を妊娠させるので限界なんだよ……」
ショボンとされると、父性が刺激されるな。頭を更に、かいぐりかいぐり。髪からあの香り液の芳香がする。
「とはいえ、ポーラが割る前から力は徐々に弱まっていたのよ。4人同時が3人、2人……遅かれ早かれ、一度の満月で1人しか妊娠できない事態にはなっていたと思うわ」
シェレンさんは沈痛な面持ちで、そう付け加えた。なるほど。憶測だが、力と硬さに相関関係があるなら……石自体、脆くなってた可能性はあるな。
「それをポーラに全責任があるかのように……一部の老人たちは……」
今度は不快げに眉根を寄せるシェレンさん。普段は温厚な彼女が珍しい。
「それで俺にも嫌われるかも知れないと怖がってたのか……」
「うん」
「大丈夫だよ。なーんにも気持ちは変わってないから」
なるだけ優しく頭を撫で、肩を撫で。安心したようで、ポーラの体から力が抜けるのを感じた。
ていうか実際、そもそも俺には彼女を嫌う権利すらない。今現在、コミュニティには仮所属で、島の利害関係者とは言い切れない状態なワケだし。
「うう……アキラ」
甘えてくるのが可愛い。まだまだ子供……おうふ!? おっぱいを腹に擦りつけるような動きはやめてくれ。この部分だけは大人顔負けすぎる。
「しかし、なるほどなあ」
最初に聖樹様の話になった時、家の中から出てこなかったのは後ろめたかったから。あまりメインストリートの方に下りたがらなかったのも、シェレンさんの言う「口さがない老人たち」に会いたくないから。恐らく、そんなところだろうな。
「でも割れたルナストーンの破片って、全部揃ってないですよね?」
球体だったハズだが、今は半円状になっている。上半分くらいが失われてる感じだ。
「ええ。不思議な力で方々に散ってしまったらしくて……それを探しに行ったのよ、この子は」
「ん?」
「ビャッコの森の奥で……ボクが皮膚病になった時の話なんだよ」
「ああ、なるほど」
そう繋がるワケか。エレザも「ポーラは目的があって森の奥まで行った」という旨の話をしていたが、それが欠片探しのことだったんだな。
「ビャッコの森の奥、密林地帯だっけ? そこに欠片があるっていうのは……どういう根拠で?」
「アティが見たって言ってたんだよ」
その見たっていうのは、目撃したのか「未来を視た」のか。アティが自分の特殊な力のことをポーラたちにも話しているのかどうか……と思ったら、
「アティは少し変わった子なのよ。その……彼女が言うことは、大体当たるというか」
どうやら2人には話してるみたいだ。
「未来視のことですか?」
「……! お、驚いたわ。誰かから聞いたの?」
「いえ。自分から話してくれました」
「そう……あの子が」
多分、この狭いコミュニティの中じゃ隠し通せるものでもないんだろうけど。それでも本人が直接話すのは珍しいこと、みたいだな。
「アティの気持ちは分かるんだよ。ボクもアキラには、なんだか心を許してしまうんだよ」
「そうね。私も、ポーラの恩人というだけでなく、アキラ本人の魅力も感じてるわ」
こんな美人母娘にそんなこと言われると……たとえそれが恋愛的な意味じゃなくても嬉しいモンだ。
照れ隠しも込みで、俺は軽く咳払いをして話題を元に戻す。
「けど欠片って、多分かなり細かくなってるよね? アティの視たのは……」
「うん。ほんの一欠片の話だと思うんだよ」
それは……果てしないなあ。
俺の表情を読んでか、シェレンさんが力なく笑う。
「私は止めてるのよ。現実的じゃないわ」
「でも、やっぱりボクの責任だから。元に戻したいんだよ。それで力も戻るかどうかは分からないけど」
そうか。こんなに小さな体(一部デカイけど)で、罪悪感に耐え、責任を取ろうと頑張ってたんだな。健気な子だ。
「よし。それじゃあ俺も出来る範囲で協力するよ。素材集めで東奔西走するからね」
方々に散ったというが、俺の動線なら網羅できるかも。
「アキラ……!」
更に強く抱き着かれる。
「ありがとう、ありがとうなんだよ」
俺の方からも優しく抱き返してあげた。




