291:フィニス農園防衛戦線
スライムの行軍に沿う形でしばらく走ると、畑と建物が見えてきた。そこでは既にフィニスたちが外に出て、スライムの大群を押し返していた。大きな板を体の前面に宛がって、それに全体重を掛けているようだ。
「やめて~~作物が~~!」
フィニスのいつになく切羽詰まった声。
家族総出にアティ家まで、全員で押し返して何とかスライムたちの進路を逸らしているようだ。
「ヤベえ! あーしらも手伝うぞ!」
慌てて駆け寄り、それぞれの背中を押す。2馬力となった箇所はグッと強く押し返せて、流れの向きが変わる。後続のスライムたちもそれに倣う形で進路が微妙に逸れた。ただ更に後ろの流れはこっちに向かってくるから、都度都度で軌道修正しないとダメっぽい。
「これは骨が折れるね」
「ていうか、凄い数居るんだよ」
「島中のスライムが集まって来てるんじゃないのかい!?」
「後から……後から……増えてる」
みんなも悲鳴を上げている。と、1匹2匹、バリケードの隙間から流れ込んできてしまった。
「ニチカ!」
「おう! ちょっと抜けんぞ!」
持ち場を離れたニチカが、近くに落ちていた鎌を借りて、振り回す。瞬殺して戻って来ると、
「ちなみに今のをそのまま行かせてたら、どうなってたんだ?」
「この先に田園があるから~~米が結構やられる~~」
それは……死守一択だな。パンもまだ完成していない現状で唯一の主食が逝ったら、餓死とまでは言わないけど、島中が腹ペコ音頭だ。
「列の終わりが見えてきたよ! あと少しだ!」
アネビーさんのよく通る声が聞こえた。みんなの間に少しだけ安堵の空気が流れる。ただもちろん、無限労働ではないと分かっただけで。まだまだ気を緩められる状況ではない。
それから数十分(あるいはもっと長い時間かも知れない)、一致団結で凌いでいく。ひたすら流れを受け止め、いなして逸らし。俺はみんなの後ろを回って手薄な所を支えたり、疲労が溜まった人と入れ替わったり。
………………
…………
……
そして。
「っ! これが最後尾なんだよ!」
ポーラの言う通り、列が切れた。最後尾が通過して行った箇所のバリケード担当が順に解放され、残りの担当の後ろにつく。今までにない軽やかさでグイグイ押し返していく。
……そのまま、全てのスライムの軌道を曲げて、農園の危機を回避させることに成功した。
「はあ~~」
「疲れた!」
「動きが遅いのは助かるけど、あの量が長く留まるってことでもあるものね」
姉Aさんの言う通り。長く押し続けないといけないから、なんというか。
「浸水を押し留めてる感じだな」
ああ、そんな感じだ。ただ鈍足でも前へ流れて行ってくれる分、浸水ほど重さが増す一方じゃなかったことが救いか。けど代わりに、後ろから次々と補充されるから、軽くなることもないんだけどね。
「何にせよ、守り切ったのう」
流石に不参加だったメロウさんが目を細めて労ってくれる。
そして下流(という表現で良いのか微妙だけど)に様子を見に行ってくれていたフィニス祖母が戻ってきた。
彼女の報告によれば、スライムは進路を逸らされた後、迂回するような道順を取り、やはり火山へと向かっているとのこと。
「どうする? 倒しに行くか?」
「もう……畑に被害が……出ることもない」
確かに通り過ぎてくれた後なら、合戦もアリだよな。
何が目的でキングが兵を集めているのかは謎だけど、いずれ俺にとって良からぬことだろう。疑わしきは罰せずなんて悠長なこと言ってられるほど、状況は甘くない。
「よし。滅殺だな」
スライム狩りの時間だ。
各々が武器を持ち、今しがた通過して行った連中を追う。
と。
「うわわ! 赤黒いのが出てきたんだよ」
「ちょっと、おちんちんの先っぽみたいだね」
言うてる場合じゃない。
「高反発スライム……」
連中は、過ぎ去っていくノーマルスライムたちの間を縫って、逆にこちらへ近づいてくる。そしてノーマルたちと完全にすれ違うと、そこで仁王立ちとなった。
「守ってる……みたいに……見える」
確かに。以前戦った時は、ノーマルのことなんて気に掛ける素振りすら見せなかった高反発スライムが、この固めよう。つまりキングの思惑としては、高反発を何体か失ってでも、この大群を生かして連れてこさせようということだ。
「ますます滅ぼすべきって感じだなあ、おい」
ニチカが好戦的な笑みを浮かべて、腰を落とす。そしてそのまま、銛を構えて突撃した。
「ふっ!」
突き刺す……が、当然のように弾かれる。それどころか、銛の先端に括り付けている鋭利な石、その端が少し欠けてしまったようだ。
「前と同じ……ううん……前より硬くなってる……?」
エレザの剣や、魔法のシャベルより耐久は低いとはいえ、ニチカの銛も百戦錬磨の得物だ。それを、ああも易々とやっつけてしまうとなれば、アティの言う通り、この赤黒スライムが前回よりパワーアップしている可能性があるな。
「とはいえ動きは遅い。迂回して……」
言いかけたところで、更に奥から追加の高反発スライムがやって来るのが見えた。まさかの援軍……意地でも大群は殺らせないということか。
「クソッ! なら!」
幸い、援軍の到着まではまだかかる。俺は赤黒の隣を抜け、手近なノーマル1体をシャベルで屠った。だが、
「アキラ! 避けろ!」
ニチカの鋭い声を聞いたと同時、足に強烈な衝撃が走る。鉄球でもぶつけられたような、タンスでも倒れてきたような、凄まじい威力。
「あ!? ぐあ!」
堪らず横転。いてえ。マジで痛すぎて、逆に声が出ない。変な脂汗だけがダラダラと湧き出てくる。
「アキラー!!」
アティのいつにない絶叫と、続く「カーン!」という大きな金属音。彼女が駆けてきて、俺に追撃を加えようとしていた個体を殴り飛ばしてくれたのだ。
「こっち~~」
更にフィニスが俺の手を引っ張って、立たせてくれる。その際にも足首に痛みが走ったが、言ってられない。ほうぼうの体で逃げ出した。
<お知らせ>
本作、無事に完結まで書きあげることが出来ました。全338話+あとがきという構成になります。新作の執筆も始めますが、こちらのペースは変わらず毎日1話ずつ上げていく予定です。




