237:橋の補修工事完了
それから30分ほどかけて、2本の丸太を岸側へと引き込んだ。ここで小休止と水分補給。
ちなみに大穴が開いてる方の丸太の中を覗き込んでみると……
「ハチは全部グッタリしてんな」
ニチカの言う通り、巣から落ちたハチたちは麻痺しているように動かない。時折ピクピクと足が動くので、死んではいないようだけど。きっと巣の中も同じような状態だろうな。毒矢、効果覿面だ。
一応、この木食いバチのアゴも『放屁鹿のコカリナ』の要求素材だから、採っておきたいが。この無抵抗なヤツを殺すより、さっきの斥候5匹の死体から千切り取る方が、気が楽かな。
「今のうちに全滅させておくのが安全ではないか?」
「うーん。それはそうなんだけど……どうもコイツら、本来は木しか噛まない性質らしいんだよな」
「そうなのか?」
頷き、天を指さす。女神さんの存在を教えているエレザには、それでキチンと通じたようで。得心顔になった。
本当に人に危害を加えないのなら、虐殺は憚られるし、生かしておくのがベターかな。ただ、ハチミツはアカミツバチから採れるし、アゴ以外に利用価値は無さそうなので、基本放置になるだろうけど。
「取り敢えずは、丸太ごと隔離しようかなとは思ってるよ」
それで様子見だね。人を襲いに来るようなら、悪いけど駆除。まだ毒矢もストックはあるし、いざとなれば即撃ち込み出来るから。
「ふうむ。まあアキラの判断に従うが……具体的にはどこに隔離するんだ?」
「北だなあ。このままゲンブの方に転がして行って荒野に放置で良いかなと」
あそこなら他に何も無いし、丘からも遠い。何も変なことは起こらないだろう。
そっちはそれで良いとして。
「次は新しい丸太を橋脚まで渡す作業だな」
もう大詰めだ。橋脚の天辺に座っているアティに向かって手で合図する。今から始めるよ、と。
「かなり重いでしょうから、お気を付けて」
ロスマリーの注意が入り、俺たちは気を引き締め直す。これ落としちゃったら、また切りに行かないとだからな。
まずはロープを結んで、手綱にして握る。ここに3人を割り当てた。橋脚は岸より若干低い場所に位置するため、斜め下方に滑らせるように送るんだけど。その滑らせた時にスピードが出過ぎないように、彼女たちにコントロールしてもらうのだ。
当たり前だけど高速でアティの方に突っ込ませてしまうと大事故確定。丸太をブチ当てて突き落とすような形になってしまうからね。
「慎重にね、慎重に!」
「分かってるよ!」
声を掛け合い、ゆっくりと丸太を滑らせていく。
ジワリジワリと進めて行って、ある地点でカクンと下方向へ力が掛かる。丸太の先端が自重に耐え切れずに下を向いたんだ。ここからが正念場か。
「良い角度ですわ。まだ下げ過ぎないように」
なんだかんだ、監督のロスマリーも「見る」という点においては、仕事してくれてる。途中、微妙な感情も抱いたけど、少なくとも今は居てくれて非常に助かってる。
「……っ」
10人で支えながら、少しずつ前に押し出していく作業。1人当たりの分担としては、実際そこまで重たくはないんだけど、なんせ慎重さが要求されるからね。じっとりと汗が背中を濡らすのを感じながら、これでもかというほど慎重に進め……
「ストップ! アティが掴みましたわ!」
ロスマリー監督の言葉通り、ほんの僅かに引っ張られるような感覚。全員、押し出すのをピタリと止めた。急激に先端が下がらないように注意しながら、アティに任せる。ここからじゃ見えないけど、恐らく向こうも慎重に引き込んでいるハズだ。少しずつ調節しながら、橋脚の上に設置した固定具に先端を噛ますという工程だ。
数十秒ほど経ったところで。
「嵌りましたわ。1本目、固定完了です!」
「おお! や、やった!」
「手を離しても大丈夫そうか?」
「ええ。慎重に1人ずつ」
というワケで、最初に漁師たちが手を離し、エレザと俺も続く。全員が離れたところで、少し横側から押してみた。転がらない。大丈夫だ。丸太の重量もあるだろうけど、橋脚側の固定もキッチリなされているということ。
「ロープも外してみる?」
頷き返すと、ロープ係3人がスルリと解いた。
みんな手は離しても、すぐに飛びつけるような体勢だったんだけど……10秒経っても、20秒経っても大丈夫そうなので、改めて大きな息を吐いた。
また丸太を少しだけ押してみるが、やはりビクともしない。
「よし!」
全員の顔に、安堵と喜びの色が浮かんでいる。俺は少し前に進んで、橋脚の上に居るアティを見下ろした。彼女も丸太の先端に掌を乗せたまま、ニコリと微笑んで返してくれた。
「長かったけど、終わりが見えて来たじゃねえか」
ニチカの言葉に苦笑する。
本当に長く感じた数日間だった。時間的にはそうでもないけど、手間が掛かり過ぎたからだろうね。
「出来れば、岸側も固定したいところだがな」
「そうだね。カラスギの枝を加工して、三角の留め具を作ろう」
ドアストッパーみたいなヤツね。まあそれは追々として。
「こっち側は残り1本、ちゃっちゃと架けちゃおう」
ということで、もう1本も架けてしまうと。今度は残り2本を再び釜に収納、対岸へ向かう。釜を背負って例の崖を登るのは骨だったけど、どうにかこうにか上がる。
そこで、飛び地の住人たちに出迎えられた。
「遂に橋が直るんだねえ。ありがたや、ありがたや」
イザリばあちゃんなんかは、俺を拝み始めるもんだから、止めるのに必死だった。
住人達に見守られ、それからまた20分ほど作業をして……遂に。到頭。
「丘北東の橋、補修完了だー!!!」
全ての工程が終わり、橋は新たな形で蘇ったのだった。




