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爆乳ハーレム島の錬金術師  作者: 生姜寧也


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202/339

202:非情の雨

 数分でニチカは崖の半分くらいまで降りて行った。やはり運動神経が良い。最初は少し危なっかしいところもあったけど、今や完全に慣れたようで。俺に向かって軽く片手を挙げる余裕まで見せてくれた。

 まあ海岸から北東の飛び地に登る時なんかも、軽くボルダリングみたいにして進む箇所もあったし、そこら辺も経験値になっていたようだ。


「アキラ~~ニチカは~~?」


「大丈夫なんだよー?」


 後ろの2人は持ち場を離れず、気も緩めず備えてくれてるが。やはり何事もなく数分も経ってくると、気になって仕方ないようだ。


「大丈夫だよー! かなり良いペース!」


 後ろに返答してから、また少しヒモのあそびの部分を崖下へ回す。距離が伸びる度、少しずつ崖下の尺も伸ばさないとだからね。

 天を見上げる。マズイ感じだ。依然として黒い雲は空に陣取ったまま、しかもかなりセフレ島に近付いてきている。夕方まで保つかもという当初の予想より、明らかに早そうだ。


「……」


 とはいえ、当然急かすようなことは言えない。

 ……最悪は、アティには悪いけどミッション放棄も念頭に入れつつだな。その時は、なんらか他の手段で2人の関係を動かすべきか。


「もうそろそろだー!」


 ニチカの大声。上からだと遠近感が掴めないが、確かにもう彼女の体は米粒のように小さくなっていた。そしてそのまま、1つ崖壁を蹴るようにして、


 ――ザパーン!


 飛び込んだ。

 その瞬間から、グッとヒモを引っ張られる感覚。川の流れに押されているのだ。俺から見て右側が川下、そちらに持って行かれそうになる。

 

「ニチカが~~川に入ったの~~?」


「ちょっと流されそうになるんだよー!」


 2人からも確認が入るので、


「そうだー! ここからが踏ん張りどころだー!」


 こちらも大声で返した。その直後、


 ――ぽつ


 頬に水気。弾かれたように天を見上げる。いつの間にか黒雲の端が直上に居た。

 マズイ、と思った時には。


 ――ダーッ!!


 バケツを引っくり返したような凄まじい大雨が降り注いでくる。一瞬で水煙が立ち上り、視界が曇って見える。


「ニチカ―!!」


 崖下へ呼びかける。彼女は既に泳ぎに入っていて、クロールのように腕を回す姿が辛うじて見えた。時折、息継ぎはしているので、大雨に気付いていないハズはないが。


「あのバカ……」


 強行するつもりか。

 ただでさえ、牛歩のような進みをしている。泳ぐ端から川下側に流され、食らいついて元の位置まで泳ぎ。その合間に少しだけ前に進んでいるという状況。

 厳しい。視界が悪くて、俺の方からはアティのポーチが乗っている岩は確認できなくなっている。あと、どれくらいだ? 止めるべきか? 川上の水嵩が増してくるギリギリまで堪えるべきか? いや、川の増水は人間が思っている以上の速さだと、いつか動画か何かで見た覚えがある。


「ニチカ―!! 撤退だー!!」

  

 喉の震えが自分でも分かるくらいの、大音量で叫ぶ。だが、彼女は止まらない。聞こえていないのか、それとも聞こえた上で無視しているのか。

 

「クソッ!」


 と、悪態をついたと同時。ニチカの手が岩にかかった。目を凝らすと、僅かにピンク色が見える。着いた! この土壇場で辿り着いた。あるいは辿り着いてしまった。これで彼女は引けなくなった。案の定、なんとかその場に留まり、片手を伸ばそうとしている。


「アキラ~~そろそろ~~!!」


「危ないんだよ!! 川をナメたらダメなんだよ!!」


 分かってる。分かってるんだが。

 と。遂にニチカがポーチを掴んだっぽい。だが同時に、グンとヒモに掛かる圧が増す。水流が強くなり始めているのか。


「ニチカー!! 戻れー!!」


 言われずとも、彼女は反転。ポーチは水着の中に入れてガッチリ固定しているらしく、両手をフリーにして懸命にクロール。


「す、滑るんだよー!!」


 ヒモを持つ指の間にも、容赦なく雨粒が入り込んでいる。せめて縄のような材質なら良かったが、どちらかというとゴムに近い表面は確かに滑りやすい。必死に握り込む。奥歯がギチリと鳴る音が脳天に響いた。


「お、重い~~」


「ぐ……く」


 みんな限界が近い。頼む。頼むから、速く。

 と。ようやくヒモから伝わる負荷が減った。ニチカが片手なり、岩壁を掴んだのだろう。そこを支点に体を持ち上げてもらえれば、取り敢えずは安全だ。安堵の気持ちが全身を駆け抜ける。ゴールが見えた。

 

 ――その油断が良くなかった。

 

「っ!?」


 逆にいきなり負荷が増した。肩が外れるかと思った。引きずり込まれて崖から滑落しなかったのは……ほぼ奇跡だろう。それくらいには弛緩していた。


「うあ!?」


 背後からも悲鳴があがり、俺に掛かる負荷が更に増した。フィニスか、ポーラか。あるいは2人ともか、一瞬の緩みと急激な戻りに翻弄され、手を離してしまったんだろう。

 またも肩が飛んで行ってしまいそうなほどの負荷。マズイ。俺が最後の砦か。


「ニチカ……!」


 戻れないか。彼女もまた、速くなっていく水流に翻弄されているのだろうか。もしかしたら上流から流れてきた何かにぶつかって意識を失っているとか。もしくは……

 そんな最悪の想像がよぎりかけた時、わずかに両腕に掛かっていた圧力が緩んだ。ニチカが泳いだんだ。少しだけ進んだんだ。意識はある。生きてる。必死に戦ってる。


「ぐおおお!!」


 苦しい。手の皮が千切れてるかも知れない。構うもんか。

 ニチカ! ガサツなようで面倒見が良くて、おばあちゃん想いで、過去の過ちを悔い続けるほどに優しい女の子。失いたくない。嫌だ。絶対に失いたくない。

 戦線に戻ったフィニスたちも懸命にやってくれている。けど、引き込みきれない。岸までもっと近付けてやりたいのに。


「クソッ!」


 あと少しの力が……欲しい。

 ダメだ。逆に流され始めている。川下へと、ぬかるんだ土の上を靴が滑る。右へ、右へ。左に引き戻さないとダメなのに。

 誰か! 誰でも良い! 通りがかりのモブさんでも誰でも! 手を……手を!


「アキラ!!!」


 フィニスでもポーラでもない声が響いた。すぐ後ろに誰かがついた。そしてグイグイとヒモを引っ張ってくれている。一瞬だけ振り返ると……そこには。

 青い髪の少女が居た。


「アティ!!」

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