181:取引先に返礼品
女神さんが言うには、どうもキングのヤツは今度は南のスザク火山の方へ潜伏しているとのこと。そこでまた軍団を形成しているというのだから、もう習性と言って良いだろうな。王様は民を従えてこそってことか。
『ただ攻め入るのは慎重にね。ちょっと見たことないスライムも混じってるみたいだから』
マジか。また新種ってことか。スライムは多いなあ。まあ某国民的RPGでも色んな種類が居るし、そんなモンか。
(ありがとう、女神さん)
『うん。頑張ってね。あ、あともう1つ注意点。妖精郷にキミだけで入っちゃうと写生の光が放てないから詰むと思うよ?』
え? あ……言われてみれば確かに。俺がワンオペしたって光らないんだもんな。最悪は妖精さんに手伝ってもらって、小さな体全体で擦ってもらうとか……
『きっしょ……マジできっしょ。戦慄した。特殊性癖のリーディングカンパニーじゃん』
(い、いや、例えばの話だよ。それなら発光するのかなって。ちょっとした思考実験みたいなモンで)
懸命に濡れ衣を晴らす。
実際のところ、あの妖精さんたちに擦ってもらっても無理だと思うし。ていうかそもそも、彼女たちはプログラムから外れた行動はしないしな。
『まあそうだね。だから言った通り、1人で入ると多分ヤバイ。あるいはハリアンライトの強化版みたいなのを作れば1人でも行き来できるだろうけど』
うん、肝に銘じておくよ。しかし、そう考えると運があったよな。1回目はシェレンさんのドジがあって、2人で来訪。2回目もたまたまエレザが朝早くから訪ねて来てくれて、彼女を巻き込む形でツーマンセル。
むしろ今後は信頼できる女性を2人くらい連れて行くのが正解かも。写生用(&予備人員)にっていうのが物扱いすぎて心苦しい限りだけどね。
女神さんは去って行き、俺は本日の予定を立て直すことに。エレザが戻ってくる前に固めとこう。なんせイレギュラーで随分と狂ったからな。時計を見やると10時35分。昼前に一仕事は出来るだろう。
折角エレザが同行してくれるのだから……セイリュウの2層で怪魚にフルーツを振る舞うか、スザク2層でキングを討伐したいところだが。まあまずはセイリュウか。
そしてその2つ以外にも、ハス貸しの件もある。彼女に妖精郷のことを話さないとな。それであとは……橋脚の継続作業。道路もやりたいし。ガラスも、多分もう素材が揃ったから作れるんだよね。
「あー。マジで時間と体が足りんわ」
と愚痴っている間に、エレザが戻って来てくれた。そしていきなり、
「あのベトベトした液体……乾いたらカピカピになっていたんだが? どういう物なんだ?」
そんなことを聞かれてしまった。
うーん。シェレンさんの時にも返答に窮したけど、汚い物という認識を植え付けたくないし。
「えっと……みんなが赤ちゃんのお穴から出す液体と同じような物で、人体に害とかは無いんだ」
「な、なるほど……そういうものか」
幸い、赤ちゃんのお穴関連は深堀しないのが島の風潮っぽいので、それ以上はエレザも何も言ってこない。
1つ咳払いを挟んで、俺は昼飯前の予定を話す。昨日も一緒に行った地底湖なので、エレザも事情をすぐに察してくれた。
「ピアップルなら怪魚も喜ぶだろうな」
さっき食べた時の甘さを思い出しているのか、微妙に頬が綻んでいる。
「湖底の素材採取は龍魚クン頼みだからね。こっちも相応の対価は用意しないと」
いわば貿易みたいなモンだ。こっちから出せる品物が無ければ成立しない。もちろん将来的には、サトウキビを見つけないといけないんだけど、取り敢えず今日は「探してますよ」というメッセージと挨拶も兼ねて、ピアップルを納品しようというワケだ。
「今日も敵が出てきたらよろしくね」
腰を抱いて、頬にキスした。はにかんだ笑顔を返してくれるエレザだけど、目の奥には自信の色が窺える。
冒険セットに、フィニスから貰った皮袋2枚も携え、出陣となった。
………………
…………
……
ブルーウィスプとのエンカウントに注意しながら慎重に進むが、前回より遥かに早く地底湖へ辿り着いた。湖の周りには、またぞろウィスプとスライム(何体かは特殊個体だろうか?)が居たが、エレザに掃討してもらう。相変わらずのノーミス。本当に惚れ惚れする腕前だった。
「さてと。これで全部だな」
「ありがとう」
抱き寄せてお礼のキスをする。お尻とおっぱいも軽く揉んでおいた。
湖の傍まで寄って行くと、大きな魚影が湖面へと上がってくる。怪魚クンだとは思うんだけど、違うヤツという可能性もあるので、シャベルを構えておく。エレザの方もスリングショットから手を離していない。
やがて。ザパーンと大きな波音を立てて浮き上がったのは……やはり昨日の怪魚クンだった。青い鱗に覆われた細長いフォルムに、ナマズっぽい顔とヒゲ。ホッと肩の力を抜いた。
「こんにちは。キミは昨日の怪魚クンで合ってる?」
口頭でも確認。すると首を縦に振ってくれた。
「昨日の約束だけど……まだサトウキビは見つけられてなくてさ」
そう前置きすると、少し落胆したのか、ヒゲの角度が下がった。なにげに器用だな。
「ゴメン。けど代わりに新種の果物を持ってきたよ。超甘くて美味しい」
ヒゲがピンと跳ね上がる。忙しいな、おい。
俺は背中の竹カゴを下ろし、中からピアップルを3つ取り出す。興味津々という様子で、怪魚は首を伸ばしてくる。
「皮ごといける?」
コクコクと首肯。ちょっと水飛沫が飛んできたけど、まあいいや。「ほれ」と投げてやると、見事に口でキャッチ。そのまま豆腐でも噛むような軽やかさでゴリッと噛み砕いてしまった。うん……コイツを怒らせて敵対するような事態は絶対に避けよう。
――シャクシャクシャク
咀嚼する度に、ヒゲの角度が上がっていき。遂には逆立ち状態になってしまった。多分、メチャ美味しかったんだろうな。気に入ってもらえたみたいで良かったよ。