141:ニチカと添い寝した
「アキラ……」
ニチカが泣きそうな声で、俺の名を呼ぶ。
「ありがとう。あーし、アンタと出会えて良かった」
「感謝は早いよ。まだ何も成せてはないから」
「いや。あーしの過去のことを知っても、なお力になってくれるっていうだけで……救われるんよ」
「そっか」
「不思議だよな。今までばあちゃんにも言えなかったのに……出会って数日のアンタには……」
「ニチカ」
ギュッと抱き締める。
今までずっと1人で抱え込んできたんだな。アティもニチカの顔を見ると「ズーンとなる」と言っていたが、ニチカもまたアティの顔を見る度に、自分を責めていたんだと思うと……十分すぎるほどに報いを受けてしまっている。実際のところ、子供の頃の些細な一言で、ここまで苦しむことも稀だろう。
「……1人でよく頑張ったと思う」
「あーしは労ってもらう資格は……」
更に強く抱き締め、胸の中に閉じ込めてしまう。
「良いな……これ。信頼できる人間の体温」
「うん。安心するよね」
俺もこっちに来て、体を触れ合わせることの大切さを知った。人間も所詮は動物で、寄り添い合って眠る犬猫と大差ないんだって。
「アキラ、あーし……もっとアンタと触れ合いたい」
少しだけ体を離して。見上げてくる潤んだ瞳と、半開きの唇。もっと触れ合う。それを叶える方法は1つ。
いつもは女の子の方からしてもらってたファーストキス、それを今回は……
「ニチカ、目を閉じて」
俺から貰う。
言われた通りに目を閉じた彼女のアゴに手を当てて、優しく引き寄せる。そしてそのまま、
――チュ
唇を重ねた。ニチカは驚いて、少し顔を離してしまう。だがすぐに、自分から再び距離を詰めてくる。
「これ……なんだ? 分からないけど……」
「気持ち良いでしょ?」
軽く頷いたそのアゴを、再度捕らえる。そして顔を傾け、唇を合わせると、数回啄んで離した。ポーッと熱病に冒されたような表情のニチカ。
「すげえな……溺れた新人の口を吸って息を吹き返させたことはあるけど。こんな浮き上がるような気持ちにはなんなかった」
「それはまあ、人工呼吸とキスは全くの別物だからね」
「キス……っつーのか、これ」
無意識だろうが、唇に人差し指を当てる仕草が艶めかしい。
「良いなあ、これ。乳吸われるのも良いけど、こっちは心の中もあったかくなるっつーか」
「もう1回する?」
訊ねると、今度はニチカの方から。八重歯の覗く半開きの唇が近付いてきて、俺のそれを覆う。ニュルリと湿って温かくて。ついお乳を触りたい衝動も生まれるが、グッと理性で抑える。
ゆっくりと唇を離すと、彼女は少しだけ名残惜しそうで。俺はその頭を優しく撫でてやる。
「ん……これも、他のヤツにやられたら腹立ちそうなのにな。なんでかアキラなら落ち着く」
言いながら、ニチカは少しずつ目がトロンとし始める。俺に打ち明けて味方になってもらえた安心感と、通わせ合う体温のおかげか。
「このまま……寝ちまいそう……」
割と限界みたいだな。お姫様抱っこでベッドまで運んでやると、ニチカは素直に横になった。その背中を優しく叩いてやる。ポンポンポンと。続けるうち、完全に寝入ってしまった。
心の中で「おやすみ」と告げると、俺はそっと彼女の家を後にするのだった。
帰り道。甘く勃起はしてるけど、ワンオペする気にもなれず……俺は考え事に集中する。アティを更に傷つけることなく、ニチカの想いも知ってもらう方法。そんなウルトラCが簡単に見つかれば苦労はしないのは承知の上だけど……
「ふう」
自宅まで帰ってきてしまった。ちょうど母娘も起きて朝食を摂っているところだったらしく、玄関を開けると良いニオイが漂ってくる。焼き魚みたいだ。
「おかえり」
「お疲れ様なんだよ」
「ただいま」
やっぱ良いなあ。帰る家があって、迎えてくれる家族が居るのって。
っとと、そうだった。
「これ、お土産です」
竹カゴに入れているイカのことだ。背負っていたのを下ろすと、2人も食事の手を止めて近寄ってくる。
「まあ! イカね」
「珍しいんだよ」
「高級な部類ですか?」
「ええ。漁師たちがイカの群れに遭遇した時は大量に獲れるけど」
「普段は見ないんだよ」
なるほど。それは良かった。
「これはお礼が必要ね」
「キスするんだよ」
わーい。ということで、2人とキスを交わす。軽くおっぱいも揉ませてもらうと、
「吸うのは帰って来てからね」
「もうボクたち学校へ行かなきゃなんだよ」
と諭される感じに。なんか、ニートの息子と、仕事や学業のある家族との間の格差みたいな。深夜に起きてプラプラして早朝帰ってくる辺りも、それっぽいしな。
……やめとこう。気分が凹んでしまう。
2人を見送り、俺も行動を開始する。
漁師さんから聞いた、海蝕洞窟の最奥の地底湖。まずはそこを目指そう。ニチカとアティの件は、すぐに妙案は浮かばないし、出来ることから行動していかないとな。
「さてと。それじゃあ、助っ人のご機嫌を窺いに行くか」
危険地帯だから、少し心苦しくはあるけど。お金もそこそこ手に入ったから護衛として交渉は出来るよね。
ということで、エレザ宅へ。既に起きていたらしく、外から呼びかけるとすぐに出てきてくれた。
「おはよう」
「ああ、おはよう、アキラ。おっぱいか?」
みんな俺を見るや、お乳の催促だと思うようになってない? まあアレだけ大喜びしてたら、そう思われても仕方ないんだけどさ。
「そうじゃなくて……エレザ、今日は空いてる?」
「ああ。実は例の鹿の偽装死体を調査していたウィドナ様がな、激臭が体に移って当分外に出られないらしくて」
言いながら、ニタニタしている。エレザのこういう表情は珍しいな。まあ俺の方も口角が上がるのを抑えきれないし、きっと似たような悪い笑みを浮かべてるんだろうけど。
「つまり今日は空いてるってことか」
「ああ!」
晴れやかな顔で頷くエレザ。解放感で脳汁がヤバイことになってそう。
そんなゴキゲンの彼女に、俺は来訪の目的を話し始めた。




