Last Train
会いに行くから待っててね。
※モチーフに書きました↓
YUI「Last Train」
「今夜が最後のステージです。」
対面での講義が再開したばかりのある日、大学にて。無意識に画面をスクロールしていた私は、マスクの下で息を詰まらせた。長い間推し続けたバンドが、突然その活動を終了しようとしているのだ。
幸か不幸か、結局メジャーデビューはできなかった彼らのラストライブは、行こうという意志さえあれば、入場すること自体は容易だ。いや、容易なはずだった。
———なんで、こんな時に限って、ねぇ。
ため息混じりに、私は着慣れないスーツを見下ろした。あと1日遅ければ、いや早くても良かったけれど、万全の状態で行けたのに。
———わざわざ遅い時間を指定することないのに、ねぇ。
いやいや、それを言ったら我儘過ぎる。あの大人気企業verge companyに勤める先輩が、私の就職活動のために忙しい予定を合わせてくれたのだ。
頭の中ではわかっていても、残念なことに変わりはない。でも仕方のないことだ。無機質なBGMのように耳を通り抜けていた講師の話に、私は改めて向き合った。
「配信になってからも応援してくれてありがとう。」
空っぽの頭が宙をさまよっていた、ライブに行くことは諦めるほかないのに。このままOB訪問になんて行ってしまって大丈夫なのだろうか? ふわふわと軽い脳みそは、昨夜しっかりまとめたはずのメモを見返すこともすっかり忘れて、懐かしい思い出に揺蕩った。
———おススメされたのがきっかけなのよ、ねぇ。
もう記憶も朧気だが、そうだった。高校時代、登校中。同じ学校の誰かにチラシを突然押し付けられたのだ。Last Train、というアンニュイなそのバンドのライブは、電車を乗り継いで少し都会に出れば行けそうな、学生街のどこかで行われるようであった。
最初からライブに行くのは気恥ずかしいからと、掲載されたURLを覗いた。そして私は沼にはまった。
しっとりと耳に絡みつく温かいベース、ひっそりと時に激しく時を刻むドラム、駄々っ子のようにメロディーを先取りして走るギター、そしてどこまでも澄み渡る青空のようなボーカル。世間から認められるには素朴過ぎるバンドだったのかもしれないが、その垢抜けなさこそがたまらなく魅力的であった。
今度は絶対にライブへ行こう。でも、その願いはすぐに叶えることができなくなった。チラシを渡された日の翌月くらいから突如騒がれ出した感染症によって、世間ではいわゆる、ヒトが多く集まるイベント、が自粛されるようになってしまったのだ。
そのまま私は大学生になった。
———チラシに書かれていた場所にある大学に進学したのは、誰にも内緒なのよ、ねぇ。
結局学生数がとても多いマンモス校だったのもあって、バンドのメンバーにバッタリ、なんて奇跡は起こらなかった。何せ年齢も非公開だったし、この大学に在籍していたかどうかも知らないが。
画面の奥でひたすら音楽を響かせていた彼らは、掴みそこなったチャンスの神様の前髪だ。そしてまた今回も、私はそれに手を伸ばせないでいた。
「出番は最後だから多分日付は越えるかな。」
無理矢理取ったアポイントメント、22時30分から開始。偶然海外の会社との会議があったからで、ブラック企業ではないよと事前に聞いていたが、約束のカフェに現れた先輩は疲労と焦燥で元気そうには見えなかった。
———でも、何だかんだ丁度良かったじゃない、ねぇ。
15分くらい会話をしたところで、久しぶりに会った先輩は突然伝票を手にした。身に覚えがありすぎたため、私の態度が良くなかったのかと一瞬たじろいだが、聞けばこの後急用があるとのことだ。聞き足りない事があれば連絡して、本当にごめんね。そう言い残して鞄を抱え、そそくさとレジへ向かってしまった。
———これってまさにチャンスじゃない、ねぇ?
いつもは引っ込み思案な私の中のワタシも、流石に声を上げてきた。
スケジュールの合間を縫ってお付き合いいただいた先輩には丁重に挨拶をし、かなり早いスピードで背中が消えるのを見送ってから、私は駅へと走り出した。
「久しぶりな舞台の上で待ってます。」
昔体力測定で叩き出した50m走のタイムを更新する勢いで、私は駅までの道を疾走した。すでに明かりの消えたドラッグストアを通り過ぎ、まだ明かりが点いた牛丼屋の前を通り過ぎた。コンクリートでしっかり舗装されている道は、急いでいる身からすると大変嬉しい。
———どうして一回家に戻っちゃったのよ、ねぇ!
確かにその通り。あのカフェから真っ直ぐ会場に向かっていれば、十分間に合う時間だったのだ。
それでも、ライブに行く日を夢見て買った2年前のグッズのパーカーを着たかった。3年前のグッズのナップサックを背負いたかった。届いてから長いこと仕舞いこんでいたせいで、出発が予想外に遅れてしまったのだ。
日付が変わって10分ほどで駅に到着。改札を抜け、滑るように乗り込んだ電車は終電だ。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。きっと間に合う、きっと間に合う。私の鼓動が車輪の音に、車輪の音が呪文のように。頭の中か耳の外か、空いているはずの車内は結構うるさい。
3駅目に止まったら、脇目も振らず再び全力疾走だ。
そこまで遠くないはずだが、何しろ初めて来たところだ。スマートフォンのマップがグルグル回るのを見つめながら足は止めず、ひたすら目的地へ向かった。
いつの間にマスクを失くしたせいか、顔に当たる夜風が息を詰まらせる。
見慣れたチェーンの本屋を通り過ぎ、良く分からない劇場たちの間をすり抜け、やっと見つけた階段を駆け下り、私はライブハウスの扉を思い切り引いた。
———行ってらっしゃい!
【「終電間際≦オンライン。」コラボ】これを逃したら。
応募作品