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拝啓東京大神宮様

これからの人生、大大吉!

「彼がいなくなるまで、あとひと月!」

とても焦っていた。


 新社会人として働き始めた私に、温かい光は降り注がなかった。傷つくことを恐れ曖昧な返事を繰り返し、積み上がった書類に囲まれた四月の夜に、彼と初めて言葉を交わした。

 分からないことはきちんと確認する。周りの話は良く聞く。積極的にコミュニケーションを取る。

 先輩として彼が教えてくれた事は、この世界を生きていく基本であった。

 それすらも満足にできない状態で大人になり、ヒトの少なくなった職場で相変わらずため息をつくと、彼はやっぱり助けてくれた。

 そんな事を三百日ほど繰り返して、私は勝手に恋に落ちた。

 こちらから思いを告げるには年上すぎる彼は、今年度いっぱいでいなくなる。少し離れた地方都市で良い話があったらしい。いわゆる栄転っていうやつだ。


 比較的早く仕事が捌けた二月の夜、少し電車を乗り継いでオフィス街の中心にある大きな鳥居をくぐる。

 父と母が昔、結婚式を挙げたというこの場所に来るのは何回目だろう。でも明確な目的を持って訪れるのはきっと初めてだ。

 持ち合わせた小銭は五円玉一枚。賽銭箱に思い切り投げ入れ手を合わせ終わった時、恋みくじが目に入る。叶わない可能性が高いこの想いの行方、占う価値くらいはあるだろう。

---十三番 小吉 

 書かれてある他の文字に気を配る余裕はなかった。凶がないことで有名なおみくじの、予想通りの結果に目を伏せ踵を返した。

 月の光もない静かな夜、帰りはあえて裏道を選んだ。


「俺が出演するコンサート、良かったら見に来ない?」

運命を変えられたと喜んだ。


 ファッション雑誌を読む時間はないから、通勤中に必死で吊り広告を眺めた。今時女子のトレンドを頭に詰め込んで、なけなしの時間でデパートへ飛び込んだ。

 外見以外にも努力した。いついかなる時も彼のデスクに目を配り、カップの姿が見えない時は素早くコーヒーを沸かした。お気に入りの品種も濃さもリサーチした。

 前よりこなせる仕事量は減っていたはずなのに、なぜか残業時間は短くなっていた。


 彼のコーヒーカップを十三回目に洗った日、給湯室で差し出されたのがクラシックコンサートのチケットだった。

 えー、嬉しい!先輩、実は音楽家だったなんて、素敵すぎます。クラシック大好きで。私も十年くらいバイオリンを習っていました、高校卒業してから忙しくて辞めちゃいましたけれど。先輩はクラリネット奏者なのですね、好きな作曲家とかいらっしゃいますか?モーツァルトですか!私も好きです、アイネクライネとか。

 勤務時間中に大きな声ではしゃぐ私を、彼はどんな表情で見ていたのだろう?


 定時を少し過ぎた時間に会社を出て、軽くステップを踏みながら鳥居をくぐる。自然の少ない都会の片隅で申し訳程度に植えられた木が、可憐な花を咲かせていた。

 持ち合わせた小銭は十円玉一枚。賽銭箱にそっと投げ入れ手を合わせ、恋みくじとは目を合わす。急展開が予想されるこの行方、占うしかないだろう。

---二十八番 中吉

 天の声も応援してくれているではないか。冷たいはずの夜風も春めいてきた、とても素敵な夜だった。空に輝く月の形が、少しいびつであることを除いては。


「好きなヒトと一緒に暮らすらしいね。」

心の破れる音がした。


 誘われたコンサートは会場との日程調整に失敗したとか何とかで、開催自体が中止になった。その時点で嫌な予感がした。

 それでも送別会当日の昼休み、お手洗いの個室で失恋するとは。息を潜めて聞き耳を立てると、どうやら彼のこれからについてはずいぶん前から噂になっていたそうだ。

 しかも彼本人が、今後の人生を過ごすパートナーについては公言していたそうだ。相手は最近社内でも話題に上っていた、月曜ドラマの主演俳優だった。

 所詮私は性別的にも、彼の恋人にはなり得なかったのだ。


 送別会には参加しなかった。定時を回り皆の目から逃れるように、いつもの鳥居を目指した。

 残業はなかった、私の効率が落ちているのはとうに見破られ、重要な仕事は敢えて回されなくなっていたのだ。

 持ち合わせた五百円玉を賽銭箱に叩きつけ、手を合わせるのも忘れて恋みくじの箱に飛びついた。

 ええい、もうどうにでもなれ。

---一番 大吉

 片想いにうつつを抜かし同僚からも遅れをとった、大好きだった彼をも手に入れられなかったというのに。ギロリと睨んだ暗闇には、切った爪の端くれみたいな形の月が浮かんでいた。

 

「ここさ、昔良く通った神社なの。」

温かな手を握った。


 悲しみの夜から四年の歳月が経った。居場所のなくなった私は転職し、順風満帆ではない日々の中、陽だまりのような貴方の存在を見つけた。

 こうして微笑みながら一緒に歩んでいく奇跡のような日々が、いつまでも続きますように。

---幸せそうで安心しました。これからの人生、大大吉!

 良く晴れた昼の空には、白い半端な形の月が隠れていた。

お題「月の満ち欠けと願い」

【楠木ともりコラボコンテスト第二弾】応募作品

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