ガリバー=ディータ
王立セントリア学院の勝利を告げる助祭の声が裁断の間に響く。
「……これで四勝目。次勝てば俺たちの勝ちか。随分とあっけなかったな。」
学院側の控室で誰かが呟いた。
「確かに。二人目は結構見応えがあったんだけどな。三人目と四人目はすぐに終わったな。人数合わせだったのか?」
「さあ?でも少なくともうちじゃあの実力でこの対抗戦に出ることはできないわね。」
「他所でもそうだろ。でもとなるとうちとの勝負は捨てたってことなんかな。」
最後の一戦を残してもう勝ちムードが広がっている。それも仕方のないことなのかもしれない。相手が弱いということもそうであるが、出ているのが学院順位3位のアリアドネなのだ。負ける心配をあまりしていないのだ。
「さっすが私のアリア。これはもう私達の勝ちかな。」
満足気に体を揺らしているマリナは隣の席でまだ緊張を保っている後輩に遅れて気付いた。それは反対側に座っているアリスも同じだったようだ。
「テル=ガーディ。どうしたんですか?そんな深刻そうな顔をして。何か心配事でもあるんですか?」
「ん?ああ、まだ勝負は終わっていないっていうだけだ。一応最後まで集中しておかないとな。」
「でももう勝ったようなものでは?喜ぶには早いですが、そこまで気を張る必要があるでしょうか?」
戦勝ムードを漂わせている先輩方を咎めるようにちらりと視線を送りながらそう告げた。
「まだあのガリバーという男が出ていない。」
テルが出したのは主席研究員の名前だった。
「へー。テルはそのガリバーとやらは私のアリアよりも強いって言うんだ?」
水を差されたマリナは不機嫌を隠すことなくテルを軽く睨みつけた。
「それは分かりません。ですが、彼は何かが違います。」
「って言うと?」
「あの時、裁断の間に飛び降りたのは俺とガリバーだけでした。俺は生徒会長の力を借りたわけですが、その時アイツの接近に気付けなかったんです。」
「はい?」
「俺は空間把握能力なら俺が一番だと思っています。飛行がありますからね。でも、その俺が加護も使ってない状態で気付けなかった。アリアドネ先輩が絶対勝つとは言い切れないですね。」
第二回戦で苦戦していたアリアドネの勝利を誰よりも早い段階で確信していたテルのその言葉は彼らの戦勝ムードを散らしていった。
そして、予備研究所ストイックの選手入場口から現れたのは青い髪の男子生徒。主席研究員として他校にも名を知られるガリバー=ディータだった。
*****
助祭の対抗戦開始の合図とともにゆっくりとガリバーは杖を地面についた。その上の両手を乗せ、堂々とした佇まいで声を上げた。片目につけたルーペから覗く視線は不気味なほど冷徹で、しかし僅かな変化も見逃すまいと鋭かった。
「アリアドネ=レイン。無礼は承知で依頼する。俺様の研究に手を貸してはくれないか?」
どこまでも傲慢で、どこまでも身勝手な依頼である。相手の都合はもちろんのこと、相手が貴族であるということすら無視している。
「お断りします。既に主を戴いている身ですので、主の元から離れることはありません。」
ガリバーを前にどこか不穏な雰囲気を感知したのか、アリアドネは半身を引きながら答える。
「フッ、そうか。だがまだ結論を出すのは早いんじゃないか?」
杖で地面を二回突くと、そこを起点に三重の魔法陣が瞬時に形成された。
「あらかじめ言っておこう。貴女では俺様には勝てん。」
その魔法陣には既に魔術式が刻まれており、鮮やかな青色が灯っている。会話のたった数秒で陣形が整った事を意味している。魔法陣の数が少ないものの、第二戦でオレンが見せたそれよりも洗練されている。
「そうでしょうか。確かにこれまでの相手とは一味違うことは認めざるを得ないですが、勝ちを確信するほどでしょうか。」
相手の様子を伺いながら、アリアドネはただ淡々と返す。
「そうか?ではその理由を俺様が教えてやろう。
まず一つ。魔術に対する理解の差だ。俺様以上に魔術に詳しいのは神殿師の中でも賢者と言われるレベルの神殿師だけだ。それかどこぞの研究所の所長クラスだな。」
「……随分と大口を叩くんですね。賢者様は神殿師の中でも上位7名に与えられる称号ですよ。」
「フッ。俺様にはそれだけの価値があるということだ。例えばこれとかな。」
言うが速いか、ガリバーは右手の中指と親指で指を鳴らした。
直後、アクアランスがすさまじい勢いで射出され、アリアドネの頬を掠った。
「ッ!!」
「オレンにできるなら当然俺様にだってできる。俺様が教えたんだからな。
そして二つ目。この魔法陣に刻んだ魔術式だ。効果は減退と増進。しかも乗算方式だ。
知ってるか?従来の結界魔術は基本的に加算方式なんだよ。そのせいでその効果にどうしても上限があってしまう。だが、乗算方式にすれば理論上、上限はない。最もまだ机上の空論もいいところだがな。」
自嘲したように笑うガリバーであるが、その目は一切動くことなくアリアドネを見据えている。
「そして最後、三つ目だ。それは俺様の加護、混沌之理だ。
詳しいことは俺もまだわかっていないが、これがある以上俺様に攻撃は当たらない。」
自らの加護を明かすのは手の内を晒すのと同じであるため通常は避けるべきことである。加護の名称からその効果を何となく分かってしまうことが多いからだ。テルの飛行や雷撃はその際たる例だろう。だが、ガリバーのそれは確かに例外であった。
「どうだ?俺様の研究に手を貸してくれる気にはならないか?当然研究の成果については共有するし、それをどう扱おうが貴女に一任しよう。」
「お断りです。私には忠誠を誓った主がいます。理由はそれだけで十分でしょう。」
アリアドネは王都にいる研究者の中でも上位に食い込んでくるであろう研究員の誘いを一切の躊躇いもなく断った。
「そうか。なら仕方ない。この戦いの中でできるだけのデータを揃えるとしよう。」
そこまで言うとガリバーは再度杖で地面を突いた。その音の反響を追いかけるように空中に魔法陣が浮かび上がり、攻撃魔術が装填されていく。
「せいぜいこの実験を楽しもうではないか。」
*****
戦いは熾烈を極めた。ガリバーの攻撃は絶えず降り注ぎ、アリアドネも負けじと反撃を繰り出す。
だが、魔術そのものについてアリアドネよりもガリバーの方が上手であった。ガリバーが作り出した魔法陣の効果によって威力が底上げされているのを加味しても、それは誰の目で見ても明らかであった。
それでも拮抗しているように見えるのは、間違いなくガリバーが手を抜いているからだろう。自身の言葉通りに実験をしている。アリアの攻撃は一切ガリバーに届かず、しかし、ガリバーの攻撃はアリアを確実に追い込んでいる。
その残酷な光景を前に王立セントリア学院の控室に重苦しい空気が漂っていた。
「……厳しいな。」
テルの口から言葉が漏れた。
「あんな魔術は初めて見ます。結界魔術のように相手の攻撃を防ぐのではなく、当たっても大丈夫な威力まで落としていますね。しかもそれが自分自身へのバフにもなっていると。まさしく天才、ですね。」
それに引きずられるにアリスも相手への賛辞を口にした。
「こら!テルはともかくアリスまでそんなことを言っちゃダメでしょうが!あなたはうちの指揮官であると同時に4位なんだから!」
「し、失礼しました。思わず……。」
「あなたたちも!私のアリアが必死で戦ってるんだから片時も無駄にしないで!」
マリナは椅子から立ち上がり、周囲を見渡しながら大きく声を上げた。
「アリアは絶対に勝つ!でももしもに備えて少しでも頭を回しなさい!そして応援も忘れない!」
言い切ると勢いよく椅子に座り込んだマリナであるが、その組んだ腕が僅かに震えている。
マリナの言葉に感化されたのか、話し合う声が待機室の至る所で沸き上がってきた。
「でも実際アレはどうすればいいんでしょうか?あの魔法陣がある以上、有効打になりえないですよね。そうなると攻撃そのものを無効化してくる二人目のよりもよほど厄介じゃないですか?」
「そうだな。アリアドネ先輩にはあの時みたいに魔法陣の効果を素通りして相手に直接攻撃することだってできるはずだ。だが、それをしないっていうことはできないと見ていいだろう。」
「そうですね。原理は分かりませんが、おそらくあれは加護でしょう。加護であってもあれは超えられない可能性があると。
……ふざけてますね、加護を凌駕する魔術ですか。」
「だが、普通加護に魔術は勝てない。どこかにそれを超えるための代償があるはず。それが見つかればよし。見つからなければ、ごり押ししかないな。」
「そうなりますか……。先輩方はどうですか?」
隣で戦いを睨みつけるようにして見ているマリナと、その奥でただ一人裁断の間を睥睨しているマクスウェルに声をかけた。
「……。」
しかしマリナはアリスの声が聞こえていないようで、それを察したマクスウェルがゆっくりと近づいてきた。目深にかぶった帽子からは青白い瞳が覗いている。
「テル=ガーディ。お前の言っていることは間違いではない。異常な成果の裏には異常な何かがある。それは努力や才能なのか、外法外道に属するものなのか、もしくは……。
だが、もう少し考えてみろ。アイツは減退と増進が魔法陣の効果だといった。その対象は何だ?魔術なのか?加護なのか?それとも攻撃そのものか?アイツの効果対象についてもう少し考えてみるといい。」
それだけを言うと、マクスウェルは先ほど立っていた場所へと戻っていった。




