王家の審判
―――なぜ俺の名前を?知り合いだったか?
鍔迫り合いの中で一瞬の逡巡。しかし、すぐにノスターが距離を取ったことでそれは破られた。
「へぇ?俺様の名前を知ってるのか?まあ当然と言えば当然だが、よそ者に知られてるとうちの代表に起こられるんだよな。どこで知った?」
テルの背後でトライアを地面に寝かせたガリバーが声を上げた。
「どこで?……さあな。答える義理はない。そもそも答える必要がない。」
「大きく出たな、弱い者いじめしか能がない自己中野郎が。」
「お前達は他校同士の対抗戦を妨害した。その時点で失格だろ。
そうだろ、助祭様?」
突然話を振られた助祭の元に全ての視線が集まる。その先には複雑そうな表情を浮かべている助祭の姿があった。
おそらく規則的にはテルとガリバーは失格となる。しかし、感情的にはルールの抜け穴を突き、無益な傷害を負わせたノスターを失格としたい。
だが、その葛藤の答えは当の昔からついていた。
規則とは守るもの。それを覆したければ規則そのものを変えなければならない。神殿に仕える者として規則を守らねばならない。
すなわち、現状ではテルとガリバーを失格となる。
不本意ながらもその結論を助祭が口にしようとした時、新たに一人裁断の間に降り立った。
「助祭様、この場は私に任せてはいけないでしょうか?この第二王女、アリスコット=フォン=セントリアに。」
王族特有の白髪を靡かせた少女は透き通るような声でそう告げた。
*****
この王都で最高権力機関である王家と神殿統括府。その権力の板挟みにあった助祭はどうするべきか分からず、思わず背後の壇上に座るマーガレットを振り返った。
マーガレットは小さく微笑むとゆっくりと椅子から立ち上がった。
「久しぶりですね、アリスコット第二王女殿下。あれからもう五年も経ったのですね。」
「その節はお世話になりました、マーガレット司祭様。おかげ様で半人前ではありますが、王族として立つことができるようになりました。」
「そう。随分成長したのね。
なら分かっているでしょう?ここは神殿統括府、その中。王族と我ら神殿統括府は相互に不可侵であることでこの王都を守っているのです。それを侵すことは一時の感情で流されたからで済むことではありません。今ならかつての師としてのよしみで聞かなかったことにしてあげます。」
声音は優しくとも、否とは言わせぬ圧がこもっていた。権力者特有の強烈なそれに余波であったのにもかかわらずテルは殺気とは別の恐怖を感じた。
「いえ、引くことはできません。私達王族に与えられたこの力はこの王都に住む民を守るためにのみ使われなければなりません。それを教えてくださったのは他ならぬあなたからです。
ゆえに、私は王都民である魔道具師を守るために動いた勇敢な生徒たちのために王女として立たねばなりません。」
しかし、それを正面から受けたアリスは毅然とした態度で応えた。うっすらと笑みを浮かべて受け流している彼女はまさしく王女であった。
「それに加え、先ほどの対抗戦であちらの魔道具師は攻撃の前に降参していました。敗北を認めた時点で対抗戦は終了しているはずですので、彼がしようとしたことはただの犯罪行為です。犯罪を未然に防いだ彼らを失格とするならば、凶行に及ぼうとした彼もまた同じく傷害未遂の罪で裁く必要があります。」
「そうですね。確かにそうならば双方を私達は裁かねばなりません。ですが、それは攻撃の前に敗北を宣言していたことが事実であればの話ですよ。」
「マーガレット司祭様もご覧になられていたかと思いますが、それでも足りないというのであれば。
―――アリスコット=フォン=セントリアの名のもとに、先ほどの証言は正しかったと宣言する。これは私個人ではなく、王家としての宣言である。」
白い髪が輝き、その頭上に光の環が浮かび上がった。それこそが王女としてではなく、王の代弁者であることを示す光環である。
「……いいでしょう。あなたの覚悟、そして成長に免じてこの場をあなたが収めることを認めます。」
光環が浮かび上がったアリスからはこれまでとは一風変わった圧が放たれた。それはマーガレットが放っていたものと同等以上の迫力を持っていた。
両者が数秒笑顔でにらみ合っていたが、ふっと空気が緩み、マーガレットの放つ圧が収められた。
「感謝する。」
軽く頭を下げるとアリスは三人を振り返った。しかし、彼女の視線は何とかなったと心のどこかで安心していたテルの見透かしていたように鋭かった。
「三人とも、聞いていたな?今回は双方共に非があった。ゆえに、本来であればおまえたちは処分の対象に入るところであった。しかし、負傷者や死者が出なかったことを鑑み、今回に限りなかったこととする。
対抗戦の勝者はノスター=ジョック、おまえだ。おめでとう。」
アリスの決定を聞き、テルとガリバーは膝をついて頭を下げた。普段のアリスであればそんなことをする必要はないのであるが、今の彼女は王の代弁者である。たとえ見様見真似であったとしても、最上級の礼を取らねばならない。
しかし、彼女の決定に不満を持つ者が一人いた。その少年は戦いの最中にあっても心に蓋をし、その身に潜む激情を隠しきっていた。しかし、彼にとっての復讐が予定外の闖入者によって妨害されたことでその蓋が少しずれてしまったのだ。
「ちょっと待て。あの魔道具師はまだ降参なんて―――。」
表出した怒りと憎悪に任せ、ノスターは自身に勝利宣言をした王女に食って掛かろうとした。しかし、
「おまえは王家の決定に異を唱えるのか?」
その言葉は心が芯まで底冷えするかのような声で遮られた。カリスマではない、恐怖でもない。聞いたものすべてに遥か上位種が放つ覇気のようなものを感じさせた。
「我ら王家はこの王都に住まう民草が生きるためにある。しかし、そのためには害悪は間引かねばならない。」
「……はっ!お前ら王家の言う通りにしないと殺すってか?」
「まさか。そんなことはしない。だが、この王都は我らが庇護下にある。規則を強制する代わりに命と生活を守るということだ。規則を強制されるのが気に食わないのならこの王都からはでていってもらおう。」
「……チッ。」
舌打ちするとノスターは不貞腐れたように選手用の出入り口へと消えていった。




