初戦
養成学校ブレイバーとボーダー魔術学院の対抗戦はあまりに一方的であった。ボーダー魔術学院の最後の生徒が出てきた時に、対戦相手として立っていたのは養成学校ブレイバーの一人目だったのだ。
ボーダー魔術学院の大将として出てきた生徒は落ち着いているようで、その実恐怖で震えていた。目の前に立つ同年代の少年の圧倒的な強さに、だけではない。彼のあまりの残虐さに、である。
これまで彼の同級生四名が彼と戦い、片腕欠損という後遺症を伴うであろう大怪我を負った状態で敗れていた。それは場合によっては魔道具開発がこれからできなくなることを示していた。
彼ら魔術学院の生徒は魔道具開発を主に行っている。魔道具は任意の素材に魔術式を刻印することによって完成する。その魔術式は魔術の発動工程のいくらかを省略し、魔力を込めただけで魔術が発動するように調節されている。
しかしその魔術式の刻印には魔術や加護の発動とは比べ物にならないほど緻密な魔力操作が求められる。それこそ場所や時間、自分の状態が普段とベストな状態から少し変わるだけで失敗してしまうほどである。
そんな魔道具開発を行う人間が一度でも手を斬り落とされたらどうなるだろうか。もし仮に治って、魔術回路も元通りになったとしてもかつての実力を出せないだろう。
もし戦えば同級生の仇は取れるかもしれない。だが、それよりもはるかに大きな確率で自分も彼らと同じような目に合う。
「それでは、はじめ。」
そんな怒りをはるかに上回る恐怖に占められた状態のまま試合は始まった。
*****
試合開始直後にまで時間は遡る。テルが瞑想を始める少し前頃だ。
「ブレイバーは真っ先に切り札を切ってきたみたいだな。」
「ああ、確かにあれは去年もいたね。確か名前はノスター=ジョック、だったか。」
「去年ですら脅威だったんだ、今年はもっと強くなっているだろうな。」
セントリア学院の控室でも養成学校ブレイバーが最初に出した生徒でざわついていた。
昨年度の対抗戦で全学校の中で唯一、三年生で出場した生徒がいた。それこそがノスター=ジョックと呼ばれた少年であった。その時ですら四年生と他校の四年生と張り合うほどの強さを見せていたのだ、今年はそれどころではないだろう。
「だが相手は魔道具を巧みに扱うボーダー魔術学院だ。彼らは魔道具開発をしているとはいえ、普通に神殿師としても強い。その上強力な魔道具まで使ってくるからな。まだどっちが勝つかわからないぞ。」
「そうね。私達の先輩もすごい苦戦していた。それに確かあの子もボーダー魔術学院の生徒に負けていた気がする。」
「ならリベンジ戦になるのかしら。でもブレイバーには負けてもらっていた方が私達てきにはありがたいわね。」
しかし、そんな能天気な会話は最初の試合が始まってすぐにできなくなった。その悲劇はテルの意識が完全に沈み切った後のことであった。
戦いは決して一方的ではなかった。ボーダー魔術学院の代表選手の攻撃は確かにノスター=ジョックに当たっていた。複数の魔道具が織りなす波状攻撃はまさに圧巻であった。
しかし、結果は見るも無残な物だった。何度も現地で見ていたはずのマーガレット司祭が眉を顰めるほどである。
ノスター=ジョックは魔道具の攻撃をものともせずに最短距離で距離を詰め、ボーダー魔術学院の代表生徒は腕を肩口から斬り落とした。腕を斬られた生徒は声にならない悲鳴を上げ、ゆっくり背中から地面に倒れた。
魔道具師は通常の神殿師と比べ、身体に流れる魔力回路が繊細なのである。特に魔術式を刻印する手は敏感なのである。そんな魔道具師が腕を斬り落とされたら最悪ショック死しかねない。
そのために魔道具師が順位戦や対抗戦などの模擬戦に出るときは寸止め、魔道具を破壊することで勝負とすることが一般的である。
しかしノスター=ジョックはその暗黙の了解を破り、傷つけるどころか生命線である腕を斬り落とした。
その事実に裁断の間の空気に緊張感が走り、またある一団は怒りの籠った鋭い視線を裁断の間に立つ少年に向けている。
「……勝者 養成学校ブレイバー、ノスター=ジョック。」
助祭から重々しい声で勝利宣言がされた。
重々しい空気の中に一人曝されても、勝利宣言を受けてもノスター=ジョックは表情を一切動かすことがなかった。ただただ何を考えているか分からない目で先ほど自分が斬った相手を一瞥すると静かに退場していった。
そしてまったく同じことが三回起こった。
最初こそは魔道具師を無遠慮に傷つける少年に不快感を向ける他校の生徒たちであったが、まったく同じことを何回も無表情でするその少年に不気味さを感じていた。そのせいか、緊張感が抜けた裁断の間の空気は重苦しくなっていく。
そしてボーダー魔術学院の生徒が感じるのは怒りから恐怖に転じていた。これまで自分たちは傷つくことのない工房の中で魔道具を作っていた彼らは、初めて命の取り合いの片鱗に触れたのだ。外界の悪意に触れてこなかった箱入りではその恐怖を前に義憤を抱くことができなかったのだろう。
それはその場の感情で最後に出ると宣言したボーダー魔術学院最優秀魔道具師である彼もまた同じであった。
死の化身とも思える悪魔のガラスのような目を前にして彼の中の炎は消え失せ、ただの被食者に成り下がった。
「養成学校ブレイバー、ノスター=ジョックとボーダー魔術学院、トライア=ウェルスの対抗戦を始めます。
―――それでは、はじめ。」
魔道具師の彼はその試合開始の合図はさながら死刑宣告に聞こえただろう。彼の心は既に折れ、戦意はほぼ消失していた。
だが、彼の微弱な意思に彼の魔道具が応えてみせた。
震える彼の手から零れ落ちた魔術式が刻印された魔石が、宝石の如く輝くとそのうちに内包された魔術を発動させた。
発動した風属性の魔術は試合開始からすぐに勝負を決めに駆けだしていたノスターを対抗戦開始の位置まで吹き飛ばした。
「……俺たちは、魔道具師だ。自分たちのことを信じずとも、作った魔道具のことを信じている。
俺は、魔道具のためにも、魔道具師のためにも、今ここで貴様に負けるわけにはいかん。」
魔道具師は、トライアは震える声で自分を叱咤し、魔道具である杖を小さく構えた。
「……くだらない。」
周囲が抱いていた無視するだろうという想像を裏切り、ノスターは吐き捨てるように答えた。これまでの対抗戦を含めて彼が初めて声を発したのだった。
「そんな道具が残ろうが、お前が死んだらそれで終わりだろ。そういうでかいことは自分を守れるくらいになってから言えよ。」
かすれたその声は平坦であったが、その奥には怒りが見え隠れしていた。
「……構えろよ。お前の望み通り、正面からぶっ潰してやる。」




