跫
「さて、先日報告があったバンドラッシュの森でのことについてだ。」
場所は学園から離れ、王宮内部にある一つの小さな作戦室。机はおろか、椅子すらないこの中では防諜対策が最高レベルで取られている上、あらゆる加護、全ての魔道具が無効化されるため、いかなる手段を用いても中の情報を知ることはできない。そして常に王宮内を移動しているという特性上、ある特別な魔道具がない限りたどり着くことはできない。
この作戦室に集まったのはたったの三人。一人は冒険者ギルドのギルドマスター。ギルドマスターでありながら現役のSランク冒険者である彼は王都の中で最強の冒険者の一人だ。王立学院の統制委員会の委員長から緊急報告を受けたのは他でもない彼である。手に持った資料を残りの二人に配りながら口を開いた。
「王立学院の統制委員会から報告があった。かなりの浅瀬でレッドワイバーンが率いる差レッサーワイバーンの群れ、合計二十体以上が現れた。たまたま遭遇したのが学院の8位とかだったおかげで、特に被害は出てないそうだ。」
「レッドワイバーンですか……。確か冒険者ギルドの討伐ランクはBでしたね。となるとその生徒は一人でBランクパーティー並みの戦力ということですか。素晴らしいですね。是非とも神殿騎士団、ないしは近衛騎士団に入っていただきたいものです。」
静かで感情を感じさせないその声の持ち主は神殿騎士団の団長だ。この国の第一王子にして王太子でもある彼はその重責を背負いながらも、精強な王国神殿騎士団の中でも最強を誇っている。
「今はその話をしている場合ではないでしょう。わざわざこんな面倒な場所に呼んだんです、一体何があったんですか?ただレッドワイバーンが出ただけではないんでしょう?」
最後の一人は最高司祭。神殿統括府の中を統べる実質的な支配者である。両目を覆うように包帯をしており、司祭服を着た彼女はこの中で非力な存在であるが、その実最も高い影響力を持っていた。というのも彼女は予知という加護を持ち、これまでにいくつもの国難を言い当て、この国を救っているのだ。今では元から持つ最高司祭としての権力以上の力を持っている。
「ああ。どうやらその遭遇した生徒の報告ではそのレッドワイバーンですら何かの統率下にあった可能性があるとのことだ。」
「なるほど。」
「……。」
二人はその言葉だけでギルドマスターが言いたいことが伝わったようだ。すなわち、五、六年に一度起こると言われるモンスターフェスティバルが今まさに起こりかけていると。
一説では永い眠りについているバンドラッシュが寝返りを打つタイミングで発生すると言われている。大量の魔物が森から王都へと押し寄せる災害である。
「また、多くの人が死ぬのね。」
最高司祭の悲し気な声が小さな部屋に反響する。空気が重くなるのも無理はない。なにせ例年では冒険者と神殿騎士が討伐を担当するが、その度に決して少なくない死者が出る。だが、神殿騎士の一部と荒くれものが多い冒険者の中では、そのモンスターフェスティバルを一人前の登竜門として扱っているとも聞く。それが増え続ける死者に拍車をかけている。
「仕方のないことだ。結局のところ弱肉強食、それが自然の摂理だ。ましてやうちのは自分で戦うことを選んだんだ、奴らも本望だろうよ。」
冒険者は職業柄、魔物と命の取り合いをして生計を立てている以上命の重さが比較的軽くなりがちだが、それでも王都では他所に比べて顕著だ。特にE級やD級のいわゆる見習い冒険者は、数の多さも災いしてか捨て石のように扱われ、その命を魔物の祭典の間に散らす。
だが、それがもたらす効果もまた事実なのだ。モンスターフェスティバルを生き抜いた見習い冒険者は下手な他所の高位ランクの冒険者よりも深い死地を経験することになる。中には当然精神を病んでしまい、再起不能になるものもいるが、それでもその恐怖と絶望を喰らい、死と生を飲み下し、血肉とした冒険者はもはや見習いと言えるレベルではなくなる。
要は冒険者とはそもそもがそういう存在なのだ。己が求めるものを、命を賭してでも手に入れようとする。その結果それを手に入れられるのか、もしくは自らの命が取られるのか、それしか結果がないのだ。
「卿の言いたいことは分かりますし、それが冒険者の在り方であることも理解しています。ですが、言葉は選んだ方が良いでしょう。最高司祭の前ですよ。」
「……悪かったよ。ここでするような話じゃなかった。」
対して神殿騎士団は守ることを徹底した集団である。その身を盾にして力なき無辜の民を災害から守る。そのために相手の命を取ることに主眼を置いておらず、冒険者と比べるとやはり死からは離れたところで生きている。
リスク度外視で経験から全てを学び成長するのが冒険者であれば、ローリスクで座学と研修で部分的に学びながら成長するのが騎士団である。
「……少し待っててください。未来を見てきます。」
最高司祭は眼帯に手をかけながら、加護が使えないこの作戦部屋から静かに出ていった。目が見えないその表情から彼女の内心を慮ることはできなかったが、それでも命を軽んじるギルドマスターの発言が彼女にとって不愉快であったのは違いないだろう。
「……はぁ。それで、今回も王立学院の学生は使わないんだよな。」
「ええ。それが例年の決定事項ですから。それに……こんなことは言いたくないですが、学院はコーデリア計画の要ですから。」
立地上、バンドラッシュの森と王都の間に位置する学院は最悪の事態に備えての最後の防衛施設としての役割も持つ。そのために学院は学外とは魔術によって強化された高い石壁と結界で遮断されており、その間の移動は四つしかない門を使わない限りできない。
その特性を利用して構想されたのが王都最終防衛計画の一つ、コーデリア計画である。学院に魔物を閉じ込め、門から出てくる魔物を各個撃破し、王都に侵入してくるのを防ぐのが目的である。生徒の中でも一部の実力者が数を減らしてくれるかもしれないという可能性があるのもそうだが、高位の冒険者や騎士団に倒せなかった魔物を学生が倒せるかというと、それは望みすぎというものだろう。
しかし、この計画が動くということは冒険者と騎士団は壊滅していることが前提となる。そして特性上、学院内に残された生徒もまた少なからず命を落とすことになるため、そこまで行ってしまえば敗北でしかなくなる。
「卿の言いたいことは本当にわかっています。あなたとは視点が少し違いますが、私も命の価値が同じだとは思っていないのですから。」
「……そんな大層なもんじゃない。ただ俺たちにはそれしかなかっただけだ。ただ、それだけだ。」
数分後、帰ってきた最高司祭の様子は明らかに憔悴しきっていた。予言を使った後は反動で体力気力共に消耗しきってしまうが、その中でも鬼気迫るものがあった。そんな彼女がもたらした予知は二人を震撼させた。




