決着
アリスは闘技場の外で死闘を見ていた。胸の前で組んでいた両腕は僅かに震え、背中は冷や汗で濡れていた。最初こそテルの一人相撲だと思っていた彼女であるが、この戦いはあまりに異常が多すぎた。
マッシュ=バイヤーの放つ雰囲気がこの戦いの中で二転三転していることや、テルの見せた常軌を逸した高速戦闘、そして二人が出した黒い神殿。アリスが知る神殿師同士の戦いからはあまりにかけ離れていたのだ。もはやマッシュが披露した門外不出であろう魔術が記憶に残らない程度には。
―――これが、あなたの戦いだというのですか。
間違いない。この学園で最も強いのはテル=ガーディである。そう彼女は確信できる。もはや魔術の天才であるルカ=セレンディも近衛騎士団団長を父に持つデュラン=アークも王族である自分も、彼と比べたら足元にも及ばない。今の四年生であっても本気を出した彼には勝てないだろう。たとえそれが四大公爵家の嫡子であっても。
不安と興奮、驚愕と恐怖を彼女に与えたこの試合もほどなく終えようとしている。どちらが先に音を上げるかの我慢勝負へと移行していた。どちらが勝つにせよ、あと一分もしないうちに決着となるだろう。もちろん、彼女自身としてはテルの勝利を信じているのだが。
だが、その時外部にいる彼女でも分かる異常が競技場内で発生した。
*****
それに気づいたのは両者同時だった。
「ッ!?」
エリオットは突然体の内側から引っ張られる感覚と共に体の制御がうまくいかなくなった。それは魔術にも影響し、放つ魔術に揺らぎが発生した。
テルは最後の力を振り絞り、エリオットの攻撃に集中していた。そのためにエリオットの気配が一瞬大きくぶれたのに気づいたのだ。直後それを証明するように攻撃が弱まった。
何が起こったのか、両者ともに正確には分からない。だが、戦場で醸成された両者の意識は即座に最善行動を導き出した。
すなわち、エリオットは今放てる中で最も射程範囲が広く、攻撃力が高い一撃を放つ。テルは相手に接近し、剣で止めを刺す。
「龍よ!今ここにその威容を示せ!」
龍の頭部を生み出していた魔法陣がその輝きを増し、その全身を現した。エリオットを体内に収めたまま空へまっすぐ伸びた龍は、テルがいる地面へとその顎を大きく開いた。
テルはすべての攻撃を捌き切り、その龍と相対する。そして魔力で構成されたその巨躯の、東部に浮いているエリオットの姿を視認した。
「これが最後だ!炎熱龍の降臨!!」
―――纏雷ッ!三足!
炎の龍からマグマも斯くやというブレスがテルへと放たれた。それは圧倒的な熱量を誇っており、そのままぶつかれば闘技場を破壊し、総合競技場を大破させかねないほどの攻撃だった。
対するテルは纏雷をもう一段階引き上げ、あくまでも物理で対抗した。ただでさえギリギリの二足、それを超える三足はテルの容量をはるかに超えていた。しかし、神殿にその代償を肩代わりさせることで神殿が壊れる時までの実現を可能にした。
五秒。テルの体感で神殿が壊れるまでの時間はたったのそれだけだった。
―――だが、それだけあれば!!
テルの全身に纏う雷の量が一層増し、漏れ出た雷が闘技場全体をスパークとなって覆った。
上空から降りかかる炎の災害を地面から空へ向かって放たれる雷が迎え撃った。
両者の攻撃は空中で衝突し、かつてないほどの大爆発を起こした。
*****
戦塵が上がる闘技場には二人の影が浮かんでいた。
「……クックック!どうだ、テル=ガーディ。俺はやってやったぞ。」
「……はぁ、はぁ。何がだ。」
「俺は俺を取り戻せた!お前が当の昔からできていたことだがな。」
「……。何が言いたい?」
「なに、悪かったと思っただけだ。今だからわかる。きっと俺は、神殿師としても強く、確かな自分を持っている貴様のような人間に憧れていたんだ。だから、……すまないな。」
「……」
「あの後輩たちにも伝えてくれ。俺が謝っていたと。何の価値もないがな。」
「……命乞いか?」
「まさか。殺し合いで負けたんだ、殺されるのは当たり前だ。それに、俺は貴族としてじゃない、俺として死ぬんだ。何の悔いもない。」
「そうか。遺言はあるか?あったら聞いてやる。」
「そうだな……。願わくば、今度はもっと早く気づけますように。」
その一言を最後に両者の会話は終わった。もう二度と再開することはないだろう。
*****
その後後輩たちを助けに行った。写真以上に傷つけられている様子はなく、すぐに治癒魔術で回復させることができる程度の傷だった。だが、拘束していた男たちの姿は見つからなかった。アリスの結界があってその上で素通りできるとは思えないが、見つからなかった以上逃げられたと考えるのが妥当だろう。
総合闘技場の外は大騒ぎになっていた。それはそうだろう、静かなはずの夜にあれだけの戦いがあった上に誰も中に入ることができなかったのだから。学院に残っていた講師と学生たちでにぎわっていたが、俺たちが出ていくとなんだと言わんばかりに学生は講師たちによって帰らされた。
通常の問題は生徒会が介入し、処分を下すが、今回の問題は処分を下す側の生徒会長が当事者になっていたため、生徒会付きの講師に預けられることになるらしい。
俺たちはその講師に事情を大雑把に話し、一応被害者だった後輩たちを預けたところで一旦解散となった。しかし、今回の事件は大事になることが予想されたため口外厳禁、と緘口令のようなものは言い渡された。
「……何も聞かないのか?」
「何がですか?」
「今日の戦いのことだよ。いろいろ聞きたいこととかあるんじゃないか?」
「今日起こったことは口外厳禁ですよ。何も聞きません。」
「……そうか。」
「その代わり!神殿祈祷祭では結果をしっかり出してくださいよ?じゃないと滑るかもしれませんからね?」
「……こっわいなー。分かったよ。最善を尽くすよ。」
「あ、今面倒だって思いましたね?いいんですよ?思わず口に出してしまっても。」
「ごめんって。分かった分かった。全力で勝ちに行きますよ。」
「……いいでしょう。期待しておきますね。」
静かな夜空の下、さっきまで死地にいたとは思えないほど呑気な会話が響いていた。




