修羅
アリスは驚いていた。テルのあの攻撃をいなせる人間が学生にいるとはとても思えなかったのだ。
自分であれば受けきることはできるだろう。彼女の加護である“断絶“は最強の矛であると同時に最強の盾であるからだ。結界魔術を発動させ、その上に雷のみを対象にした断絶の効果を乗せればそれこそどうにでもできる。
―――アレを受けきった?それも無傷で?
あれがなぜ神罰などという二つ名がついているのか。発動されたが最後、必ず敗北するからだ。高い威力とスピードは驚異的だが、攻撃の軌道は直線的であるために回避することはそこまで難しくないように思える。だが、問題は白雷が着弾した地面の周囲にまき散らす強力な麻痺効果なのだ。白雷による麻痺は身体能力だけでなく魔力回路もショートさせるため、継戦能力を強制的に奪い取るのだ。
「お得意の雷は俺には効かないみたいだなぁ、平民!」
テルの攻撃を完全に受けきったマッシュは意気軒高に叫ぶと再度地面を大きく蹴り、テルへと駆けだした。
マッシュがオーラを纏わせた剣を握っているのに対し、テルは無手で棒立ちのまま迎え撃つ。
マッシュが剣にオーラを纏わせている技術は一般に武器強化魔術と呼ばれているものだ。身体強化の延長上にあるこの魔術は近接戦闘を行う神殿師が身体強化と並行して使う魔術であり、それこそ学生レベルから騎士団長レベルまで使われる汎用性の高い魔術である。
だが、マッシュは自身に埋め込んだ魔道具の影響で本来透明なはずのオーラがどす黒く変色してしまっている。それは魔力そのものが変質していることを意味していた。
「くたばれ!!」
大声と大きな挙動による威圧、通常ではありえない黒いオーラによる不気味さ、そして隠しもしないマッシュの憎悪の念は相手を委縮させ、その結果渾身の一撃は必ず当たるはずだった。
「!?」
マッシュが剣を振り下ろした時、その先にテルはいなかった。一瞬の後、硬直から立ち直ったマッシュであるが、その一瞬は殺し合いにおいてあまりに長すぎた。
テルは死角からマッシュの剣を持っている右腕を掴むと自身の足元に投げつけた。
「ぐッ!ああぁぁっ!!」
動きを止めることなく掴んだままの右腕の肘に膝を当てるとためらいなく関節を破壊した。マッシュの悲鳴と骨が砕ける音と感覚の中でもテルは動きを止めずに最初に立っていた場所に投げ返した。
時間にすると数秒にも満たない攻防であるが、テルは最小の動きで最大の戦果を挙げていた。当然そのまま殺すことはできなくはなかったが、この闘技場に張られている結界に妨害されることは目に見えていた。
「さっさと立てよ。それくらいはできるだろ。」
右腕を抑えたまま起き上がる様子のないマッシュにテルが冷ややかな声をかける。
「もしかして俺の雷撃を無効化できたからって勘違いしていたのか?俺がどれだけのことをしていたかなんて、同級生なら全く知らないなんてわけじゃねぇだろうに。」
ゆっくりと歩を進めながら無感情に語り掛ける。
「去年、俺はこの順位戦でお前みたいなクズをひたすら叩き潰していた。でもこの結界って厄介でよ、ある一定以上の魔術攻撃は勝手に吸収して威力を強制的に調整されるし、物理攻撃の場合はデバフをかけてきて殺しきることができないんだよ。元々空間的に死なないってのもあるんだけどな。」
何とか起き上がったマッシュが見たのはどこまでも無関心を表情に張り付けた男の姿だった。そこには怒りも憎しみもなく、使命感や義務感もない。圧倒的なまでの空虚があった。
「だから考えたわけだよ。どうしたらこのクズ共をルールの中で痛めつけられるのかってな。そしたら結論は一つだった。痛みは必要だが傷はいらないよな、って。」
マッシュは自分の傷が治っていくのを感じていた。
おかしい。自分は治癒魔術なんて使ってないし、外からの魔術を防ぐ結界の中にいる以上誰かからかけてもらっているなんてことはあり得ない。
目の前の男を除いて。
「でも目に見えてボコボコにしてその上で治してたらさすがに目につくだろ?監督官から順位戦を終了されかねない。
ならさ、攻撃していく側から治していけばいいよな?そうすれば傍から見ればただ俺の攻撃力が弱いだけにしか映らない。優秀な神殿師である監督官の講師は不信に感じることもあるかもしれないが、それだけだ。決定的な証拠にはなりえない。」
当然だ。どんな理由があって対戦相手の怪我を治すのか。順位戦そのものに逆行するような戦法である。
「き、貴様!!」
ありえない。髪の色からしてテルはロムス神殿と契約しているはずだ。それなら自己強化系が最も成長の効率が高いはずだ。それに対して他の系統は遥かに効率が悪い。それを攻撃しながら無詠唱で発動できるレベルまで磨き上げている。
―――なら自己強化系の魔術は?加護は?それ以外の属性の魔術は?
「ほら、もう立てるだろ。さっさとしろ。」
次は左腕だ。
マッシュはそんな声なき声を聞いた気がした。何の感情もなく作業のように自分の身体を破壊しに来ている。その不気味さに全身が恐怖に震えた。
「なめるな、平民ッ!!」
マッシュが起き上がりながら振り下ろした剣が空中で鞭のようにしなりテルへと迫った。




