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いずれ最果てへ至る神殿師  作者: きりきりきりたんぽ
第一章 王立セントリア学院編
21/54

日出前

「……今ちょうどこちらでもその話をしていたところです。それよりも魔力を抑えてください。私の役員たちが気を失ってしまっているでしょう?」


「悪いがそれはできない。……久しぶりだ、この感覚は。怒りじゃない、憎しみでもない。自分でもわからない。だから、抑えることはできない。」


「そうですか。……まあ大丈夫でしょう。リア、彼らの介抱を。私は彼と話しておきます。」


 彼女の背後に立っていた青髪の少女は音もなく動き始めると、倒れている役員たちの側へと移動していった。生徒会長の執務机へと向かうテルとすれ違った彼女は役員の一人を抱きかかえて部屋から出ていった。起きそうもないし、もし起こしたとしても元凶が近くにいる以上可哀そうなだけだからだろう。


「久しぶりですね。そんなあなたを見るのは。……おおよそ何が起きたか予想はできます。あなたの怒りのラインは私と似通っていますから。」


「そうだな。俺も会長も他人のためにしか感情を動かせない人間だからな。」


「ですが不可解です。あなたのパーティーメンバーや今二年生のあの子はやろうと思ってもどうにもできないレベルで優秀なはずです。それこそ不意打ちを仕掛けたとしてもどうにかできる学生は限られるレベルだったのでは?」


「そりゃそうだ。俺でも無理だし、もしあいつらになんかあったら気付けるように手は打ってある。だから今回はあいつらじゃない。……後輩が狙われた。」


 感情を押し殺したように告げられた事実にアリスは目を見開く。この場合の後輩は二年生でもなく、つい最近新入生として学院に入ってきた一年生以外ありえないのだから。


「……そんなに仲が良かったんですか?」


 目の前の男は自分と同じだったはずだ。自分を信じず、だから自分が信じたいを思う他者を信じず、いつか自分を介在せずに信じられる他者しか身内に入れなかったはず。彼女は立場からそうだったが、彼はおそらく生まれと育ちがそれを形作ったはずだ。不器用な彼女は心の叫びをたった一行の問に押し込めた。


「いや?ただ馴れ馴れしくも“先輩”なんて俺のことを呼んで、敬意を押し付けてきただけだ。……本当に、ただそれだけだ。


 だから……分からない。この感情の在りかが、理由が。」


 確かに言われてみれば彼の激情の影には困惑が隠れているように感じられた。今のテルなら去年の彼以上の威圧を放っているはずなのに、それが彼女の知っている範囲に収められていたのだ。


「……それで一体何があったのですか?あなたならここに立ち寄らなくても自力でマッシュ=バイヤーを探し出せるでしょう?」


「一応この件について知っているのかと思ってな。こんなくだらないことをした元凶を知っていれば教えてほしかったし、それが生徒会役員である可能性が一番高かった。」


「私の生徒会に手を出すつもりですか?」


「もしそうだったら俺は止まらない。たとえアリス、お前が敵になったとしても。最も、俺が許さない相手をお前が許すとも思えないからあんまり関係ないがな。

 ああ、あとこれも渡しておく。これって生徒会しか出せないやつだろ?」


 テルがポケットから出してきたのは確かに学院印が押された生徒会が作っている封筒だった。生徒会役員以外は知る由もないことだが、この封筒も特別製で特殊な魔道具の一種なのである。そして見分けることはともかくとして、その製法は生徒会長しか知らない。


「……確かに。これらは生徒会しか出せないものですね。中を見ても?」


「ああ、そのために持ってきた。」


 封筒の中には一枚の紙と一つの紙塊が入っていた。一枚目の内容も衝撃的であったが、問題は紙塊の方だった。五名の生徒、しかもネクタイの色からして一年生がボロボロの状態で拘束されている様子が写されていた。両手は後ろ手に拘束されおり、口には猿轡が噛ませられていた。一番前に写っている赤髪の少年は一段と酷い状態で、片目が潰れてしまっている。そんな中でも唯一幸運と思えるのは二名いる女子生徒が襲われている様子は見受けられないこと程度だろうか。


「見たな?ここに来たのは犯人捜しのためだけじゃない。


 ―――こいつは殺すぞ?」


「―――構いません。既に第二王女として殺害の許可を出してありますが、もしあなたが手をかける場合私が証人となりましょう。」


 ゆっくりと立ち上がったアリスもその目の前に仁王立ちしているテルも激情と平静の正反対の感情を両立させているという非常にアンバランスな精神状態であるが、どちらもそれに気づいていない。そしてそのアンバランスさは同じ状態の他者によりかかる形でバランスを取っていた。


 ―――いやいや、怖すぎますよ。これだから化け物同士が居合わせると困っちゃんですよね。


 そんな中でその異常性に気付いているのは介抱を命じられた一人の女子生徒、オフェーリア=クリーマグナ一人だった。アリスの周囲で唯一対等な立場から意見を言える常識枠の彼女であるが、常識を弁えているがゆえに危うきには近づかないのだ。


 ―――はー、これは可哀そうですがマッシュとやらはまともには死ねないでしょうねー。


*****


「旦那!そろそろ時間だぜ!」


 かがり火に灯された競技場の中で野太い男の声が響いた。その声に呼応するように一人の少年がゆっくりと立ち上がった。その額には宝石型の魔道具が埋め込められており、鼓動するかのように光を放っている。


「ああ、そうだな。クククッ!おい、暇ならそいつらをもっと好きにしてもいいんだぞ?自称エリート君の苦痛に歪む顔は何よりも痛快だからなぁ!」


苦しむ自分の後輩たちの姿を見て満足気な笑みを浮かべた少年だったが、それだけでは足りないようで周囲に侍っている男たちに声をかけた。


「ガッハッハ!冗談きついぜ!契約違反になっちまうじゃねぇか。」


 だが、彼らは闇の世界の住人である。ただのごろつきとは訳が違うのだ。


「雇用主の俺が許可すると言っているんだ!やれ!ほら、貴族の女の味を知りたいだろ?」


 闇の世界には掟がある。命がけで守らねばならない、血の掟が。


「……はぁ、分かってねぇなぁ、坊主。俺たちの仕事はこいつらの誘拐と逃げ出そうとした時の対処だけだ。それ以上のことはしねぇよ。」


 それは至極当然の内容である。が、その対価が命であることがそれに重みを与えている。


「高貴なる貴族の俺の命令に逆らうのか!?俺とお前らとでは存在の各が違うんだぞ!!」


 表の世界の言葉遊びで乗り切れるほど生ぬるい世界ではないのだ。信頼とは権威で得るものではなく、命でつかみ取るものなのだ。


「うるせえなぁ。やりたかったら自分でやりゃいいじゃねえか。俺たちはやらん。それに貴族だろうがなんだろうが生きてりゃ同じだろ。死んでねぇんだからよ。」


 それが分からない少年とその世界で生きている男たちとでは価値観がまるで違うのだ。


「俺とお前らが同格とでも!?弁えろよ、貴様ら!!」


 両者が合意することはなく、時は訪れる。大気が震えると錯覚するほどの覇気を携えてその者たちは現れる。


「…………。時間だ。あとは勝手にしな。」


 男は無愛想に言い放った。

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