発芽
「えー、諸君も知っているとは思うが、各種神殿の復習をまず行う。」
一年生が必修で受ける講義は4つある。基礎神殿学、基礎魔術学、基礎加護学、そしてついでのような基礎教養学。一年生の前期はこれらの授業で午前中のほぼすべてが埋まる。
全て誰もが知っているような基礎的なことを扱うのだが、そのせいか講師陣もなかなかにやる気がない。今一年生を全員集めた大講堂の教壇に立つ初老の講師もまた同じくだ。魔術で空中に文字や絵を書きながらも講義を進めているが、どこか覇気が感じられない。
なぜこんなことをやるのかというと、一つは体裁のため、もう一つは特待生のためだ。特待生とは、学力や魔術、加護の腕ではなく、はじめに授かった加護が優秀であるものが選ばれる。例えば特殊系統や、光と闇の複合属性である虚数属性を持つものがその対象となり、その上で、学院で学ぶ意欲があるかどうかを見られる。
「ロムス神殿は勇気を象徴する神殿だ。この神殿と契約を結んだものは自己強化系の成長が速くなる。そのせいか、近接戦闘を好むもの契約者には多い。形状は、庭園。中央に置かれた祭壇を池が囲んでいる。」
しかし、特待生はほとんどおらず、数年に一人程度の頻度である。今年もその例に及ばず、特待生はいない。そのため、何が言いたいかというと、
―――誰もまともに授業を聞いていないのだ。
「この学院では8位のテル=ガーディがこの神殿と契約しているな。神殿を出さずに戦う異端児だが、それでも実力は諸君らが見たとおりだ。学院外では王国近衛騎士団団長のディルムット=アークもそうだ。一度アイツの戦闘を見たことがあるが、あれはまさしく鬼だな。決して速いわけではないのに目では追えず、気が付いたら戦闘が終わっているようだったな。」
そんなんだから、講師も自分が話したいことしか話さない。
しかし、得てして授業の内容よりも講師が話したいことの方が生徒からしたら興味深く、無駄話の時はほぼすべての生徒が耳を傾けるのだった。
「次はイーリャ神殿。この神殿は信頼を象徴している。この神殿と契約を結んだ者は他者強化系の成長が速くなる。後方支援がメインとなることが多いが、だからと言って弱いわけではない。学院順位6位のヒューム=コアトルはこのイーリャ神殿と契約している。」
そして学生たちがこの授業をほとんど聞かない理由がある。それは一度契約した神殿を変えることは実質不可能であるからだ。
「えーと、次はウェール神殿だな。慈愛を象徴するこの神殿は水系統の成長が早い。特に農村では重宝されるな。ロムス神殿に次いで契約者が多いという。当然戦いでも強く、三大公爵家の一つ、シャーウッド家が有名だ。学院順位2位のマリナ=シャーウッドがいるが、確かこのシャーウッド家の令嬢だったな。」
そのため、契約した後に契約の説明をされてもしょうがないのだ。たとえ今から契約する神殿を変えたいと思ってもできないのだから。
「次はポラリス神殿だ。幸福を象徴するこの神殿は風系統の成長を加速させる。港町では契約者が多いそうだ。私もこの神殿と契約しているが、私はそこまで強くない。だが、学院順位1位のマクスウェル=ボナパルト。三大公爵家の一つ、風のボナパルト家の令息だな。
そして最後がペンタゴン神殿。真実を象徴するこの神殿は炎系の成長を加速させる。日常生活で使われることはないが、鍛冶や飲食店を経営する商家に多いそうだ。三大公爵家の一つ、ダラティック家が有名だな。この学年主席が確かここの令息だったはずだ。」
そこまで説明すると講師は空中に書いた板書を消して、生徒たちの方を振り返った。
「さて、ここまで神殿について説明したが、諸君らも知っているように、これらの神殿はもう実在していない。遥か昔の戦争で失われ、今残っているものはその祭壇の一部のみとなっており、その全貌は古文書を読み解くことでしか把握できない。
だが、なぜか神殿と契約を結び一定のリンク率まで行った神殿師は神殿そのものを召喚できるようになる。しかも、古文書に書かれた様子と大きさを除いて完全に一致している。」
そこで再度セリフを切ると一つためを作って再度話し始めた。
「そのために当学院では神殿師の三つある使命の一つに真理の探究がある。当然、平和の維持、生活の発展どちらを取っても構わない。だが、せっかくこの学院に入ったのであれば、是非真理の探究に向き合ってほしいと思う。そのための設備が全て備わっている。
……と、まあこの程度でいいだろう。来週からは本格的に各種神殿の歴史と伝説について説明する。テストに出るからしっかりノートをとるように。」
*****
授業を受ける中で講師も同級生もやる気を感じられなかったが、僕はとてもそうはなれなかった。先週の休息日に先輩と一緒に魔物の討伐に向かったが、先輩の戦う姿を見て改めて気づいた。
学院順位8位のテル先輩の戦いから何かを学び取ることができるほど、僕は優秀ではなかった。経験が豊富なわけではなかった。
まだまだ僕は自分のことを過大評価していた。
「先生、質問いいですか?」
講義が終わった後、自分の元へと質問に来た僕を見て先生は目を丸くした。周囲の同級生から視線が僕の背中に集まるのを感じる。
今までもそうだったけど、たとえ悪目立ちしたとしても、僕はもう止まるわけにはいかない。




