闇工作
王都の闇は深い。最大の都市である王都は光輝く栄華の象徴であると同時に一歩踏み込めばどの魔境よりも深く、昏い闇が蠢いている。
発展の影には衰退があり、成功の裏には失敗があり、勝利の元には敗北がある。社会からそのように置いてきぼりをくらった者たちは何をするだろうか?自然のように淘汰されていくだろうか?それとも悪逆の限りを尽くし、その世界での栄華を望むだろうか?
「くそが!あの平民がッ!」
答えは後者である。勝者の中の勝者にはなれずとも、敗者の中でなら勝者にはなれるかもしれない。正当では勝てずとも、不当であれば勝てるかもしれない。勝負には勝てずとも、殺し合いには勝てるかもしれない。長い年月をかけて作り上げたルールの上で戦うことを放棄し、正か死かという原始の法則にのっとり生きることを決めた者たちが確かにいるのだ。
「おう、どうした。坊主。何か入用か?」
そしてそんな者たちが創り上げた世界はどこよりも暗く、黒く、そしてその闇は光を通さず、逃がさない。さながらブラックホールのように人間を魅了する。それはその世界に生まれ落ちたものに限らず、光に照らされている世界に生まれたものも含まれる。なぜなら彼らの世界は何よりも欲望に忠実で、本能的で、動物的であったからだ。知性による光で秩序を照らす彼らの中にもその消せない焔がその奥底に隠されているのである。
「ああ、例の魔道具はあるか?神殿そのものを強化するっていう、あの。」
その世界での掟はただ一つ。生きていることが正義であり、死ぬことが悪であるということである。生存のためであれば、その所業はすべて正当化される。たとえ人道に反するものであろうと、倫理に反するものであろうと。結託、裏切り、詐欺、闇討ち、エトセトラ、エトセトラ。生き汚さこそが誉れであり、潔さは悪徳だった。
「外法魔道具だぞ、あれは。それに坊主のとこの隊長殿もまだ使用を認めてねぇ代物だ。」
だからこそすべての分野において障害をすべて蹴散らして最短距離で彼らは突き進む。特に魔術、魔道具、加護、神殿については生死に直結するものであるからして、光の照らす世界と比べても差がないくらいには発展していた。ともすればそれ以上に。
「……ああ、分かっている。だからこそだ。実験体は必要だろ?この高貴なる血を継ぐ俺がなってやる。」
だが、だからといって偽物がまかり通っているというわけではない。まがい物を売りつけた相手が全滅すれば話は違うが、もし生き残っていた場合報復に来るだろうし、そうでない場合も全滅させた方が潰しに来る。偽物が流通すればもしかしたら自分たちの仲間がその毒牙にかかるかもしれないからだ。そのために商人は自分の売るものについて正確に説明することが求められ、その結果所持者が正しい性能を知った物しか流通しなくなっている。しかし、その物の中には一度きりのもの、副作用が強いもの、威力が強すぎるものなど、とんでもなく尖った性能をしたものも含まれている。
「はぁ?アホ抜かしてんじゃねえぞ?そもそも俺の取引相手はお前の所の隊長殿だ。いけすかねぇ中途半端貴族のお前なんかじゃねぇ。」
だからこそ、なのだろう。正規品にはない魅力を携えた彼らの非正規品は世界の垣根を越えて影で広まっていった。今では彼らとのコネクションは王侯貴族にまで及び、貴族の中で彼らと一切の取引を行っていないものはいないと言われているほどだ。
「なんだとッ!?」
実質的に王都の影を支配することになった彼らであるが、その実態はその世界で生きる彼らですらまったく知らない。いくつか有力な組がありそれらの勢力が拮抗しているとされているが、それすらも不自然であった。一つの組が成長、もしくは衰退したら他の組もバランスを保つようにそれに合わせていく。当然、末端の構成員同士の殺し合いは多いし、その度に多くの血が流れているが、大局的に見た時に大きな変化は現れない。そのため、この一寸先すらも見えない闇の世界を支配している何かがいるとまことしやかにささやかれている。
「実際そうだろうが!!バイヤー家、だったか?水のシャーウッド家の縁戚に連なるっていえば聞こえはいいが、実際は本家からは見向きもされてねぇだろ。それに自分のことを当代一なんて言ってるらしいが、んなわけあるか!お前程度の神殿師は腐るほど見てきたわ!!」
「ッ!!貴様!そこまで俺を侮辱するとは、覚悟はできているんだろうな!?お前がバカにしている水の魔術の真髄を見せてやる!」
「おーおー、やってみろ!俺の工房で魔術を使えばどうなるかも分からねえならな!」
「おいおい、何やってんだよ。いい年したおっさんとまだケツの青いクソガキが。
いいんじゃね、やらせてやれば。その代わりどうなっても知らねぇけどな。」
今日もまた一つの取引が成立した。契約書はない、契約魔術すらも使わない。文字通り命を担保にした絶対遵守の契約が結ばれたのだ。
王都の闇は時を追うごとにその密度を増していき、いずれは王都の全てを飲み込まんと胎動を繰り返す。果たして産声を上げた時、世界にどんな変革をもたらすのか。それは誰も知らないことである。




