研究室
「ふう。……なるほどな、少しだけ感覚がつかめた気がする。」
雷撃、飛行についで授かった三つ目の加護。飛行よりもはるかに異質なそれをまず全貌を理解するのに一週間以上かかった。でもその結果分かったのは少しでも微調整をミスったら体が吹き飛びかねないということだった。
何度も検証し、いくつも保険を用意して、加護を少しだけ発動させたが、今でも心臓の強い鼓動が止まらない。
「へぇ、今のが三つ目か。飛行を二つ目で授かった異端児の三つ目にしてはふさわしいものじゃないかね?聞いたときも思ったが、まさしく世界を変える力だ。」
鷹揚にのたまうその人は俺が所属する研究室の講師、デイビッド=ワーグナー。見た目に無頓着な彼は黒い髪を掻きながら近づいてくる。
「どんな感じに見えましたか、先生。感覚とは違うかもしれないので。」
「ん?ああ、そうだね。概要を聞いていたから何となく理解できたが、初見ではまず対処はできないだろう。というか、私ですら訳が分からなすぎて対処法が思いつかない。直感で避けるしかないが、そのためにはどんな天才であろうと十回くらいの立ち合いが必要だろうね。しかもこんなのが空から降ってくるなんて考えたら、相手が可哀そうになってくるレベルだ。」
「……加護どころか魔術との併用も無理ですよ、これは。……ほら、鼻血が出てきたし。」
喉の奥から血の匂いがしたと思ったら、鼻から出てきたよ。しかも頭がくらくらするし。……はぁ、慣れるまで大変そうだな。
「ふふ。君がそんな様を私の前でさらすとはね。飛行を授かった時以来じゃないか?」
先生から差し出されたティッシュを受け取りながら、いつになく上機嫌な先生に声をかける。
「解析は使いました?」
「もちろん。だが、これまたエラーを吐き出してきてね。おそらくその範疇にないのだろう。
君の加護は全てがエラーだ。飛行も雷撃も。ふふ、ワクワクしてくるな。」
この人は神殿加護学の研究をしているせいか、加護に対する理解が深い。が、研究熱心もここまでくると怖くなってくるな。なんか笑ってるし。
しかも質が悪いことにこの研究室に入る条件は講師であるこの人に気に入られること、っていうなかなかにしんどいものなのだ。そのせいか、多くの人が関心を寄せる神殿の加護についての研究室なのに所属している研究生は10人にも満たない。
「でも、それって本当なんですか?雷撃は比較的分かりやすい加護じゃないですか。」
「本当だ。そもそも加護は文字通り受け取るのが間違っている。雷撃とは、確かに雷を打ち出せる加護だと思うだろうが、実体は違っただろう?」
「まあ、そうですけど。」
「それに私の加護である解析も不完全だ。というよりも、加護そのものが不完全の状態で完成しているという方が正しいだろうな。」
「え?」
「説明が難しいが、そうだな。加護や魔術を鋳型で説明したろう?そこに魔力を注ぎ込むことで発動できると。だが、その鋳型の使い方は魔力を流し込むだけではないのではないか、ということさ。
本当の鋳型であれば鉄を流し込めば剣ができるが、鋳型を相手の頭に叩き込めば凶器と化すだろう。普通はそういう使い方をしないというだけで、形状が立方体であれば椅子にもできるかもしれない。」
「つまり、活用の仕方が他にもあると?」
「その通りだ。実際解析は情報を見えるだけでなく、その情報が全体のどれくらいの割合を占めるかも知ることができるのだが、解析自体を解析したところ六割程度だったのさ。感覚としてはほぼ十割に近いと思っていたのにもかかわらずだ。
ついでに言えばエラーというのはこの見える情報が極端に少ないという状態を示すのだと思う。」
「はぁ。なるほど……。」
この人は相変わらず難しい話をするなぁ。不完全の状態で完成している、か。……よくわからないな。言葉では理解できたが感覚がついていかないような、そんな気持ちの悪い状態だ。ただでさえ初めて使った加護で頭がぐちゃぐちゃなのに。
「ちなみに先生から見て、この加護はどんな系統にあると思いますか?」
「……そうだな。おそらくは未来視や運命操作といった所の特殊感覚系だろう。飛行とも少し違うような気がする。」
「え?いやいや、特殊感覚系って、こんな感じじゃなかったじゃないですか。しかも直接攻撃に活かせる加護ですよ?あんまり信じられないですけど、身体強化系じゃないんですか?」
「まあ、そう思うよな。理解はできるが、私の感覚的にはどうしても身体強化系には思えないんだ。それにこれまで身体強化系の加護ではなかっただろ。」
「まあ、そうなんですけど。」
加護にはいくつか系統が存在している。その中でも複数の属性を掛け合わせることができる複合属性系や同じ属性を掛け合わせることができる強化属性系、魔術以上の強化率を持つ身体強化系といった魔術の上位互換の加護から、その枠に当てはまらない特殊系へと大別される。
そしてその特殊系の中でも特殊感覚系は異端である。先生が言ったように未来視や運命操作で知られているが、実際は加護の種類そのものの数が少なく、そのために授かった人もほとんどいない。分かっているのは強力だが、リスクが大きいこと。消費魔力は当然膨大だし、未来や運命といった本来では干渉できないものに触れた代償も大きい。例えば未来視は使えば使うほど視力が弱まり、運命操作であれば全身の感覚がなくなっていくらしい。
「私の直感が外れている可能性もあるが、そうじゃなかった場合、その加護は諸刃の剣になる。使うなとは言わない、使う時は慎重にな。ガーディ、お前の体は一つしかないのだから。」
先生の心配と気遣いに満ちた忠告に心がざわつく。去年からお世話になってる以上、俺のことはパーティーメンバー並みに知っている先生だからこそできることかもしれない。
「分かりました。確かにリスクの把握もできない状態では慎重になった方が良いかもしれませんね。」
「そうだ。それに君が死んでしまってはせっかくの飛行がもったいないからな。まだ研究が終わったわけじゃない。」
……だと思ったよ。この研究バカが。
「ふふ。そういえば神殿祈祷祭に出るんだっけ?私は興味ないが、他の学校は勝つことしか考えていないと聞く。せいぜい気を付けることだ。まったく勝敗などに意味はないだろうに、王女殿下も難儀な物だな。」




