生徒会
委員会棟の最上階。学院全体を見下ろすことができるこの場所に学院での実質的な最高権力機関が位置している。
役員分の机が二十個並ぶ中、その奥に机三つ分の大きさがある執務机が置かれている。しかし、それだけ大きい机もその中心を除いて書類の山が出来上がっている。
「アリス様、こちら新入生の名簿と入学試験の成績です。」
「アリス様、またこんな数の順位戦申請が来てますよ。」
「アリス様、先日の研究発表会の意見書をまとめておきました。」
「生徒会長、さっき意見箱にこんなのが入ってました。」
「アリスコットさん、先ほど神殿統括府の方から祈祷祭についての書類が届いていましたよ。」
「アリス様、来月の新入生歓迎会の企画書を作っておきました。確認をお願いします。」
「……ふう。聞いていた通りに年度初めはかなりハードですね。」
生徒会は講義以外の全てを管轄する組織である。順位戦や研究発表会等の各種イベントの主催から始まり、学外の冒険者ギルドや神殿教会、時には王侯貴族との窓口を兼ね、そして学内の管理、維持などまで務める。
当然これらの業務を一つの組織でこなすのは不可能に近い。そのため細分化されていき、その過程で生まれたのが各種委員会である。冒険者ギルドとの折衝を務める統制委員会、学内の治安維持を務める風紀委員会、学内の衛生管理や怪我人の治療をする保健委員会、各種イベントを実行に移す催事委員会などだ。
学校運営のほとんどを委員会に分配した結果、生徒会に残ったのは順位戦のセッティング、各種イベントの企画立案、神殿教会や王侯貴族の窓口程度まで減った。激務であることに変わりはないが、それでも多少は楽になった。
あっという間に日が傾き、眩しい西日が生徒会の執務室を朱く照らす。その時、アリスコットの席に近づく一人の男性生徒の姿があった。
「アリス様、神殿祈祷祭の出場者についてですが、四年生は例年通り上位十四名でいいですか?」
「そうですね。いないとは思いますが、もし辞退する人がいれば繰り上げていってください。」
「かしこまりました。それで三年生の分はどうしましょうか?二名となっていますが。」
「そうですね。予定では私とテル=ガーディで出す予定です。」
「テル=ガーディ!?正気ですか!?」
「そうです。彼なら結果を持って帰ってくれるでしょう。」
「待ってください!実力的に問題はなくても、素行に問題がありすぎます!」
「言ったはずです。今回はただ結果だけを取りに行くと。これまで果たして何人が三年生でありながら学院上位10名の中に割り込んだでしょうか?」
「ッ!でも!」
「おい、落ち着け。今回はそういう方針だって事前にアリス様から話があっただろうが。」
「お前は納得できるのかよ!?あんな平民風情が俺たちの代表なんて!」
その男子生徒の叫びに生徒会の中が水を打ったように静かになった。それに気づいた生徒がやってしまったと表情を強張らせたが、時はすでに遅し。ゆっくりと彼を止めようとしていた役員が離れていく。
「確かマッシュ=バイヤー、でしたか。今、何と言いましたか?」
温厚な生徒会長は滅多に怒らない。それこそ彼女が怒る姿を見たことがある人は生徒会を除いてほとんどいないのではないだろうか。
そんな彼女にも当然逆鱗はあり、そのうちの二つを男子生徒は触れるどころか鋭い爪で引っかいてしまったのだ。笑顔でありながら怒りの大きさを纏う空気で周囲に知らしめている。
「ッ!だって、誉れ高い祈祷祭ですよ!?誉れのほの字も知らないような平民が、なんで……!」
「では、あなたの言う誉れとは何ですか?」
「そ、そんなの歴史と誇りに決まってるじゃないですか!僕達貴族が長年紡いできたものです!」
「はぁ。そうですか。……いいですか?歴史も誇りも貴族だけが作った物ではありません。この王国全体が創り、育み、その末に形を成したものです。王族ではない、貴族でもない、私達王国民が歩んだ道筋が歴史であり、その足跡に芽吹いたものが誇りとなったのです。」
「その道筋を決めたのは貴族じゃないですか!平民はただそれに従っただけです!」
「分からない人ですね。ただ役割が違っただけです。そして私は別に彼らが平民だから選んだわけでも、あなたが貴族だから選ばなかったわけでもありません。彼ら個人を見て、任せるに足る人物であると確信したから選んだというだけです。」
「ッ!?」
「彼ならできる。でもあなたにはできない。しかし、一方で彼はあなたのように業務をこなすことはもしかしたらできないかもしれない。だからついさっきまではあなたに任せようと思っていたんです。」
「ついさっきまで、思っていた……?」
「はい。あなたのような考え方の人間は私の生徒会には要りません。本日付けで役員の職を解くことにします。もしいやだったら来年の生徒会長選挙で私に勝ってください。」
「ッ!何が悪いんだ!そんなに平民と仲良しアピールがしたいのかよ、尻軽王女がッ!」
敬愛する生徒会長に対する暴言。それを許すほど彼らは優しくはなかった。
一瞬の間をおいてその男子生徒は役員たちによって地面に組み伏せられ、何本もの剣と杖が向けられていた。そもそも彼ら全員が他の生徒と同じように授業を受けながら、その上で生徒会の業務を行っているのだ。優秀でないはずがない。
ほんの数分前までの仕事仲間に敵意と殺意を向けられた男子生徒は驚愕と恐怖で声も出せない。
「なんとでも言いなさい。貴族至上主義も勝手にすればいいでしょう。」
生徒会長の冷ややかな声が頭上から降り注ぐ。
「ですが、もし次に私の友人を貶めようとする発言をしたら……。覚悟をしておくことです。この学院内でも王都内でもまともに生きては行かせません。」
その言葉を聞き終わったかどうかのタイミングでその男子生徒は意識を失った。
*****
「はぁ、まったく。あなたは相変わらず敵が多いですね。」
少女は一人呟く。役員たちに引きづられるようにして男子生徒は生徒会室から追い出された。おそらく今頃保健室に連れていかれていることだろう。そんな中不謹慎であるとは思いつつも、頬が緩むのを感じる。
「アリス様、嬉しそうですね。」
「あの問題児がいなくなったからじゃないか?最初から変だっただろ、あいつ。うまいこと猫被ってたみたいだがな。」
「アリス様ですよ?どんな悪人であれ、その不幸で笑うはずがないじゃないですか。」
「まあ、それはそうだな。」
「だ、そうですよ。アリス。」
生徒会の中で唯一書記という役職に就く青髪を靡かせた少女が会長の側で呟く。
「私にしては上出来でしょう。」
「そうですね。あなたはいつも不器用でしたもんね。私以外まともな友人も作れなかったくらいには。」
「……うるさいですよ、リア。」
入学以前から表面上は完璧な淑女であった彼女はまともな友人ができなかった。その実ただ緊張して表情を変える余裕がなかっただけであるが、周囲はそうは思わず、ただひたすら高嶺の花として彼女を扱った。
その結果、彼女にとっての友人は書記の生徒のみであった。
「ああ、怖い。……でもさっきは結構本気で怒ってましたよね?」
古くからの友人である彼女は知っていた。王女であるアリスは自分の持ちうるすべてを交渉のカードとして扱いうる。それこそその血筋や美貌、神殿師としての腕から喜怒哀楽まで、文字通りの全てを。
だからこそ素の感情をあらわにすることは滅多にないのだ。どんな行動であれ、その裏には彼女の策略が巡らされている。
「それはそうですよ。友人を傷つけられたら普通は怒るでしょう?」
「まあ、それならいいんですが……。」
(本当にそれだけなんですかねぇ……?)
誰よりも付き合いが長く、彼女のことを彼女よりも良く知る書記、オフェーリア=クリーマグナは小さくため息をついた。
―――あなたがこれまであそこまで分かりやすく怒ったことはありませんでしたよ。




