生徒会長
空虚な手ごたえとは裏腹に、十分な達成感を感じながら飛行の加護を再度発動させた。同時に魔力励起を解き、魔力を興奮状態から通常状態へと戻した。短時間とはいえ、魔力回路を酷使したせいで加護がうまく発動できない。落下速度を調節するくらいはできるが、すぐにまた空を飛ぶのはできないな。
去来する脱力感に身を委ねながらゆっくりと地面へと近づいていく。ちなみにレッドワイバーンの死体は首を切り落とした瞬間に俺のアイテム袋に収納している。まあちょっとしたコツがあるだけで誰にでもできる手品みたいなもんだけどな。
「おー。お疲れー。どうだった―?」
地面に降りるとレッサーワイバーンを蹴散らしたであろうルカが一人だけ前に出て待っていた。
「レッドワイバーンがいたよ。まったく、ソロで狩るのはしんどいな。」
「えー!あれってパーティーでいつも倒してたやつじゃーん!すごー!!てっきりハイワイバーンかと思ってたのにー!」
「まったくだ。しかもそのレッドワイバーンもどこかおかしかったしな。」
「えっ?」
「……いや、この話は後だ。」
目の前には安心の中に一末の不安をにじませる後輩たちの表情を見て、これ以上の話をここでする必要がないと感じた。まあ初めての討伐依頼でトラブル連続の中、最後の最後にワイバーンの襲撃だ、心身ともに疲労しているだろう。
そうじゃなくても後輩に聞かせるような話じゃない。……さっさと帰ろう。
*****
ワイバーンと戦っている間にも日が暮れ始めていたため、大急ぎで学院に戻った。時期的に日が伸びてきているとはいえ、油断は禁物だ。
「先輩。本当にいいんですか?ワイバーンまでもらってしまって……。」
「構わん。さっきも言ったが監督員にはそれだけで報酬が出るからな。ほら行った行った。統制委員会のやつらも遅いと機嫌が悪くなるぞ。」
「えっ、本当ですか?じゃあ急いで行ってきます!
……今日は本当にありがとうございました!」
「「「「ありがとうございました!!」」」」
後輩たちが頭を下げたらすぐに委員会棟に向かっていった。確かあそこの一階が統制委員会で、最上階が生徒会だったよな。行かないで済んでよかったが……。
「おかしいですね。監督官の上級生に報酬は出ないはずですが?」
後輩たちが去っていった方向とはまた少し違う闘技場等が含まれる総合競技場の方から声が聞こえてきた。その鈴を鳴らしたような声に聞き覚えがあったのか、俺の背後から妙な緊張感が感じられる。
声がした方を振り返ると、そこには王族特有の白い髪をまっすぐに下した恐ろしいほど美しい人物が立っていた。
「……生徒会長。」
なぜここに?
かつてないほど緊張感が高まっている。魔物討伐の依頼中でもここまでじゃなかった。
彼女はアリスコット=フォン=セントリア。このセントリア王国の第二王女にして生徒会長を務めている。通常であれば四年生が務める生徒会長に三年生にして就任した彼女は学院順位でも四位につくほどの実力者だ。戦ったら確実に負ける。
そんな実力と権力共に学院内で最高峰の彼女に何かと問題を起こしがちな俺たちは目をつけられているわけだが。
「どうしてここに、とでも言いたげですね。あなたたちがサボった研究発表会はついさっき終わったんですよ。」
「そ、そうか。それはお疲れさまだな。あと書類出したから知ってるとは思うが俺たちはサボったわけじゃないぞ……?」
「おやおや。研究発表会の日時を通達したのは一月前。それに対してあなたが書類を出したのはつい先日。たまたまにしては出来すぎていますね?」
「……そうかもしれないな。それで俺たちに何か用でもあったのか?」
「悲しいですね、学友に話しかけるのに理由がいりますか?」
心にもないことをと思ったが、表情はどこか悲し気でなぜかこっちが悪いことを言った気分になってくる。
しかし、彼女はすぐにその表情を引っ込めると、今度は穏やかな笑みを浮かべた。
その笑みに得体のしれない威圧感を感じた俺は思わず後退りそうになったが、その間を待たせずに彼女は口を開いた。
「ちょうど来月末の今日、最後の休息日に王都にある神殿師育成学校による神殿祈祷祭が行われます。基本的には四年生が出る方針ですが、私とあなたは例外として出場しますので承知おきください。」
「え?」
神殿祈祷祭。王都全体で神殿への感謝を込めてお祭りを行う。本祭は八月中旬に行われるため、五月末に行われる今回のは言ってしまえば前夜祭のようなものであるが、その余興として学生の対抗戦が行われる。
しかしただの余興であるはずがなく、この対抗戦で好成績をのこしたものは本祭で行われる王国神殿騎士団や各領地の神殿師のみが参加権があるセントリア国宝祭に参加することができる。学生という枠を超えて、実戦を経験する現役の神殿師と戦える機会は稀であるし、そもそもとして参加すること自体が名誉である。そのため、今回の対抗戦は多くの学生にとって大切なものである。
が、俺は正直出たくないんだよな。だって、神殿の召喚しないし。学院内だけならまだしも、王都全体に舐めプだって思われるの嫌だし。
「いやいや、俺が出る必要はないだろ。そもそもとしてあれは四年生の晴れ舞台じゃないか。俺たちが出るのは筋違いだろ。」
対抗戦に出たくない。その一心で口から出た言葉は思いのほか理にかなっていた。この理論を崩すのはさすがにできないだろう。だって事実だし、俺たちのせいで四年生が出れなくなったとかになったらさすがに気まずいし。
……学院8位を取った時点でそれなりに気まずいんだけどな。
「その心配なら無用です。四年生の枠は昨年同様十四名分確保した上で、三年生の枠も準備することができましたから。」
……な、なるほど?そうなると確かに四年生の枠を奪って出場するっていうことにはならないのか……?
ということはまずいのでは?いや、でも確かこれは強制ではないはず。
「……なるほどな。だが、生憎俺はそこまで興味がない。他のやつに枠は譲るよ。」
背後から息をのむ音が聞こえてきたが、それ以上に一層深い笑みを浮かべた美しい顔が目についた。まるで俺の返答を知っていたかのようなその表情に、嫌な気配を感じた。
「残念ですが、それはできません。あなたがこのような行事のことをそこまで好んでいないことは知っていますが、それでも今回は出てもらいます。」
「なぜだ?俺は名誉なんてものに興味はない。ならその枠を譲るっていうだけで大して問題にはならないだろ。」
「なります。あなたは興味がなかったかもしれませんが、最近のこの学院の成績は芳しくありません。なので私は生徒会長として対策を打たねばなりません。」
「だとしたら余計にだ。俺は神殿を召喚するつもりはない。そんなのが代表として出れば印象が悪くなる。」
実際この学院内でもそうだ。今でこそ8位ということで認める人間も増えてきたが、それまでは風当たりも酷かった。平民であることや飛行の加護を得たことも影響して余計に。
―――下賤な平民が。誇りも何もない卑怯者が。騙し討ちしてまで勝ちたいか。運でしか勝てない軟弱者。
嫌がらせは順位戦の野次に留まらず、授業や友人にも及んだ。もう過ぎたことだからどうでもいいが、それでも同じようなことが起こるのは想像に難くない。
「問題ありません。私が求めるのは実績のみです。その過程に興味はありません。だからあなたたちに声をかけたんですから。
最も、学院の評判も意識されるというのであれば、神殿を出してくれても構いません。」
正論すぎる……。もしそこら辺を意識するというのであれば俺に声をかける意味がない。確かに実力だけで見るというのであれば8位である俺が出るのがいいとは思う。なんだかんだ言って加護頼りとはいえ、これまで防衛しきっているからな。だが、
「……なるほどな。だが、少し考える時間をくれ。」
やっぱり少なくとも俺個人としては出る意味が感じられない。
「……そうですか。では来週にまた使いを出すので、その時に返答をお願いします。
一応言っておきますが、私はあなたのことを期待しているんですよ?」
「それはありがたいことだな。」
「ふふ。この学院は身分に限らず平等を謳っていますが、私のことを王女扱いしないのは本当にあなた位ですよ。」
俺の投げやりな返事に心底面白そうに笑う生徒会長だが、その屈託のない様子は絵画のように余計に映える。思わずドキッとしてしまったが、努めて表情を変えないようにする。
「俺は礼儀も何も知らないからな。」
「別にいいのです。あなたのような人間は貴重ですから。
……では引き留めてしまって申し訳ありませんでした。私はここら辺で失礼します。」
「ああ、しっかり神殿祈祷祭については考えておく。」
「いい返事を期待しておきますね。」
少し頭を下げると、彼女は委員会棟へと向かっていった。




