プロローグ・一人目
男は一人歩いていた。踏みしていた地面は気づいたときには消え失せ、しかしなぜかその歩みを進めることができた。体中から染み出ていた苦痛も感じられず、そのボロボロの身体は使命感によって絶えず前進していた。
いずれ至ったのは透明に染まった世界。最果てと呼ばれるその場所は空間や時間が断裂された場所であり、音はおろか光ですら到達することができない辺獄である。それなのに光があるかのように感じられるのはその場の特異性だからだろう。星から直接発せられる温もりがそこを訪れる者に光と音を錯覚させる。
「もうこんなところまで来たのか。随分早い到着だな。私のもてなしは楽しんでくれただろうか?」
いかなる祈りであったとしても叶えてくれるという祭壇。簡素なつくりをしていながらおよそこの世のものとは思えないほどに完成している。材質は石のようにも光のようにも見える。ただ光っていて、なおかつ手で触れそうな直方体の何かがそこに音もなく浮かんでいた。現実世界にたまに現れるそれとは違い、ここにある神殿は一度使われても消えることはない。星の命がある限り、訪れる者の祈りを叶えるのだろう。
「そうか。答えてはくれまいか。仕方のないことだな。きっと誰も私のした事を許しはしないのだろう。」
男とも女とも取れない中世的な声が空気のないその場に響く。その言葉はどこまでも平坦で、まっすぐで、それでもそれを聞いたものにその主が少なからず痛惜の念を感じさせる不思議な物だった。
「さて、私の悔恨に興味はないだろう。
……聞かねばならない、祭壇へと至った覇者よ。そなたの願いを言うがいい。星の祭壇はいかなる願いも叶えるだろう。勇猛な正義を騙る使者の高潔な願いも、悪辣を重ねた悪意の権化たる下劣な願いも、はたまたどこにでもいる平凡なものの凡庸な願いも。
そして誇るがいい。祭壇は善悪を問わない。貴賤を問わない。そなたを縛るすべてを星は目をつぶり、見下し、そして受け入れる。ただここに来た、それだけでそなたは叶えるべき願いを持つ唯一なのだ。」
初めまして。
旧作をご存じの方はお久しぶりです。(更新はもう少々お待ちください。)
一章分(約十万字)書き溜めができたので順次投稿させていただきます。
よろしくお願いいたします。