ブック①「わたし、魔法使えるようになりました。」
01
誰にでも目を覆いたくなることってあると思う。
例えば、私なら、中学2年生の春。
「は、はじめまし 。わ、私は、緋野雫で 。よろしくお願いしま 。」
こんな消え入りそうな自己紹介をした時。
私、緋野雫は、髪色が緋色であることにコンプレックがあるせいか、昔から、自分を表現することが苦手だ。そのため、友達は、本。話せるのは、家族や、姉である愛花だけだった。姉は5年前に研究所の爆発事故で亡くなっている。
確かに自分でも寂しい人間だなとか思うけれど、私は、これでいいと思っている。なぜなら、私には、小説家になる夢がある。夢が叶ったら、きっと自信がついて、クラスメイトも両親もみんな、私を認めて、なにもかも上手くいく、そう信じている。
だから、ずっと妄想の世界に浸っていればいいと考えていた。授業中だって、今読んでいる小説の「犯人は誰か」とか、執筆中の小説のアイデアとかを考えている。今、憧れの作家は、泡如綴字。殺人鬼が登場するミステリーのシリーズで有名な作家。
私も、才能があれば、すぐにでも小説家として生きていきたいけれど、現実はそんなに甘くなくて、教師や両親から進路について真面目に考えるべきだと言われている。
未だに、愛花がいたら私の味方になってくると考えてしまうし、私は、結局、過去も未来も現実も受け入れることができない。愛花の墓参りにだって行けていないくらいだ。
そんなことを考えながら、妄想しながら、授業をサボって、小説をノートに書く。こうしていると、あっという間に放課後だ。私は、例によって周りの音が聞こえなくなっていたから、
「雫さん。緋野雫さん。」
紗英の声も聞こえなかった。
学級委員長で、お嬢様の白川紗英。
「あぁ、ご、ごめん。な、なんだった」
私がいつも通りつまりながら聞き返すと、
「私、学級委員の仕事で、みなさんのノートを集めています。家庭学習帳を提出してくだい。」
とのことだった。
ノートを提出し、帰り支度を始めると、紗英は、聞いてきた。
「これって、、、小説、、ですか?」
一気に血の気が引くのを感じる。私は、さっき鞄の中に家庭学習帳があるのを確認すると、悟った。間違えて、小説用のノートを渡してしまったことを。
「ち、違くて。こ、こ、これは、あの、その、そう、現代文の写しをしたのよ。だったでしょ、宿題?」
「いえ、雫さん。私、実は知っていました。」
「え、何を?」
「雫さんが、何か熱心に授業中に取り組んでいることを。」
授業中サボってるのめっちゃバレてた。
「まさか小説家さんだったのですね。」
甚だしい勘違いをされている。
「実は、私は裁縫部で衣装を作っていまして、ぜひ、雫さんの小説を元に衣装を作らせて頂きたいです。」
「え、うん。いいよ」
「ありがとうございます、雫先生」
「先生つけるのやめて」
すごく疲れた。
帰り道、偶然、雪沢透に出会う。
透は昔から何かと絡んでくる1コ上の先輩だ。
私は、こいつが大体私を馬鹿してくるので嫌いである。
例によって、さっきの話をすると馬鹿にしてきた。
笑う横顔は、色白で、銀縁眼鏡から灰色の目が細いので、繊細なイメージを持つが、実際そんなことはなくて、がさつな野郎だと思っている。
「落ち着くために「木星」へ行ったら、どう。雫、本好きだろ。」
という提案をしてきた。
「木星」とは、惑星の方ではなくて、雪沢の祖父が経営している古本屋のことだ。
確かに、今まで行ったことがなかったので、行ってみる事にした。
「たまには、いいこと言うものね。」
「たまになの?」
本屋には、「連続殺人鬼についての警告」のポスターが張ってあった。
この町では有名な正体不明の連続殺人鬼がいる。学生たちは昔から聞いているため危機感を全く持っていないが、実在しておりここ10年間で起きた事件だった。
有名なものでは研究所の爆発事件がある。
私の姉は、この事件でなくなっているため、悲しくなった。
気分転換に、「泡如綴字」の本を探すが、ここにはたくさんの本があった。
私は、「木星」が気に入った。
記念に1冊買って帰ろうと思い、雫の背表紙の「ゴートの書」という本を見つける。
何故か、この本に奇妙な引力を感じたため、私は、迷わずに購入した。
帰宅後、ゴートの本を読んだ。どうやら、日記の様なものだ。取り留めもないようなことが短めのエピソードとして綴られている。それに、手書きである。筆跡がばらばらであることから、様々な人の手に渡ってきたものであるらしい。何故、こんなものが古本屋に置かれていたのだろう。
などと考えていると、いつの間にか眠ってしまったらしい。
「雫、雫。もう朝よ。」
懐かしい声で目を覚ます。
机の上で寝てしまっていたらしく、寝不足で重い上体を起こし、左を見ると、目の前には、
「おはよう、雫。」
5年前に死んだはずの姉が立っていた。
02
「え、な、なんで愛花がいるの」
「お姉ちゃん、でしょ」
反応が愛花だった。
愛花は、何故自分がここにいるかを説明してくれた。
実は研究所の爆発事故で死んだのではなく、とある魔法使いから逃げるために、今までずっと隠れていたらしい。
「ん?ていうか、魔法使いって何?」
「それを説明するには、まず移動しましょう」
死んだはずの姉に連れられて着いたのは、まさかの白川紗英の豪邸だった。
「雫さん、ようこそ。」
なぜ白川邸かというと、昔、愛花が勤めていた白川研究所はゴートによって創設されており、私が見つけた「ゴートの書」も彼が作ったものであり、仕組みが似ているため、書の説明をしてもらうべく、連れて来られたらしい。白川研究所は、ゴートが生み出し「アストラリウム」の魔法について、研究している組織であるらしい。
私は、紗英から「ゴートの書」についての説明を聞いた。
愛花を追う魔法使いは、「ゴートの筆」という魔法の筆を使っていた。
ゴートは、歴史上では、ラジオの電波に関する開発に貢献したと言われている。
当時は、「アストラリウム」なんてありえないとされ、今は「ゴートの魔法」という都市伝説程度の話になっているが、「ゴートの魔法」は実在しており、実際にこうして目の前に「ゴートの書」が存在している。そして、「ゴートの書」と「筆」があれば、どんな理想も現実にすることができるという。
ゴートの書は、100年前に物理学者ゴートが作った「アストラリウム」という素粒子によって構成されているものであり、物質の最小単位の一種である電子の状態をコントロールすることができる。
ゴートの書は、「アストラリウム」で作られており、書に書かれた言葉が、タブレットに書かれ文字のように、「アストラリウム」で作られた電気回路に読み込まれ、「アストラリウム」が現実の電子の状態を書き換えることで、表面的に現実を書き換えることができるらしい。
「ゴートの魔法」でできることは、全部で3つ。
1つ目は、目の前にある物の見た目を変えることができる。例えば、フリスビーをピザに変えることができる。実際に食べることもできて、味もするが、魔法を解くと、ただフリスビーをかじっているだけになる。(脳の電子を操って幻覚を見せている)
2つ目は、人の考えを条件付きで操ることができる。例えば、好きだった人を一時的に嫌いにすることができる。人の脳は複雑な構造で細かい動きまでは操ることはできないが、「エピソード」を書き込むことで、それが動機になって小規模だが、行動を操ることができる。
3つ目は、架空の存在を作り出すことができる。例えば、ゴートの書に、詳細な物の情報を書き込むと、架空の物を実在させることができる。ただし、情報の密度によって、強度が変わる。情報が薄いと、存在自体がぼやけたり、少し強く触っただけで消えてしまったり、一瞬しか存在が維持できなかったりする。
一通り、説明し終えると、紗英は「分かりましたか?」と聞いてきた。
「100%理解できた訳じゃないけれど、こんな物語みたいな力があることに驚いたわ」
「雫には、この書の力をコントロールして、魔法使いといずれ戦ってほしいの」
愛花は、そのために雫を白川邸に連れてきたのだ。
私は、力を使いこなせるか心配だったが、同時にわくわくもしていた。
「魔法か」