告白のカウンター
目の前に男子。
わたしは今から、彼に告白する。
きっと、うまくいく。
だって彼とは話をしたことがないんだし、とうぜん親しい関係でもないし、わたしから〈好き〉っていうアピールもまったくしていないし。
うん。
成功する要素ゼロ。いける!
「えっと……」
自信はあるのに、言葉が出てこない。
この独特の空気のせいかな。
人気のない場所で、二人っきりで向かい合うっていう……
どんどん、と、閉じられた扉ごしに、バスケ部がドリブルしてる音が聞こえる。
放課後。
右には体育館、左には学校のまわりをぐるりと囲む白い壁。
正面に男子。身長はわたしと同じぐらいで、いかにも真面目そうな外見。
「じつは、ね……」
ごくっ、と相手ののどが鳴った。
「ずっと好きだったんです。わたしと、おつきあいしてください!」
「まじ? おれでいいの?」
――え?
「やべーっ、あの白鳥さんから告られてる。信じらんねー」
「あ、あの、その……やっぱりムリですよね? こんな、いきなりの告白だし……」
「ムリなわけないじゃん。オッケーだよ。じゃあさ、さっそく今週の日曜日――」
彼はスマホを出した。
「どっか行こうよ。連絡先を……あれ? どうしたの、白鳥さん」
「なんで……」
「え?」
「ねえ!」きっ、とわたしは強いまなざしを向ける。「なんでオーケーなわけ? わたしたちってクラスがちがうし、一言もしゃべったことがないのに!」
「それはさ……め」
「め?」
視線を下げ、どこかもじもじとしながら、
めっちゃかわいいから
はっきりとそう言われた。
なんということだろう。
みごとに告白は成功して、失敗した。一人目や二人目とちがって、今回こそは大丈夫だと思ったのに。
「きゃっ」
つきとばされて、わたしは尻餅をついた。
いたた……と、スカートをさすりながら立ち上がると、
「モテるオンナはつらいですね」
「あなた!」
まただ。
また、この人があらわれた。
真っ黒い服でフードをかぶって、顔はあごのあたりがかすかに見えるだけ。下はピタっとしたベージュのミモレ丈のパンツ。
体のラインや声色から判断すると、おそらく女性。年も若そう。
ともかく、この人のせいで――
「本当にかわいい目をしています。ゆえに迫力には欠けるようで。そうやって、白鳥様は睨んでいるつもりなのかもしれませんが」
「そこをどいて! わたしは、何があっても、絶対に〈入学〉するんだからっ!」
ずっとあこがれつづけた高校の正門前。わたしが身につけている服は――これを着たお母さんの写真を穴があくほど見た、紺色の清楚な制服だ。
ああ……あの校舎が……こんなに近くにあるのに。
合格するために、一日六時間も勉強したのに。
入学式、と大きく書かれた看板が立てられ、あたりは生徒や親でにぎわっている。
が、
(時間が、とまってる)
そう考えざるをえないほど、一人残らず人形のように静止していた。
なら、どうしてわたしだけが――
「今回も残念な結果でございました」
「え?」
「でもルールですのでご理解を」
風でフードがゆれて、口元がのぞいた。
片方の口角だけを急角度であげた、ニヤリ、のライン。
「何度でも言いましょう。白鳥様……あなたは、告白に失敗するまで入学できません」
「ちょっと待って!」
「すきな季節を選んでください」
だめだ。
こうなると、もう話は通じない。
最初のときに実感したことだ。いくら声をかけても、向こうは「すきな季節を~」としか言わなくなってしまう。
「――春」
しぶしぶ、わたしはこたえた。こたえないと、先にすすめない。
「けっこう」
すっ、とフードの人が片手をあげた。
季節はめぐる。いつも美しく。
セリフのようにそう言いながら、わたしのほうに歩いてきて、
「あっ!」
どん、と肩のあたりを押された。
ぺたん、と尻餅。
目の前には校舎。
景色は変わって、あこがれの高校の校舎はもはやそこになく――
(はあ……また戻された)
一人目は失敗、二人目も失敗、いまさっき三人目も失敗。で、最初の〈誰にも告白していない〉一年を入れたら、五回目になる。
つまり中学七年生。
その春の、始業式だ。
教室に入って席につくと、いきなり両サイドに男子があらわれた。
「へへ……とうとう同じクラスになっちゃったな、ミカオ」
さっぱりした短髪で、わたしを「ミカオ」と呼ぶ彼は、幼なじみ。なんでこんなあだ名かというと、単純に、むかしのわたしは男の子っぽかったからだ。
「ほんと、まさかだぜ、シラケン」
すこし前髪を長くして垂らした、わたしを「シラケン」と呼ぶ彼も、幼なじみ。シラは名字の白鳥からだろうけど、ケンはどこから持ってきたのか、いまだにわからない。
右手にいるのが赤井。
左手にいるのが青江。
「……にしても、ギャラリーがすげえな」
「あれ全部、おまえを見にきてんだぜ、シラケン」
二人が廊下のほうへ視線を向けているので、わたしもそっちを見た。
うそ。
満員電車ぐらい、窓のところで男子がぎゅうぎゅうに押し合っている。瞬間、わたしと目が合った一人の男子が、恥ずかしそうにニコッと笑った。
気のせいかもしれないが――ほんとに気のせいかもしれないが、
(ひとつ前のときより、男子の数がふえてない?)
いーや、きっと気のせいだ。
わたしは、男子の集団のスキマを抜けて教室に入ってきた女子を目にして、立ち上がった。
「どこ行くんだよ、ミカオ」
「うるさいなぁ、赤ちゃん。友だちのところにいって何がわるいのよ」
わたしがそう呼んだので、近くにいた男子が、はやくも「おまえって赤ちゃんなの?」とからかっている。ちがうよ、という声をうしろに聞きながら、わたしは彼女に近づいた。
「おはよ」
「あ、おはよう、ミカ」
「いっしょのクラスになったね」二年のときも、わたしと彼女は同じ組だった。
「うん」
ああ。癒されるこの表情。
歯を出さずに、左右の口角だけをきゅっとあげて笑いかける上品なスマイル。トモコスマイル。
黒髪のショートカットでメガネをかけた、わたしの唯一無二の親友……いや、大親友だ。
この、わけがわからないループ状態で、たったひとつだけ救いがある。
それは、ふたたびこの親友に出会えたことだ。
卒業後の進路……ほんとは同じ高校を目指していたんだけど、残念ながら彼女はうまくいかなくて、べつべつの道を行くことになってしまった。
「ちょっと。じーっと見るのやめてよ。気になるじゃない」
ぽん、とわたしの肩をやさしくついて、彼女は椅子にすわった。
今でも思い出す。
卒業式の、彼女との別れを。
あの日の涙は、ほとんどトモコともう会えなくなるつらさによるものだった。
また、いつでも会えると心では思っていたけれど、同じ高校を目指していたっていうことで気おくれして、わたしは卒業式のあと彼女に連絡できずにいた。トモコからメールが来ることもなかった。
あの日を最後に……
あれ――
「ほら」
ピンクのハンカチがさしだされる。
「花粉症? でも鼻水も出さずに、きれいにつーっと泣いたね。女優向きかもね」
「ばか」と言いつつ、ハンカチは受け取る。「トモコは、ほんとにやさしいよ……」
わたしは思う。
もしもこのループが永遠につづくのだとしても、そこに彼女もいるのなら、何もつらくはないと。
そして時は、一日、三日、一月と流れ……
(いけない!)
やっぱりダメだと思う。
この問題は、ちゃんと解決しなきゃダメだ。このままじゃ、おだやかな日常が連続するだけ。トモコといっしょの学生生活は、そりゃあ心地いいけれど。
解決の方法は、すでに与えられている。
――告白に失敗するまで入学できません
告白に失敗、つまりフられればいい。
でも前回の失敗はショック。
ぜんぜん面識のない男子だったから、さすがにいけると思ったんだけど……。
あれ?
もしかして、告白って、べつに男子じゃなくてもいいのかな?
「これ、なんのつもりなのよ……ミカ」
わたしは、あの男子を呼び出したのと同じ、体育館の横にいた。
ちょっとした実験というか、半分、お遊びみたいなものだ。
放課後。空はくもり空。天気予報では言っていなかったが、いまにも雨がふりそうな感じがする。
「なんのつもりって……告白……みたいなやつだけど」
「もう」
でたトモコスマイル。この表情を見て、わたしはホッとした。
「おたがい、はやく帰って勉強しないと、でしょ?」
「そうなんだけど……」
「ほら」さっ、とトモコは自分のショートの髪をなでた。「受けてあげるから、はやくすませてよ」
ためらうことはない。
ダメでもともと、うまくいけばラッキー、そういう告白なんだから。
トモコが〈女の子同士だから〉みたいな理由でことわってくれれば、そんな可能性に賭けている。
それか、彼女がこのノリに合わせて冗談っぽくオッケーしてくれるか、二つに一つ。
「わたしと、おつきあいしてください!」
ふー、とトモコの息をはく音。
けっこう長い沈黙。
ぽつ、ぽつ、と鳴りはじめ、その間隔がしだいに小さくなる。雨がふりだしたようだ。
そして、
「私、前からずっと、ずーっとね」
「うんうん」と、一歩近寄るわたし。
「ミカのことが」
「うん」と、さらに一歩。
かなりの至近距離で、わたしたちは目を合わせた。
「だいっっ~~~~~嫌いだったのよ!」