日常の大切さは終わった時に気づくもの 〜番外編 母なる者の薫衣草〜
この話は、「日常の大切さは終わった時に気づくもの」の番外編です。
おっと! そこで読むのを辞めないでくださいよ、そこのあなた!
番外編と言っても、本編とは主人公も全く違いますし、どちらかというと本編の登場人物の過去編と言った方が良いかもしれません(それを番外編と言うんじゃ・・・・?)
本編を読んで無い方でも楽しめるように、用語説明などはしっかりと行なっておりますし、もし不安なのでしたら、本編の「用語説明」をご覧になりながらでも構いません。
まぁ、結局何が言いたいのかと言うと、本編を知らなくても大丈夫だと言う事です!
この番外編から本編を読んでくれると嬉しいなぁーって思ってます笑
では、話が長くなりましたが、へっぽこ作家が描く物語の世界へ、どうぞ!
――――――これは母親になれなかったある女の物語。
女はある日、とある神殿に呼ばれた。白を基調とした神殿で門を潜ると、女の主人である老人が玉座に踏ん反り返っている。
老人と言っても全身の筋肉は盛り上がっており、その目つきは老いを感じさせない。老人の隣には女が立っており、女を睨みつけている。
女は老人の前に片膝をつき、顔を伏せる。片膝をついたと言ったが、正確に言うとこの女は下半身が蛇のようになっているので、尻尾をくねらせた状態だ。
「エキドナ、お前がここに呼ばれた理由が分かるか?」
老人は頬杖を突きながら、しわがれた声で女の名前を言う。エキドナと言われた女は顔を上げ、
「分かっております、我が主人ゼウス様。」
と言う。エキドナは特に怖気ずく様子もない。
「何故、神であるお前が妖獣の孤児共の世話をしている? それも、わざわざ神の住む世界である神界から下賤の者が住む妖獣界まで足を運んでまでだ。何が目的だったのだ? 我はそれが知りたい。」
怖気ずかないエキドナに苛立ったのか、ゼウスは少しばかり声音が荒ぶる。
「それ」
「ゼウス〜 こんな奴早く殺しましょうよ! ゼウスは他の女なんて凝視しちゃダ〜メ!」
エキドナは何か言おうとしたが、ゼウスの隣に立っていた女の言葉に遮られる。
「ヘラ、今は少し静かにしといてくれ。夜はたっぷり可愛がってやるから。」
「本当!? やった〜! なら、あっちの部屋で待ってるね!」
さっきまで不機嫌そうな表情だったはずだが、ゼウスの一言で表情がコロっと変わる。ヘラは嬉しそうにスキップしながら、何処かへ消える。
「ゴホン、話を戻そう。エキドナ、お前は何が目的だったんだ?」
ゼウスは少し咳払いをして、エキドナに視線を戻す。
「目的などの立派なものではありません。私はただ………………」
エキドナは口籠る。さっきまでゼウスの方を見ていたが、顔を下げる。
「言ってみろ。その返答次第ではお前の三つの命が我の手によって消し飛ぶがな。」
ゼウスは玉座から立ち上がり、右手をエキドナの方に向ける。すると、右手に青い電気のようなものが集まり、大振りの大剣と化す。
「さぁ、言え。」
青い電気で出来た大剣をゼウスは片手で軽々と持ち、エキドナの頭に剣先を向ける。
「私はただ、母親になりたかったんです。」
エキドナの思いがけない理由を聞き、ゼウスは呆気に取られる。そして、大剣を消して、玉座へともう一度座る。
「母親………………? ガハハハハハハハハ!! お前、その仏頂面でも面白い事言えるんだな! そうか、母親ときたか!」
ゼウスは腹を押さえながら大笑いする。神とは妖獣よりも遥かに上に存在している存在なのである。神とは命を三つ持ち、凄まじい力を身に宿した存在なのだ。その高貴な存在が妖獣のそれも孤児の母親をしているのである。
しかも、それをしていた理由が母親になりたいというのである。ゼウスが大笑いするのは仕方ない事だ。
「てっきり我は妖獣共を率いて、我のギリシャ神王国を乗っとる気があると思っておったわ。普段なら如何なる理由であれ、妖獣共の世話をするなど死罪ものなのだが、お前は律儀で戦績も優秀だ。特別にお前はこれまで通り母親ごっこをする事を許可しよう。」
ゼウスは玉座の側にある机からリンゴを取り、齧りながらエキドナに言う。
「……………………ありがとうございます。」
「まぁ、神が身分を明かさないのであれば妖獣界に行っても良いからな。普通は軍の進撃する為の下見などの為のルールなのだが別に良い。だが、これだけは守れよ?」
一囓りしかしていないリンゴをゼウスは握り潰す。ゼウスが右手を開けると果汁と共に搾りカスが白色の床にボタボタと垂れ落ちる。
「はっ、なんでしょうか?」
エキドナはゼウスの目を見る。ゼウスの眼は血のように緋く、この目で見られたら嘘など言えない。
「一つ、自分が神であると言う事を妖獣共に明かすな。二つ、お前は神だ、妖獣共よりも遥か上の存在、あまり感情移入はするなよ?」
「ええ、もちろん存じております。私がやっているのはあくまで真似事です。本当の母親のように愛情なんてこれっぽっちもありません。」
「よく分かっておるな。我は少し心配しすぎたようだ。エキドナ、今日は急に呼んで悪かった、下がって良いぞ。」
ゼウスは右手についたリンゴのカスを背後からスッと現れた従者に取らせる。
「はっ、失礼します。私のような者に時間をいただき、感謝しております。ギリシャ神王国に永遠の繁栄あらん事を。」
そう言うとエキドナはスッと立ち上がり、ゼウスに背を向けて神殿を後にしようとする。
門を出ようとした瞬間、
「一つ言い忘れていた。オーディーンの野郎から頼まれてた事があってな。銀髪で九本の尻尾が生えた小娘を回収しておいてくれと頼まれていてな。お前は、任務の時以外は妖獣界にいるそうだからその小娘を手元に置いといてくれ。頼めるか?」
とゼウスは言う。それを聞いたエキドナはピタリと足を止め、クルリとゼウスの方に振り返る。
「銀髪の小娘ですか…………… 分かりました、回収しておきます。」
ゼウスは机の上にあったもう一つのリンゴを手に取り、エキドナにヒョイっと投げる。エキドナはそれを両手でありがたさそうにキャッチする。
「ああ、頼んだぞ。くれぐれも妖獣の孤児の面倒をみて母親ごっこをするのは良いが、本物の母親のようにはなるなよ?」
ゼウスはもう一度念を押すように言う。あくまでも神は妖獣よりも上の存在。母親ごっことは言え面倒を見るなど本当は有り得ない事なのだ。エキドナがそれを許されたのは普段のギリシャ神王国への貢献度のおかげだろう。
「もちろんです。では、失礼します。」
投げられたリンゴを片手にエキドナは今度こそ神殿を後にする。エキドナの姿がゼウスから完全に見えなくなったあたりで従者がゼウスに、
「よろしかったのですか? 妖獣共の面倒を見るなど言語道断です。いくらゼウス様お気に入りのエキドナ様と言えど……………」
と言う。従者のその言葉を聞いたゼウスはフッと笑うと、
「奴は昔から堅物だった。趣味などないと思っておったが、まさか母親ごっこが趣味だとはな。趣味の一つぐらい皆を束ねる王としては許してやらんとな。」
「そうですか。ゼウス様がそのようにするならば正しいですね。」
門を出たエキドナは神殿を後にし、しばらく歩く。そして人気のない川岸についた。
「何が母親ごっこだ。あのクソジジイ………………!」
私はゼウスから貰ったリンゴを右手で捻り潰し、川に捨てる。確かに私がしている事は母親ごっこかもしれない。それでも私は母親になりたいのだ。その気持ちだけは王に歯向かおうとも変わらない。
「神界に来たことだし、アマテラスさんの所に挨拶に行こうかしら。」
リンゴで汚れた右手を川の水で綺麗にする。水面に映った自分の顔は酷く疲れている。心労によるものか、それとも身体的な疲れなのかは分からない。
「いや、今はいいか。ゼウスが言ってた子を拾いに行きましょうか。」
私は川の水を少し飲み、立ち上がる。そして胸元から一本のナイフを取り出し、自分の手の甲を少し切り、血を出す。
「妖獣界の扉よ、我が血をもって開きたまえ。」
水面に滴り落ちる血はジワリと辺りに広がる。そして、私がそう唱えると、私の目の前に赤色をした空間の淀みが生まれる。湾曲したソレは人一人が通れる大きさまで拡張する。
「あ、姿を変えておかないとね。」
妖獣界に行く前に私は必ず、この下半身が蛇の姿を変える。エキドナとしての私は妖獣界では広く知れ渡っていらからだ。このままの姿で行くと怪しまれる。
指パッチンをすると、私は光に包まれて別の姿に変貌する。蛇のような下半身ではなく、人のような両足を持ち、胸に布を巻いただけの淫らな衣装ではなく、修道女のような服装に変わる。
「今度こそ、行きましょうか。」
修道女のような、そう孤児院のマザーのような姿に私は妖獣界に行く時はいつもなる。この姿が本当の私なのか、それとも醜い蛇の足をしたエキドナが私なのか、今のところはよく分からない。
歪んだ空間に私は足を踏み出す。右足が空間に触れた瞬間、勢いよく空間に吸い込まれる。
そして、目を開けた瞬間、自然豊かな妖獣界が私の視界に広がる。
「やっぱり、神界よりもこっちの方が好きだわ。神界は窮屈すぎる。」
草花の風とともに奏でられる声、どこからか聞こえる小鳥のさえずり、そしてこの私の淀んだ心を消しとばしてくれる爽やかな風。
私は神であるが妖獣界が大好きだ。
私はいつもこの少しだけ他の地よりも高いこの丘にワープする。
ここは、人通りが少なく、万が一エキドナとしての姿で転移したとしても、バレる事はないからだ。
この丘の下には下町が広がっている。今日は何かの祭りの日なのだろうか、いつもより騒がしい。
「さて、例の女の子を探そうかしら。」
ゼウスが言ってた子を探すために、私は丘を降りる。丘を降りると更に人の声が聞こえる。
出店が立ち並ぶ、通りを歩いて例の子を探す。そんなにすぐには見つからないと思うのだが…………………
「おっ! 孤児院のマザーさんじゃないか! 今日は野菜買っていかないのかい? 鮮度抜群の野菜が入ってるよ!」
人がごった返す下町を歩いていると、八百屋の赤鬼に話しかけられる。この八百屋は私がいつも野菜を買う所だ。手ごろな価格で鮮度抜群の野菜を買えるから重宝している。
「ごめんなさいね、今は待ち合わせがなくて。一つ聞きたいことがあるのだけど良いかしら?」
私は、この店主の赤鬼に例の子の事をを聞いてみる事にした。この人混みの中から探すのは面倒だし、人に聞いた方が早いと思ったからだ。
「おう、大丈夫だぞ。それで、聞きたい事ってのはなんだい?」
店主はニカっと笑い、快く承諾してくれた。爽やかな人だ。
「ここら辺で銀髪の女の子を見なかったかしら。九本の尻尾があるのが特徴らしいのだけれど。心当たりあるかしら?」
「銀髪の女の子………………九本の尻尾…………… 誰かがそんな事言ってたような気がするな。うーん、誰が言ってたのか思い出せない……………ごめんよ、マザーさん。」
赤鬼の店主は申し訳なさそうな顔をする。
「いえ、なら大丈夫です。お忙しいところ失礼しました。」
「役に立てなくてすまんな。あ! これ持ってってくれ!」
赤鬼は奥から籠いっぱいに入ったリンゴを私の手に渡す。
「悪いですよ、受け取れません。」
急にこんな立派なリンゴを手に持たされ、私は反射的に店主に押し返す。
だが、店主は受け取らない。
「いいからいいから。持ってってくれ!」
「それならば、ご好意に甘えさせてもらいます。」
私は籠いっぱいのリンゴを両手で抱き抱えるように持ち、例の子の捜索を続行する。
人混みの波に呑まれないように足取りをしっかりと保ちながら、前に足を進める。
「あら、マザーさん! アナタはお祭りみたいな騒がしいものは嫌いだと思ってたのに来てくれたのね! 嬉しいわ!」
色白で目は赤く、お歯黒を付けており着物を着ている女、青女房に話しかけられた。この女はこの村の村長でもあり、普段は卵屋として生計を立てている。
「村長、お久しぶりです。」
「本当に久しぶりね。今日はどうして祭りなのに来たの?」
青女房は不思議そうに私を見る。私は普段、神という正体を隠すためにも極力人の目に付かない生活をしている。
それなのに、こういう祭りなどの人が集まる事柄に私がいる事を青女房は不思議に思っているのだろう。
「実は探している子がいまして。銀髪ので尻尾が九本ある女の子を知りませんか?」
私が例の子の特徴を言った途端、村長の顔色は険しくなる。
「あの子ね……………先日、私の店の卵を盗んでいったのよ。追いかけたんだけど足が速くて逃げられてしまったわ。」
なるほど、例の子は村長の店の卵を盗んでしまったのか。何故卵を盗んだのかは疑問だが、例の子に一歩近づいた。
ここまで一気に近づけるとは思わなかった。他の地方に行かなくて済んで良かった。
「そうだったのですか。では、私がその子の分のお金を払っておきます。卵一籠分のお金ぐらいだったらありますので。」
「いやいや! 悪いわそんなの。アナタは関係ないじゃない!」
ポケットから金貨を二枚取り出した私を見て、青女房は慌てふためく。
制止しようとする青女房の手を振り解き、私は彼女の手のひらに金貨を二枚置く。
「あの子が盗んだのはたった一つの卵なのよ。だから、マザーさんには普段より一つだけ減らした卵一籠をあげるわ。」
どうやら例の子が盗んだのはたった一つの卵だったらしい。普通の盗人ならば一籠丸々盗むはずなのだが、どうやら例の子は完全な悪ではないらしい。
「そうだったのですか。ありがとうございます。」
「あの子が逃げた先はスラム街だったわ。くれぐれも気をつけなさいよ。」
スラム街…………………荒くれ者共が息を潜める場所。表社会では生活できない者達がいる場所か……………
「今の私にとっては妖獣界がその場所ね………………」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何もないです。では失礼します。」
危ない、心の声が漏れていた。あくまでも私は妖獣界に潜んでいる神だという事を忘れないようにせねば。
更に足を進めると、どんどん人通りが少なくなる。そして景観も人の数が少なくなるのに比例して貧しくなっていく。
あばら屋のみが立ち並ぶスラム街に私はついに来た。スラム街と言うとガヤガヤ騒がしいものかと思っていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。
気味が悪いほど静かで、酒とタバコの匂いが充満している。白骨化が進んでいる死体なども放置されており、そこから発する腐敗臭で鼻が曲がりそうになる。
「初めてスラム街に来たけど、酷いものね……………」
私はスラム街の中に足を入れた。まるで違う世界のようだ。明らかに空気が淀んでいる。
「こんなとこに女の子なんているの……………?」
女の子どころか人っ子一人いない。あるのは死体を貪るカラスとそのカラスを追う野良犬のみだ。
「なんだぁ!? ゴラァ! その目は! 新参者が調子に乗ってんじゃねぇぞ?」
「……………………やめてください。臭いが移ります。」
「こんの野郎! 俺ぁ、ロリには興味ねぇんだが、少し痛い目合わせないといけないらしいなぁ!?」
スラム街に入って十分程して、初めて人の声が聞こえた。いや、人の声というよりは獣みたいな声が聞こえる。
「兄貴! コイツどうします? 」
「俺もロリは興味がない。だが、物好きの地方貴族のとこに売ってやろう。はした金にはなるだろう。」
駆け足で声が聞こえる場所に向かう。あばら屋の角を曲がると、その声の主の正体が分かった。
狼の顔をした男三人が一人の女の子の周りを囲っている。女の子は体操座りをしており、男どもを見ている。
「その子から離れろ、犬ども。」
私は気づいたら男たちの前に姿を表していた。男たちは私の姿に気づき、振り返る。
「なんだぁ姉ちゃん、見ねえ顔だな。」
「中々良い体してんじゃないか! 俺たちと楽しいことしようぜぇ?」
男の一人が私の肩に手を置く。酒とタバコが染み付いた手が私の肩に触れる。
「触るな、汚らわしい。」
男の手を私は思いっきり振り解く。ほんの少しだけ神の力が出てしまい、男の右腕を引きちぎってしまった。
「ああああああああ!? この女やりやがったぁ!」
胴体と離れてしまった右手は地面にべチャリという音を立てて落ちる。男は切断面を残った左手で押さえながら、地面を転げ回る。
「この野郎! よくもうちの…………ヒィッ!!」
私はもう少しだけ神の力を出す。この娘はまだ幼いから感じれないだろうが、この男三人には今の私の魔力が感じ取れるだろう。
その気迫と明らかに実力が違う魔力にビビったのか男どもは尻餅をつき、そのまま怯えるように逃げる。
「………………少しやりすぎたわね。」
腕を払ったときの返り血が少し肩に付いてしまった。洗濯して落ちると良いのだけれど……………
「助けてくれてありがとうございます。では…………」
例の子はフラッと立ち上がると、私に虚ろな目で一礼して立ち去ろうとする。
私は気づいたら彼女の腕を引っ張っていた。
「待って、あなたみたいな礼儀正しい子がどうしてスラムなんかにいるの?」
彼女の言葉遣いは誰かに教わらないとする事はできない。生まれた時からのスラム育ちなら乱暴な言葉遣いになるはずだ。
それなのにこの子の喋り方は丁寧なのである。
「…………………スラムでしか私は生きていけなくなってしまったんですよ。」
少女は私に背を向けたまま声を発する。その声は静かに震えており、悲しみではない怒りの声だ。
「どうして? 」
私の問いに彼女は振り向いて答える。両目から涙がポツポツと垂れている。
「…………………殺されたんです。」
そうか、この子の両親は何者かに殺されたのだ。だが、少しおかしい。私の孤児院はこの街にある。殺人が起きたのなら私の耳にも入るはずだ。
「山賊にでもやられたの? それとも強盗? 」
少女は首を横に振る。どうやら山賊でも強盗でもないらしい。
「神です! 私の両親は神に殺されました! 」
少女は目をカッと開くと、可憐な見た目には似合わない大声を出す。そうか、やはりこの子が…………………
「………………神に殺された? 普通はソウルハンターが襲うんじゃないの?」
神に殺されたと彼女は言っているが、両親を殺したのはソウルハンターかもしれない。
まだ、ゼウスが言ってた例の子と確証してはダメだ。
「はい、それも北欧神王国のオーディーンです。何故ですか!? 北欧神王国の王として君臨しているオーディーンが普通の妖獣である私の両親を殺したのですか!」
オーディーン、この名前が彼女の口から出て、本当に確証した。
この子だ、ゼウスが言ってたのはこの子で間違いない………………!
「オーディーン!? 確かに不思議ね。王自らの手で妖獣の一般市民を手にかけるなんて聞いた事がないわ。」
「それに、アイツは私を殺さなかった! 気絶していた私は目覚めると、目の前にはグチャグチャに踏み潰された両親が横たわっていました…………………! 何故、アイツは私を殺さなかったのですか!」
今の私では、何故オーディーンがこの子を見逃したのか、それと両親を殺したのかは分からない。ゼウスに聞いてもはぐらかされるだけだろう。
だが、任務どうこうの前に母親としてする事は一つだ。
「そんなに自分を責めないで。両親から授かった命、生かすも殺すも貴女の自由よ。でも、それは私がいない場合、私がいる前では生かすと言う選択肢しか貴女にはないわ。」
「突然、現れて何を言ってるんですか! 確かにアナタは私を助けてくれました! でも、アナタに私の命までも決める権利はない!!」
「何を言ってるの? 困ってる子がいたら助けるのが大人の役目よ。」
少女は私を睨みつける。両親を殺されたのだ、今は気が荒い時期だろう。
「それに………………あら?」
私が言おうとした事を少女の腹の虫の声でかき消される。少女は赤面し両手を腹に当てて、しゃがみ込む。
「フフッ、お腹空いてるの?」
「…………………三日間、食べてないです。」
少女は顔を上げて、恥ずかしそうに私を見る。
「盗んだ卵はどうしたの?」
私は、彼女が村長から盗んだ卵の事を聞いてみる。彼女は私がその事を知ってた事に驚いたのか、肩をビクッと震わせる。
「盗んでしまった卵はポチにあげました………………」
「ポチ?」
「昨日、私がスラムで育ててた仔犬に卵をあげたんです。でも、卵一つでは栄養が足りなかったのでしょうか、今朝死んでしまいました………………」
少女は顔をまたうずくまる。ああ、この子は自分の飢えよりもスラムの犬を優先したのだ。
確かに薄々感じてた、この子は自分の飢えで盗みを働くような子じゃない。
「そうだったのね………… よし、分かった! 村長に一緒に事情を説明しに行きましょう!」
私の提案に彼女はビックリしたのか、呆れ顔をしてため息をつく。
「私は一度盗みをしたんです。その事実は覆らないですし、一度スラムに入ってしまった私を村長さんは快く思いませんよ。」
「貴女が盗んだ卵の代金は私がさっき払ったわ。さ、事情を説明しに行くわよ。」
彼女の手を引っ張り、私は商店街に行く。
「ちょ、ちょっと待ってください! どうして赤の他人の私の事をそんなに気にかけるんですか!」
彼女は足に力を入れて、踏ん張り私の歩みを止める。
「どうしてか………………ほっとけないのよ。貴女は昔の私にとても似ている。」
私がこの子に気にかける理由は本当はゼウスからの任務なのかもしれない。
でも、任務よりも私はこの子を助けてあげたい。それにこの子の悲しみに染まった目は昔の私と瓜二つだ。
「ッ…………………! なんなんですか……………」
彼女はついに堪忍したのか踏ん張る力を緩めて、私の隣を歩く。
特に何も喋ることもなく、私と彼女は商店街へと向かう。村長の店までの道のりの中で彼女は注目を浴びた。
それもそうだ、彼女はしばらくの間風呂に入っていないから体から異臭を放っている。それに、服もボロボロでスラムにいたことがバレバレだ。
「人の目がつらいです。アナタのせいです……………!」
赤面した彼女はそう言うと、私の服の裾を掴む。この子ぐらいの歳の子が大の大人の汚い物を見る目に耐えれるわけがない。
「ゴメンね、あと少しで着くから……………ほら、着いたよ。」
卵屋を営む、村長のところに私と彼女は着いた。村長は私と目が合うと、
「あら、マザーさん、どうだった? 探してた子は見つかった?」
「ええ、ほらここに。」
私は自分の後ろに隠れている彼女を指差す。
「あら、私の店の卵を盗んだ子じゃない。」
村長は少し目が険しくなる。まぁ、無理もない。自分の店の商品を盗まれたのだ、それは老若男女関係ない。
「村長、実は…………………」
私は、彼女が犬の為に仕方なく卵を盗んだこと、神に両親を殺された事を話した。
「なるほどね…………… それなら理由を言ってくれれば卵なんて沢山あげたのに。」
村長はため息をつく。このため息は呆れが含まれているため息なので悪意はないだろう。
「ご、ご、ごめんなさい!! 私は許されない事をしました!」
私が村長に別れを言って、去ろうとした瞬間、彼女は私の背後から飛び出て、村長に頭を下げる。
「もう良いのよ、可愛い顔が台無しだわ。」
「ほらね、事情を話して良かったでしょう?」
私は彼女の背中をポンポンと叩き、頭を上げさせる。
「じゃ、村長さん、また今度。」
「ええ、またねマザーさん、それと君もね。」
村長は手を振る。彼女は少し恥ずかしそうに手を振り返す。
私と彼女はまた少し歩き、人通りの少ない空き地に行き、木陰で腰を下ろす。
「本当にありがとうございました。これで村長さんに許しをもらう事が出来ました。アナタのおかげです。」
彼女は私に頭を下げてお礼を言う。
「良いのよ、それよりも君はこれからどうするの?」
私は任務があるので彼女を手元に置いておかなければならない。でも、この子の顔を見たら任務なんて関係なく助けてあげたいと言う気持ちが勝ってしまう。
「スラムに戻って暮らします。」
「なら、私と住まない? まぁ、正確に言えば孤児院に入るって事なんだけど。」
「え………………………」
突拍子に一緒に住まない?なんて言われたら誰もが戸惑うのは仕方ないだろう。
「私ね、孤児院を経営してるの。アナタと同じ境遇の子が沢山いるわ。私と一緒に暮らしてみない?」
「良いんですか…………? スラムの者なんですよ私は。」
「ええ、良いわ。」
「こんなに汚れてるんですよ? それに盗みだって…………」
「関係ない。誰だって一度くらい過ちをするものよ。」
気づいたら彼女は大粒の涙を流していた。今まで色々と耐えていたのだろう。その苦労が目から溢れ出している。
「こんな私でも良ければよろしくお願いします………!」
「ええ、こちらこそよろしくね。アナタの名前は? 」
私は彼女にハンカチを差し出す。彼女は渡されたハンカチで涙を拭うと、私の目を見る。
「キュウビです。そういえば貴女の名前はなんですか? マザーと呼ばれていましたが……………」
「そう、キュウビって言うのね。私の名前? そんなの知らなくて良いわ、マザーで良いわよ。」
私はこれまでも名前を聞かれてきた。だが、その度に私はマザーと言って、はぐらかしてきた。
キュウビはフフッと笑うと、
「そうですか。これからよろしくお願いしますね? マザー。」
と言い、手を差し伸べる。私はその手を両手で握りしめてキュウビの目を見る。
「どうかしましたか?」
キュウビが不思議そうに私を見る。良かった、キュウビの目が輝きを取り戻した、コレを確認したのだ。
「いや、なんでもないわ。さぁ、孤児院に行きましょうか。」
「はい!」
キュウビは元気よく返事をして、私の後ろに付いてくる。
私が経営している孤児院は、村から少し離れた丘の上にある。丘の下には湖が広がっており、孤児院から町と見下ろせるように作られている。
「もう少しで着くわ。この丘を登ったら見えるはずよ。」
「村からだいぶ離れているのですね。でも、湖が下にあるし上から見た時は絶景でしょうね!」
「ええ、その絶景が理由でここに孤児院を建てたのよ。」
嘘だ、私はキュウビに嘘をついた。この丘の上に建てた本当の理由は、村を監視するためと、簡単に人が入らないようにするためだ。
この丘は湖の端にあり、孤児院にたどり着くまでは丘を登らねばならない。
更には、孤児院の後ろは断崖絶壁となっており、前方からしか行く術はない。
完全に村から孤立した土地、それがこの場所に孤児院を建てた本当の理由である。
「ほら、着いたわ。」
「ここが、マザーの孤児院………………!」
二十分ほど丘を登ると、私の妖獣界での家でもある孤児院に着いた。
孤児院と言っても、見た目はどちらかというと教会に近い。黒と白を基調とし、入口には大きな木製の門、そして周りから孤児院の内部が見えないように白壁が四方を囲んでいる。
「さ、入りましょう。今日からここがキュウビの家よ。」
「はい……………………!」
私は大きな木製の門の扉を開ける。大人の力で何とか開けるぐらいで、子どもが開こうとしても力が足りないので開く事はできない仕組みになっている。
「あ、マザーおかえり! 」
門を開けると私の娘の一人である白虎が私たちを迎え入れる。群青色の短髪でつり目、チョコンと生えた獣耳と、黒と白の縞模様の一本の尻尾が特徴的だ。
大人しいキュウビとは相対的に活発的な性格だ。
「白虎、ただいま。新しい家族よ、キュウビって言うの。」
キラキラとした目で私を見ていた白虎はキュウビに視線をチラリと向ける。
「ふーん、キュウビか…………… それにしても身体が汚い。」
白虎はこう見えて潔癖なのだ。スラムにいたキュウビは白虎にとっては汚らしい存在なのだろう。
「コラ、白虎そんな事言わないの。キュウビはスラムにいたのだから仕方ないわ。」
キュウビが右手をすっと私の前に出す。
「いえ、マザー庇わなくて結構ですよ。白虎、アナタもだいぶ汚れてますねぇ、心が。初対面の人に普通そんな事言います?」
キュウビは笑顔だが、目は笑っていない。
「アンタこそ初対面の人によくそんな事言えるな! 」
「最初に言ったのはアナタですよね? 自分のことは棚に上げて、全く色んな意味で凄い人です。」
「こんのやろう………………………!」
白虎の眉毛はピクピクと動く。今にも爆発しそうな勢いだ。
どうやら、口喧嘩ではキュウビに分があるらしい。
「はいはい、二人とも、喧嘩はやめなさい。白虎、洗濯物を上げといてくれる?」
「マザーが言うなら辞めるよ……………… 分かった、洗濯物ね。」
キュウビにボロカス言われて半泣き状態の白虎は、駆け足で洗濯物を干している場所に向かう。
「キュウビも、後で仲直りしておくのよ?」
「はい、マザーがそう言うのなら仕方ありません。」
キュウビは半端めんどくさそうな顔でため息をつく。白虎は半泣きだったがキュウビは全然元気だな。
やはり、口喧嘩では白虎よりもキュウビが強いらしい。
「じゃ、身体を綺麗にしに行きましょうか。裏手に井戸があるからそこまで行きましょう。」
「分かりました。」
私とキュウビは孤児院の裏にある井戸に向かう。水温は冷たいが今の季節は真夏だ。気持ち良くて丁度良いだろう。
「さ、着いたわ。皆んなは建物の中にいるし、ここは死角だから誰にも見られることはないから、全部脱いで。」
言葉だけ聞いたら、とんでもないセクハラロリコン野郎だが今はキュウビの身体を綺麗にしてあげる事が最優先だ。
「マザー、そのセリフだけ聞いたらスラムにいたオジサンと同じですよ………………」
やはり、私の言葉選びが間違ったのかキュウビはため息をつく。
しかし、着ていた黒ずんだ白いワンピースを脱ぎ、下着をハラリと地に落とす。
キュウビは私に背を向け、井戸の水を頭から被る。
「ゴメンね、言葉選びが下手くそだったわ。さぁ、この椅子に座って。私が髪の毛を洗ってあげるから。」
私は井戸の隣に置いてある木製の椅子を手に取り、井戸水で身体を洗っているキュウビの隣に置く。
「わ、悪いですよ! 私はもう9歳です。髪ぐらい一人で洗えます!」
キュウビは赤面し、拒否する。
「良いから良いから。さぁ、座って。」
私は嫌がるキュウビを半端強引に木製の風呂椅子に座らせる。そして、キュウビの腰まである長い銀色に輝く髪を丁寧にシャンプーを用いて洗う。
シャンプーって言っても、私が薬草などを調合して作った自家製の物なので、髪質は良くはなるが匂いは無く、無臭だ。
「うっ……………ううっ………………」
シャカシャカとキュウビの頭をシャンプーしていると、キュウビの咽び泣きが聞こえた。
頭に傷口があったのだろうか?
「どうしたのキュウビ!? 傷口にシャンプーが染みた!?」
私は慌ててシャンプーを洗い流そうとしたが、キュウビはその手を止めた。
「いえ………… 誰かに優しくされたのが久しぶりだったのでつい…………………」
この子は強い、それだけは確実だろう。薄暗いスラムの中で一人孤独に耐えることのできるほどの精神力の持ち主だ。
だが、まだたった九歳の少女なのだ。誰かに優しくされたら涙が出るのは当たり前だ。
「キュウビ、あなたはとっても強い子。でも、私には弱い一面見せても構わないわよ? だって、あなたの母親なのだから。」
「……………………ありがとうございます。」
ああ、私はキュウビを安心させられるほどの母親になれているのだろうか? それとも、ゼウスが言っていた母親を演じている女なのか、私には分からない。
それでも、私はキュウビや白虎などのこの孤児院の子供達の母親にならならければならない。
「マザー? どうしたのですか?」
つい深く考えてしまっていて、私はキュウビの頭をシャンプーしていた両手を止めてしまっていた。
静止している私を見てキュウビは振り返ると、不思議そうに私の顔をうかがう。
「い、いえ何でもないわ。さ、髪も綺麗になったし洗い流すわよ。」
「はい、分かりました。」
私はキュウビに、あらかじめ汲んでおいた井戸水を頭からかける。
今の季節は夏だ、冷たくて心地良いだろう。
「マザー、ありがとうございます。おかげでスッキリしました!」
さっきまでの薄汚れた少女は私の前にはいなかった。
そこにいたのは、風になびかれた柳の木のようにサラサラの銀髪を腰まで生やし、雪のように透き通った白い肌を持ち合わせている可憐で美しい少女が私の目の前に現れる。
「いいのよ、あとはこの服に着替えてね。」
私はキュウビに葦で作った長方形の箱を渡す。
「これは………………」
「この孤児院ではこれが正装なのよ。男子は白のカッターシャツに黒のベスト、そして女子には黒いワンピースを着てもらうが決まりよ。」
箱の中には、この孤児院で暮らすための服や靴などの身の回りの用品が入っている。
とりあえず、キュウビには黒のワンピース二着、寝巻きとしての上下白色のパジャマが二着、下着と靴下を三着分渡しておく。
「あ、あと身体が濡れていたわね。はいバスタオルよ。」
「ありがとうございます。」
キュウビの身体が濡れていた事を思い出し、私はバスタオルを渡す。
バスタオルを受け取ったキュウビは身体を拭き、黒いワンピースを着る。
銀髪に黒のワンピースが映えて美しい。
「うん、似合ってるわ。さぁ、さっそくキュウビの住む部屋に行きましょうか。」
「分かりました、お願いします。」
私はキュウビの手を取り、足を進める。手を握ると、キュウビはギュッと手を握りしめる。
「さぁ、こっちよ。」
教会のような黒を基調とした私の孤児院にキュウビを招く。
キィィィという古い木造の建物を開けた時の特有な音を響かせ、孤児院の扉を私は開く。
「あ! マザーだ!! おかえり!!」
この孤児院は特殊な造りになっており、建物の内部から発する音は外からは聞こえず、また、建物の外部から発する音は中からは聞こえないという完全防音の造りになっている。
キュウビは外から見た孤児院しか知らなかったから、内部がこれだけ子供の声で騒がしいとは予想できなかったのか、ポカンとしている。
里親が見つかって、ここを巣立った子達を除けば、今孤児院にいるのはキュウビを入れて三十人だ。
「ただいま、デルピュネー。良い子にしてた?」
私に話しかけてきたこの子はデルピュネー。深緑色のポニーテール、二本の捻れた黒角、そして緑色の尻尾が特徴的だ。
「マザー! ワタシを子供扱いしないでよ! 」
良い子にしてた《・》が気に食わなかったのか、デルピュネーは頬を膨らませる。
「フフ、ゴメンゴメン。あなたはもうお姉さんだものね。」
「そうだもん! ん? あれ、その子は誰?」
デルピュネーは私の手を握っていて、なおかつ私の後ろに隠れてしまったキュウビに気がついた。
「紹介するわ、この子はキュウビ。新しい家族よ。さ、キュウビ、みんなにお顔を見してあげて?」
「わ、分かりました…………………」
キュウビは緊張のせいか手汗がひどい。そして、私の手をゆっくりと手放し、私の隣に並ぶ。
「お? なんだあの子! 新入りか!?」
「かなりのべっぴんさんだな……………」
「見た目からして白虎と同い年か?」
「いーや、それにしては大人びているよ? 白虎と同い年ならもう少しわんぱくなはず。」
「だ、誰がわんぱく娘だ!!」
「そこまでは言ってないんだけど……………」
私が帰り、そして新しい家族が来たことによるザワメキがキュウビを襲う。
29人の視線が一気にキュウビに集まる。
「わ、私の名前はキュウビです! 両親が神に殺されて、ここに来ました! きょ、今日からよろしくお願いします!」
キュウビは深々と頭を下げる。あまりにも堅物すぎた挨拶のせいか辺りが静まり返る。
同い年の白虎が一ヶ月前に来た時の挨拶は「白虎の名前は白虎! あ! 名乗る前に言ってしまった!」だったっけ……………
「ガハハハハハハハハ!! 一ヶ月前に入ってきた白虎とは性格が真逆だな! 」
「う、うるさい! てか、頭を撫でるな! ラードーン!」
沈黙を破り、白虎の髪をグシャグシャにしている子の名はラードーン。日に焼けた茶褐色の肌、二本の白い角、そして茶色の尻尾が特徴である。
金色のリンゴのネックレスを肌身離さず付けている。
「まぁまぁ、そこまでにしてあげなよラードーン。」
「ぬ? クリュンヌか。お前は白虎の事が好きだからなぁ。」
「まぁ、私からしたら妹みたいなものよ。」
この大人びている子の名はクリュンヌ。赤髪のロングヘアーで、黒縁メガネをかけているのが特徴だ。
「キュウビ! よろしくな!!」
ラードーンは十五歳にしては巨体な身体でキュウビの前に現れ、手を差し伸べる。
キュウビは一瞬ビクッとしたが、ラードーンの手をギュッと掴み握手する。
「こちらこそよろしくお願いします。ラードーンさん。」
「おう! よろしくな!! ガーハッハッハ!!」
ラードーンの高らかな笑い声が響き渡り、その声でキュウビに対する警戒心や不信感が消え去ったのか、子供達はキュウビを取り囲むように話しかける。
「キュウビちゃん! よろしくね!」
「フッ、キュウビか………………良い名前だな。」
「ラードーンの笑い声、うるさいでしょう? ごめんなさいね。」
「なぁ! 今から遊ぼうぜ!!」
私が聞き取れたのはコレだけだが、そこから他の子供の声が合わさり、何を言っているのか分からなくなる。
キュウビのためにも止めてやりたいが、これは無理だな………………………
「ん? そういえば………………」
キュウビを見つけ、保護した事をゼウスに報告するのを忘れていた。
本当はキュウビの身の安全のためにも内密にしておきたいが、ゼウスの目を欺けれるとは思えない。ここは、正直に見つけた事を話しておいた方がキュウビにとっても安全だろう。
「どうかしたの、マザー?」
私が深刻な顔をしていた事にクリュンヌが気づいた。クリュンヌは私の隣に来ており、私の顔を窺う。
キュウビの周りの人だかりから、クリュンヌはたった一人抜けていた。早々に挨拶を済ませていて片手に本を持っている。
「え、ええ忘れ物をしてしまったわ。それを探しに行ってくるから夕飯とお風呂を済ませるように皆んなに連絡しておいてくれるかしら? どこに落としたか忘れてしまったから、長引くかもしれないから私を待たずに寝るように。いい?」
急にクリュンヌが私の隣に来たので、ビックリしてしまい、ザ・言い訳みたいな感じになってしまった。
「分かった、皆んなにはそう伝えておくわ。」
「ありがとう、じゃ、行ってくるわね。」
「うん、マザーも気をつけて。」
私は両手でドアを開けて、騒がしい孤児院を後にする。何故だろうか、クリュンヌに嘘をついた事がモヤモヤして気持ち悪い。
「いや、私は隠し通すんだ。母親として……………!」
コレは何年も前にも決めた事だ、嘘をついてでも隠し通すと。
外はもう暗い。孤児院の敷地を出たら、もうそこは暗闇の世界。
この崖の上からは村がよく見える。まだ、祭りは続いており村は普段よりも数倍明るい。
「ここらへんで良いかしらね。」
孤児院を降りた先には湖がある。この時間には誰も寄り付かないので神界に行くには、もってこいの場所だ。
私は自分の右手の小指を思いっきり噛み、血を出す。そして、その血は湖の水面に滴り、波紋を生む。
ちなみに、この修道服は妖獣界で着用すると神の凄まじい再生能力を抑える事ができるという仕掛けがある。この仕掛けによって、私は妖獣界でもし怪我をしても、神のような再生能力を発揮する事はできないので、誰からも怪しまれないというわけだ。
「神界の扉よ、我が血をもって開きたまえ。」
空間が捻じ曲がり、その隙間に手を入れると、一瞬にして神界へと転送される。
視界が一瞬だけ、真っ黒となり目を開けると、忌々しい神々の世界に私は着いた。
ここは、ギリシャ神王国。私が生まれ育った故郷でもあり、ギリシャ神王国の兵士として勤めている勤務先でもある。
ギリシャ神王国は、他の神王国と地続きであるが、神王国の中でもトップクラスの兵力を持っているからなのか、敵国から進攻などはされる事は滅多にない。
そのため、ギリシャ神王国の中枢を担っている神殿以外の守りは容易く、他の神王国がしているような柵や壁などは一切無い。
この国は、中央に王であるゼウスや、私のようなゼウスに認められた命を三つ持つ、いわゆる神が住んでいる。
流石に、神王国の中でトップクラスと言えども、中央には高さ五十メートルの円状の壁がある。
そして、壁の外には神ではないが、妖獣でも無く、人間でも無い神民と言われる者が村を形成して暮らしている。
神民は、人間のように脆くは無く、妖獣よりも魔力値は高い存在で命は一つ、もしくは二つのどちらかと言われている。
だが、神民の中にはごく稀に命を三つ持つ者が現れ、そういう者は、中央に召集され、素質があれば神としての位を貰い、神民から神になることができるのだ。
「……………………やはり、神界は空気が悪いわ。」
私がワープした場所は、ゼウス達がいる中央を囲っている壁の入り口前だ。
壁の外側から内部に入るには、東西南北にある入り口のどれかから入らなければならない。
壁の内部からはワープして妖獣界に行く事は出来るが、妖獣界から壁の内部にワープするのは結界が邪魔して入る事ができない。
「ギリシャ神王国 エキドナよ。ゼウス様に報告があって参ったわ。」
少し歩き、門番に話しかける。この門番は神で無く、神民だ。こういう労働などは基本は神民がしている。神がする事と言えば隣国との戦争、妖獣界への略奪、そして人間界攻略などだ。
「エキドナ様ですね。承知いたしました、門を開けます。ギリシャ神王国に繁栄のあらんことを。」
門番の男は、手に持っている槍を一旦地面に下ろし、私の顔を確認すると、槍を持っていた右手を門の方に掲げる。
すると、20メートルほどの大きさの石で出来た重い門がゆっくりと開く。
「ありがとう、感謝するわ。」
門番は一礼し、私が壁の内部に入ったのを確認すると、扉を再び閉める。
閉めた時に生じる風圧が私の背中を襲う。
「本来は、壁の内部で私も暮らすはずなのにねぇ…………………」
神民では無く、最初からこの壁の内部で神として生まれた私は、普通だったら内部で暮らすのが当たり前なのだ。
だが、あの一ヶ月の出来事で私は変わってしまった。
今から二十三年前の晩秋、七歳だった私には両親がいて、家に帰れば暖かい食事、更には楽しい団欒までもが付いた贅沢な生活を当たり前のように送っていた。
そうだ、あの日で私は人生の価値観というものが変わったのだ。
―――――――――――舞台は二十三年前の晩秋、ギリシャ神王国のある一家に移り変わる。
「お父さん! お母さん! ただいま!!」
勢いよく家のドアを開けた少女の名前はエキドナ。そのエキドナを暖かい声で両親は迎える。
「おかえり、エキドナ。さぁ、夕飯にしましょう。」
「エキドナ、おかえり。ちゃんと手を洗うんだぞ?」
「分かった〜!」
父親は、パイプをふかしながら椅子にドッシリと座り、エキドナを眺める。母親は、シチューの入った鍋を食卓の上に置き、エキドナが手洗いから帰ってくるのを待っている。
「手ぇ、洗ってきたぁ!」
エキドナは両親にちゃんと手を洗った事を証明するために、両手を両親に見せつける。
その様子を見たエキドナの両親は、フフッと笑い、エキドナの頭を撫でる。
「よし、冷めないうちに食べるぞぉ!!」
「そうね、早く食べましょう。」
「うん! いただきます!!」
どこにでもあるような当たり前の家庭の温もり。家族全員で一つの料理を食卓で囲い、それを食べる。
これ以上に当たり前の事など考えた事はあるだろうか?
「お母さんのシチューは世界一おいしい!」
「フフフ、そう言ってくれて嬉しいわ。」
「たくさん食べて大きくなるんだぞ!」
この時の幼いエキドナは思っていたのだろうか? コレが、家族で笑い合いながら過ごす最期の一日だという事を。
ご飯を食べ終えた時、リビングの隅に置かれている伝令結晶からサイレンのような音が鳴る。
伝令結晶とは、連絡をする時に使われる道具の事で、離れている人同士で会話が出来るという者だ。
サイレンのような音は、何者かから連絡が来たという知らせであり、伝令結晶に手をかざすと、連絡をしてきた者と話すことが出来る。
エキドナの父親は右手をかざし、連絡をしてきた者と通話をする。
「すまないが急な任務だ、二人とも、今すぐ神殿に来い。」
しわがれた声だが、威厳はしっかりとある声の主はそれだけ言うと、伝令結晶を切る。
「今の声…………………」
「ああ、ゼウス様だ。急いで行くぞ!!」
「わ、分かったわ!」
エキドナの両親は慌てふためき、ドタバタと神殿に行くための準備をする。
「お父さん、お母さん、どこ行くの………………?」
初めて聞く声に怯えてしまったエキドナだが、恐る恐る両親にどこに行くのか聞いてみる。
「すまない、エキドナ。今から急な任務が入ったんだ。」
「ごめんね、エキドナ。すぐに帰ってくるから今日はもう寝なさい。」
一瞬、怖い顔をしたエキドナの両親だが、エキドナを見ると満面の笑みになり、彼女の頭を撫でる。
「分かった! お父さんもお母さんも気をつけてね。」
「ええ、行ってきます。」
両親と別れたエキドナは、時が止まったかのような静かな部屋の灯りを消し、寝室から毛布を持ってきて、リビングで横になる。
この日は何故か寝室のベッドで寝る気にはなれなかった。
幼い少女という者は親が起こしてくれないと、普段よりも長く寝てしまうものだ。
それは神であるエキドナもまた同じことである。
「ん、あぁ、もう朝ぁ…………………?」
カーテンの隙間から差し込む太陽の光で私は目覚める。暖炉の上にある時計を確認すると、十時であった。
「いつもは七時には起きてるのに……………… もう、お母さん! 起こして…………………あれ?」
ソファから飛び起き、私は辺りを見回す。いつもだったら朝食の良い匂いとお父さんのパイプの煙の匂いが混ざった、独特な匂いがするはずなのに今は無臭だ。
それもそのはず、エキドナの両親はまだ帰ってきてないからだ。
「…………………………まだ、お仕事してるんだ。」
私以外、誰もいないこの空間、静寂と孤独のみがこの場を支配している。
「お父さんとお母さんは、お仕事頑張ってるんだ! 私も何かしないと………………!」
いじけていても仕方がない、今の私に出来る事をするんだ!
「まずは、外から薪を取ってくるとこから始めよう!」
今年は、いつもよりも寒い。まだ秋というのに凍えるような寒さが連日続いている。
家のドアを開けて、裏手にある薪置き場に向かう。
「確か、ここに……………… あったあった! 」
少し前に、お父さんがたくさん薪を冬に備えて用意してくれてたおかげで、まだ沢山ある。
「これぐらいもらおうかなぁ。」
私は両手いっぱいに薪を抱え、フラフラとなりながらも何とか家の中に運ぶ。
両手いっぱいと言っても、子供の小さな両手だと三本しか持ってかれなかった。
「ま、まぁ大丈夫よね!!」
自分が小さい事と、力の無さに軽くショックを受けたが、今は気にしないでおこう。
「えーっと、薪を暖炉に入れてあげて、火力結晶を暖炉にセットしてっと…………………」
外から持ってきた薪を暖炉に入れて、火力結晶を暖炉の淵にある窪みに装着する。
この火力結晶は、誰でも簡単に火を起こすことが出来る便利な道具で、火力結晶の他にも、蛇口に付けると水が湧き出る水力結晶や光を発生させることが出来る電力結晶などがある。
火力結晶は紅く発色し、そこから発したエネルギーが暖炉を通り、薪に引火する。メラメラと燃え盛る炎を見ると、落ち着く。
「これで部屋も直ぐに暖まる! あ、そうだ! お母さんとお父さんが帰ってきたら、すぐにご飯食べれるように私が作ってあげようっと!」
暖炉にセットしておいた火力結晶を一旦取り外し、私は炊事場に移動して、コンロの側面にある窪みに火力結晶を装着する。
先ほどの暖炉の時と一緒のように紅く発色し、発したエネルギーでコンロから火が吹き出す。
そして、立て掛けてあるフライパンを手に取り、コンロに置く。
「料理するのなんて初めてだけど、いつもお母さんが料理作るの見てたし、何とかなるでしょ!」
私は、熱したフライパンにオリーブオイルを数滴垂らす。そして、食糧庫の中から、卵とベーコンを三枚取り出す。
油が十分に温まったのを確認し、ベーコン三昧を同時にフライパンに放り込む。ベーコンと火によって奏でられる音楽に胸を躍らせながら、次は卵を一つずつベーコンの上に乗せる。
私の家族は半熟が好きなので、卵の片面が焼けたのを確認したのち、火を弱め、フライパンに蓋をかぶせて蒸し焼きにする。
「卵を焼いている間に次は黒パンを焼いておこう。」
再び食糧庫を開け、黒パンを三枚取り出す。この黒パンはお母さんの手作りだ。
「これは暖炉で温めようかな。」
黒パン三枚を片手に、私は暖炉に向かう。パチパチと薪が燃え盛る暖炉の前に来た私は、黒パンを鉄串に刺し、火が燃え移らない限界のところに黒パンを三枚並べる。
「よし、これでオッケー! あとは完成を待つのみね。」
炊事場なら戻った私はフライパンの中身の卵を確認する。良い感じに半熟になっているのをこの目で確認することが出来た。
「うん! いい感じ! あとはお皿に盛り付けてっと…………」
あらかじめ戸棚から取り出しておいた皿に、完成したベーコンと目玉焼きを一つずつ乗せる。
「仕上げに黒胡椒をかけて…………… 完成っ!」
同じく調味料入れから取り出しておいた、黒胡椒を目玉焼きのうえにかける。
次に、つい先ほど暖炉に置いといた黒パンを見に行く。暖炉は他の調理器具よりも火力が強いので、すぐに焼けるからだ。
「黒パンも、良い感じにできてる!」
少し焦げ付いてしまったが、初めてにしては中々の出来ではないだろうか。
黒パンもお皿に一つずつ乗せて、我が家の朝食の完成だ。
食卓に戻り、お母さんとお父さんがいつも座っている場所に目玉焼きと焼いた黒パンを置く。
あとは二人を待つのみである。
「お母さんとお父さん遅いなぁ………………」
料理が完成してから15分ほど経った。しかし、家の中は未だに静寂であり、時折り薪が燃える音がするくらいだ。
「もう料理が冷めちゃうよ…………………… 先に食べちゃお………………」
ぬるくなった黒パンに手を伸ばした瞬間、ドンドンドンッ!とドアを叩く音が響く。
木で出来ている家のため、ギシギシと音を立てる。
「ビ、ビックリしたぁ! こんな朝早くに誰………………? お母さんとお父さんだったら家の鍵持ってるはずなのに……………」
私は、そーっとドアを開ける。少しだけ私は両親が帰ってきたのだと期待していた。
「私は、ギリシャ神王国軍隊の兵隊の神民でございます。失礼なのですが、あなたがエキドナ様で間違いないでしょうか?」
ドアの向こう側にいたのは、身長が190はある大柄な男だった。全身を銀色の甲冑で覆っており、顔までは見ることはできないが、神ではなく神民らしい。
「な、何ですか? 両親に伝言なら伝えておきますけど……………」
私の言葉に対して、男は手を顔に当てる。何か言いずらそうな様子だ。
「エキドナ様、あなたの御両親はお亡くなりになりました。私は、その事をあなたに伝えに来たのです。」
思考が一気に凍結する。男の言った言葉が私には理解できない。
私は膝から崩れ落ち、両手を地面に這わせる。二十秒ほど思考する事ができなかったが、少しずつ理解した。
「わ、悪い冗談はやめてくださいよ。お父さんとお母さんもグルなんですよね! ったく、兵隊さんまで巻き込むなんて!」
嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、こんな事は嘘に決まっている! 心優しく、そして強いお父さんとお母さんが死ぬなんてありえない。
しかも、神には三つの命がある! 死ぬなんてよっぽどのことが無い限りありえない。
「……………………エキドナ様、これは事実です。お父様とお母様はどちらも命を全て使い切って、亡くなられてしまいました…………………」
男の嘘偽りのない声で私はコレが現実で、冗談でもない事を知る。
その事実を知った瞬間、私の両眼から大粒の涙が溢れ出す。
「なんで! どうして! ねぇ! なんでお母さんとお父さんは死んでしまったの!?」
私は、男の腹を拳でドンドンドン!っと叩く。男は甲冑を着ているのもあって、微動だにしない。その代わりに、私の両手が出血をする。
「私も詳しくは知りません。ゼウス様からは、人間界へ進軍させた時に、二人とも命を奪われたので、撤退するために帰還結晶を使おうとしたのだが、故障で使えなくなり、そして人間から殺されたとしか聞かされておりません。すいません…………………」
「なんっで、故障するの………………………! ねぇ! なんでよ! なんで! 死んでしまったのよ!!」
「………………………ッ! エキドナ様! それ以上はお辞め下さい!!」
私の両手がボロボロになったのに男は気づいたのか、私の叩く手を止める。
「分かってる………………… あなたに八つ当たりしたって二人は戻ってこない事ぐらい……………………」
「エキドナ様……………………」
神である私は、ボロボロになった手は次第に回復していき、傷つく前の元通りの手に戻る。
「ウゥ…………… ウワアアアアアアアン! お母さん! お父さん! 私を置いて行かないでよぉ!!」
遂に私は、赤子のように泣き声まであげてしまう。
小鳥のさえずりが聞こえるような静かな庭に、あるはずもない悲しくて醜い音が響き渡る。
「エキドナ様……………………」
男は片膝を地面に寝かせ、私の後頭部を左手で添え、そっと自分の胸に寄せる。
「無礼をお許しください。」
「ウワアアアアアン! ウワアアアアアアアン! お父さん!お母さん!!」
どれくらい時間が経っただろうか。私は男の硬い胸の中で泣き続けた。私の両眼は涙が枯れる事を知らずに延々と滝のように涙を流していた。
「エキドナ様、私は御両親が亡くなった場所にはいませんでした。あなたに何も伝えられなくて申し訳ありません。」
泣き止んだ私は、庭の木陰の下で男の隣にポツンと体操座りで座っていた。
「お兄さんは謝らなくて良いんだよ。私は両親を殺した人間が心底憎い。」
「エキドナ様………………………」
この男の人は何も悪くない。悪いのは人間だ。人間が私の大切なものを奪ったのだ。絶対に許す事はできない。
「エキドナ様、これからあなたは全寮制の軍事学校に入ってもらうと上から命令が来ております。悲しいとは思いますが、準備はできておりますゆえに、今からすぐにでも出発させてもらってもよろしいでしょうか?」
「うん、分かった……………」
「承知いたしました。では、こちらの馬車にお乗り下さい。」
ここからの事はあまり覚えいない。馬車に乗り、神の血統を受け継いだ子供が学ぶ場所に行ったのは覚えている。
そこでの事は記憶は曖昧だが、ずっと虐められていたのは覚えている。物を隠されるのは日常茶飯事で、給食では私の器の中に虫などを入れられ、それを無理やり食べさせられたりもしていた。神である両親がいない私は、守ってくれる人がいなかったためか格好のイジメの標的になってしまったのだ。
普通の学び舎だったら先生が止めるのだろう。だが、いじめっ子は上級階級の神を両親に持つ奴らだったので、先生達は自分の保身に走ったというわけだ。
そんな悲惨な学生生活が卒業する十八歳まで、つまりは十一年間も続いていた。
しかし、成績は優秀だった私は、軍事学校を主席で卒業する事ができて、正式に故郷であるギリシャ神王国の神の一員としての内定が貰えたのだ。
本当は少しでも学校生活が楽しかった場面があったのかもしれないが、嫌な記憶が多すぎて、私の学校生活の記憶は脳の片隅に追いやられていたのだ。
入学してから卒業するまでの、記憶は本当に無い。欠如していると言っても過言ではないはずだ。記憶というものは悪い記憶は排除したがるらしい。
卒業してから以降の記憶はバッチリと脳内に刻み込まれている。そこまで嫌な記憶は無かったのだろうか?
卒業式から3日後の朝、私はギリシャ神王国の壁の内部付近に部屋を借りていた。1LDKの小汚い部屋だ。
神の一員と認められたのは良いが、数日前まで学生の身だったわけなので、こんなボロ屋敷しか借りれなかったわけだ。
朝食にリンゴを2切れ食べ、家を出発する。
今日は正式に神としての位を貰う大事な儀式の日だ。遅刻するわけにはいかない。
「……………………それにしても、喋らなくなったものね。」
あの学校に入学する前は私はよく喋る子供だった。どちらかというと明るい子供だったと思うし、友達もそれなりにいた方だと思う。
だが、両親を人間に殺されたあの日から、私の生活の秒針は狂い始めた。
住み慣れた故郷から半端強引に剥がされ、味方一人もいない全寮制の学校で暮らし始め、毎日のように虐められていたら性格が変わるのも無理はない。
今の私の性格はジメジメした、腐りかけの沼地のようなものだ。
私は、近道をするために人通りの少ない路地裏を歩く。まぁ、朝早いし変な輩はいないだろう。
だが、その油断がいけなかったのだ。私は後頭部を思いっきり誰かから殴られる。
「グッ……………! 」
地面に横たわり、朦朧とした意識の中、私は攻撃してきた何者かを確認するために後ろを振り返る。
そこには、学生時代に私を虐めてきた主犯格の連中が三人いた。
「お前達は…………………!」
名前なんて覚えてもいない。ていうか、こんな奴らの名前なんて覚える価値も無いし、普段から私はこいつらの顔なんてちゃんと見たこともなかったから、一瞬誰か分からなかったが、間違いない奴らだ。
「エキドナァ、お前、ギリシャ神王国に内定決まったんだってぇ? 俺らはなぁ! ギリシャ神王国の神兵だとよ! ふっざけんな! 」
ああ、だいたいこいつらが何で私を襲ったのか分かった。神の位を貰う予定の私が気に食わないのだ。
神兵とは軍事学校卒業生の一部や、神民から徴兵された者がなる職だ。基本的に神の部下として行動するので、必然的に私の部下になる。それが嫌でこのような事をしたのだろう。
「お前より優秀遺伝子を持つ俺らが、お前の下に着くなんてあってはいけないんだよ。」
三人のうちの一人が私の頭を踏みつける。
ちなみに、神の位を貰う方法は軍事学校で優秀な成績を残す、もしくは神としての位を持っている者からの推薦の二つのパターンがある。
神を両親として持っていた私は推薦という道もあったのだが、私が幼い頃に亡くなったしまったので、優秀な成績を修めるしか方法がなかったのだ。
「お前さえ消えれば………………! 俺らはお前の下につくのだけが嫌なんだよ!」
三人のうちの一人が、ポケットから石を取り出して私の背中にくくりつける。
これはまさか……………………!
「これは…………………」
「少し前に闇市で面白いもんを見つけてな。見た目は普通の転移結晶だが、転移する先は妖獣界だ。」
転移結晶とは予め指定されている場所を行き来できるアイテムだ。
だが、通常は神王国内での移動しか使えないはずだ。妖獣界への転移結晶なんて聞いたことがない。
「しかも、恐ろしい事に一回使ったら、もう戻ることはできない仕様になっているんだよ! これをお前に使えば、お前は妖獣界から神界へと戻る事は簡単にはできない。」
片道分しかないなんて……………………
そんなの使われてしまったら、本当に神界に戻ることなんて現実的に考えて無理だ。
「どうして………………」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! お前が悪いんだ! とっとと消え失せろ! 転移結晶! 起動!!」
三人がそう言うと、私の体は一瞬眩く光る。そして、その光が収まり、ゆっくりと目を開けると、そこには私が来たことのない世界が広がっていた。
「ここは……………………」
見晴らしの良い丘の上に私は転移した。辺り一面は草で覆われ、風がそよそよと心地よく吹いている。
丘の下を見てみると、断崖絶壁の崖となっており、その下は広大な湖が広がっている。湖の周りには村が形成されており、ここからだと村の全貌がよく見える。
「ここは、本当に妖獣界なの?」
私は立ち上がり、背中に付けられた転移結晶を取り外す。転移結晶は私が触れた途端に崩れ落ちる。
「片道切符って言ってたのは本当のようね。」
手のひらで崩れ落ちる転移結晶のカケラを握り潰し、私は虚空を見つめる。
これからどうしたものか。妖獣共にバレたらめんどくさいし、下手したら集団で殺しに来るかもしれない。
「あら? こんなところに人がいるなんて珍しい。ここらでは見かけない顔だけど、どちら様?」
背後から何者かに声をかけられ、私は戦闘態勢を取るために振り向きながら後退する。
私に話しかけたのは中肉中背の40代ぐらいの女だった。修道女のような格好を身に纏っている。
だが、それよりもまずこの女への視線は下半身に向けられた。女の下半身は蛇の尻尾のようになっており、金色の鱗で覆われている。
下半身が蛇の尻尾である私と非常に似ているが、奴は神でなく妖獣だ。
「ちょ、ちょっと! そんなに構えないでよ! 私は怪しい者じゃないわ! 少し先に行ったとこの小屋で薬草屋をしていて、ここに生えている薬草を摘みにきただけよ!」
女は私が神であることに気づいていないのか、ビクビクしたまま私を見つめる。
私の事を神だと気づいないのならば敵対心を生む必要もないか………………
「ごめんなさい、急に話しかけれたものだからつい…………」
私が、そう言うと女は力が抜けたのか、腰からドサっと地面に倒れる。
「はー、ビックリした! 話しかけたら凄い目で見てくるんだもの!」
女はさっきのビクビクした態度が嘘かのように、ニコニコして立ち上がると、薬草が入った籠を持ち上げる。
「ところであなたの名前は何かしら?」
急に名乗れと言われて、私はビックリした。相手は私が神だと気づいてはいない。だが、エキドナと言うと、万が一の事がある。
ここは……………………
「ごめんなさい、気づいたらここにいたんです。変な事を言ってるかもしれないけど、記憶がないんです……………」
我ながら嘘をつくのは下手くそだと思う。テンプレすぎて怪しまれてしまうだろうか。
「ほ、本当に!? それは可哀想ね………………」
どうやら私が思っているよりもこの女はアホだったらしい。こんな100パーセント嘘なことを信じる奴がいるとは思わなかった。
「よし! 分かったわ! 記憶が戻るまでのしばらくの間、うちに居なさい! 」
「ええ!? 本気ですか!?」
「あら、おかしなこと言ったかしら? 困ってる人を見かけたら助けてあげる事は当たり前のことよ。」
この女はどこまでお人好しなんだ………………? 普通は見た事もない奴が記憶喪失とか言ったら怪しむのが道理なはずだ。
だが、私が神だとバレてない以上、神界に帰るまではこの女を利用するのも手かもしれない。
「分かりました…………… ありがとうございます。少しの間ですがお世話になります。」
「うん! 全然良いわよ! ここからすぐのところに私の家があるから行きましょう。」
それよりも何故、この女は私の正体に気づかないのだ? いくら私たち神よりも低い生命と言えども、私の魔力の質などで一発で気付く筈だ。
私の正体が神だと分かった上で、殺すための罠に誘導しようとしているのか………………?
「さ、着いたわよ! 少し汚いけどそこは勘弁してね。」
崖すれすれのとこに建てられていたその建物はお世辞にも綺麗とは言えず、いわゆるあばら屋と言ったものだろうか。
「お邪魔します……………………」
キィーという木製の古いドアが奏でる音を立てながら私は小屋に入る。
見た目のボロさとは引き換えに中は整然としており、一人暮らしにしては綺麗な方だと言えるだろう。
少なくとも私の部屋よりも綺麗だ。
「そこらへんに適当に座っておいてね! お茶持ってくるから!」
「あ、ありがとうございます」
いや、この女が私の正体を見破っているはずがない。あの笑顔ともてなす精神は嘘偽りないからだ。
きっと、魔力の高い妖獣だと思っているのだろう。
「はい、私が摘んできた薬草で作った特製ハーブティーだけどお口に合うかしら?」
女が持ってきたお茶は薄茶色の液体で、まるで柑橘系のような爽やかな匂いがする。
「いただきます。………………美味しい。こんなに美味しいお茶は飲んだ事がない!」
所詮は妖獣の飲み物だと馬鹿にしてた私が馬鹿だった。こんなに上品かつ、香りが良いお茶は神界では存在していない。
「あら! そんなに喜んでくれて嬉しいわ。あ、自己紹介を忘れていたわ。私の名前はピュートーン、長ったるい名前だから気安くピューさんで構わないわよ。」
「ピュートーンさん、いえ、ピューさんですか。記憶が戻るまでの少しの間ですがよろしくお願いします。」
「ええ、よろしくね。」
私は狭い視界を持つ者だった。学校では妖獣とは下賤で浅はかな醜い生き物だと教わっていたが、実際は違うではないか。
よく分からない素性の知れない私を温かく迎えてくれる人が醜い生き物だと? 笑わせるな!
本当に下賤で浅はかな醜い生き物とは私たち神なのかもしれないな………………
―――――――――――一ヶ月後まで時は加速する。
このピュートーン、いや、ピューさんとの出会いで私の性格は大きく変わった。
いや、正しく言えば学校に送られる前の幼い頃の明るい性格に戻ったと言えば良いのだろうか?
「ピューさん! 薬草採ってきました!」
私はカゴに山盛りの薬草をピューさんの目の前に置く。私はここに置いてもらう替わりにピューさんの仕事である薬草採取を手伝っていたのだ。
「あら、今日もたくさん採ってきてくれたのね。ありがとう!」
ピューさんは満面の笑みで私を迎えると、採取から帰ってきた私にハーブティーを持ってきた。
「ありがとうございます、いつ飲んでも美味しいです。」
「ふふ、そう言ってもらえて嬉しいわ。」
朝七時に起きて、家周辺に生えている薬草を採取し、昼過ぎに戻ってきて、午後からは薬草から薬を調合する手伝いをすると言うのが私の1日の流れだ。
「そろそろここに来て一ヶ月になるけど、記憶の方はどうかしら?」
ピューさんはハーブティーを飲み干し、お手製のドライフルーツを摘みながら私に問いかける。
この問いに対して私の心臓の鼓動はドクドクッと音を立てる。
あぁ、この人に嘘をつくのはツライ。私の正体を明かしたら、いくらこの人と言えど恐怖してしまうだろう。
「いえ…………… まだ、何も思い出せません。」
「そう……………ま、ゆっくりでいいわよ! それに、あなたといる方が私は毎日が楽しいから!」
「ピューさん……………………」
私はこの人の笑顔に弱い。太陽のように眩いその笑顔は闇の存在である神にはキツすぎるからだ。
「そういえばピューさん、私はここに来てから薬草採取のお手伝いをさせてもらっていますが、街への物資の調達もお手伝いしましょうか?」
私はここに来てから、この家周辺の丘での薬草採取しかしていない。
出会った妖獣もピューさんだけだし、私はこの丘から降りた事がないのだ。
それに、ピューさんは街に降りる度に重い荷物を両手いっぱいに抱えているから二人で行った方がピューさんも楽だろう。
「いや、それは大丈夫よ。あなたは丘周辺の薬草採取に尽力してくれればそれでいいわ。それに、あなたが採ってくる薬草は状態がとても良いもの。薬草採取だけに集中してくれればそれでいいわ。」
「…………………分かりました。」
この話は少し前にも持ち出したが、ピューさんは頑なに私を街に行かせようとはしない。
それに、この話をする時のピューさんは少し顔が怖いのだ。
「じゃ、私は街に降りて食料を買ってくるわね。薬草採取したら机の上に置いてもらえると助かるわ。」
「分かりました、ピューさんも気をつけてくださいね?」
「フフフ、ありがとう。行ってきます。」
「はい、行ってらっしゃい。」
ピューさんは片手に財布だけを持ち、小屋を後にした。ピューさんの後ろ姿を小屋の中から見送りながら、完全に姿が消えたのを確認して私は小屋の外に出る。
「よし! 私も仕事しなくっちゃ!」
籠を手に持ち、丘の至る所に群生しているハーブや様々な効能を持つ薬草などを摘んでいく。まずは、小屋周辺を探してみる。
「もう小屋周辺の薬草は取り尽くしてしまったなぁ………………」
この仕事をしてから一ヶ月は経ったからなのか、この辺りの薬草やハーブは取り尽くしてしまった。ここから近くのところにコナラの木が沢山生えた森があるのでそこに行ってみることにする。
その森も丘の上にあり、決して丘の下には行かないので、そこに行ってもピューさんは怒らなかった。
「あそこは小さめの森だけど、美味しいキノコとかも生えてたからピューさん喜んでたな〜 また、取ってきてあげよう。」
まだ空っぽの籠を抱えて私はコナラの森を目指す。ここから歩いて5分ほどだ。小屋からも森は見える距離にあるので行く事は苦ではない。
その時だった、辺り一面を一瞬にして眩い光が襲う。
「な、なに!?」
反射的に目を瞑ってしまい、凄まじい爆音がしたことにより目を開ける。
「一体なにが………………… あ、あれは!」
空一面に、魔法陣の様な物が無数にあるのだ。その魔法陣の中心は神殿の様な模様が施されており、魔法陣から光と共に何かが発射される。一度何かを発射した魔法陣は消えるが、少しするとまた復活する。
「どうして…………………! だってアレはギリシャ神王国の軍隊…………………」
そう、アレはギリシャ神王国の兵隊やソウルハンターと呼ばれる自立思考型のロボットが射出される為の魔法陣だからだ。
ちなみに、一括りにソウルハンターと言っても様々な種類があり、神や神兵を運ぶための母船の様なものや、戦闘員や妖獣や人間などを拐うのなどがいる。
そして、目を凝らすと魔法陣がある場所よりも少し上に、ソウルハンターの一つであるスネークがいた。スネークはいわゆる母船であり、その大きさは機体ごとにばらつきがあるが、だいたい80メートルだと言われている。
「しかもよく見ると神兵やソウルハンターだけでなく神も何体かいるようね…………………! 」
神兵やソウルハンターが射出される魔法陣よりも数倍大きい物が十個ほど見られる。先程から一個ずつ確実に地に降り注いでいる。
そのうちの一つの神が射出された魔法陣は、ピューさんが買い出しに行った街に打ち落とされた。
そして、それにつられるかのように、神兵やソウルハンターが同じ場所に射出される。
「しまった! あっちの方角は!」
気づいたら私は走り出していた。ピューさんとの約束を破り、ここに来て初めて丘を降りる。
「…………………ピューさん、無事でいてね」
本当におかしな話である。神として生まれ、妖獣や人間は野蛮だと教えられてきた私が、たった一人の妖獣を助けるために全力で走っているのだ。
こんな事をする私は神としては出来損ないだろう。
でも、私はピューさんを助けたいんだ。ピューさんが生きていてくれたら私はそれでいい!
「ハァハァ……………… これはヒドイわね…………」
丘を駆け下りて、私は街に降りた。辺り一面は焼け野原と変貌しており、泣き喚く子供、血を吹き出して倒れる大人など見るに耐えない光景だった。
神兵が妖獣を殺さずに痛めつけ、ボロボロになったところをソウルハンターが捕虜として回収している。
回収タイプのソウルハンターはフロッグと呼ばれる二足歩行のカエル型のロボットだ。死にかけの妖獣に対して口から出した光り輝く鎖を巻き付け、母船であるスネークに転送される仕組みだ。
戦闘タイプのソウルハンターであるリザードは抵抗する妖獣を半殺しにした後に、妖獣をソウルと呼ばれるエネルギーの塊に変化させて体内に吸収するのだ。抵抗しなかったら生捕りにされ、抵抗したらもう二度と戻れない姿に変えさせられてしまうのだ。
攫われた妖獣は神界で奴隷として使われるのでフロッグが存在する意義は分かるのだが、ソウルと呼ばれるエネルギーに変えるリザードの事は私はよく分からない。
ソウルとは何か、そしてソウルの使い道が今の私は分からない。ソウルの正体は神の位を授かった時に教えてもらえると聞いたことはあるからだ。
「ごめんなさい…………………!」
この辺り一帯の妖獣はフロッグによって全員攫われてしまった。フロッグなどのソウルハンターが私を見ても動じないのは私の身体の中に神の血が流れているからだ。
「急がないと…………………!」
走っている道中、私に対して助けを求める妖獣がたくさんいた。
「そこの姉ちゃん! 手を貸してくれ! このままだと俺は………………… グワアアアアアアア!!」
「助けて……………………」
「痛いよぅ、熱いよぅ………………」
その中にはまだ七歳ほどの幼い子供もいたが、私はそれを見なかった事にして涙を振り切って走ったのだ。
「ごめんなさいごめんなさい。本当にごめんなさい………………」
何故、神である私は涙を流しているのだろうか。
私は、この時、両親が死んで以降初めて泣いたのだ。あまりにも泣かなかったせいなのか、その涙には血が含まれていた。
「アアアアアアアア!? 痛ったあ………………」
この叫び声は! ピューさんの声だ! あの瓦礫のほうにいる!
瓦礫の山を押し除け、私はピューさんと対面する。だが、彼女の姿は私の知っている彼女ではなかった。
「ピューさん…………………?」
私から20メートルほど離れた場所にいるピューさんは両手が切り落とされ、腹部には大きな穴が開いている。ここからだと私の姿は見えないのか、ピューさんは瓦礫にもたれ掛かるように座っている。
「妖獣にしては中々丈夫だな。殺すのは惜しいが貴様は回収を邪魔してしまった。その行いは万死に値する。」
ピューさんに赤髪の上裸の男が近づく。
「アイツは…………!」
鍛え上げられた細いが凛々しい筋肉、逆立った太陽のような赤髪、全てを見通すかのような鋭い眼光、そして太陽を司る太陽神の位を授かった証である、杖先に太陽を模した彫刻が施された自らの身長ほどある黄金色の杖!
間違いない、やつはギリシャ神王国の…………………!
「オリュンポス十二神に言われるとは光栄だわ。しかも、とっても有名なギリシャ神王国の太陽神 アポロンに言われる日が来るとはね。」
そうだ、間違いない! アイツはオリュンポス十二神の一人、太陽神 アポロンだ!
「そうか、下賤な妖獣にも俺の名が広まるとはな。俺も出世したもんだ。」
「それにしても、かの有名なオリュンポス十二神がどうしてこんな辺境の地を襲いに来たのかしら? ここにいる民は大した魔力量があるとは思えないんだけど。」
それもそうだ、どうしてこんな田舎の街をわざわざ軍を出してまで襲撃したのだ?
一体、何のために……………
「お前には関係の無い話だ……………と、言いたいのだが俺も襲撃した理由はよく分からない。上からの命令だったんだ。おまえら、拾魂村は運が悪かったとしか言えないな。」
運が悪かった? ますますなぞは深まるばかりだ。神界と妖獣界は別の空間の存在している別の世界だ。二つの世界を行き来するには人間界に行くほどはないと言えど、莫大な燃料が必要になる。
運が悪かったで完結していい話ではない。何かを回収するために、わざわざ辺境の地である拾魂村に来たのではないか?
だが、その何かが分からない……………
「なるほどね、わたしにはアンタ達が考えてる事なんて分からないわ。」
ピューさんは吐血する。あの量は危険だ、このまま血を出しすぎたら死んでしまう。
「分からなくてもいい、お前はここで死ぬからな。」
アポロンはゆっくりとピューさんに歩み寄る。このままだとピューさんは殺されてしまう。
嫌だ! そんなのは嫌だ! 私はピューさんと何気ない日常を、ずっとずーっと過ごすのだと思っていたのに!
「こんなところで私の日常が終わってたまるか……………!」
私はピューさんをアポロンの魔の手から助けるために足を進めようとした。
しかし、その歩みはたった一歩で止まってしまった。
「私がオリュンポス十二神の一人に勝てるの? 実戦もした事ないのに……………………」
私が迷っている間にアポロンはゆっくりとだが、確実にピューさんのもとに向かっている。
アポロンの目は殺す覚悟を決めている目だ。それに引き換え、ピューさんは出血によるものか目が朦朧としている。
「いや、違うよ……………………エキドナ。勝てる勝てないじゃない! 守るか守らないかだ!」
この時、私はアポロンを殺すと決めていた。いや、正確には殺すでなくアポロンの歩みを止めると言ったほうがいいのだろうか。
どちらにしろ、今の私は命を投げ合ってでもピューさんを助けると決めていた。
「ん? お前は…………………… もしかしてエキドナか?」
「え………………………?」
どうしてアポロンは私の名前を…………………? 私とアポロンには接点が無いはずだ。
それなのに何故私の名前を知ってるのだ?
「俺たちはお前を探しに来てたんだ、エキドナ。お前が行方をくらましてから約1ヶ月、我らがギリシャ神王国はお前の魔力を辿って地道に調査してたんだ。そして、今朝ついにお前の居場所が分かった。まさか、妖獣界にいるとはな、どうりで神界中を探してもいないわけだ。」
「つ、つまり、私一人を探すためにこの村を一つ潰したという事ですか……………………?」
私は体の震えが止まらなかった。つまり、この村を壊滅させた原因は私だと言うことなの?
「ああ、大切な仲間だしな。しかもお前は首席の特待生だからな。居場所が分かったら村を一つ平らにした方が分かりやすいだろ?」
「あ、ああ…………………」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 私のせいで? ピューさんやこの街の人が? そんなの嫌だ!
「ん? どうした? 顔色が悪いぞ? それにしても良く無事だったな。こんな汚染された世界に1ヶ月もいたのに。」
汚染された世界というアポロンの言葉に私は歯を噛み締める。
コイツは何も分かっていない! 神界よりも人の心が暖かい素晴らしい世界の事を何も知らない!
「ま、お前が無事で良かった。そうだ、一つ年上の先輩から神になった記念としてエキドナに一つ試練を出そう。」
「………………………試練?」
アポロンは頷くと、太陽の彫刻が施された杖先をピューさんに向ける。
「ああ、試練だ。なに、そんなに縮こまるな。決して難しいことでは無い。そこの死にかけの妖獣を殺せ。」
「え………………………」
予想外のことに私は固まる。え? 殺す? ピューさんを?
「聞こえなかったか? そこの死にかけの妖獣を殺せ。これから先、お前は数多の戦場を駆ける事になるだろう。その前に殺す事に慣れておけばこの先躊躇する事はないだろ?」
アポロンの目は真っ直ぐに私の目を見る。この殺す事に慣れてしまった輝きを失った目で見られたら足がすくんでしまう。
「俺は先にスネークに乗り込んで帰りの準備をする。神兵とソウルハンターも回収するから、そいつを殺し終わったら一番大きいスネークに乗り込め。スネークはここから東の方角にある広場に停めてある。分かったか? 」
「…………………………はい。」
「撤収だ貴様ら! 早く船に乗り込め!」
アポロンが大声でそう叫ぶと、神兵やソウルハンター達は駆け足で東の方角に消えていく。
そして、アポロンは私とピューさんを一瞥すると自分も東の方角に歩いていく。
アポロンの姿が完全に消えて、私はピューさんのとこに歩み寄る。
「ピューさん、その私は」
「最初から知ってたわ、あなたの正体ぐらい。」
「え………………………?」
目の輝きを失い、頭をうな垂れながらピューさんは言う。瓦礫に寄りかかっていたのだが、力が無くなったのかズルズルと姿勢が崩れていく。
「知ってたってどういうことですか!?」
私はピューさんに駆け寄り、肩を支えるように持つ。そして、あらかじめ持ってきておいた止血用の包帯を取り出して、ピューさんの切断された両肩に結ぼうとする。
しかし、私が止血しようとした手をピューさんは身体を揺らして拒否する。
「あなたが神だって事ぐらい出会った当初から気づいてたの。」
「そんな……………… なら! どうして、私の存在を街の人に通報して殺さなかったんですか! 私はあなた達を殺している種族なんですよ!? なのにどうして……………………!」
ピューさんが拒否した包帯は地面をコロコロと転がり、吐血でできた血溜まりにボチャリと浸り、ジンワリと赤く染まっていく。
「…………………似てたの。」
「どういう事ですか?」
私の問いには答えずにピューさんはもう一度激しく吐血する。吐血した血は私の腹部を汚す。一瞬にして赤く染まった事から多量の血を吐いた事が分かる。
「ハァハァ………………… 五年前に不慮の事故で亡くなってしまった私の子供にあなたはソックリだったのよ。」
「え…………………………」
私はピューさんの事は何も知らなかった。ピューさんの生い立ちや友人、更には好きな食べ物などの基本的な事も知らなかった。
私は、ピューさんの事を知った気になっていただけであって、本当は何一つ知らなかったんだ。
「いくら妖獣と言えども魔力探知ぐらいは出来るのよ。それが出来れば、私たち妖獣よりも遥かに多くの魔力量を保持している存在なんて見た瞬間に神だと判別する事ぐらいはできる…………………ゴポォッ!!」
三度めの吐血だ。今回が一番量が多い。このままじゃ……………………!
「あなたの娘さんに似てたという理由だけで、私が神だと知っていたのに助けたんですか……………………」
私は気づいたら涙が出ていた。何故、泣いているのだろうか私の身体はどこも痛くない。なのにどうしてこんなにも涙が止まらないのか。
「ええ、そうよ。それに、あなたはどこか寂しそうな顔をしていたわ。」
「寂しそうな顔…………………?」
ピューさんは体重を前方のほうにかけ、私に寄りかかる。
「うん、神だろうが妖獣だろうが、悲しい時は誰だって悲しいし、お腹だって減る。困っている人がいたら助けるのがこの地に生まれた者の定めだわ」
「そんな……………………! わ、私は! 妖獣なんて下賤な生き物だと思ってるんですよ!?」
どうして私は心にも思っていない嘘をついたのだろうか。
「嘘つき、あなたがそんな事思うはずがない。」
「どうして………………………! ウ、ウワアアアアアアアアン!」
涙が止まらない。嗚咽と涙と鼻水のとても汚らしい顔面になってしまった。
「あなたが泣く必要はないわ。」
「だって! だってぇ…………………」
ピューさんは寄りかかったまま、首を横に振る。痛みで泣きたいのはピューさんの方なのに、ピューさんは涙一つ流していない。
「本当は、この事は教えてはダメなんだけど、一つ良いことを教えてあげる。」
「……………………良い事?」
「ええ、実はね私たち妖獣には命が二つあるの。」
その言葉を聞いた瞬間、私は全身が凍りついた。どういう事? 私は幼い時から妖獣は人間と同じように命が一つしかないと教わってきたのだ。
ピューさんは私を安心させるために嘘をついてるのか? いや、ピューさんの性格を考えると嘘なんてつけるはずもない。
でも、これが正しかったらピューさんは生きれる!
「本当ですか!? 良かったです! 安心しましたぁ!」
私は心の奥底から喜んだ。今まで生きてきた中で、ここまで喜んだ事はあるだろうか?
「ごめんなさい、そんなに都合の良い話では無いの。この話には続きがあってね、命を失う瞬間や致命傷を負った時に心の奥底から強く生きたい!って念じなければいけないのよ。今の私は、アポロンに吹き飛ばされた時に頭を強く打ってしまってね、頭がボンヤリとして念じる事なんてできないの……………………」
ピューさんの肩はプルプルと震えている。これは、死ぬことに対しての恐怖なのか? いや、この震え方は申し訳ないという気持ちの時の震えだ。
「そんな! ピューさん! 意識をしっかり保ってください! 」
私は、寄りかかったピューさんの肩をしっかりと両手で持ち、激しく揺らす。
しかし、ピューさんはぼんやりと私の両眼を見つめたままだ。
「誰かの正義は誰かの悪である。そして、自分のしている事が正義なのか、よく考えて生きるのよ。この世界には本物の正義なんていない。争いをしている者同士はどっちも正義だと思っているのよ。」
「ピューさん!」
「この言葉は私の育て親から教えてもらった言葉でね、育て親の受け売りだけどあなたに託すわ…………………」
ピューさんの目は更に濁っていく。呼吸も安定していない。激しい出血によるものだ。
「私はあなたと妖獣界でずっと生きたい! だから、死なないでよ!」
「ごめんね、本当にごめんね。そうだ、こんな私からだけど一つ頼みを聞いてくれるかしら?」
さっきまでぼんやりとしていた目をなんとか焦点を合わせ、私の目を見る。
「もちろん! ピューさんのお願い事は何でも聞きます!」
「私の家の跡地で孤児院を作って欲しいの。」
ピューさんの願いは意外なものだった。孤児院? 一体どういう事?
「孤児院ですか?」
「うん、孤児院を経営して欲しいの。実は、私は孤児院育ちでね、幼い頃は寂しい思いをたくさんしてきたけど、あるマザーとの出会いで私の価値観は大きく変わったわ。そのマザーとあなたはとっても似ているの。あなたが神である事は分かってるけど、あなたのその優しい目と清らかな心は幼い子供達を育てる事に向いていると思う。私の頼みを聞いてくれないかしら?」
孤児院? この私が? 神として生まれたのに妖獣の為に孤児院を開く? 笑わせるな!って以前の自分は言ってたはずだ。
もちろん、私の答えは一つしかない。
「分かりました、必ず私とピューさんの思い出の土地に妖獣の孤児のための孤児院を作ります! 」
「あなたならそう言ってくれると思ったわ」
ピューさんの身体の力は一気に抜け、私の両手からズルリと落ちて、地面に横たわる。
「エキドナね、素敵な名前だわ。あなたの名前を知れて本当に良かった………………」
ピューさんはゆっくりと目を閉じる。閉じるという言葉は不自然かも知れない。ゆっくりと目蓋が落ちたと言うべきだ。
「ッ……………………! ピューさん、あなたの意思は私が必ず受け継ぎます。」
ピューさんの亡骸を両手で抱えて、私は近くの広場の小さな木の下にもたれかけさせる。近くにあった井戸から水を汲み、血や泥で汚れた髪や肌を洗い流す。
「じゃ、行きますね。」
最後に、私がハーブティーの中で大好きだったラベンダーの花を一輪ピューさんの胸元に添える。
このラベンダーはつい先ほど摘んできた物で、ピューさんが街から帰ってきたらハーブティーにして飲もうと思っていた物だ。
ピューさんに別れを告げて、私は死体だらけの静寂な空間を歩く。もしかしたら、この中には強い意志を持って2回めの命を使い、蘇った妖獣もいるかも知れない。
だが、神である私がいるこの場だと誰も起き上がらない。それに、強い意志とは言えど、その力の源は神に対する憎しみと憎悪による物だろう。
もう、この場にいる生きている者は私を敵と認識するはずだ。
ゆっくりと歩きながら、私はアポロンに指定された広場に向かう。アポロンの言ってた通り、そこには母船であるスネークが三機停まっていた。
「これね。」
真ん中にある一際大きなスネークの顔の横側にあるスイッチを押す。すると、扉は勢いよく開き、そこにはアポロンが床に座って何かを飲んでいた。
「遅かったな、エキドナ。ん? お前、その腹部の血はなんだ? まさか手負いの妖獣に傷つけられたのか?」
アポロンは私が入ってきた瞬間に、ピューさんが吐血して私の服にかかった血を見てきた。
「…………………いえ、これは返り血です。証拠に私のお腹は怪我していません。」
私はアポロンに、服を少し捲り上げてお腹を見せる。傷一つない綺麗なお腹だ。
「どうやらそのようだな。疑ってすまなかった。」
「いえ……………………」
特に会話する事もなく、私は座席に座る。スネークの内部構造はシンプルで、運転席以外は仕切りが一切ない。座席は側面にズラーっと並んでおり、席以外は何もなく、白を基調とした空間だ。
私が座った事を確認すると、運転手らしき男が運転席から出てきて、アポロンに一礼をして再び運転席に戻る。
「今から発車する。エキドナ、複雑な心境だと思うが、神界に戻ったら神ノ儀が行われる。」
「神ノ儀ですか、分かりました。」
神ノ儀とは、就任する神国で行われる神の位を授かる儀式の事だ。
どのような事をするかは、神の位を貰う者と神の位を既に貰った者しか知らない儀式で、内容を他言してはならないという掟がある。
「そうだ思い出した。儀式の正装を預かっておいたんだった。」
アポロンはそう言うと、近くに置いてあったカゴを手に引き寄せる。
そして、カゴの中から取り出した白いワンピースを私に渡す。
「分かりました、今のうちに着替えておきますね。」
「ああ、そうしてくれ。俺はお前の方は向かないようにしておくからな。」
アポロンはそう言うと私を見ないようにそっぽを向く。以外に紳士的なとこもあるようだ。
「それと、その血で汚れたコートはカゴの中に入れておいてくれ。こっちで処分しておこう。」
「このコートをですか?」
「ああ、何か問題があるか? 妖獣の血が付いた服なんて着たくもないだろう?」
「いや、その…………………ん?」
実はこのコートはピューさんから貰ったものなのだ。昔使っていたが、サイズが合わなくなったから捨てるとこだったけど、あなたにあげると言われたので貰ったコートだ。
そして、いま気づいた事がある。このコートにタグが付いてたのだ。ピューさんが、本当に昔使ってたならタグがもし付いたままだとしても古びてるはずなのだが、このタグは真新しすぎる。
そうか、このコート、私の為にわざわざ…………………………
「これは私が汚してしまったコートです。なので私が処分しますよ。」
嘘だ。私はこんな宝物を処分するなんてさらさらない。
「そうか、お前の好きにするが良い。」
「ありがとうございます。」
私はコートを脱ぎ、カゴの中に入っていたタオルで身体を拭き、白いワンピースに袖を通す。肌触りがとてもよく質の良い物だと着た瞬間にわかった。
「着替え終わったか?」
「はい、着替えました。」
「そうか、そろそろ神界に転送するから、席に座っておけよ。」
「了解です。」
ぼんやりと外を眺める。つい先ほどは焼け野原だったのだが、今目の前に広がっているのは汚されてない綺麗な景色だ。
その時、目の前の景色が急に暗転した。どうやら今から神界に転送するらしい。
急に目の前の景色が真っ暗になり目を瞑ってしまったが、再び目を開けると、1ヶ月前に私がいた忌々しい神の住む世界が広がっていた。
「やはり転送したらすぐに着くな。今から着陸態勢に入るから席を立つなよ。」
アポロンはそう言うと、さっきまで飲んでいたお茶のカップを飲み干して、ケースに片付ける。
「分かりました。」
ゆっくりと機体が斜めに傾き、少しだけ地面と接触した衝撃が身体に伝わる。このスネークを運転している操縦士はかなりの手練れだ。
「よし、着いたな。さぁ、降りろ。」
「はい。」
アポロンから指示されたので私は指示に従いスネークから降りる。
久しぶりの神界の空気だ。何故だろうか、妖獣界よりも空気がまずく感じる。
「よし、儀式会場である神王 ゼウス様の神殿に行くぞ。俺の後について来い」
「分かりました。」
私とアポロンはスネークを降り、儀式が行われるという神殿に向かう。
「エキドナ様! ご無事でしたか!!」
神殿に向かう途中、一人の神兵が私に駆け寄ってきた。アポロンは怪訝そうな顔をする。
「エキドナ、コイツと知り合いか?」
「ん? あ、あの時の! 」
「エキドナ様、覚えていらっしゃいましたか。ありがたき幸せです。」
この男は私の両親の訃報を知らせにきた神兵だ。あの時よりも体格がガッシリとしており、顎には髭をたくわえている。
「もちろん覚えてますよ。あの時は私を慰めてくれてありがとうございます。」
「エキドナ様が行方不明になられたと聞いて、私は不安で仕方ありませんでした。本当に良かったです!」
男は涙を流し、私に跪く。
「あなたは私の大切な人です。頭をあげてください。」
「なんてお優しいお方なのでしょう。あ! 長々と失礼しました。エキドナ様、アポロン様、私はこれで失礼させてもらいます。」
男はそう言うと、そそくさと走り、何処かへと消えていく。
「あの男は、お前の何なんだ?」
アポロンは不審な者を見る目で男を見る。どうやら、男がそそくさと走りだしたのはアポロンの目を見たからだろう。
「あの人は、私の両親の訃報を知らせにきた神兵です。その時に色々とお世話になったんですよ。」
「そうか………………先を急ぐぞ。」
アポロンはそう言うと、足早に神殿に向かう。何かまずい事を言ったのだろうか…………………
「は、はい!」
しばらく歩くと、白基調の神殿が見えてきた。アレが神ノ儀が行われるゼウスの神殿…………………
「よし、俺が案内できるのはここまでだ。神殿内にゼウス様が待っていらっしゃるから、行ってこい。」
長い長い階段の先に見える白い神殿をアポロンは指差すと、回れ右をしてどこかに消える。
「ここからは私一人か………………」
ギリシャ神王国を統べるゼウス。私は今から強大すぎる存在に会うのかと思うと背筋に悪寒がした。
「でも、神の位をもらう為には行かなきゃ。」
階段を一段一段ゆっくりと登っていく。下から見ると神殿は小さく見えたが、十分ほど登り詰め、神殿に辿り着くと大きさがよく分かった。
「デカイ…………………」
神殿に辿り着き、乱れた服装を整えて、神殿内部に入る。私の尻尾と大理石が擦れる音のみが空間に響き渡る。
「よく来たなエキドナよ。我はお前が無事で何よりだ。」
威圧感のある重低音な声。この声を聞いた瞬間に私は跪いてしまった。身体が反射的にそうさせたのだ。
「そう堅苦しくするな。さ、表をあげよ。」
「はっ! 失礼します。」
恐る恐る顔を上げると、そこには一人の老人が玉座に腰掛けている。
老人とは言ったが、鍛え上げられた肉体、白髪だが健康的な艶々とした髪、そして全てを見通すである紅蓮の瞳を持っている。
間違いない、この男こそギリシャ神王国の神王 ゼウスだ。
「我は長話はあまり好きではない。早急に儀式に取り掛かろうぞ。」
ゼウスはそう言うと胸元をゴソゴソとして、紫色に鈍く輝く石ころを取り出す。
正直、この男と長話なんてしたら気が気でない。ゼウスが長話を好きではなくて良かった。
「エキドナよ、我の方に近寄れ。」
「はっ!」
勢いよく返事をして私は立ち上がる。そして、ゼウスの方に足を進めていく。平常心を装って涼しい顔をしている私だが、心臓はバックバックしている。
「では、今より神ノ儀を始める。」
「お願いします。」
ゼウスは玉座から立ち上がると、私の方に近づく。立ち上がってゼウスの身長が分かったが、 2メートルはある。
「貴様を高貴なるギリシャ神王国の神の一員として認めよう。」
そう言うとゼウスは私の胸目掛けて拳を振るう。反射的に避けようとしたが、ゼウスと私の距離は1メートルあるかないかだ。避けられるはずもなく、ゼウスの右手が私の胸を貫通する。
「ガハッ! ゼウス様……………」
「すまないなエキドナよ、これも必要な事なのだ。」
ゆっくりとゼウスは右手を私の胸から引き抜く。つい先ほどまで右手に持っていた紫の石ころが無くなっていた。
まはか、私の体の中に………………
「な、なにコレ!? 視界が歪んで………… オエェ!」
急に私の視界は湾曲する。それと同時に激しい吐き気が襲い、私は吐いてしまった。血が混じった吐瀉物は床一面に広がる。
「さすがは首席だな、適正だ。」
もがき苦しむ私をゼウスは愉悦した顔で玉座で眺める。
「頭が痛い……………」
ふと穴が空き、修復が進んでいる胸元を見ると、紫色に鈍く輝く石ころの一部が見えた。やっぱり、ゼウスはコレを入れたんだ!
「その石は取るなよ。」
私が石ころを取ろうとすると、ゼウスは威圧感のある声音で止める。
「は、はい……………」
朦朧としてた意識も何とか収まってきて、ゼウスの顔もよく見えるようになった。
そして、私は自分の吐瀉物も見てしまう。しまった、ゼウスに殺されてしまう!
「ゼウス様、申し訳ありませんでした!」
私は頭を深々と下げる。
「いや、仕方のない事だ。神の位を貰い適正だったものは一時的に拒否反応が出てしまう。こっちで片付けておくから大丈夫だ。」
ゼウスはそう言うと、手をパァンっと叩く。すると、小走りに二人の女がやってきた。女二人は手早く私の吐瀉物を片付けると、再び消える。
「ありがとうございます。それと、聞きたいことがあるのですが、この石は何なんですか?」
私は、もう完全に傷口が塞がった胸元を指差す。先ほどまで見えていた紫の石ころはもう見えない。
「我が言えるのは神の称号である事、そして今までは三つの命を持つだけだったが、それを嵌めた後は三つの命の真の力までも使う事ができる。」
どうやら紫の石ころのことはあまり言いたくないらしい。だが、この石ころが入ってから不思議と力が漲ってくる。
「そうですか……………」
この石が何なのかが私には分からない。気が気でないが、これ以上質問してゼウスの機嫌を損ねたくはない。今は、大人しくしておこう。
「あと、お前が神に就任した事で部下を用意している。ざっと百人ほどの小隊だが好きに使ってくれ。」
「私が隊を率いるのですか?」
「ああ、今日からお前はエキドナ隊 隊長 エキドナだ。もう既に待機してある挨拶でもしてこい。挨拶し終わったら今日は解散だ。ゆっくりと休むがいい。」
ゼウスはそう言うと玉座から立ち上がり、私の血で汚れた右手を手拭いで拭き、神殿の奥に消えていく。
「私の隊………………! 本当に神になったのね。」
いまいち神になったという実感が湧かない。とりあえず、神殿の外に行って私の隊員たちに挨拶をしなければ。
「お疲れ様です! エキドナ隊長!」
神殿の外に出ると熱苦しい声が響く。百人ほどの神兵が私に跪く。
「び、びっくりしたあ…………………」
急に大声で名前を言われたので反射的に肩がビクっとした。沢山の神兵が私に跪いているのを見て、神になったという事を少しだけ実感した。
「我ら総勢123名はエキドナ様直属の兵隊です! これから長い付き合いになると思いますがよろしくお願いします!!」
神兵の中の一際体格の良い男が私に顔を上げて話す。先頭列の真ん中にいる事から、この男が123名の中では一番実力と権力が上なのだろう。
「そんなに堅苦しくならないでください。私の隊は仲良く上下関係のないようにしていきましょう。」
「エキドナ様、なんてお優しいお方なのか! 皆の者、エキドナ様の隊になれたことを感謝するぞ!」
「おお!!」
やっぱり、堅苦しいよりは少しぐらい柔らかい方が私は好きだ。それにしても、年上の男たちに敬語使われるのもあまり好きじゃない。
「エキドナのくせに……………」
「ん?」
ボソッと聞こえた声を私は聞き逃さなかった。私はここまで聴力が良かっただろうか? もしかしたら神になった事によるものなのかもしれない。
場が一瞬にして凍りつく。さっきまで威勢の良かった男たちは肩をガクガク震わせている。
「聞き間違いかしら? どこかで聞いたことのある声なのだけれど?」
私は、場を凍り付かせた原因の男の隣に歩み寄る。そして、私は勢いよく甲冑を引っ張り剥がす。
「エキドナ……………様、申し訳ありません」
やはり私の考えは正しかった。この男は私を妖獣界に転送させた三人のうちの一人だ。
「っていう事は………………ビンゴね。」
左右にいた肩をガクガク震わせていた男二人の甲冑も引っ張り剥がす。すると、例の三人のうちの二人だ。これで、あの時の三人が全て揃った。
「123人って微妙な数字よね。個人的に120人の方が好きかなぁ。」
「エ、エキドナ様! 落ち着いてください! その者たちは1ヶ月前に神兵になったばかりの新米です! 」
さっき私に話しかけた一際体格の良い男が私の横に駆け寄る。
「この三人が私を妖獣界に転送したのよ。それでも貴方はこの三人を庇うのかしら?」
その事を知った体格の良い男は、三人のうちの一人の首を掴み、
「貴様ぁ! お前がエキドナ様を1ヶ月間も妖獣界に転送してたのか!」
「ッ……………………!」
「答えないという事は貴様らぁ!!」
体格の良い男は顔を真っ赤にして腰に据えた剣を引き抜き、首元に当てる。
「ヒ、ヒイイイイイイイイ!!」
「待って」
今にも首を断ち切りそうな男の前に私は立ち塞がる。男は不遇そうな顔をしたが剣を鞘に収める。
「これは私の問題よ。この三人の処分は私が決めるわ。」
「ですがエキドナ様の手を汚すわけ」
「私が良いって言ってるの。何か問題でも?」
「い、いえ………………」
ついさっきまで敬語で接していた相手に対して何故か私は気づいたらタメ口だった。
そして、私はまずエキドナのくせにと言った男の頭を右手で掴む。
「グッ!? ガアッ!! エキドナァァァ!!」
ゆっくりと右手に力を加えていく。ミシミシと音を立てていき、甲冑が辺りに砕け散る。
「最後まで私を呼び捨てか………… さようなら。」
「クソが! お前なんか死」
男が何かを言おうとしたが私はそれを無視して頭を潰した。潰す瞬間に魔力を少しかけたため、頭が完全に破裂する。辺りには男の脳味噌や体液が飛び散る。頭を失った男の体はビクビクと痙攣している。
神民は命が失われて、もう一つの命があれば身体が光り、もう一つの命のおかげで回復すると聞いたが、見たところ、こいつの命は一つだけだったようだ。
「ヒ、ヒイイイイイ! 逃げろ!!」
残り二人は立ち上がり、逃げようとするために他の神兵を蹴散らす。
「私の隊員を蹴飛ばさないで、呪炎 陽炎!」
呪炎とは私が持っている魔力の事だ。紫色の炎で様々な形に変更して戦う事ができる。
陽炎も技のうちの一つで、紫の炎でできた剣を10本ほど出して攻撃する技だ。
二人に向かって発した陽炎は、二人の四肢を消し飛ばして心臓を貫く。
「エキドナァ………………!」
最後にそう言うと二人は地面に突っ伏す。そして、命を完全に失ったのか死体は光に包まれて消えていく。
「神や神民は死んでしまったら消えてしまうって聞いたけど、本当のようね。処理しなくて助かるわ。」
私が神兵を殺してしまったのを見たせいなのか、他の120名の神兵はまだ肩を震わしている。
このままではダメだ、士気が下がってしまう。
「私は真面目な人に対してはこんな事しないわ。ちょうど綺麗な120名になった事だし、これからよろしくね。」
顔に付いた返り血を拭き取り、私は笑顔で神兵にそう言う。その言葉を聞いた神兵は顔を少しだけ和らげる。
「ハッ! よろしくお願いします!!」
「よし、では解散。」
「ハッ! 失礼します!」
この三人を殺してから私は殺しという作業に慣れてしまった。それが神の位を貰った事によるものなのかは私には分からない。
ただ、これだけは言える事がある。この日から私は神になったのだ。
そして舞台は十二年後の現代まで加速していく。私はキュウビの報告のためにゼウスが待つ神殿に足を進める。
「エキドナ様ですか!? 久しぶりですね!」
私の前に現れた一人の老兵が話しかけてきた。ゼウスの神殿の前を守っている事からかなりの実力者だという事が分かる。
「ん? 誰?」
「これは失敬! 甲冑を外させて貰います。」
老兵はそう言うと頭に着けていた甲冑を外す。白髪とシワに覆われた顔だが、眼だけは若者のように輝いており静かな闘志を燃やしている。
「あ! 貴方はあの時の! お久しぶりです!」
「おお、覚えていらっしゃいましたか! ありがたき幸せでございます。」
頭を深々と下げた老兵の正体は、私の両親の訃報を知らせにきて、その時に私を慰めてくれた人だ。初めて出会った時より見た目がだいぶ変わっている。
だが、この目はあの人で間違いない。
「もちろん覚えていますよ。元気そうで何よりです。」
「元気だけが私の取り柄ですからな。それにしても、エキドナ様はお姿があまり変わりませんな。そろそろ神の適正年齢という事でしょうか?」
「ええ、私の適正年齢は三十歳ぐらいのようです。」
神の適正年齢とは神の位を授かった者が最も魔力を発揮できる年齢になったら、それ以上は歳を取らないというものだ。歳を取らないと言っても、それは見た目だけであって不死ではない。
「あっ! 長話してしまいました! ゼウス様がお待ちです!」
「では、通らせてもらいますね。」
軽く老兵に会釈して、私は神殿の門を潜る。玉座にはドッシリと構えたゼウスがおり、その隣には神兵が一人いる。
「エキドナ、報告があるという事は例の小娘を捕獲したのか?」
ゼウスは首をゴキゴキと鳴らして葉巻に火をつける。隣の神兵は灰皿を両手で丁寧に持ち、ゼウスの横に跪く。
「はい、銀髪の娘を手中に入れました。今は私が妖獣界で暮らしている家にいます。」
「そうか良くやった、さすがは我の優秀なエキドナだ。」
「お言葉に余ります。」
私はそう言うとゼウスの前に跪く。ゼウスは、葉巻の灰を灰皿にトントンと落とすと私を見る。
「お前にだけ話しておくが、あの小娘はいわゆる実験台だ。」
衝撃的な言葉に私は思わず耳を疑う。キュウビが実験台? 一体なんの?
「実験台? 一体どう言う事ですか?」
ゼウスは頭をポリポリと掻く。そして、再び葉巻に火をつける。
「我も詳しくは知らんが、オーディーンのとこの北欧神王国で進めている実験の一つらしい。何でも例の小娘に種子を植え付けたとか言ってたな。」
種子? 初めて聞く単語だ。決して植物の種子とかではなくて何かの隠語だろう。
「それでだ、今から妖獣界に戻って小娘をここに連れて来い。もちろん生きたままでだ。」
キュウビをここに!? 冗談じゃない! そんな事をしたらキュウビは北欧神王国に何かをされてしまう! 嫌な予感しかしない。
「ゼウス様、あの小娘は大変警戒をしております。この先いくらかかっても、あの小娘は私の言う事を聞くとは思いません。」
私は何を言っているのだ? こんなキュウビを庇うような嘘はバレバレだ。あぁ、ゼウスに殺されてしまう!
「ふむ、そうか。ならば良い。あの小娘はお前が好きに扱うが良い。」
ゼウスの予想外の言葉に目が丸くなってしまう。
「良いのですか?」
「続きはオイラが話すっス〜」
軽快な声と音の鳴る靴から発する音色と共に金髪で、全身金色の悪趣味な服を着た男が神殿にやって来た。
「遅いぞ、ロキよ。」
ロキと言われたその男は、ゼウスに臆する事なく私の横に来た。なんなんだ、この軽そうな男は…………
「いやー、すんませんゼウス様。オイラ、方向音痴なんすよ〜」
ヘラヘラとした顔で反省の色も無さそうだ。それなのに、ゼウスは特に表情を変える事もしない。
「まぁ、良い。エキドナ、続きはロキが話すから聞いておけ。」
私を一瞥して、ゼウスはロキという男の方を見る。
「………………はい。」
「よしっ! 初めましてエキドナさん! オイラは北欧神王国のロキって言う者っす! 単刀直入に言うとエキドナさんには二択の選択肢があるっす〜」
神王ではないロキとの話だと言うので、私は跪くのを辞めて、ロキの目を見る。
「二択? 一体何のことかしら?」
私がそう言うと、ロキはニヤリと笑う。何か嫌な予感がする。
「例の妖獣の娘を北欧神王国に渡すか、合成妖獣 No.を作るかの二択っす!」
No.? 噂には聞いたことがあるが、確か何体かの妖獣を一度殺してから合成して作り上げる禁断の生物兵器だったような…………………
「No.? どうして私が……………… はっ! まさか!」
「そのまさかっすよ。貴方にしかできないっす〜」
嫌な予感は的中だ。だって、No.の作成条件って………………………
「ほう、No.か。オーディーンも悪趣味な事を考えるな。だが、種子を埋め込んだ小娘とは相応な対価かもしれんな。」
ゼウスは納得したのか頷く。
「種子を埋め込むのも手順がダルイっすからね〜 いくら失敗作の小娘とは言えど、どうしても保護したいのなら、これぐらいの対価は必要っす! ねぇ、エキドナさん?」
ロキの目は完全に弱いものを見る目だ。北欧神王国は最初からキュウビの回収ではなくてNo.を作成する事が目的だったんだ!
「No.の作成条件は難しいと聞いたけど、私にそれができるとでも?」
何を言ってるのだ私は! No.を作るには妖獣を合成するだぞ!
「大丈夫っすよ! エキドナさんは母親ごっこをしているとゼウス様から聞いたっす! 二つの条件である合成に使う妖獣は仲が良い者とすると、術者に良く慣れている者を満たしてるっす!」
そう、私はNo.を作るための二つの条件を満たしているのだ。この難易度の高さからかNo.は神の歴史の中でも二体しか作られていない。
「例の小娘を渡すかNo.を作成するのかを選べって事?」
肩の震えが止まらない。どちらを選んでも地獄だ。
「そうっすね、ぶっちゃけNo.を作るなんてめんどくさい事するよりも、小娘を渡した方が早いっす〜」
考えろ! 考えるんだ! 私! どうすればキュウビを渡す事なく、更にNo.を作らなくて済む!?
「エキドナ、我が口を挟むのもなんだが、渡した方が楽だぞ?」
「ッ………………!」
ダメだ! そんな方法あるはずがない! どちらかを否定すれば、片方をしなければならない!
「エキドナさん、どっちにするっす〜?」
ロキが体を左右に揺らして煽ってくる。どうする!? ん? いや、待てよ? アレならいけるのではないか? アレをするには私は母親を辞める覚悟を決めなければならない。だが、アレしかない! 長い戦いになるだろうが、アレをすれば最終的にはキュウビも無事だしNo.も無かった事になる!
「私がNo.を作ります。そのかわり、あなたたちが言う失敗作の小娘には手を出さないでください。」
予想通りの回答だったのかロキはニヤリと笑みを浮かべる。
ゼウスは少しだけ目を丸くして驚く。
「エキドナさんならそう言うと思ってたっす。オーディーン様にはこちらから言っときますんで、北欧神王国は手を出さないようにするっす〜」
「はい、お願いします。では、ゼウス様失礼します。」
「あ、ああ…………」
私はそう言うと足早に神殿を後にする。拳を握る手からは血が滲み出した。
いつもギリシャ神王国から妖獣界に転送する郊外に着いた。下を向いて歩いていたせいか、いつもより早く着いた気がする。
「誰かの正義は誰かの悪である、そうだよね? ピューさん。」
川に自分の血を垂らし、いつものように唱える。
「神界の扉よ、我が血をもって開きたまえ。」
私は少しの間だけ、誰かの悪になる。それでも、私は自分がしようとしてる事を信じる。視界が一瞬にして闇に変わり、目を開けるといつもの妖獣界が広がっていた。
長年、神界と妖獣界を行ったり来たりしているが、これからはもっと増えそうだ。そんな事を考えているうちに孤児院に着いた。子供たちは寝ているのか物音一つしない。
「ただいま、皆んな寝たのかしら。」
重い扉を開くと私の考えは間違っていた。扉を開けた瞬間に何者かが私の胸の中に飛び込む。
「わ! マザーびっくりした?」
「白虎…………… もう、夜更よ。て、皆んな起きてるじゃない!」
どうやら、私を驚かすために皆んな起きていたらしい。机の影やタンスの中から子供達は出てきた。
「ガッハッハ! マザーはやっぱり肝っ玉が座ってるなぁ!!」
ラードーンは高笑いしながら白虎を肩車する。
「ちょっ!? ラードーン! 降ろせっ!!」
こんな平和な空間を私は今から壊そうとしている。ごめんなさい、先に謝っておくわ。
「コホン、ラードーン デルピュネー クリュンヌあなた達の里親が決まったわ。」
私の嘘で場の空気は凍りつく。だが、それは一瞬に溶けて悲しみの声と表情に変貌する。
「え、嘘だよね? マザー!」
デルピュネーはショックだったのか膝から崩れ落ちる。ラードーンは普段は威勢が良いがポカンとしている。クリュンヌは下を俯いて静かに涙する。
「悲しいけど本当よ。今さっき、隣町の貴族様に会ってたの。そして力を持った孤児院の子供達の最年長を迎えたいって言われてね、もうその人は丘の下まで来てるわ」
子供達の咽び泣きとざわめきが止まらない。パニックになったら私の適当な嘘でも信じてしまうのだから怖いものだ。
「ガーハッハッハ! なーに、一生離れるって訳ではない!それに、これまで何人もの子供たちが里親の元に行ってたじゃねーか! 」
ラードーンは強気に笑うが、その目は涙ぐんでいた。静かに泣いていたクリュンヌは顔を上げると、
「そうね、ラードーンにしてはまともな事言うじゃない。皆んな、私たちは絶対にまた遊びにくるから!」
デルピュネーも勢いよく立ち上がり、
「うん! ぜっったいに来るよ!」
強気に笑う三人に釣られて、他の子供達も笑い出す。
「本当は別れの会とかしたかったのだけれどごめんね。さ、行きましょう。」
三人は無言で頷くと、子供達に手を振る。孤児院を出て、先頭を歩く三人の後ろを私は静かについて行く。
「ごめんね。」
私がそう言うと三人は振り向き、何かを言おうとする。しかし、それよりも早く私の陽炎は三人の心臓を貫通する。
「ゴホォ! マ」
三人の心臓と言ったが正確にはデルピュネーとクリュンヌは首も消し飛ばして完全に命を奪った。ラードーンには心臓を擦る程度の攻撃をして、ついでに声帯も切断する。命を失って動かなくなった二人に対してラードーンは私を睨みつけながら、出血多量によって気絶した。
動かなくなった三人を両手の脇で持ち上げて、孤児院がある崖の上から私は飛び降りて、崖下に着地する。実は崖の下にはボロボロの小屋があるのだ。私は、小屋に入り三人を椅子に座らせる。ラードーンのみ拘束して、残りの二人は特に縛ったりはしない。
「さぁ、始めましょう。私の罪はここから始まる。」
私は机に置いてあるピエロのマスクを顔に装着する。このマスクは私が戦闘する時にいつも着けているものだ。妖獣界を攻める時に私はこのマスクを着けて、道化を演じる。
No.は作るまでの条件が厳しいだけで、作成するのは簡単だ。殺したばかりの妖獣を二体以上用意して、まだ生きている妖獣一体に殺した妖獣の魔力を結合させるだけだ。すると、急に他の個体の魔力が体内に入った妖獣は自我を失い、作成した者のみの言う事を聞く兵器と化すのだ。
「ごめんなさい……………… 少しだけ耐えてね。」
両眼から涙を溢れ出し、震えた両手でクリュンヌとデルピュネーの胸に手を入れる。右手にはクリュンヌの魔力が、左手にはデルピュネーの魔力が纏わり付く。
「こんな母親でごめんなさい。」
そう言うと、私は両手に集まった魔力を一つに結合させて、ラードーンの胸に押し込む。
「んーーー!! んん!!」
気絶から目覚めたラードーンは涙を流しながら助けを仰願する。しかし、二人の魔力が体内に入ると白目を剥きながらバタリと倒れる。
「……………………これで良いのかしら」
その瞬間、三人の身体は光に包まれたかと思うと、空中に浮かび上がり一つに合体する。
「これは………………」
光が収まると、三人の姿は無くて床に何かが転がる。野球ボールほどの大きさの球体は黒色に鈍く輝いている。
「No.が成功したのかはこれでは分からないわね。明日、ゼウスのところに行きましょう。」
球体を拾い上げて、その球体に反射した自分の顔を見て私は驚いた。
「何で、私が泣いているのよ! 本当に泣きたかったのは裏切られた三人なのに………………」
球を胸に抱きしめて私は泣きじゃくる。大の大人がこんなに泣く事はそうそうない筈だ。
しかし、想像してみて欲しい。あなたは自分の子供を殺した時に涙を流す事を堪えられるだろうか?
しばらくの間、泣いた私は球をポッケの中に忍ばせて小屋を後にする。返り血が付いているので湖で洗い流してから孤児院に戻る。
「マザー、三人どうだった?」
「新しい親って優しそう?」
孤児院に戻ると皆んな起きていた。そして、白虎とキュウビが話しかける。二人の頭を撫でて両手をパンッ!と叩く。
「さ! 皆んなもう寝るわよ。あの三人は元気そうだったわ。」
「はーい! おやすみマザー!」
私がそう言うと皆んな自分の部屋に帰って行く。誰もいない大広間で私は静かに神という存在を更に憎んでいた。
翌朝、私は大広間のソファで目覚めた。どうやら寝落ちしてしまったらしい。右手には例の球が握られていた。
「ゼウスのとこに行かないと……………」
重い腰を何とか持ち上げて立ち上がる。扉を開けて外に出てみると、太陽がもう顔を出していた。駆け足で湖に行き、いつものように水面に血を垂らして詠唱する。
「神界の扉よ、我が血をもって開きたまえ。」
視界が捻じ曲がり、目を開けると神界に着く。そして、駆け足でゼウスの神殿に行く。門番はいつもだとチェックをするのだが、私の慌ただしい様子を察したのか無言で扉を開ける。
「ほぅ、さすがはエキドナだ。我はお前なら直ぐに作ってくると思っておったぞ? 早起きして正解だったようだ。」
いつものようにゼウスは玉座に腰掛けていた。荒れた息を落ち着かせながらゼウスの元に私は歩み寄る。
「ハァハァ…………ゼウス様、No.とやらを完成させました。いかがでしょうか?」
ゼウスの前に跪き、両手で例の球をゼウスに渡す。片手で受け取ったゼウスは球をまじまじと眺める。
「確かに昨日ロキが言ってたような見た目だな。うむ、よくやったなエキドナよ。」
「はっ、ありがたき幸せ。」
何が幸せだ。三人の子供たちを自らの手で殺めたというのに。
「では、お前に例の小娘の所有権を認めよう。ただし、少し前にも言ったようにあまり肩入れはするな。奴らは醜い妖獣だ。」
ゼウスはそう言うと、No.を片手に持ったまま神殿の奥に消えていく。
「これで良かったのよ………………… 今はそう言い聞かせるしかない。」
唇をガリッと噛み、血が口元を滴る。
――――――――――――そして、舞台は6年後の妖獣界 エキドナが運営する孤児院に時が加速する。
「今日も良い天気ね。」
蒼く澄み切った空、だが、所々にまばらに広がる白き雲が良い味を出している。
私はデルピュネー・ラードーン・クリュンヌの三人をこの手にかけてからは誰も殺してはいない。だが、何人かは私の元を離れて里親の元に行ってしまった。
「マザー! 白虎が私のペースに合わせてくれません!」
「はぁ!? アンタが私の速さに合わせてないじゃない!」
庭から騒がしい二人の声が聞こえた。十五歳になったキュウビと白虎だ。こんな子供っぽい二人だが、今ではこの孤児院の最年長でもある。
「二人とも! 落ち着きなさい! 連携技は二人の息が合わさってできるものよ。」
この二人には、連携技の取得を何年も前からしてもらっている。だが、昔から性格が合わないせいか一回も成功した試しがない。
「マザーが言うなら………………」
キュウビはムスッとした顔で井戸の方に行く。どうやら汗を洗い流すようだ。
「マザー、孤児院の子供達に神と戦う術を教えているけど、こんな田舎に神なんて来るの?」
白虎は服に着いた土埃を払いながら私を見る。実は、三人をNo.に変えた日から私は孤児院で戦闘訓練をしている。始めた理由はよく分からないが、もし私の正体がバレた時に殺してほしいのからなのかもしれない。
「こら、そう言う油断が一番怖いのよ? キュウビも! 誰かの正義は誰かの悪である、神っていうのは自分が行っている事を正義だと思っているの。そんな連中が来たら武力で抵抗するしかないじゃない。」
汗を流し終わったキュウビと、私の隣に座っている白虎の目を見て言う。二人とも、また同じ事言ってるみたいな目で私を見つめる。
「さ! もう良い時間だしお昼にしましょうか! キュウビ、庭で遊んでいる子達を呼んできてくれないかしら?」
私は、黒い日傘をパタンと収めて孤児院の中に入ろうとする。しかし、いつもだったら必ず返事をするはずのキュウビが返事をしない事に疑問を思い、振り返る。
「キュウビ? どうした………………え?」
キュウビが指差す方向にあるものに私は言葉が出なかった。空一面に現れたピラミッドの紋様が施された魔法陣がそこにはいた。
「マ、マザー! あ、あれってもしかして!」
「クッ…………………………!」
間違いない、あれはエジプト神王国だ。しかもあんなに大規模な侵攻は見たことがない。
魔法陣の大きさでソウルハンターか神兵か、もしくは神なのかを判別する事が出来るが、神と思しき魔法陣も見えるだけで十数個はある。
「嫌だ! 死にたくない! うわああああん!!」
「泣くんじゃない!」
まだ5歳ほどの子供達は泣きじゃくる。それを白虎が慰めてはいるが、白虎自身も手が震えている。
それにしても妙だ。ここまで大規模な妖獣界の侵攻があるはずなら他国とは言えど私の耳にも入るはずだ。確かに、私はここ1ヶ月は任務は無かったので神界に行ってはいない。しかし、連絡無しというのも変な話だ。
「皆んな! 孤児院の中に」
私は子供たちを孤児院の中に避難させようと指示を出そうとした。理由は孤児院には地下室があり、そこなら身を隠せると思ったからだ。
しかし、私がその言葉を発する事なく幾つもの何かが孤児院一帯に墜落する。孤児院は燃え上がり、私は瓦礫の下敷きになる。
「グゥッ…………… 皆んな! どこ!?」
私は瓦礫を何とか払い除け、土埃と煙で視界が遮られながらも子供達を呼びかける。
「マザー! ここです!」
「キュウビ!」
私はキュウビの声が聞こえたので、声の元へと駆けつける。砂埃を払いながら進むと、キュウビ・白虎・グール・雷獣の四人の子供達がいた。
「雷獣、頭から血が出てるけど大丈夫?」
金髪の色白で病弱そうな子の名前は雷獣。数ヶ月前からここに来たばかりだが年齢はキュウビ達と一緒だ。
「うん、少し痛いけど大丈夫だよ。」
雷獣は少し照れながら出血を抑える。
「グールと白虎、キュウビの三人は大丈夫そうね。他の子供達は?」
私がそう問いかけるとキュウビと白虎は頭を下に向けて震える。そんな中、褐色肌で青髪のいかにもヤンキーと言った目つきをしたグールが申し訳なさそうに私の前に来る。
「マザー、生き残ったのは俺たちだけだと思う。俺たち四人はたまたま瓦礫の下敷きにならなかったが、辺り一面に血生臭い臭いが充満してた。それに、魔力を感じなかった……………!」
「うそ…………………………」
私は膝から崩れ落ちた。何故だ、何で子供達が犠牲にならなければならないのだ! こんな事はあの三人だけだと思っていたのに………………!
「おうおう、全員まとめて殺したと思っていたのに、生き残りがおるのは聞いてねーよ?」
「だれ!? 」
私は四人の前に立つ。土埃の奥から声の主が現れた。
「妖獣が一匹二匹…………ん? 五匹か? あ? だが、この魔力………………」
不思議そうに首を傾げながら現れた男は、黒い犬の顔をしており上裸で、腰に金色のジャラジャラとした飾りを付けている。先に天秤のような物が施された自らの身長ほどはある杖を持っている。
しかも、男の隣にはソウルハンターであるリザードが十体ほど並んでいる。リザードは妖獣や人間を殺す役目を担っているものだ。このままだとまずい………………!
「あ、ああアイツが神なのマザー!?」
雷獣は私の裾に泣きつく。キュウビは呆然としており、白虎は足腰を震わしている。そして、グールは男を睨みつけている。
「あん? マザー? ああ! てめぇ! もしかしてエ」
「逃げなさい! 早く!」
私は男の言葉を遮る。黒い犬の頭をしたこの男の正体はエジプト神王国のアヌビスで間違いない! 直接会った事はないが奴が神である事は事実だ。
「ええ!? でも、マザーが!」
白虎がさらに私の裾を掴む。しかし、それを私は振り解く。
「行きなさい! さぁ、早く!」
「嫌だ! マザーを置いて行くなんて出来っこねぇよ!」
グールは私に対して反発する。こんなヤンキーみたいな見た目のグールだが、私には一回も反抗してこなかったのに…………………
「ごめんなさいっ! あなた達! 誰かの正義は誰かの悪である! この言葉忘れずに生きるのよ! 」
「マザーッ!!」
私は四人を魔力で思いっきり吹き飛ばす。孤児院のある崖の下には湖が広がっているので死にはしないだろう。突き飛ばす瞬間、キュウビと目が合ったが私の覚悟を分かってくれたのかキュウビは涙ぐんでいたが無言で頷く。
「おいおい! お前、自分がやった事分かってんのか!? エキドナァ!」
アヌビスは目を血走らせながら杖を地面に思いっきり叩きつける。
「あら、私の名前を知っているのね。」
「あぁ、テメェはエジプト神王国では有名だ。なんせ妖獣とママゴトしてるんだからよぉ! 」
アヌビスはゲラゲラ笑う。ママゴトかぁ、確かに私がしている事はママゴトかもしれない。でも……………
「っさい。」
「ああ? なんか言ったか?」
「うるさい! 私はあの子達の母親なの! 子を守るのが親の役目でしょ!」
アヌビスはため息をつく。そして、私を一瞥すると、
「実は今回は全ての神王国での妖獣界全体の侵攻なんだ。ここら辺の地区は俺らエジプト神王国が担当しててなぁ! テメェの所のギリシャ神王国も来てると思うぞ?」
「え………………」
初耳だ。てっきりこの地区にエジプト神王国が攻めてきたのだと思っていた。アヌビスの言い分が正しいのであれば、全ての神王国が妖獣界に攻めているという事? 何故、ギリシャ神王国も攻めるならば私に連絡が来なかったのだ!?
「お前、もしかして知らされなかったのか? プッ! クハハハハハハ! これは傑作だなぁおい! 神なのに今回の侵攻を何一つ知らなかった!? まぁ、無理もねえよなぁ? 妖獣にママゴトしてるんだらさぁ!」
私を指差しながらアヌビスは大笑いする。そうか、妖獣界全域を侵攻するというのに妖獣界で住んでいる私に知らすと万が一の事があるからか。確かに、事前に知っておけば私は妖獣界を率いて神に前もって立ち向かう準備をしていただろう。
「ハハハハハハ…………私だけ知らなかったのね。」
呆れて笑い声が出る。まぁ、半分神を裏切ってるみたいな私には確かに知らされるわけもない。
「お前を回収する様に頼まれてんだこっちはよ。さっきの事は目を瞑ってやるから、アイツらを連れ戻せ。そしたら今回の事は上には報告はしない。」
アヌビスは舌打ちをして私を見る。本心では裏切り者の私を殺したくてたまらないのだろう。
「それは無理な話ね。」
「ああ?」
うん、あの三人を手にかけてから私は決めたんだ。もうこれ以上家族を失いたくはない。それに、全てを解決するための道のりの半分にも私はたどりついていない。ここで、キュウビ達を連れ戻すわけには行かないんだ。
「だって、私はあの子たちのマザーだもの。悪いけど、貴方にはここを退いてもらうわ。」
私は、自分の武器である黒い仕込み傘を手に取る。そして、修道服を身につけたマザーの姿からエキドナとしての姿に変わる。
「さっきよりは魔力がかなり高くなったな。ま、裏切り者には重い罰をしてやらなくちゃなぁ!」
アヌビスは杖を片手に私の元に駆ける。横にいるリザード達は微動だにしない。
「呪炎 陽炎!」
私の周りに紫色の炎でできた剣が10本ほど舞う。そして、その剣はアヌビスの方へと突き進む。
「そんな豆鉄砲聞くかよぉ!」
「な………………!?」
アヌビスは、杖で全ての陽炎を一度で弾き飛ばすと、私の腹に強烈な蹴りを入れる。
私は痛みに思わず地面に伏す。エジプト神王国の幹部ではないアヌビスは神の階級としては私と同じぐらいなはずだ。なのに、陽炎を一度で吹き飛ばすなんて何かがおかしい。
「おいおい、エキドナは学校を首席で卒業したって聞いたから、どんな凄い奴かと思ってたけどよ、こんなもんかよ!」
横になる私の頭をアヌビスは杖で何度も踏みつける。
「ガアアアアアアアア!!」
「裏切り者にはぴったりの声だなあ!」
私は尻尾を掴まれ、リザードのほうに投げられる。微動だにしないリザードはまるで鉄で出来た壁のようで身体を激しく打ちのめされる。
「グハァッ! ハァハァ…………………」
フラフラと上体を持ち上げ、何とか立ち上がる。ダメだ、アヌビスは私よりも格段に強い。
「死ぬ前に一つ良いこと教えてやるよ。」
アヌビスは立ち上がった私に素早く駆け寄り、髪を掴んで私の顔と自らの膝を勢い良くぶつける。
「良いこと………………?」
今の攻撃で鼻血が吹き出した。頭が揺れた事により視界が定まらない。
「ああ、階級もお前と変わらない俺が何故、お前より圧倒的に強いかだ。」
アヌビスの今の言葉で確信した。やはり、本来だとコイツは私とほぼ同じくらいの実力のはずだ。しかし、何故か今はここまで格差が開いている。
「俺の魔力は信仰だ。この魔力は俺のことを称えている者が半径に20メートルにいる時発動する! 発動圏内に信仰者がいればいるほど俺の魔力は増幅し強くなる仕組みだっ! ま、今から死ぬお前には関係ないがな。」
自慢げにアヌビスは話す。アヌビスは私の首を片手で持ち宙に上げる。息ができない………………!
だが、コイツは本当にバカな奴だ。どっかの温室育ちの三人組を見てる気分だ。
「ありがとう、どうやら貴方は中々のバカみたいねっ!」
「グッ!? コイツ!」
私は、アヌビスが完全に油断した隙に身体を回転させて尻尾を横顔にぶつける。一瞬だけ揺らいだ隙に私はアヌビスを吹き飛ばす。
「本当にバカね。手負いの獲物ってやつが一番怖いのよ? 呪炎 畔火!」
右手に魔力を集中させて、私の右手は紫の炎で覆われる。
「一体信仰者が壊されたぐらいでは俺とお前では格差がかなりある! お前が壊すスピードよりも俺がお前を壊すスピードの方が断然速い!」
焦ったアヌビスは横顔を押さえながら私の方に襲撃する。
「残念、私の方が速いわ。」
紫の炎で覆われた私の右手をリザードの足にそっと付ける。すると、連鎖するように全てのリザードを紫の炎が襲う。一度でも呪炎が付いたリザードは耐えきれなくなったのか爆発する。
「な、なにい!? なにが起きた! お前は一体しか破壊してないはずだ!」
アヌビスは杖を持つ右手をガクガク震わせながら、私を杖で指差す。
「そうね、私にヒントをくれたのだし教えてあげるわ。私の技の一つである畔火は一度触れた物と全く同じ物にも同時に攻撃できる技なの。まぁ、対象は命を持っていない事が条件なんだけどね。でも、相手によっては決定打にもなる技よ。貴方にとっては最悪の技かもね。」
本当にアヌビスが完全に舐めプをしてくれたおかげで助かった。もし、アヌビスがアポロンのような冷血な奴だったら私は殺されていただろう。
「黙れ! 神民上がりの雑魚がぁ!!」
「あら、私のこと以外に知ってるのね!」
そう、アヌビスの言う通り私は神民上がりと言われるものだ。神民上がりとは、両親が神民で神になった者、又は神民から神になった者に言われる言葉だ。アヌビスは両親も神である、いわゆる純血という奴だろう。
「くっ…………………!」
「やっぱり神民上がりは雑魚だなぁ!おい!」
1ヶ月任務無しで戦闘不足なのと、魔力消費の激しい畔火を使ったのがまずかったようだ。身体に力が入らない。
「くそっ!!」
私は傘の先についている銃口をアヌビスに突きつけて、魔力を放出する。しかし、アヌビスは傘ごと弾き飛ばす。
「無駄だ! もうお前には魔力が残っていない!」
アヌビスの言う事に間違いは無い。数ヶ月前の鈍っていない私だったら勝てたかもしれないが、今の私ではコイツには勝てない。
「でも、足掻くことぐらいはできるでしょう? 呪炎 陽炎!!」
私はアヌビス目掛けて最後の力を振り絞り、たった5本の陽炎を放出する。しかし、たったの5本だ。それに魔力を消耗しすぎて所々欠けてしまっているモロイ剣が生成される。
「小賢しい! 本当に残念だなぁ!」
残りカスのような陽炎は全て一振りで掻き消される。どうする、私の命は神だから三つある。一つ犠牲にして禁術を発動して魔力全回復をするか?
「いや、ダメよ。この三つの命の使い道はあの三人を殺した時に決めたじゃない。」
確かに、魔力を全回復すればアイツには確実に勝てるだろう。だが、ダメだ! この三つの命には具体的に使う目的があの時から決まっている!
「ゴチャゴチャ独り言うるっせぇんだよ! 死ねええ!!」
アヌビスが杖に魔力を集中させる。そして、杖先をこちらに向けると凄い勢いで光線が放出される。
「まずい……………………わね。キュウビ…………………」
モロにアヌビスの全力の一撃を食らった私はバタリと倒れる。両手両足の感覚がない。地面に伏した私は手足の安否を見ようとするが首が動かない。
ダメだ、意識が遠のいていく……………まだ、死ぬわけには……………… アレには三つの命が………………………
ここで、私の視界は完全に真っ暗になった。いわゆる、これが死後の世界というやつだろう。神である私は第二の命が起動するはずだが、中々起動せず俄然、視界は暗黒だ。
暗闇の中でどれぐらい過ごしただろうか。
しかし、目覚めの時は急にやってきた。久しぶりの光が私の両眼を襲う。
「ここは…………………?」
目が覚めた場所はアヌビスと戦っていた妖獣界ではなくベッドの上だった。起き上がると、私はどこかの個室に居た。窓がない個室はどんよりとしており、部屋にはベッドと小さな机と椅子しかない。
「…………………ん? 身体が痛くない。命も三つある………」
私はあの時アヌビスに殺されたはずだ。なのに、命が三つ無事だし、身体にはかすり傷ひとつない。
「おかしい、私はあの時アヌビスに殺されたんじゃ………………」
何かが変だ。私の身に何が起きた? それに、あの日からどれぐらい経った? キュウビ達は無事なのだろうか。
私はベッドから起き上がろうと上体を起こす。しかし、その瞬間、扉がガチャリと開く。
「目覚めたか、エキドナ。」
扉を開けた主はギリシャ神王国の神王 ゼウスだ。ゼウスの目を見た瞬間、鳥肌が立つ。そうだ、私は神を裏切ったのだった。ゼウスに殺されるのがオチではないか。
「ゼウス様………………」
「だから、我は最初に言ったではないか。」
ゼウスはため息を吐くと、ベッドの横にある椅子に腰掛ける。そして、私の両眼を見つめる。
「妖獣にあまり感情移入するなとなぁ!」
ゼウスは机をドンと叩き、粉々に破壊する。思わず、肩がビクッとなる。
「本来であれば反逆罪で死刑だが、今回は特例だ。」
ゼウスはそう言うと、私のベッドの上に私が戦闘の時に付けるピエロの仮面と黒い仕込み傘を投げる。
「え……………………?」
頭をクシャクシャと掻き毟るとゼウスは、
「アヌビスがお前の両手両足を破壊してお前を気絶した後に、日本神王国の三極神の一人、太陽神 アマテラスがお前を庇ったんだ。」
アマテラスという名前を聞いて私は驚いた。確かに、私が神界で一番仲良くしてもらっていた人物である。数少ない私の志を打ち明けた人ではあるが、そんな命の危険を犯してまで……………
「アマテラスさんが…………………私を?」
「ああ、そして保護されたお前は治療されて数日間寝ていて、今目覚めたわけだ。最初、我はお前を殺すつもりだったが、アマテラスが直々にギリシャ神王国に単身でやってきてな、エキドナを殺さないでくださいと頭を下げにきたのはビックリした。」
三極神とは、日本神王国のみにある階級の事で、神王の次に高い階級だ。わざわざ、他国まで来て頭を下げるなんて聞いたことがない。
「そんな、私のために……………………」
「流石の我でも美女には弱い。麗しの大和撫子には敵わ無かったな。」
ゼウスは呆れ顔と微笑を顔に浮かべる。私の命はアマテラスさんのおかげで繋がれたと言っても過言ではない。
ベッドから出ようと私は布団を払い除けようとする。その時、何かが右手に握られている事に気付いた。
「これは………………」
手のひらには紙切れが丸められて握られていた。開いてみると、達筆で何かが書いてある。
そこには、
「貴女の信ずる道を歩みなさい。貴女ならきっと出来る。 アマテラスより。」
と書かれていた。アマテラスさん……………!
「どうかしたのかエキドナ?」
「い、いえ何も無いです。」
ゼウスに感づかれないように咄嗟に私は手紙を再び握りしめる。
「まぁ、そういうわけだ。お前にはもう一度チャンスを与える。」
「チャンスですか?」
チャンスとはどういう事だろうか。裏切りという大穴を埋めるほどの何かをしなければならないのだろうか。
「ああ、任務だ。今から人間界を侵攻しろ。そして、ソウルの回収と例の小娘の情報、もしくは出来ないとは思うが例の小娘の回収をしてこい。」
今から人間界を攻める? しかも、この言い方だと私の軍隊だけの単独任務のようだ。それに、例の小娘って……………
「分かりました。しかし、例の小娘がどうして人間界に?」
キュウビ達があの後逃げたとしても、神の包囲網から逃げれるわけがない。
「嵌められたのだ我々は! 妖獣共に!」
ゼウスは怒り、座っていた椅子から立ち上がり、片足で粉砕する。
「奴らには命が二つあったのだ! そして、そのあとどうやら人間界に逃げたと言うのだ! 我らは奴ら奴隷に命が二つあるとは知らなかった……………!」
その時、私はピューさんの言葉を思い出した。妖獣には命が二つあるって言ってたな。
「しかし、小娘が生きている保証はあるのですか?」
だが、キュウビが二つ目の命を発動できたとは限らない。二つ目の命を使うには強い意志が必要だからだ。
「奴は生きている。」
ゼウスのその言葉で私は胸の重荷が一つ取れた気がした。キュウビのそばにいた三人も無事なはずだ。
「実は、数日前にエジプト神王国が人間界を攻めてな、その時に、九尾の狐と名乗る者がいたらしい。そいつの魔力をデータ化して種子を植え付けたオーディーンに見せたところ、失敗作の例の小娘だと言うことが分かったのだ。」
どうやら本当にキュウビは生きているらしい。良かった、命は三つあるしキュウビ捜索の任務の二つの条件が揃った。アレが出来る!
「分かりました、その任務こなして見せます。大穴を開けた信頼は必ず埋め戻します。」
「お前ならそう言うと思っていた。外にお前の隊とスネークとリザードを用意している。頼むぞ、エキドナ。我を二度と悲しませるなよ。」
私はゼウスには返事せず、無言でピエロの仮面を被る。そして、黒い仕込み傘を右手に持ち部屋を後にする。
細い通路でアヌビスとすれ違ったが、特に何もなく素通りする。
建物を出ると、私の隊が一列に並んでいる。隊の一人が私にこう言う。
「エキドナ様! スネークとリザードも準備出来ております! 出動準備完了です!」
さぁ、始めましょう。私の正義の物語を!
これで、全てを綺麗に終わらせる
えー、いかがだったでしょうか! 私、自身初の短編小説なんでとても緊張しましたし、ちゃんと書けたかは不安でたまらないです!
今回の番外編は本編では敵である神に焦点を当てて物語を作ってみました。本編とは違う見方で神を見ることが皆さん出来たら作者としては嬉しい限りです。
課題やリアルの用事のせいで中々執筆する事の出来ないダメな作者ではありますが、読んでくださる読者様がいる事が何よりも嬉しいです。
コロナウイルスで大変な時でありますが、皆さん一致団結して乗り切りましょう! 私も、コロナで遠隔授業が主になったので今までよりは執筆できると思います。
最後はいつも通り終わりましょうか。下手くそです! アドバイスお願いしますっ!!
あ、本編見たこと無い方はこちらhttps://ncode.syosetu.com/n3333ds/からお願いします。
おい! 最後に宣伝するなってエキドナに怒られそうですね笑