四話 千齢の石②
とある一人の少女が眠りから目覚めた。
「......ここは?」
周りを見てみると、そこはどうやら病室のようで、ベッドの横には綺麗な花が飾られた花瓶が置いてあった。
「っ⁉︎ ハルイチは!ハルイチはどこ⁉︎」
その少女が慌てながらそう叫ぶと、部屋の外から白衣を着た中年くらいの男が彼女のもとへとやってきた。
「ようやくお目覚めになりましたか。」
「あ、あなたは?」
「私は医者です。」
「ハルイチは!ハルイチは今どこに!」
少女は医者の両肩を持ってグラグラと強く揺らした。
「安心くださいマルルさん。彼は元気ですよ。」
「げ、元気......!よかった......」
「今は用事で外していますが、毎日のようにここに来て、いつもあなたの側についていましたよ。その花瓶も彼があなたにと用意したものです。」
「ハルイチ......」
彼女は自分が助かった事実よりも、彼が無事であったことが嬉しくて嬉しくて、嬉しくて仕方がなかった。
しかし、ここであることを思い出す。
「ドクター。今の西暦は何年ですか?」
彼女がハルイチと出会って、眠りについたのが2375年のことだ。
彼女の問いに医者は若干の躊躇いをみせたが、一呼吸ついて「落ち着いて聞いてほしい」と伝えてから、その質問に答えた。
「今は、2457年です。」
彼女は言葉が出なかった。
約80年。
それが彼女が眠っていた時間だ。
「じゃあ......ハルイチはあの暗い暗い洞窟で......たった一人で......それだけの時間過ごしたと、そういうことですね......」
想像もつかない。
80年という、人が本来一生をかけて使う時間を彼は孤独に過ごしたと言うのか。
医者は彼女の眠りについた後の彼の動向について教えてくれた。
「彼がコロニーに戻ってきたのは、2年前のことだ。氷の中にいる君を連れて、一体どれだけの道を歩いてきたのか。私が君を預かるように彼に頼まれた時、彼の体は傷だらけだったよ。それでも彼は歩みをやめず、今度は君が齢力で失った寿命を取り戻せるように、必死に世界各地を回るようになった。そしてついに彼は君を救うことができた。」
自分の体に強い齢力が流れているのを感じた。
迫ってくる死に怯えていた時は明らかに違う、強い齢力の流れだ。
「早くハルイチに会いたいです。」
「もう彼には連絡してある。用事が終われば、きっと君を迎えにくる。とりあえず今日は安静だが、明日には退院して構わないよ。」
そう言うと、医者は部屋を出て行った。
そして日が暮れて、完全に夜が深まったころ、彼女の病室を訪ねるものがいた。
「すまない。お前が目覚めた時は、俺が一番最初に会ってやると決めていたのだがーー
彼の話を遮るように彼女は彼のことを強く抱きしめた。
彼も何も言わず、彼女が満足するまでその腕の中から動かなかった。
「王女様?会ってからまだ5日しか経ってない男にハグなんて、国民の方々が見たら、なんと言うか。」
「5日じゃありませんよ。もう80年以上経ってます。だから誰も文句は言えないし、言わせません。」
「フッ......そうだな。」
「ちょっと何笑ってるんですか!」
「悪い悪い。」
彼の見た目にほとんど変化はない。
しかし、変わっていないのは彼の心もだ。
彼女はそう感じた。
「私はあなたから80年分も愛を貰いました。だから今度は、私があなたに80年分の愛を返す番です。」
「80年分の借金を返すのは大変だと思うが?」
「ふん!女を舐めないでください!男の愛なんかとは比べものにならないですよ!」
彼は笑っている。
でも、目は赤くなっていて、唇は震えている。
それでも決して笑顔を崩さず、
「じゃあ、期待している。」
そう言って、今度は彼女にキスをした。