三話 千齢の石①
目を覚ますと、そこは狭い洞窟の中だった。
寝ていた俺の近くに火がパチパチと紅く燃えている。
「ここはどこだ?」
体を起こし、辺りを見回す。
「私も色々と調べましたが、正確な位置は全くわかりません。」
「お前......無事だったのか!」
「二人とも生き残るなんて奇跡です。」
「この火はどうしたんだ?」
「破った服や持ち物を使って、数時間かけてなんとか火種をつくりました。」
地面には彼女が試行錯誤した後の残骸が散らばっている。
「いつ役に立つのかわからなかった王族の英才教育とやらが偶然役に立ちました。」
「王族......?」
少女はとても小柄で年齢は10歳程度に見える。しかし言葉遣いは丁寧でその凛とした様子も見た目とは不相応に見える。
「お前は一体何者なんだ?」
俺が訪ねると少女は来ていたコートを脱ぎ捨てた。
そしてコートの下には白いドレスが。
「自己紹介が遅れました。私はスリーヘイル・マルル王女。七大国の一つ『フラン・スリーヘイル王国』の第一王女です。本来、守秘義務を伴う内容の話ですが、今は緊急事態、あなたには正体を明かします。」
「正体を明かす......か。まぁこの地獄の世界で王女様かどうかなんて、この際関係ないとは思うけどな。」
「まぁ......そうですね......。あの......反応薄くないですか?」
「元々王族や貴族に興味はないからな」
マルルはため息をつくと銀色の髪を揺らしながら俺に背を向け、洞窟の奥へと歩いていく。俺もその後ろを歩いた。
「で、マルル王女。年はおいくつなんですか?」
「いまさら敬語なんてやめてください。後、男性が女性に年齢を尋ねるのは私が王女でなくとも失礼な話です。」
「それは失礼。そうだ、一様俺の自己紹介も聞いてもらってもいいか?」
「是非。お願いします。」
「それではお構いなく。名前は青鳥ハルイチ。年は17だ。生まれも育ちも『第7』だ。まぁ簡単にいえば『平民』だ。」
「まだ17歳......。本当にごめんなさい。あなたの人生は私のせいでーー
「さっきも言ったはずだ。俺は地下で人生を終えることが嫌だった。だがこうして今、外の世界に俺はいる。これならいつ死んでも文句はないって一様自分には言い聞かせてる。ていうか、お前の方が俺よりずっと若いだろうが。」
俺とマルルは何か使えるものがないか探しながら、洞窟を探検することにした。
奥に進むにつれ、息が白くなっていき、気温が下がっていっているのがわかった。
「ハルイチさんは『齢力』についてどれくらいの知識がありますか?」
「王族や貴族達が持ってる超能力のようなものってことだけは。後、呼び方はハルイチでいい。」
「では今後のために『齢力』というものについてあなたに教えましょう......ハルイチ......。」
マルルは近くの土壁に手のひらを当てて
「《齢力発動》!」
そう唱えると手が触れたところから壁全体へ、キシキシと音を立てながら霜が貼られていく。
氷が壁一面を覆うころ、洞窟全体はさっきにも増して冷え込んでいた。
「本当に超能力みたいだ。これまでいろんな文献に目を通してきたけど、こんな現象に関する記述は見たことがない。もっと見せてくれ!」
壁についた彼女の手を取り、じっくりと全体を見ながら観察をしようとした。が、すぐにマルルは手を振り解いた。
「はぁ......あなた、静かな感じの人かと思っていましが、......意外とグイグイくる方なんですね。そういう人嫌いじゃないですけど......」
顔を少し赤くしながら、握られた手をもう片方の手でさする。
「でもごめんなさい。この齢力はそう何度も連発できる代物じゃありません。齢力を使うには必ず代償がいるのです。」
「代償?」
「それは『寿命』です。」
「それは一体どのくらい?」
「1秒間齢力を使うと、約1日分の寿命が失われると言われています。私は既に120年の齢力を失っています。」
「120年だと⁉︎じゃあお前は......!あと何年......」
「貴族の平均寿命は約130年と言われています。そして私は今11歳。残された時間は少ないのです。といっても、これは過剰な齢力使用が招いた自業自得の結果です。」
眼前に突きつけられる『死』の重さを、泣きもせずに喜作に語る少女の小さな体を見て、より一層感じた。
「で、俺の中にある『センレイ』っていうのに、お前の寿命がどう関係しているんだ?」
「そこが話の本題です!『センレイ』、正式名称は『千齢の石』。これを手にしたものは数千年の寿命を手にすると言われています。」
「なるほどな」
「えぇ」
「ん?今、数千年と言ったか?」
「数千年と言いました。」
「話が全て突然でごめんなさい。でもハルイチには全てを知った上で協力してほしいのです。あなたの『齢力』が判明すれば、この砂嵐の地獄から生還することができるかもしれません!」
「数千年の寿命をもつ俺はお前と違って、齢力を好き放題連発できるわけか。」
「そういうことです。ですが......」
「どんな齢力か検討もつかず、途方にくれているという状況か。」
「はい......完璧な考察ですね......」
落胆したような声を出した後、マルルは地面に座り込んだ。地面に置いた手を握りこんで土を掴み、こみ上げる悔しさを静かに抑え込んでいる。
「質問をいくつかしたい。いいか?」
「はい、なんでもお答えします。」
「まず一つ。お前はなぜ千齢の石を持って逃げていた?あのタトゥー男と何か関係があるのか?」
「あなたが手にした千齢の石は元々、私の祖国、スリーヘイル王国に保管されていたものです。しかし現国王である私の父、シャルラードの政策に反感を強めた反国王派が、数日前、宮廷内で突如反乱を起こしました。父や家族は捕らえられ、私は命からがら脱出しました。その際に何としてでも死守しなければと思い、宝物庫から千齢の石を回収しました。」
「スリーヘイルで貴族の反乱?初めて聞いた。そんな大事件、その日にニュースで取り上げられていてもおかしくないはずだがーー
「おそらく何かしらの隠蔽工作を用いているのでしょうが、今問題なのはそこではありません。」
「あの追っ手のことか?」
「はい。最初は反王国派の差し金かと思っていました。しかし、彼等の根本の目的は私の『暗殺』ではなく、千齢の石の『奪取』でした。今回の反乱自体、裏で何者かが操ったのではないか。私はそう考えています。」
「お前の現状について大体は掴めた。二つ目の質問だ。『千齢の石』によって得られたのは寿命だけか?」
「いいえ。石と一体化したことで身体構造が完全に変容し、飲まず食わずで寿命があるかぎり永遠に生きることができるようになっています。そしてあなたの体には常に石から齢力が供給されているため、老いることがありません。」
「なるほど、まるでバケモノだ。」
手や腕を触ってみても、特に違和感は感じない。けれどもどこか自分の体が今までのものとは違っているのは薄々感じ取れた。
「そういえば食欲も喉の渇きも、何も感じない。『まるで』じゃなく、本当にバケモノなのか。今の俺は。」
するとマルルは立ち上がることなく座ったまま、手を地面につき、頭を深々と下げた。
「全ては私の不注意が起こしたことです!私はあなたが生きて元の生活に戻るため、この命をかけて、あなたをサポートします!どうか......どうか......こんな私を許してほしい......」
一国の王女が見せた土下座はこれまでにみたどんな土下座よりも長く続いた。
長い沈黙だ。
彼女の体は本当に小さかった。
あたりまえだ。まだ11歳だ。
俺の腕は自然と動き、彼女を抱きしめていた。そして胸にそっと引き寄せ、震える少女の背中をゆっくりとさすった。
「ちょ!......な、何を⁉︎」
「俺は今ここで誓う。マルル王女、俺は君を絶対に死なせない。この命、数千年の命をかけて誓う。必ず君を救う。」
「な、何を言ってーー
「抱え込むな。悲しみも悔しさも全て俺に吐き出せ。俺は数千年も生きるんだろ?たかが数時間程度の愚痴くらいなら、受け止めやるさ。」
「あ.....ありがとう......ありがとうございます......」
しばらくの間彼女は俺の胸に顔を埋めていた。
「落ち着いたか?マルル」
「あなたのせいですから、ハルイチ。」
「ふっ......まだ会ってから半日くらいしか経ってない二人の人間がここまで親密になれるとは、洞窟の雰囲気も悪くないな。」
「吊り橋効果っていうのも大きいと思います。」
「だな。では最後の質問だ。千齢の石を取り込んだ時に夢みたいなものを見て、そこに現れた姿の見えない話の相手が『悪魔』と名乗っていたんだ。」
「悪魔......?」
「知らないか?」
「ごめんなさい、知らないです。でもそんな話聞いたことがありませんよ?......悪魔?」
「わからないならいいさ。」
「ごめんなさい。結局力になれてなくて......」
「大丈夫だ。これからは俺がマルルを救う。だから余計な心配はするな。」
俺は洞窟の入り口に立ち、無数の竜巻が立ち昇る暗闇に包まれた地獄のような世界を見た。
「さて、これからどうするか。」
俺とマルルが洞窟に籠もってから5日が経過した。
ほぼ飲まず食わずの生活にマルルは体力を消耗し、齢力を消費しながら一日一日をなんとか生き延びていた。
一方の俺は喉の渇きも空腹も何も感じず、眠気すら感じなくなっていた。
「もし俺の齢力が分けられたら......」
「き......気にしないで......ください......。私は大丈夫ですから......」
このままではマルルが保たない。
しかし、この打開するための方法がわからない。
何度か洞窟の外に出て、辺りの様子を見てみたが、草木一つ生えない大地が続くだけで、遠くを眺めようにも砂嵐が邪魔をする。
「何か......何かないのか?」
俺はその日一日を使って思考を回し、そしてついに一つの策を思いついた。
「マルル、お前の齢力は自分自身にも使えるのか?」
「か......可能ですが......いったいなにを......するつもり......ですか?」
彼女の死は近い。
たとえここから脱出し、コロニーに戻ったとしてもそれを解決する方法があるのかは不明だ。
仮に存在したとしても、それに辿り着くまでかかる時間は想像もつかない。
だから俺は思いついた。
「自分の体を氷結させ、コールドスリープ状態にするんだ。」
「っ⁉︎ そ......そんなふざけた作戦......本当に成功すると?」
「今、お前にできる延命措置はこれしかないんだ。すまない。受け入れてくれ。」
「私のことはどうでもいいのです!あなたは、あなたはこの地獄の世界で!たった一人で生きていくということですか!」
マルルは弱った体を地面に寝かせながら、それでもなんとか腕を動かし、俺の服を強く掴んでそう言った。
「そうだ。」
そう答えることしか、俺には出来なかった。
「そんな......そんなこと私にはできません......」
「安心しろ孤独は慣れてる。それに俺にも『齢力』があるんだろ?この能力の正体がわかったら、すぐにでもここを脱出してコロニーに戻った後、お前を何とかして助け出す。だから......それまで、待っていてくれ。」
俺は彼女が掴んだ手を握った。
そして泣いている彼女を抱きしめる。
どんな生物も生きることが許されないこの世界で、俺と彼女の二人だけ。
背中にあたる風は冷たく、胸に引き寄せた彼女の温かさがより強く感じられた。
「それではハルイチ。私は眠ります。
マルルは洞窟の奥にある小さな壁の窪みに立ち、俺に別れを告げた。
「変に緊張する必要はない。目を閉じるだけ。本当に一瞬だ。」
「ハルイチ、約束です。」
「ん?」
「必ず!必ず生きて!また私を抱きしめてください!」
「あぁ。約束する。」
それを聞くと、マルルは安心したように笑みを浮かべ、目をゆっくりと閉じた。
そして、、、
「《氷結》」
マルルの体は青色の氷に包まれた。
「全く......こういざ一人になってみると、孤独ってのは辛いものだ。」
俺は彼女に背を向け、たった一人の世界をたった一人で歩き始めた。