二話 大気接続②
『接続開始』
その言葉と共にコロニー全体が大きく揺れだし、街中のシャッターがガタガタと大きく音を立て始める。
「ふぅ・・・そういえば。大気接続をこの目で見るのは初めてだな。楽しみだ。人生の最後に見る景色としては割に合っていそうだ。」
額から冷たい汗が垂れた。
全身の筋肉が硬直する。
すると
「ぃたたっ・・・」
少年が頭を抑えながら、ゆっくりと起き上がる。
「お、起きたのか?」
「ぅ・・・あなたは・・・?ていうか、この揺れは何ですか?」
少年は困惑した様子で揺れるコロニーを見回す。
「大気接続が始まったんだ。君を連れて家へ帰ろうとしたが、間に合わなかった。すまない。」
「大気接続!?そうか、私さっきの戦いで気絶して・・・っ!千齢の石は!あの石は?」
少年は服のポケットを探すが石は見つからない。
「石ってあの光る石のことか?」
「その石!あなた、石の場所を知ってるのですね?今すぐ教えてください!あれはとても大切なものなのです!」
「そうなのか。」
(どうせ死ぬから、今さら石なんて関係ないが)
「って、どこだ?さっきまですぐそこにあったはず。変な夢を見る前はここにーー
「変な夢ですって!?」
「あぁ、なんか齢力がどーとか言っていた。」
「そ、それは・・・なんてこと・・・」
ひどく落ち込んだ様子の少年を見て困惑した。
「てか、本当に石はどこにーー
「あなたの体の中です。」
「は?」
「あなたは手にしたのです。あの『千齢の石』を使って『千年の齢力』を。」
「すまん、全然意味がーー
「話している時間はありません!単刀直入に伺います。生きたいですか?」
少年は顔を隠していたフードをバサッと脱ぐと俺の両肩に強く手を乗せ、言い放った。
そしてフードの下から現れたのは銀色の美しい髪の『美少女』だった。
「お、女!?」
「今はそれどころではありません!問いへの返事は!」
「も、もちろん・・・YESだ。」
「わかりました。では、今から私の指示に全て従ってください。二人とも生きる道はそれしかありません。」
「わ、わかった。」
大気接続とは、年に数回行われるコロニー内の空気交換だ。コロニーは地下数百メートルから地上へ上昇し、外壁を開放する。この数分間、街は立つことさえ許されない強力な嵐に晒され、鉄のシャッターで覆った家の中でジッとしているしかない。
コロニーがゆっくりと地上へと上がっていく。足に伝わってくる振動が次第に大きくなり、そのうち立っているのも辛くなった。
もう残された時間は少ない。
「言ったことは全て覚えましたか?」
「あぁ、一字一句覚えた。だが、実際に成功するかはわからない。しかもーー
「不安を口にする時間も惜しいです。言った通りにお願いします。」
「・・・わかった。」
俺は手を目の前に突き出した。
そして息を大きく吸って、叫ぶ。
「《齢力発動》!!」
何も起きない。
「・・・・・もう一度」
「《齢力発動》!!」
何も起きない。
「・・・・・もう一度」
「《齢力発動》!!」
何も起kーー
「どうして!?」
「俺の知ったことか!」
銀髪の少女は崩れ落ちるように地面へ両手をついた。
「私の人生はここで終わるのですね・・・」
「おい諦めるな!俺の人生だって掛かっているんだ。」
「でしたら、《発動》させてください!」
「だから!俺の知ったことか!」
「齢力の発動にはキーとなる『意志』が必要なのです。しかしこの緊急事態にその『意志』を調べている時間はありません!」
「つまり?」
「齢力は『抽象的な意志』でも発動します。例えば、私の齢力は『氷結』ですが、『凍れ』と考えるところを『固まれ』と考えても発動します。多少威力は落ちますが、これなら、わからないあなたの能力も使えるかもしれません。」
「とは言っても、なんと考えていいのか」
「『燃えろ』でも『爆発しろ』でと、なにでもかまわないので考えてください。」
「随分と適当なこと言うんだな。」
その後、色々と思考を回したが齢力らしきものは発動しなかった。
そしてコロニーが地上へと辿り着いた。
「飛べ!止まれ!沈め!壊れろ!死ね!失せろ!」
「段々汚い動詞が増えていますよ。」
「はぁ・・・はぁ・・・全然ダメじゃないか。お前の齢力でどうにかならないのか?」
「残念ですが、それは叶いません。私の齢力はものを凍らせる力。地上で吹き荒れる風に耐えうることはできません。」
「そうか・・・」
もうひと通りやって、ついに諦める決心がついた。もう一度地面へ座り込み、天井を見上げる。
天井がスライドしながらゆっくりと開いていく。ヒューという風の音が聞こえる。
「申し訳ございません。私を助けてくださったあなたに恩を返せませんでした。」
「いいよ別に。どうせ地下でモグラみたいに死ぬなら、こうして『空』を見ながら死ねるのなんて贅沢な話だ。」
開かれていく天井から空が見えた。
思っていた通り、嵐のせいで何も見えない。青くもないし、白い雲もない。ただ暗い世界。
そして街を嵐が襲った。