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一話 大気接続①

 人間は『差別』をする生き物である。

 21世期、現在存在している『差別』といえば、国、肌の色、言葉、収入など。挙げればキリがない。


 だが23世紀。この『差別』はたった一つの『差別』へと集約された。

 それは【寿命】という人類史において未だかつて一度も確認されていない不可思議な『差別』であった。


 21世記末。世界人口は150億にまで膨れ上がっていた。

 しかし約1世紀を掛けて生み出された超科学によって食糧問題は容易に解決した。

 さらに石油を中心とした旧資源から地熱や風力、太陽光などの新資源によるエネルギー生産が進んでいた。これにより地球温暖化はある程度の終息を見せていた。

 人類は文明誕生から5000年以上も経て、ようやくたどり着いた。

 生物としての『完成形』へ。


 だが、そんな超越的生物の存在を神は許さなかった。

 西暦2150年8月16日。

 地球へ彗星群が降り注いだ。

 直撃した彗星は大地を割り、海を蒸発させ、人類が数千年かけて作り上げた世界を一瞬にして白紙の地図へと書き換えた。


 しかし、彗星と共に『あるもの』が地球へとってきた。

 ウイルスである。

『サタン』と名付けられたこの未知のウイルスは生き残った人類を次々に殺し、人類の平均寿命は120歳から60歳まで低下した。

 しかし、『サタン』は寿命と引き換えに人類に『力』を与えた。

 それは本来起こり得ない魔法のような『力』であった。


 人類は白紙となった擦り切れた地図に、新たな線を引き始めることとなる。



「『運命の日』からしばらくして、世界はいくつかの大国と数千もの小国へ分裂し、絶え間ない争いが1世紀以上続いている。現在、我が『大和東洋連邦』は旧アジア圏を支配する七大国の一つである。」


 時計の針が12を指す頃。

 眠たい社会科教師の授業が耳へと流れ込んでくる。

 もうすぐ正午だと言うのに空は暗い。

 というか、空なんてない。

 誰も空を見たことなんてない。


「これで授業を終わる。14時から『大気接続』だ。今日はすぐに帰宅して自宅学習をするように。」


 俺たち人類は地上を捨てた。

 彗星の衝突により地球の磁場が歪み、天変地異と言われるような強い嵐が常に発生するようになった。

 そこで地下数キロに巨大な空間を掘り、そこへ生き残った人類が収容された。


「なぁハルイチ、今日の授業ノート見せてよ」

「キョウ。お前また寝てたのか。いいかげんちゃんとやらないと、進級危ないんじゃないか?」

「そうなんだけどさ、なんかどうも眠くて。やっぱ太陽の光浴びないと人間は本来の力を発揮できないんじゃない?」

「その問題は解決済みなはずだ。お前も毎朝薬を飲んでいるだろ?あれは地下生活で足りなくなる栄養素を補充しているんだ。だから眠くなるのはお前の不規則な生活習慣が原因だ。」

「ちぇっ、本当に厳しいなハルイチは」


 俺は青鳥ハルイチ、17歳だ。

 大和東洋連邦の第7居住区に住んでいる。

 今、俺と話しているのは丸山キョウ。俺の幼なじみだ。


「でもさ。僕は一度でいいから空ってのを見てみたい。青色で『雲』っていう白い綿みたいのが浮いてるって本には書いてあった。」

 コロニーの高さは約500メートル。天井と地面が何十もの柱によって繋がれている。

 コロニー内の明るさは天井全面に取り付けられた照明で調節され、昼間は明るく、夜は暗くなる。

「今地上に行っても嵐で空なんて見えないと思うがな。」

「はぁー、本当にロマンを潰しにくるね君は。」

「幻想は事実を知ったときに悲しくなるから嫌いだ。」

「まぁ君らしいよハルイチ。」


 地下に潜った人類は残された超科学を用いて『コロニー』と呼ばれる居住スペースを何万も作り出した。

 現在、大和東洋連邦には800を超えるコロニーが存在する。そのうち第1から第9までの居住区が最も大きいと言われている。


「じゃあハルイチ、また明日ね。」

「あぁ。後で授業ノート送ってやるから、復習しておけ。」

「おぉー優しいねハルイチ!」


 キョウと別れ。そのすぐ二軒隣の家へ入る。

 これが俺の家だ。

「ただいま」

「お、ハルイチ。今日は帰り早いねー」

 玄関で靴を脱いでいると慌ただしくドタバタて下着姿の姉が階段を降りてきた。

「ナツ姉、普段から外のこと確認しろと散々言ってきたはずだ。今日は『大気接続』だ。そして早く服をきろ。」

「あ、そっか。今日か!完全に忘れてたー。ごめんハルイチ、原稿の締め切りが迫ってて手が離せなくて。お願い!眠気覚まし用の飲物買ってきて!」

「はぁまたか。」

 姉のカヤは作家をしている。

 歳は27で俺とは10も離れているが、このようにだらしないアラサーである。

 両親が長期出張で家に居ない間、料理や洗濯に掃除、姉の買い物までほとんど俺がやらされる。

「全くこれだから20代後半にして彼氏の一人もできないんだ。」

「なにか言ったかい?」

 階段を上がりながら弟を鬼の形相で睨みつける。

「カフェイン摂取はほどほどに・・・」


 家を出ると少し急ぎ目で近くのコンビニへ向かった。

(接続まで後20分か。コンビニまで片道5分。ゆっくり歩いて帰る余裕はありそうだ。)

 そしてコンビニのある十字路に差し掛かった時。


「!」

 フードを深く被った小柄な少年が俺のすぐ横を走り抜けて行った。危うくぶつかるとこであったが、

「邪魔だガキ、どけっ!」

 それに間髪開けず数人の男達が少年を追いかけ、走って行った。

「今のは一体・・・」

 洗浄が始まる時間を思い出して、コンビニの方を見たが、すぐに振り返りさっきの集団を追いかけた。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・

 息を切らしながら、何とか男達を撒こうと狭い路地に入るフードの少年。

「クソっ、あのチビ。はさみ撃ちだ。お前らは路地の裏へ回れ!」

 目の下に蜘蛛のタトゥーが入った大柄の男が手下に命令する。


 そしてついに

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

「よくも逃げ回ってくれたなチビちゃん」

「せ・・・『センレイの石』はあなた達には渡しません!」

「この絶望的な状況で、まだそんな強がりができるのか。勇敢なこった。」

 フードの少年の背後にはタトゥー男の手下達がジワジワと迫っている。狭い路地に誘い込まれ、横は高い壁で逃げる事は不可能だ。

「センレイの石を使って何をするつもりですか!」

「そんなこと俺達に聞くな。俺達は受け取る金の分だけ仕事をする。お前が持っているそれを奪った後、契約先に渡して終わりだ。」

「やっぱり彼が裏で動いているのですね。」

「ま、俺らは金さえ手に入ればどうでもいい。チビちゃんも痛い目見たくないだろ?さぁそれを渡せ。」

 少年のロングコートの内側でキラキラと光る宝石のような物体。

「この石は絶対に渡しません。死んでも守ります!」

「そうか、それは残念だ。じゃあ痛い目見てもらおーか!《齢力発動》!」

 タトゥー男の体が紫色に発光し始めた。

 そして眼球は紫に染まった。

「そちらがそのつもりなら、こちらも実力行使させていただきます!《齢力発動》!」

 今度は少年の体が銀色に発光し、フードの奥の真っ暗な顔に銀色の眼光が現れた。


「なるほど、お前もか。長年こういう仕事してるが、同じ齢力使いと戦うのは久々だ。楽しませてくれよ!チビちゃん!」

「《氷結》!」

 少年が言い放つと辺り一面が一瞬に凍りつき、手下達と共にタトゥー男も凍って動けなくなった。

「いまのうちにーー

「《身体強化》!」

 タトゥー男の体を覆っていた霜が勢いよく弾けた。

「《身体強化》の齢力・・・」

「《氷結》とは珍しい齢力だな。少しは楽しめそうだ。」



「寒っ・・・ていうかこれ、人じゃないのか!?」

 狭い路地に入ると辺り一面が霜で覆われ、さっき交差点ですれ違った男達が氷漬けにされている。

「これが齢力・・・なのか?噂程度にしか聞いていなかったが、まさか本当に・・・。だとしたら、一体誰が?」

 凍った路地をゆっくり進むと狭い広場のような所にでた。しかし広場にはクレーターのような大穴があちこちに空き、地面には無数の氷柱が刺さっている。

「どうしたチビちゃん!さっきまでの勢いが無くなってきたな!」

「はぁ・・・はぁ・・・」

 タトゥー男はフードの少年に拳を繰り出し、少年は氷の壁を瞬間的に生み出して防ぐ。

 拳一突きが氷の壁を粉々に砕き、氷の欠片が地面の塵とともに飛び散る。

 離れているのに拳圧による風が俺のところまで届いた。

「はぁ・・・『氷結』っ」

 今度は二枚の壁を生成するが

「こんなのガラス同然だ!『強化』っ!!」

「くはっーー」

 さらに強度を増したタトゥー男の拳が二枚壁を貫く。

 そのまま拳は少年へ直撃し、少年の体は数メートル飛び、近くの民家の壁へと叩きつけられた。

 壁から瓦礫がパラパラと落ち、少年は気を失い首がガクッと落ちた。

「齢力持ちと言っても所詮はガキか。騒ぎになる前にブツを回収してからーー

 男の頭に小石が当たった。

「あぁ?」

 俺は足元に落ちていた小石をいくつか拾い上げ、タトゥー男に向かって投げつけた。

「ま、待て!!」

「ちっ。ガキに見られたか。始末するか。」

 タトゥー男がこちらへ歩いてくる。

 俺は震える足をなんとか抑えながらひたすらに石を投げた。

 しかし石は一つも当たらない。

「くそっ!止まれ!」

 男の顔に小石が当たりそうになるが、男は首を傾けるだけでそれを躱し、ついに俺の目の前まで迫った。

「黙って逃げれば何も無かったのに残念なガキだ。仕事を見られたら殺すのがルールだ。悪いなガキ。」

 男の拳が再び紫色に光り始める。

(はぁ・・・なんで変な正義感出してんだ。こいつの言う通りさっさと逃げてれば、こんなことには)

「あばよ」

「・・・っ!」

 覚悟を決め、目を閉じるが、


『5分後、大気接続ヲハジメマス。住民ノ皆様ハ直チニ建物ヘ避難シテクダサイ。』


 街のあちこちに設置されたスピーカーから洗浄開始の時間を告げる放送が流れた。

 サイレンも鳴り始め、街は緊急体制へ入った。


「おっとやべぇなこれは。」

 タトゥー男は急ぎながら走り去っていった。

 運が良いのか、悪いのか。

「マズいぞこれ・・・早く家に戻らないと。君も早く避難を・・・っ!」

 少年へ声をかけたが、反応がない。

 急いで駆け寄って、もう考える暇もなく背中に担ぎ、そして

「家まで走れば3分で行けるはずだ!」

 少年は軽かったが、走り出すとそれでと太ももに重さを感じた。

 しかしそれからは何も考えずただ足を走らせた。

 凍りついた男達には見向きもせず、路地を抜けて大通りに出る。通りの家々は家全体をシャッターで覆い窓も扉も見えない。

(ナツ姉はギリギリまでシャッターを開けて待ってくれているはずだ。急げ俺!)


 入れてくれそうな家がないか、通りを見回すがもうどの家もシャッターを閉め切っている。

「はぁ・・・はぁ・・・あとちょっと・・・」


『接続開始マデ後30秒』

 家までの道で最後の曲がり角を抜け、もうすぐそこに我が家が見えている。だが

「だめだ、もう足が・・・」

「ハルイチ!急いで!」

 ナツ姉がシャッターを半分だけ開けて急ぐよう叫んでいるのが見える。

 しかし足が限界だ。

 たぶん背中の少年を置いていっても助からない。

「ナツ姉!シャッターを閉めて!もう間に合わない!早く!」

「でも・・・」

「早く!!」

「・・・わかった」

 ナツ姉がシャッターを全て下ろしきったのを見て、最後の十数秒を味わうために空気を大きく吸った。

「あぁ、良い人生だった。」

 一度は言ってみたかったセリフだ。しかしこう口に出してみても自分が十数秒後に死ぬなんて全く実感がわかない。

「すまん。助けられなかった。」

 少年を背中から下ろして道端に座らせてから、深く頭を下げた。

 その時、少年の服の中から何かが地面へと落ちた。

 美しく加工された宝石ような石。

 しかし自ら発光し、中の光が常に揺れている。

「これは・・・一体?」

 思わず手に取ってしまった。

 すると石の光は弾けるように広がり、目も開けられないような閃光が辺り一面を明るくした。

 俺は意識を失った。

 いや、意識を失ったような気がした。


「石が光って・・・それで・・・ここは・・・?」

 気が付くとそこは何もない部屋。

 白い部屋だ。

『部屋』というよりも『空間』だ。

『白い』というよりは『無』だ。


「ようこそ。青鳥ハルイチ」

「だれだ?」

 どこからか声が聞こえたが、誰もいない。


「私は『悪魔』です。」

「悪魔・・・?」

「私はあなたたちの思うような『悪い奴』ではありません。私に実体はなく、あるのは意思だけです。宇宙という空間そのものといってもよいでしょう。」

「意味がわからない。」

「今はわからなくて結構です。」

「そ、そうなのか?」

「あなたは『千齢の石』と契約を交わしました。」

「センレイの石?あの光る石のことか?」

「そうです。」

「契約って?」

「簡単です。あの石が持つ1000年分の齢力をあなたが手にしたということです。」

「『齢力』についてあんまりよく知らないから、いまいちピンと来ない。とりあえず貰えるものは貰っておく。で、悪魔さんが俺になんのようで」

「1000年を人間が生きることは『禁忌』なのです。ですから一つ誓いを立ててもらいたいのです。」

「誓えることなら、誓う。内容は?」

「はい、誓いの内容はたった一つです。それは、『齢力』という存在の消滅です。」

「齢力・・・。正直、噂程度にしか聞いたことがない。だがわかった。悪魔が言うならそうしよう。」

「ご協力感謝いたします。では」

「それだけなのか?」


 そして、夢から覚めたように俺は現実へと引き戻される。

「今のは・・・」

 しかし、不思議な気分になったのはその後だった。

 気持ちがいいような、悪いような、表現し難い何かが体の中を循環している。

 血液なのか?そんなわけない。これは一体なんなんだ。考えてみたが、答えは出ない。

 というか、


『接続開始』


 考える時間などなかった。

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