魔鱗2341-DSE(実験機)、慎重に進む
『すごい水の流れ……指一本分でも手を置く位置がずれたら流されそう……
しかも、珪藻のぬめりも強い……』
そんなことを考えながら魔鱗2341-DSE(実験機)がゴオゴオと音さえ立てながら流れる海水に逆らって、入り組んだ漁礁の中を進む。その胸にはカルキノス02を抱えて。
カルキノス02としてはそれこそ何もできないので、ただ魔鱗2341-DSE(実験機)が無事に現場に辿り着くのを祈るしかない。
もっとも、AIを搭載して幼児並みの知能も持ち、ある程度の自律行動が可能ではあるものの、さすがにメイトギア並みのそれが行えるわけではないし、そもそもロボットなので不安も恐怖も抱くことはない。不安を抱いているとすればオーナーでもあるディミトリスだろう。
アリシアは当然、ディミトリスのことも考えている。彼のためにもカルキノス02を無事に帰さなくてはいけない。
確かにロボットはただの道具でしかない。けれど、人間は、その<ただの道具>に過ぎないロボットに対してただならぬ愛着を抱くことがあることもアリシアは知っている。そして、今回のミッションに参加した者達のほとんどは、自分のロボットをとても大切にしている。
共に困難な仕事をこなしてきた<仲間>として。
それが分かっていて使い捨てるような真似はアリシアにはできなかった。
同じロボットであるということ以上に、人間を悲しませたくなかったから。
その<想い>がアリシアに力を与えてくれる。
これだけの流れの中では意味がないので足のフィンも外してロボット潜水艇に預け、手の指先だけでなく足の指先のセンサーもフル稼働させ、まるでサルのように漁礁を掴む。
珪藻のぬめりさえ計算に入れて。
華奢な女性のようにも見える魔鱗2341-DSE(実験機)の体をへし折ろうとするかのように容赦なく襲い掛かる激流にただ力尽くで逆らうのではなく、体をしならせ、潮流の力を受け流すことができるのは、おそらくアリシアがリンクしている魔鱗2341-DSE(実験機)だけだろう。
しかし、その時、
「!?」
魔鱗2341-DSE(実験機)の頭部にガツン!という衝撃があった。
石だった。
小さな石が何かの弾みで激流に流されてきて、まるで弾丸のことく魔鱗2341-DSE(実験機)の頭を打ったのだ。
許容値以上の衝撃を受け、千堂が見ていたモニターにも赤く警告が点る。
「アリシア!」
声を上げた千堂に、
「ボディに僅かな変形はありますが、機能はすべて健全です。浸水もありません。ミッション遂行に支障なし!」
椅子に座ってゴーグルを付けたアリシアが報告したのだった。




