人間らしくてはいけないが、機械的であってもいけない
「はい、OKです。ありがとうございました」
データの抽出は、ものの数分で終わった。バックアップ用の内部ストレージからのコピーなので、千堂アリシアのメインフレームには一切タッチしないこともあり、特に注意しないといけないこともない。
魔鱗2341-DSE(実験機)自体のデータはリアルタイムでこちらまで送信されているものの、千堂アリシアの中で処理された分については彼女から提供してもらうしかないのだ。
その、
<千堂アリシアが処理したデータ>
こそが重要なのである。彼女自身の経験を下に紐付けされた各種データも含まれるがゆえに。
魔鱗2341-DSE(実験機)側に残されているデータは、どうしても、
<普通のメイトギアが処理したデータ>
の域を出るものではなかったのだ。
千堂アリシアが処理したそれは非常に複雑ではあるものの、同時に、非常に<有機的>でもある。ただ単に合理的なだけではない面があるのだ。
それが<人間らしさ>を生むのだと推測されている。
実際に運用されるはずの魔鱗2341-DSEには、表情などの点においては<人間らしさ>は求められていないものの、微妙なしぐさなどについては、<機械っぽさ>が残ってしまうと、見ていて興醒めしてしまうかも知れない。
『人間らしくてはいけないが、機械的であってもいけない』
今回の開発には、そういう難しさがあった。
「まったく、無理難題もいいところだよね」
アリシアからデータを抽出したアルゴリズム班の職員が苦笑いを浮かべながら言う。
「あはは、そうですね」
アリシアもそれに合わせて困ったように笑顔で返した。
いずれにせよ、取り敢えずこれでアリシアの今日の役目は終わった。
念のため、第三ラボの<作業室>を覗いてみたが、分解され洗浄を受けつつ部品の交換が行われている様子が見えるものの、彼女が手伝うようなことはなかった。
ちなみに、浸水箇所は、魔鱗2341-DSE(実験機)の股関節部分からだった。ボディ表面に施された、それまでの<二百メートル防水>用のそれとは違う、新しい<耐水皮膜>が計算上の規定値に厚さも強度も達しておらず、それがいわゆる<股ずれ>の形で泳いでいるうちに劣化し、浸水したらしい。
従来のメイトギア用の耐水皮膜は、あくまで落水した場合だったり、水難事故での救助活動の間、浸水しなければいいという、要するに<一時しのぎ>でしかなく、
『水中で長時間全力稼動を行う』
ことなどまったく想定しない種類の防水加工でしかなかった。
なので、その面でも新しい挑戦なのである。




