千堂アリシア、<奇跡>をなす
千堂アリシアは思う。
『彼は、クグリは、自身の目の前に起こるありとあらゆることをただ素直に受け入れていました。それに抗うことなくただあるがままをあるがままに受け入れていたのです。自身の<死>さえも。
だからこそ彼には、その時点で自分が成すべきことが見えていたのかもしれません。何をどうすればどのような結果に至るのかということが。
もしかすると、奇跡をなしたという様々な偉人達も彼のような人物だったのかもしれませんね。クグリの行いはあくまで人間にとって非常に忌むべきものだったというだけで、もし、彼が人間にとって好ましい行いをしていたならば、人類は新たな<奇跡>を目の当たりにしていた可能性さえあったように私には思えます。
こんなこと、普通のロボットは思わないですが』
そうだ。クグリの行いは人間にとっては害悪でしかなく、彼は<邪悪そのもの>という存在だ。そこに意味や意義を見出そうとするのは非常に危険なのかもしれない。
ゆえにロボットはその可能性を考察することさえ普通はしない。危険は危険として、リスクはリスクとして、ただ淡々と排除することを目指す。
けれど今の千堂アリシアには危険やリスクに秘められた<可能性>にさえ思いを至らせることができる。それは、純粋なロボットである楓舞1141-MPSには決してできないことだった。
それが、この結果に繋がったのだろうか。
「信じられない……」
そう呟く、エリナとリンクしたメイトギアが呆然と見守る前で、超振動ナイフを模した模造ナイフが楓舞1141-MPSのメインフレームに至る部分に正確に押し当てられていたのである。
確かに実際に破壊されたわけじゃない。ここから反撃すれば一瞬で楓舞1141-MPSはアリシアを負かすことができるに違いない。しかしその前に、彼女が手にしていた模造ナイフが本物の超振動ナイフであれば間違いなく彼を確実に破壊していたのは事実なのだ。
これはもはや<奇跡>と呼ばれるものだっただろう。この場にいる人間以外には知られることもない、省みられることない、気に留められることさえない些細なものに過ぎないが、確かにそれは<奇跡>だった。
千堂アリシアは、ロボットでありながら、まぎれもなく、
『奇跡をなした』
のだ。
さりとて、それが何度も再現されない以上は、ただの<まぐれ>として慮外におかれるというのも事実。
何しろその後は一度も彼女は楓舞1141-MPSに勝てなかったのだから。
人間の世界ではそちらの事実が優先される。




