千堂アリシア、<神がかり>を思う
『さて…どうしたものですかね……』
テスト場で楓舞1141-MPSと向き合ったアリシアは、そんなことを考えていた。
ここまでの仮想空間でのシミュレーションでは、結局、一度も勝てなかった。それは数値上では楓舞1141-MPSがすべてアリシアを上回っていることを表している。
『シミュレーションとリアルは違う』
人間はついついそう考えてしまいがちだが、確かに百年位前までのシミュレーションはそうだったかもしれないが、AIの進歩と共にシミュレーターの精度も、一般の人間が思っているより遥かに向上していた。リアルで生じる可能性のある不確定要素さえ考慮に入れ、ランダムで数値に誤差を生じさせていたりもするのだ。
にも拘らず楓舞1141-MPSは千堂アリシアを上回ってみせた。
これを見るだけでも彼の優秀さは疑う余地もないだろう。
しかし、それでも、なのだ。それでもなお、シミュレーターでは再現しきれない<不確定要素>というものはある。
アリシア自身、テロリストのクグリに嫌というほどそれを見せ付けられた。二体の要人警護仕様のアリシアシリーズとリンクし有機的に連携することで単純に三倍以上の戦闘力を得たアリシアに対し、数値上ではどう足掻いてもただの人間でしかないクグリが勝てるような道理などなかったはずなのだ。
なのに実際には、アリシアは終始クグリに圧倒されていた。もはや<神がかり>とでも表現するしかないほどに、理窟では計り知れない現実を見せ付けられた。
それどころか、クグリは、毎秒数百発というチェーンガンの斉射を四秒余りの時間受けていても、弾丸が当たらなかったのだ。クグリが咄嗟にアリシアを盾にしたのは事実でも、それでもクグリの体はアリシアの体では覆いきれない。
しかし、途中の障害物により弾道が逸れたり、弾道が逸れた弾丸同士が衝突してさらに弾道が逸れたりという形で、何故かクグリの体には命中しなかった。
四秒間も。
本来は有り得ないことだ。なのに、その<有り得ないこと>をあのクグリというテロリストは何度も起こしてみせた。あれはいったいなんだったのだろうか?
まさか本当に<神の加護>でも、いや、あの男の場合は<悪魔の加護>とでも言うべきか?でも受けていたと言うのだろうか?
分からない。アリシアにはそれについての明確な答えを出すことはいまだにできていない。
けれど、あれは実際に起こっていたことなのだ。幻でも夢でもない。
ならば―――――
『私にもあれが起こる可能性はある。そういう瞬間は現実には存在するんだ。
シミュレーター内では起こりえないことが』
あの時、クグリがしていたように、体のどこにも力を入れていない、リラックスしきった状態で軽く構え、アリシアは楓舞1141-MPSと正対したのだった。




