闇サイトの住人
『ぐぬぬ…次こそは~!』
今日も楓舞1141-MPSに敗れ、千堂アリシアは悔しげに地団駄を踏んだ。
と言っても、仮想空間の中ではあるが。
そんなアリシアに、戦闘モードを解除した楓舞1141-MPSが擦り寄ってくる。
彼女を気遣っているのだ。
戦闘を離れればすぐさま確実にそれが切り替えられることの確認を行うこともシミュレーションの目的の一つなので、その意味でも良好な結果である。
「ありがとう。優しいですね、あなたは」
勝てないことは悔しくても、アリシアの方もそれとこれとは別だという切り替えはしっかりとできている。それを見ることも、千堂京一から申し送られた事項だった。
<心のようなもの>を持っていても彼女はメイトギア。ロボットである事実は変わらない。となれば、そこを疎かにすることはできない。
『心のようなものを持っているからといって彼女をただ人間と同じに扱う』
というのも違うのだろう。
千堂はその辺りを混同しないようには心掛けている。
そして、アリシア自身、ただ人間扱いしてもらうことを望んでいるわけでもない。千堂がいつも彼女を彼女のままで受け止めてくれているので、ないものをねだる必要がなかった。
この辺りも、ジョン・牧紫栗と違うところかもしれない。彼は結局、自分の存在を親に認めてもらえていなかった。
<呼んでもいないのに勝手に来た邪魔者>
それが、彼に対する両親の認識である。このことが彼の承認欲求を拗れさせている一番の原因なのだろうと推測される。
だからといって他人を貶めていいわけじゃない。そうすることで相対的に自分の価値が上がったような気がするのかもしれないが、それは違う。それはどこまでいってもただの錯覚でしかない。
自分の価値は自ら作り出すものなのだ。
ロボットであるアリシアですら分かっていることを彼は理解できていなかった。そこが一番の不幸なのかもしれない。
そんな不幸が、さらなる不幸を生み出そうと闇に蠢く。
ジョン・牧紫栗からの復讐依頼を受けた闇サイトの住人が、エリナ・バーンズの住むマンションを監視していた。
都市としてのJAPAN-2に住む者のほとんどはJAPAN-2社の社員であるものの、それ以外の人間がまったく住んでいないというわけではない。住人の一割ほどは他の都市からの移住者である。
それらも他の企業の職員であり、<出張>や<出向>という形でJAPAN-2社の関係者なのだが、ごく稀に不埒な輩も紛れ込むことがある。闇サイトを運営している者の多くはそういう者であるが、中には牧紫栗と同じくJAPAN-2社の職員でありながら他人を貶めることを生き甲斐としている者がいるのも残念ながら事実だった。




