千堂京一、アリシアに語りかける
千堂アリシアがジョン・牧紫栗に遭遇していたことを、千堂京一は承知していた。アリシアが警戒態勢に入った瞬間に千堂にもアラームが届いたからである。万が一にも彼女が人間を傷付けるようなことがあっては問題なので、いつでも停止命令が出せるように備えていたのだ。
「大変だったな。でも、冷静に対応してくれてありがとう」
オフィスで待機していたアリシアを迎えに現れた千堂が穏やかにそう声を掛ける。そんな彼に、
「千堂様……」
とアリシアは安堵した表情で見詰めた。さすがにもう子供のように抱きついたりはしない。けれど彼に対する縋るような視線は相変わらずだった。人間ともロボットも違う、この世にたった一人しか彼女にとっては最も頼りにするべき相手だから仕方ないのだろうが。
それでも、アリシアは自分がどうあれば千堂が幸せでいられるかも考えることができる。目先の憂さを晴らすために他人を罵り貶めようとする牧紫栗には真似のできないことが、アリシアにはできる。
それが千堂にも誇らしいと同時に、彼女にできることができない人間がいることが残念だった。
アリシアと共に邸宅へと向かう自動車の中で、千堂は彼女に語って聞かせた。
「人間は、自分の価値観こそが唯一間違いのない正しいもの、普遍的なものとつい考えてしまいがちな生き物だ。
自分にとって良いと感じるものだけが正しく、それ以外は間違っていると考えてしまうことも多い。
創作物に対してもそうだな。自分の好みに合うものこそが<名作>で、それ以外は<駄作>と断じる。
しかし現実はそうじゃないんだ。自分の好みに合わないものであっても多くの人が評価し、『良い』と感じるものはある。
今日、君達の前に現れた彼は、その現実と向き合うことができないタイプの人間なんだろう。自分にとって良いと思えるものこそがこの世のすべてであり、それにそぐわないもの一切が<悪>なのだろうな。
そうやって自分が思う価値観以外のものを認められない人間同士が衝突することで無数の悲劇が生まれたという事実から学ぶことができなかったんだ。
一つの価値観だけでこの世が出来上がることは決してない。それは、人間の歴史が証明している。これまでの人間の歴史の中に現れたいかなる大英雄や賢人でさえ成し遂げられなかったからだ。
なぜならば、『違っている』ことこそが必要だからなんだろう。『違っている』ことは悲しいことでも悪いことでもない。
だからな、アリシア。君が私達と違っていることも何も恥ずべきことじゃないんだ。君は君だからこそ意味がある。
私はそんな君を愛しているんだ」
「千堂様……」
『愛している』
彼のその言葉が、『家族として愛している』『娘として愛している』と同義であることは、もうアリシアにも分かっている。
けれど、千堂に愛されているという事実さえあれば自分はこれからも存在を続けられる。
アリシアは改めてそう思えたのだった。




