超能力と余命と出会いと
超能力
念動力や透視能力、瞬間移動や精神感応。
誰もが子供の頃には1度は憧れ、実は使えるんじゃないかと淡い期待を持っただろう。
俺の名前は日下部 日和。
既に29歳だが、未だに超能力に憧れている。
この歳になっても超能力に憧れているというと、痛いヤツだと思うだろう。
厳密に言うと超能力に憧れているのではなく、超能力の可能性に憧れている。
だって俺は超能力者だから。
しかも色んな超能力を使うことが出来る!
羨ましいと思っただろっ?
しかし残念ながら超能力が使えるという事と、使える超能力とはまた別の話だ。
例えば俺の念動力。
2分の集中の末に50cm先の消しゴム(消しゴムより重たくなると動かない。)を10cm動かす事が出来る。
瞬間移動も10分時間をかけて集中しても15cmの移動が限界。
千里眼は視力が2.0から3.0になる程度。(俺の能力の中では群を抜いて有能な能力だ!)
つまりは確かに超能力は使えるが、使えなくても何不自由しない。消しゴムの移動だって手を使えば大した労力も使わず2秒で終わる。
むしろ使った方がマイナスな能力なのだ。
だからといって悲観している訳ではない。
訓練していけば映画のような凄い超能力が使える、と信じている。
超能力開発に没頭していた俺は彼女がいる訳もなく、会社と超能力開発に勤しむ生活を送っていた。
とある日、超能力開発に勤しんでいると、不意に眩暈と頭痛が押し寄せて来て倒れた。
病院での検査の結果は“脳の老化現象”と診断された。
医師の話では100万人に1人の症例で原因は不明。
このままだと余命6カ月と言われた。
もちろん俺には原因は分かっている。
超能力だろう。
100万人に1人と言うのも100万人に1人が超能力が使えるからだろう。
つまり同じ症状の人間は俺と同じく超能力者だ。
医師に同じ症状の人の紹介を頼むと、個人情報保護の為に教えられないと言われた。
ひつこく食い下がると医師も俺の熱意に負けたのか、相手の了承が得られれば相手から俺に連絡を入れて貰える事になった。
待つ事3週間。
俺の携帯の音が鳴る。そこには登録されてない番号が映し出されていた。
「もしもし」
「あの、日下部さんでしょうか? 私、松永 幸子と言います。先生からお話を伺って電話しています」
淡々と話す若い女性の声。
「初めまして、日下部です。えっと、松永さん。単刀直入にお聞きしますが、貴方はこの病気の原因に心当たりはありますか?」
いきなり突っ込んだ話だが、俺の心は先走っていた。
もしかしたら俺の人生で初めての仲間かもしれない。
「……あります。日下部さんも?」
ダメだ。ニヤケてしまう。
こんなに胸が高鳴る事など無かった。
「あります。1度会ってお話したいのですが、いかがですか?」
「……はい、大丈夫です」
「分かりました。恐らくはお互い残り時間もありませんし、明後日の日曜日はどうですか?」
「……はい、大丈夫です」
日曜日の約束を取り付けると電話を切る。
興奮が収まらない。
余命5ヶ月にして人生の最高潮に達した気分だ。
何を話そう、どんな超能力を見せよう。
そんな思いを頭の中に駆け巡らせながら日曜日を迎えた。
少し早めに待ち合わせの場所に向かうと辺りは混雑していた。
この場所は松永さんが指定した所だ。
探すのが大変だな。
そう思い携帯を取り出し彼女の電話番号を画面に写す。
時間になったらかけよう。
ふと、頭にノイズが聞こえる。
(......き..ま...か?)
んっ?
周りの雑音をシャットアウトするようにノイズに集中する。
(....さん...こえますか?)
(日下部さん、聞こえますか?)
松永さんだ!
歓喜に震えながら必死にラジオのチャンネルを合わせるように思念を送る。
(聞こえています!松永さんですね!)
必死に思念を送るが上手く届いているだろうか?
何度も呼び掛ける。
(ごめんなさい、ノイズがひどくて上手く聞き取れません。私は忠犬像前に白いワンピースを着ています。)
どうやら俺の思念は上手く伝わっていないようだ。
必死に忠犬像前に向かう。
気持ちが逸りすぎて何度も転びそうになる。
いた! 彼女だ!
忠犬像前には確かに白いワンピース姿の女性が鼻を抑えて立っている。
「はぁ、はぁ、松永さんですね?」
「……はい」
彼女は鼻をハンカチで抑えていた。
どうやら鼻血をだしているようだ。
見た目は20代半ばぐらいか。美人でも不細工でもない普通の顔立ち。少々痩せているのと鼻血も相まって健康そうには見えない。
「あっ、あの鼻血ですか?」
そう言いつつティッシュを差し出す。
「すいません。興奮してちょっと能力を使いすぎたみたいです」
なるほど。能力の使いすぎによる鼻血か。
俺も倒れる前でも、超能力を使いすぎた時はよく眩暈を起こしていた。
しばらくすると鼻血は収まったようで、二人で近くの喫茶店に入る。
さて、いざ会って見ると何から話そうか?
話したいことが多すぎて頭の中の収拾がついていない。
「日下部さんはどんな能力を?」
こちらが悩んでいると松永さんから本題に入ってきた。
「えっとですね。全て大した力はありませんが、念動力、瞬間移動、千里眼と言った所でしょうか」
流石に透視能力とは言えないな。
とはいっても俺の透視ではかなりの集中をしてもボヤけた下着が見れれば絶好調なくらいだ。
「ちょっと待って下さいね」
それから2分ほど集中して、松永さんの目の前に置いたティッシュを動かす。
「あっ、私初めて見ました!」
満面の笑みを浮かべる松永さん。
彼女のテレパシーがかなりの能力だったから、冷たい反応も覚悟をしていた。喜んで貰えて何よりだ。
「私は先ほど送ったテレパシーだけです。もちろん送ってテレパシーで返事があったのは初めてですけど」
話を聞くと、彼女は小学生の時からテレパシーが使えたらしい。
最初は他の人からノイズだらけの心の声が聞こえて来たらしい。
訓練して集中して一人の人に呼び掛けると、視線を感じたかのようにその人が振り向くようになったらしい。
テレパシーを言葉として受け取ったのは、俺が初めてだそうだ。
俺も自分の事を話す。
小学生の頃に鉛筆に動け動けと念じたらピクリと動いたこと。
それからは必死に色んな事を試して能力を増やした事。
結局は大した能力にならなかったこと。
松永さんはまるで自分の事のように嬉しそうに聞いてくれた。
お互い初めて見つけた仲間。
夢中になって話していると、飛ぶように時間が過ぎて行った。
気がつけば喫茶店の閉店時間になっていた。
「じゃあ、そろそろ」
俺が名残惜しそうに席を立つと。
「……また、近い内に会えますか?」
不安げな表情で聞いてくる。
俺としてはこのままずっと話していたい程だ。返事は決まっている。
「是非お願いします」
俺が笑顔で答えると、安堵した表情になった。
松永さんと別れて家に帰ってきても、頭の中は彼女一色だった。
同じ感覚を持ってくれる人がいるという事が、これ程までに心地好いとは知らなかった。
正に人生の絶頂期を迎えていた俺の思考がふと止まる。
彼女の余命は後どのくらいだ?
俺と同じ症状ならばそれほど永くは無い筈だ。
急に背筋が寒くなる。不安が覆い尽くす。
俺だって医師には後5ヶ月と言われている。
それより長いのか、短いのか?
それだけではない。
医師に余命宣告をされても、漠然と超能力の代償だと悲しみも恐怖も感じなかった。
でも今は違う。
俺の人生は今始まったんだと思ってしまう。
彼女ともっと話したい。一緒に居たい。
死にたくない!
抑えの効かない涙がボロボロと流れ落ちる。
トゥルルル、トゥルルル
携帯が鳴り出す。
画面を見ると松永さんからだ。
涙を拭い、急いで鼻を噛んで電話に出る。
「もしもし」
「……ごめんなさい。急に電話してしまって……」
彼女の声は沈んでいた。
まるで先ほどまで泣いていたかのようだ。
「いえいえ、どうしましたか?」
必死に感情を抑えて冷静な態度をとる。
抑えていないと泣きながら「会いたい。一緒に居たい」と嘴ってしまうだろう。
「……ごめんなさい。ただ、声が聞きたくて」
ズシリと心を射たれる。
俺も同じです。そう口から出そうになる。
恋愛感情なんて可愛いものではない。
引き裂かれた半身を見つけたかのような感情。
「今からもう一度会えますか?」
もはや抑えは効かなかった。
「……はい」
電話で話ながらも既に体は家から出ていた。
その日彼女との2回目の出会い。
彼女を見つけた瞬間、理性は消し飛び有無を言わさず抱き締めていた。
拒絶することなく抱き締め返す彼女は、ただただ泣いていた。
感情の抑えが効かなかったせいなのか記憶が曖昧だが、気付けば彼女の独り暮らしの部屋にいた。
女性にしてはシンプルな余計な物の無い部屋。
彼女の隣に座り肩を寄せ合っていると重い口が開く。
「……私の余命は後2ヶ月です」
落ち着いた表情だが涙がボロボロと流れ落ちている。
「俺は5ヶ月だそうです」
2ヶ月……。
重い言葉だった。
「……神様って意地悪ですね。そりゃ病院で余命宣告されてなきゃ松永さんには出会えてませんでしたけど、もっと早く出会いたかった。人生の最大の幸せと絶望を味わってる気分です」
「……私。正直死ぬのが怖くありませんでした。人とは違った能力を授かった反動だと……だけど、…ひっ…ひぃっく……」
涙の止まらない彼女を抱き締める。
俺の涙も止まらない。
「……でも、俺たちはまだ生きてます」
俺の言葉に顔を上げた彼女に優しくキスをする。
彼女をベットに押し倒すと感情に身を任せた。
朝目を覚ますと横には彼女が裸のまま寝ていた。
冷静になれば、昨日はどれ程感情に身を任せたかと反省しか出てこない。
だが後悔はない。
寝顔を見てるだけでも心が安らぐ。
彼女はパチリと目を開けると恥ずかしそうに目から上だけ残して布団に隠れてしまう。
「おはよう」
「おはようございます」
流石に朝からもう1回戦とはならなかった。
それからの展開は早かった。
幸い蓄えもあったので、会社も辞めて幸子と同棲を始めた。
お互いの両親に余命の事、結婚の事を伝えた。
俺の両親も幸子の両親も泣いていた。
どうせ短い余生。結婚まではと言われたが、俺も幸子も何か証が欲しかった。
俺も幸子も兄弟がいなかったので、お互いの両親、俺と幸子の6人の小さな小さな結婚式を上げた。
死への不安や恐怖はあったが、本当に幸せだった。
もう病院には行っていない。
超能力も使っていない。
それでも時間は過ぎていく。
幸せな時間は早いもので幸子と出会って2ヶ月半が経った。
不思議なもので幸せが生きる力をくれるのか、幸子は別段普通だった。
医師の余命宣告もいい加減なものなんだろう。
そう思い込んでいた。
(....ごめんね。日和)
お風呂に入っていた俺の頭に幸子の声が流れる。
初めて幸子に会った時のテレパシー。
異様な空気を感じ取って、俺は直ぐ様風呂から出ると体も拭かずに幸子を探す。
幸子はリビングで倒れていた。
はぁ、はぁ、と激しい呼吸。
顔は青ざめ鼻血か出ている。
「幸子! 幸子!」
急いで携帯を探しだし救急に電話をする。
「直ぐに救急車が来るからな!」
(ごめんね)
「いいから力は使うな! 大丈夫だから!」
幸子の手を握りながら励ます。
俺の言葉に説得力が無いことは分かっている。
救急車が来たからなんなのだ。
病院に着けば助かるという訳でもない。
(ごめんね。もうちょっと一緒に居たかった)
幸子の閉じかけた目から涙が一筋の道を作る。
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!
「幸子! 幸子!」
(私、幸せだったよ。この2ヶ月半。本当に幸せだった。この2ヶ月半の為に生まれて来たんだって胸はって言えるよ)
徐々に幸子の体が重くなる。
力が抜けていくのが分かる。
どうして? さっきまで元気だったじゃないか?
頼むよ。嘘だと言ってくれ。
(日和は幸せだった?)
「あぁ、もちろんだ。俺だって幸子といるために生まれて来たんだって思ってる」
本心から思ってる。
(良かった。テレパシーもね、多分この時の為にあったんだって感謝してる)
ピーポー、ピーポー
家の近くで救急車のサイレンの音が消える。
もうすぐ来る筈だ。
「幸子、もう少し、もう少し頑張れ! 直ぐに、直ぐに救急車が」
(日和、大好きだよ。今まで本当に)
「ありがとう」
幸子が口でハッキリと言った瞬間、全身の力が消える。
「幸子! ゆ.ひっぐっ、あぁぁぁぉぁぁぉーー」
幸子が死んだ。
俺は泣きじゃくった。
家に入ってきた救急隊が、何を言っていたのかは分からない。
暫くすると警察が来ていた。
病院との話もあり、幸子は病死と診断された。
警察との話も病院との話も余り覚えていない。
幸子の家族葬も終わり、俺は1人部屋にいる。
幸子はもういない。
25歳の余りにも短い人生。
2ヶ月の短い結婚生活。
幸子を幸せに出来たのだろうか?
答えの無い想いだけが頭に残る。
だがもういい。
俺の余命も後2ヶ月程。
またあっちで会えるといいな。
部屋にある幸子の物を1つ1つ手に取る。
残念ながら俺にはサイコメトリーの能力は無い。
ふと幸子の持ち物のノートを開く。
それを見ながら生前幸子の話していた事を思い出す。
『日和は完全記録って知ってる?』
『あぁ、すべての事象、想念、感情が記録されているとかいう世界記憶とかいうやつでしょ?』
『うん。私達ならそこに自分と分かる目印をつけておいて、生まれ変わっても今の記憶を持ってられそうじゃない?』
『あはははは! いいね! 生まれ変わってもまた幸子と一緒に居られるなら最高だ!』
『うん!私が先だろうけど、必ず私を見つけてね!』
『必ず見つけるさ!』
ノートには完全記録へのアクセスの方法が書いてある。
そう言えばネットを見ながら色々書いていたな。
超能力の中でも予知、サイコメトリーは完全記録をアクセスして行っていると言われている。
俺にはその両方共に能力は無い。
それでも俺はノートに書いてあるアクセス方法を色々試してみた。
幸子が居なくなった今、俺にはこんなことしか出来なかった。
黒い鏡をイメージしながら瞑想する。
何かに集中するのではなく無になるイメージ。
何度か繰り返すと眩暈が起きる。
眩暈が起きるということは何かしらの能力を使っているという事。
俺の残り時間で間に合うのか?
それでも。
どのくらいの時間が過ぎただろう。
イメージした黒い鏡の中に光の粒子が見える。
その中に心を投じると、まるで光の森だった。
1つ1つの光の粒子が記憶や記録なんだろう。
一際青く光粒子がある。
何故だか分からないがそれが俺と幸子の粒子なんだと分かる。
その粒子に触れると……
うっすらと体の感覚が戻って来る。
そして、もうすぐ死ぬのだろうと分かる。
あぁ、そうか。
幸子はあの時、俺がお風呂に入るタイミングで完全記録にアクセスしたんだな。
こうして体験するとよく分かる。
思わずニヤケてしまう。
間違いなく幸子もあの青い粒子に触れたんだと確信した。
不思議と俺は幸せに包まれている。
幸子が待っている。
瞼が重たい。
我慢できない眠気が襲う。
青い粒子に触れた時の言葉を思い出す……
確かに幸子の声だった……
(ずっと待ってる)
読んで頂きありがとうございます。
以前投稿したものを手直しして再投稿させて頂きました。
裏の幸子のお話を後日投稿します。